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14. カオスの美しさ

秋葉原の戦場ではクセソーティアソの苦戦が続いていた。


 高エネルギー光弾どれほど上手く狙って連射しても光線が相手に届かない。ネオンライトの戦士は次に、物理的攻撃を試みる。効くわけがないと思いながらも、


「やあ!」 と強いインステップキックを繰り出す。

 しかし、戦士の足は不本意な方向に動いた。

「何だ?」

 すかさず体勢を立て直す。

 自分の運動神経がやりたいことに従わない違和感。


 確かに繊維獣の胴体にキックしようと思ったはずなのに、届いたのは別部位だった。動かしたいタイミングも、傷と攻撃の因果関係もずれている。


(これは何の概念が攻撃されているんだ?……因果?時系列?)


 侵食されている概念の同定はパズルを組み立てるプロセスに似ている。辻褄が合うだけではなく、全てのパーツが完璧に組み合わない限り、正解には辿り着けない。


「もしかしてこの繊維獣は思考そのものに入り込むのか」


 クセソーティアソは狼狽える。一人でこの戦いに勝つ自信が揺らいでいる。


 雑念に囚われるライターズは防御体制を少し緩める。


 フィラメントの鞭を躱し、疲弊しながら下がる戦士の息が荒く、重たくなってきた。


 地上を俯瞰すれば行動不能な兵も散見できる。


(この理不尽な戦いで、すでに犠牲者も出ている)


 戦闘特化型SUB兵士は効かない攻撃に消耗され、体力の限界に近い。


 あまりの力の違いに、戦場には諦観の空気が漂いはじめている。


(クォーツリナとアダマンティヌースは何をやってるんだ、指示がないし、この怪物の後部が漏出されていないし、このままじゃ弱点がないじゃないか……)


 ネオンライトの戦士はふらつきながらも、立ちあがろうとする。

 グラウンド・メタは繊維獣の仕業により、周囲のエリアと概念的に隔たった世界となる。


 今、この新・新秋葉原の中央通りは異世界だ。秒増しに概念は蝕まれている。その証拠に、先の戦いのようなフラッシュバックがじわじわと頭を蝕み始めた。

 嘲笑う声、背信の悪意に満ちた己の目、背を向ける彼女。


「ねえクセソー君、私の両親は上層民の奴隷だったのを知っているでしょう。スラムの裏マーケットのラディアントオーアを手に入れて上層民に売ってた。なのに、三年前、採掘作業の途中で行方不明になったって……わかるでしょう。きっとあいつらが……ねえクセソー君、それなのになぜ私達を裏切ったの?」


 ルチアの瞳は氷のように冷たかった。悪魔の手に口が押さえつけられているように、声をあげることもできない。虚ろな目でただ空を見つめる。


 その時だった。


 忽然と、空間が一点に収束するような歪曲が生じる。

 そこから電光が爆発した。瞬間移動の眩しい螺旋の輝きが消えると、そこには隕石を手に抱えた小さな少女が立っていた。熊のパッチが沢山縫いつけられたかわいらしいパジャマのまま、恐怖からか、一生懸命に涙を堪えている。しかし、引き結ばれた桜色の唇からは負けたくない強い意志も感じられた。


 腕に抱えた重そうな石は間違いなく、オンソロージーSだ。


 クセソーティアソとラックーサの視線が一瞬交錯し、そのまま離すことができなくなった。言葉にし難いが、二人は共通の基盤を持つことが解った。


 こんな無防備な少女がどうやって戦士として闘うのだろうか。自分と同様に、己の弱さを心得ることで強くなれるのだろうか。しかし、とにかく彼女を信じて守るべき、と強く感じる。


 少年はその意志を、眼差しで彼女に伝えた。暗黙の了解。ネオンライトの戦士は戦場に顕れた見知らない少女の援護体制に入る。

(残りは彼女の戦い)

