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11.調律の常夜

 この時代の夜は、永遠の夜、調律の常夜と言われている。


 大都会では、人間の体内時計と昼夜のサイクルを保つために七時から十七時までを日中と設定し、時間内はラディアントオーアのランプの輝度を強く調整する。それ以降は薄めのライトを保持するよう設定が切り替わる。このプロセスは半自動的だ。もっとも、大都会と高度に工業化されたエリア以外では、そんな贅沢はできないため、常夜が君臨する。


 料亭は、伝統的な和風要素と二九〇〇年台の新未来のエッセンスが混ざった一風変わった内装で彩られていた。


 四人が川床にせり出した座敷に座ると、アンドロイドの仲居がしずしずと一礼する。


「こんばんはホタくん、いつものコースにしてね。壬生菜は抜きにして」

「石英様のお好みは心得とりますよ。もちろんバイオ鱧の霜造りもご用意しとります」

「それは楽しみです、あと冷酒を」

「かしこまりました。ほな、ごめんやす」


 慣れたやりとりが全くわからず、がちがちになったクセソーティアソの緊張を解すよう、アダマンティヌースが珍しく微笑んだ。


「そんなに畏まらなくていい。世界政府も上層民も下層民も関係ない。俺達はクセソーティアソの同じ志を共にする者同士なのだから」


 ほうじ茶で喉を潤したクォーツリナが、咳払いをして皆に改まった。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか諸君」


 少年は正座のままごくりと喉をならす。夜の川のさらさらと流れる音がやたらと大きく聞こえる。


「御存知の通りオンソロージーは一年前にクセソーティアソ君へオンソロージーSを託し、光源の選定候補者第一号としました。しかし、赤山総理が仰っていたように、地球外生命体との意思疎通には限界があり、どのような任務、どのような能力を発揮するのか、いつオンソロージーSの本当の力が発露するのか……全て不明でした。今日までね。彼らは信頼の置ける人類の本当の味方なのか、揺動作戦をこなしているのか、立場によってそれぞれの考えがありますが、この困難な時代では、人類の存続のため私達は信条や意見のすれ違いを一旦膝下におき、より大きな視点で連携しなければならないのです。オンソロージーSの用途および、少なくとも認識できるオンソロージーの任命は明らかになりました。つまり、概念の侵食を狙う繊維獣の阻止とライターズのサポートですね。私達はいま他の理由を探る余裕がないのです。今日を持って概念戦争の幕が再び上がったと言ってもいいでしょう」


 アダマンティヌースが続ける。


「敵の繊維獣は正体不明のエイリアンと言った。教えられる範囲の解析結果でいうと、私達が位置する天の川銀河の外、正確に言うと乙女座銀河団外から到来している地球外生命体だ……君はカルダシェフスケールという言葉を聞いたことがあるか?」


 ライターズは首を横に振る。


「カルダシェフスケールとは、文明の技術的進歩の度合いを示す、使用可能なエネルギー量に基づいて文明を分類する尺度だ。彼らは少なくともタイプⅢ文明をもつ。これは銀河文明とも呼ばれ、銀河全体の規模でエネルギーを制御できる文明に相当する。それに引き換え私達はタイプⅠ文明、つまり自惑星の利用可能なすべてのエネルギーを使用および制御できるベルにさえ達成していない。もともと大黒災前で〇.九の文明だったものの、現在は〇.五文明にまで降格しているだろう。文明タイプだけを見れば、勝ち目があるはずもない」


 怯む少年に、クォーツリナが自信を与えるように言い切った。


「ただ今日目の当たりにした光源選定候補者の力を活用し、更に私達のバックアップもあれば、希望は必ずあります」


「そうだ、それに君には仲間が必ず現れるだろう、それがいつで何人なのか、現在は知る術が無いが……。同様に次の攻撃は、どの概念を侵食させるのか、予測できない。ただ、我々は天体物理学の特別科学部門を設置した。地球上の反物質の微量な変化測量を通じ、襲来の五分前には正確な位置情報を公開できるので、今後発令警報が鳴った場合、即時の参戦が求められる」


 クセソーティアソの眼前には彩り鮮やかな小皿が並べられていたが、とても箸をつける気にもなれない。


「クセソーティアソ君は不安を抱えていると思いますので、今後の身体と精神の訓練の効率化も含め、今日から日本宇宙サテライトステーション、光宮小野寐に設置された住宅施設に引っ越すこととなります」


 クォーツリナはさりげなく爆弾を落とした。


「へ?また引越しですか?しかも宇宙?……しかも、今日から?」


「今日からです」


 有無を言わせぬ微笑みの圧力。


「もちろん準備が大変でしょうし、今日から水森補佐があなたの専属アシスタントとして全ての業務のサポートをします。勤勉な生活を怠らないようにね」


「はーい、お任せください!クセソー君、ビッシバシしごくからね!」


 漆の箸を振り上げて水森補佐は大きくウインクする。

「水森さん、マナー、マナー……」

 と呆れるクォーツリナを大胆に無視して。


 少年は与えられた情報量の多さに頭がくらくらする。


 まあ、戦うこと自体には特に抵抗がない。それに繊維獣との戦いで、否が応でも自尊心が高まったことには事実だ。


 正直、単独行動が得意だった彼にとって、組織の一部として結果を出すことは精神的な負荷が多い。指示されたくない以上に、気を遣うことに疲れてしまう。信用できる仲間が存在することを祈りたいが、自分の殻に閉じこもったままでいたい気持ちも僅かにあった。


 矛盾した思いを胸に錯綜させながら、光の戦士第一号は初夏の清涼な夜空に浮かぶ十三の火の惑星を睨む。


(冠の星はどこだろうか、もっと輝いてほしい)


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