13.完璧な檻
クセソーティアソが戦っているその時、北日本の特別ひまわり回転自治体・紅鐘市でも、地球外生命体の襲撃を告げる特例発令警報が鳴り響いていた。
大気圏外でも人工的に大気を再現し、居住可能な環境を作り出している。紅鐘市は、日本とヨーロッパの建築が混在し、その高級感は繁華街に出れば一目瞭然だ。紫と青の光を放つ植物が自生する幻想的な景色の街で、人工大気と惑星の組成が独特の相互作用を生んでおり、霧が地上から低空にかけて立ち込める。湿度は非常に低いが、建物の形状を逆三角形にすることで、小さな雲からの湿気を効率よく利用している。
その平和な街の、積み重ねた三角形の家で、閉じこもり泣き続ける子供がいた。
暗闇に満ちた部屋で、ラディアントオーアのほのかな光だけが揺れている。ふわふわのカーペットにしゃがみ込み、小柄な身体を抱きしめながら、十五歳の少女・ラックーサは静かに泣いていた。桃色の長い髪は彼女の自慢で、光の反射で海中の珊瑚のような艶を放っている。紫色の瞳からこぼれる涙が静かに桃の唇を伝い、陶器のような肌は泣き腫らして真っ赤になっていた。
「なんでいつもこうなっちゃうんだろう……プニプリ、私もうどうしたらいいのかわかんないよ……」
悲痛な呟きに、猫のような犬のような動物が慰めるようにそっと寄り添う。
「プリィ……」
留守がちな両親が、寂しくないようにと十歳の誕生日にプレゼントしてくれた、この遺伝子組み換えのペットがラックーサの唯一の友達だった。
風船のように丸く膨らんだ顔に一つに結合した耳。ビワの花のような丸っこい眼。チワワのような短くてお団子のような足。尻尾はりんご飴のような作りだった。
「先生と会わせる顔もない、もう私、何もできない……」
プニプリはふわりと浮かび上がると、涙に溢れた主人の頬を丸い舌で必死に舐めとった。
「こんな生活もうやだよぉ……」
彼女は元々銀座の一般的な回転街生まれなので、特別エリアの生活については不慣れだった。
それに子供の頃は人類学者の母とパイロットの父に連れられ、各地を巡る生活だった。優しい親は出来るだけ娘の学校生活にも工夫を凝らしたが、彼女は環境の変化にかなり過敏な体質であり、不安定な状況や要素を恐れている。ちょっとした「ずれ」に対して強い焦燥感と恐怖を覚え、体調を崩してしまう。
いわゆる完璧主義だ。ずっと親の都合に振り回された人生だったからこそ、コントールしたくなる自分を抑えることができない。だから、予想外のことと出くわす度に、不安が募り行動不能となる。
今日もそうだった。
彼女は、実は磁石と光の組み合わせを操る伝統武術、光磁遮道の選手だ。
光磁遮道とは、漆黒の土俵で、ラディアントオーアを纏った武器を手にフェンシングのように相手と対峙する。この競技の勝利条件は、発光する隕石の点滅を利用して、相手の背中を三回打つこと。ルールはシンプルだが、機敏さだけでなく、視力、直感、反射神経、そして判断能力の速さ全てが求められる、非常に難易度の高い遊戯なのだ。
そしてラックーサは独自の戦法を貫いていた。彼女にとって、不規則な点滅パターンを持つラディアントオーアに頼ることは、精神的な負担を伴う。だからあえて隕石を装備せず、さらに目を閉じて試合に臨む。己の内面に深く沈み込むことで、五感を研ぎ澄まし、研ぎ澄まされた直感を武器に変えていくのだ。
しかし周囲の選手や先輩からは理解されず、「勿体無い」「わざとハンデを背負うのは傲慢だ」と非難を浴びせられる。教師達も、彼女の現状の戦績は平均レベルなのだから、ラディアントオーアを使えば優勝できると主張し、衝突は絶えなかった。
今日も練習を終え、帰宅しようとしたところを指導者である柳沢に引き止められた。
「ラックーサさんちょっといい?」
眉間にはくっきりと皺が刻まれている。
「あなた、こんな変な戦い方をいつまで続けるの? 来年の名古屋共同大会に出場するつもりなら、ちゃんとして貰わないと、私達イグナイト東京光磁遮道会の皆が困ることになるのよ」
「怒ってるわけじゃないのよ、ただラックーサさんは凄まじいポテンシャルを持っている。あなたの俊敏さと動きの柔らかさを見れば地球のトップクラス選手になれるのが一目瞭然なのに。ねえ、いい加減意地を捨てましょう。自分に素直になれば楽になるわよ」
「先生には私の気持ちなんてわからないですね、意地なんて張ってない、そんなんじゃないんです……私に期待しないでください。私はただ、自分のためにやっているだけです、部の責任なんて背負いたくありません。試合のメンバーからは外してください」
声を震わせながらも、ラックーサは一息にありのままの思いを吐き出した。
柳沢の顰めた顔を直視することもできず、彼女の前に一秒たりともいたくなかった。結局、涙を堪えながら足早に逃げ去ると、自動運転の一人利用ワゴンライトに駆け込んだ。ようやく安全なシェルターに逃げ込めたかのように。目的地を設定した後、涙を拭きながら彼女は少し横になった。ワゴンの揺りかごのような振動に慰められ、ラックーサは尚もすすり泣く。
「なんでいつもこうなっちゃうんだろう。もうこんな生き方は嫌だよ。何もできない、友達と合わせる顔もない、好きな光磁遮道さえももう限界だよ……」