 心の奥底で伝える声がした。


 一方、ラックーサは不安に押しつぶされそうだった。オンソロージーの螺旋運動によって、彼女は天空に宙吊りにされている。


「これが……繊維獣!で、でも……こんなの相手じゃ、殺されるに決まってる……!」


「キいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 怪物は甲高い声を上げ、大きく開かれた口は凄惨な地獄の入り口を思わせる。少女は瞬きもできず、目の前の光景をただ見つめるしかなかった。


 ペン一本が数ミリずれただけで気分が悪くなる彼女に、目前の混沌を理解するのは至難の技だった。それでも、


「お、お願い、私が、な……何をすれば良いのか……教えてよ」


 ラックーサは必死に声を絞り出し、飛び交う機械と抱いている石に請い願う。ただ、反応がない。鈍い隕石は手にくっついたまま、淡く点滅しているが、何かをしてくれそうな気配もない。


 ふと、自分の手についた汚れが目についた。それに強烈な匂いも耐え難い。


「い、い、いやぁ……」


 あの安全な部屋へ、自分の聖域へ、今すぐ帰りたい気持ちがどうしようもなく湧き上がる。


 しかし、それはできない。


 テレビで見たばかりの、あの美しい戦士。彼が一緒にこの勝算の乏しい戦いに挑戦してくれているのだ。


 今まで彼女はプライドが高く、批判に耳を傾けようとしなかった。「未知のものなんていらない」とさえ考えていた。しかし、今戦っている少年の命も危機に瀕している。他者の生命を預かるには、そんなエゴイズムは通用しない。


「何か、何でも……私にいま、できることを、しなくちゃ!」


 元来ラックーサは観察力に優れている。しかし、その慧眼を今まで妨げていたのは、極端な完璧主義だ。対称性が全てといういつもの考えを捨てて、今、混沌に対処しなければならない。


「落ち着いて、まず得意なところから、一歩ずつ、状況を解析する」


 高ぶる焦燥感を押し殺し、彼女は深呼吸する。


(無闇に動くより周囲観察)


 光磁遮道の試合が始まるときのように、丹田にぐっと力を込めた。視界が広がる。


(戦場の半径はおよそ四キロメートル。羅列太陽系の天蓋も冠の星も視認できない。それに色素が消失している。地上の援護戦闘型兵は約百五十人。逃げそびれた一般市民四十人のうち、半分以上は保護されている。残りの市民は意識を消失している模様。繊維獣の胴体、厳密にいえば後体部は、約一キロメートルの虚無空間に隠蔽されている。敵の推定身長は九十メートル。正面からの反撃は、核燃料戦車でも悲観的だ)


 俯瞰視による偵察の精度を更に高めていく。

 ふと、周囲の建物の中に「繊維獣らしい」攻撃を明らかに受けていないモノでも、瓦礫がこぼれ落ちることに気づく。


(崩れただけ?)


 目を細めるが、定位置での観測には限界がある。


 もっと自由に動きたいという意思を込め、足元のナノマシンを見つめる。オンソロージーはたちまち金属板のような形に延展した。


 ラックーサはオンソロージーSを抱えながら、その上に乗って、右足で宙に足を進めようとする。すると望んだ位置に、新しい金属板が形成された。

 彼女が歩けば階段も動く。後方が消え、歩むべき位置に新しいステップが出現する。

 空中に自由自在に転向する階段。これで戦場を自在に動ける。


(よし!)


 次いで、新たな異変に気がついた。羽を休めるところを失った鳥達が奇妙な動きを見せている。逆さまに飛んだり、縦飛びさえしている。どう見ても不自然だ。


 地上を見下ろすと、人間以外による大騒ぎが起きていた。繊維獣が現れた時の大地震で、おそらく檻が破損し、動物達が混乱に乗じて脱走したのだろう。上野恩賜動物園から逃げ出したキリン、アルパカ、キツネザルなどが、道路をまごつきながら彷徨っていた。


(可哀想、私みたいに迷子なのね……)


 少女は動物達に憐れみの視線を向ける。


 悲鳴や銃声、崩れる建物の音が響き渡る。空気は乱れ、秩序と整頓を重んじる彼女にとって、目まぐるしく変化するこの戦場の光景を一度に受け入れるのは難しかった。


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