15. 眠らない魔都を舞台とした少女の戦い
ふと彼女は、オンソロージーの力で自分の過去を思い出す。
去年、彼女は一人の部活の先輩に恋をした。その彼の、
(あんな変な子、ちょっと可愛いからってごめんだな)
そんな言葉を立ち聞きして、初恋はひっそりと葬り去った。周りの同級生は難なく恋愛を経験し、お互いに関係を築き、相手との距離を縮めていくのに。
(私は普通の女子みたいになれるわけない……ポンコツだもん)
「普通」に生きたいけど、どうすれば普通になれるのかすらわからない。些細な行動ですら他人に委ねることができず、彼女の生活範囲は狭まるばかりだった。透明な枷を嵌められた手から、見えない血が滴るようだった。
(わざと閉眼で戦っているわけじゃないのに、どうして皆わかってくれないんだろう)
光磁遮道の仲間からも、彼女の超然とした態度は傲慢でよそよそしく思われている。本当は、ただただ皆の目線や意見が怖いだけなのに。皆と楽しさを分かち合いたいのに、いつも世界と自分の間に隔たりが生まれてしまう。
(本当は他者に気を配りたいのに、自分の中の罠に落ちていくみたいな感覚……)
考え事に夢中になって、天蓋の階段のステップを踏み間違えた。天蓋の階段は一回逆戻りしたが、次の一歩が出現してくれない。焦りが募る中、そのまま空へ落下する。
枝から切り落とされた葉のように舞いながら魔法が溶け、自分の涙が宙に浮くのが見えた。天蓋の階段がすべて消え去り、彼女を支える足場は何もなくなってしまった。
(結局、自分なりの力を見つけることできなかった、強くなれる思うなんて私ってほんとバカ……)
いつもの諦観に瞳を閉じたそのとき、がしりと背中と腿に暖かく力強い支えが巻き付いた。跳躍したクセソーティアソが彼女を捕まえたのだ。
「おい、大丈夫か?君?」
お姫様抱っこで顔を覗き込まれ、ラックーサは口をぱくぱくさせる。
「ちょっと待ってあんた、何のつもりで……」
こんなことをされたことは無い。恥ずかしさで顔を直視しないよう、厚い胸板を見つめる。
「ええっと……落下死しないように命を助けてあげた、つもり、だったんだけど……」
「あ、そうだ。確かに、ごめんなさい、ついに焦っちゃって、ありがとう……」
彼女はぎこちない笑顔を浮かべつつ、あわあわと両手で拝む仕草すら見せる。どう見ても可愛く思ってしまう。
「平気平気、ちなみに僕は、クセソーティア=ソネオンライトと呼ばれているけれど、クセソーで良いよ」
「こ、こ、こちらこそ、私はラックーサです、北日本の特別ひまわり回転自治体にいて、いたんだけど……突然にこちらにテレポートされてしまって……ご、ご迷惑をかけて申し訳ないです!」
「あ、例のテレポートか……あれはやめて欲しいよね」
見に覚えがあるのか、戦士も遠い目線で戦場の低空をパトロールするオンソロージーを睨む。
その時、突然ぽつぽつと雨が降り始めた。
「まじかよ、このタイミングで!ただでさえ視界が開けてないのに、これじゃあこの戦いはもう、消耗戦になる……」
階段板の形状だったナノマシンは速やかに傘のような形に広がった。思いがけない相合傘に、めぐり始めたラックーサの思考が足踏みする。
「やめて、余計なことを考えようとしてるのに!」
「えっ、あ、ごめん……?」
険しい顔で独り言を言ってしまったことに気づき、彼女の顔は真っ赤になる。
「あ、ごめんなさい!ええと、私閃いたことがあるの」
(さっき彼の衣装に、雨に打たれたような水の跡がぽつぽつあった)
最初は、変な形の汗か、水たまりの飛沫だと思っていたたが、現場を注意深く観測した彼女は、他の地上兵の服装にも同じ現象が起きていると気づいた。
「もしかすると、そもそも繊維獣は攻撃を避けていないのかもしれない、そう……そうだわ、物事の順番を侵食しているのよ!」
彼女の眼がきらきらと輝きだす。確かに、いわれてみれば目の前の光景は逆説的な現象の集まりだ。
「この空間は私達が馴染みを持っている物理学の基層に反している。侵食されている概念は物事の次序よ!」
彼女は抱っこされながら手を空に上げて「わかったーー!」と叫ぶ。
「なるほど、そうか……全然思いもよらなかった。君って天才だね!」
ようやく理解した少年は、たちまち満面の笑顔になる。それを間近でまっすぐに向けられてラックーサも更に顔を赤らめた。
ずっとずっと他人に褒められたいと思っていたが、純粋に偽りなくられたことがない。初めての手放しの称賛は、ひどく新鮮だった。
彼女は常に誇り高く、孤独で上品な人物として扱われていた。頭脳明晰であるにもかかわらず、褒められても素直に喜べないと思われていたから周囲から、称賛されることはなかった。それに実際、今までの卑屈な自分なら、素直に受け止めることもできなかっただろう。
しかし、今は状況が変わった。新たな機会を与えられた彼女は、真の評価を得られるかもしれない。