10.ビビッド京都
クォーツリナは深く息を吸い、「まず簡単な答えから始めましょう」と冷たい息を吐きながら話し始める。
「ここは関西地方、滋賀県です。クセソーティアソ君が戦った場所は、砂漠化した琵琶湖で、遠くに見える街はビビッド京都です。端的に言います。これは概念戦争です。謎の宇宙人は人類存亡に関わる概念を狙っています。今日、あなたの活躍により、水の概念は修復されました。ですから、水の物理的な形状とその形而上学的地位に異常はありません。そう、あの生き物は光の概念を消滅させた種類のものです。概念が奪われるというのは、物理的な枯渇を超えた、形而上レベルでの干渉を意味します。敵が扱うエネルギーは、私達の持つ資源と比べれば、神に等しいほどです。その生き物達が属する文明は、複数の人類銀河のエネルギーを培うことができると予想されます。貴方が倒した繊維獣は、大黒災と関連があり、人類から光の概念を奪った張本人です。そして、繊維獣が侵食しようとした水の概念を持つエリアは、外からは観察できなくなります。これを私達は概念侵食フィールドまたはグラウンド・メタと呼んでいます」
クォーツリナが一息つくと、アダマンティヌースが解説を引き継ぐ。
「グラウンド・メタが拡大すれば、地球はおろか天の川にも影響を及ぼす可能性がある。つまり、その生き物は、地球外、銀河外、クラスター外から来た人類の敵であるエイリアンと言えるだろう。我々の解析部門は数ヶ月前からその出現を危惧していたが、具体的に何が狙われるかは予測できなかった。新・新秋葉原に厳重な警備を敷いていたことには気づいていただろう?」
首肯するクセソーティアソを、アダマンティヌースは真剣な眼差しで見つめながら言った。
「大袈裟に聞こえるかもしれないが、今日の出来事は時代を変えることになる。光に続き、今度は水が狙われました。人類の存続に不可欠な概念が次々と侵食されるかもしれない。オンソロージーSの力を借り、適任者の能力を通じて戦うしかないんだ」
重い言葉が更に重大な責任を帯びて、クセソーティアソの心に伸し掛かった。
「最後に、クセソーティアソ=ネオンライト。これが、今日から君の新しい名前だ」
アダマンティヌースが肩に手をおき、厳かに微笑む。
「電球の仕組みを知っているか?簡単に言うと、光線は物体と相互作用する際、特定の入射角、反射角、そして光屈折パターンを生み出す。これによって、散乱と分散は分子レベルで特有の特性を持つ。戦闘データの分析から、君が持っていたオンソロージーSの光源は、大黒災以前に人類が使用していたネオンライトと同じ光磁波長パターンを有していることがわかった。ネオンライトという名前は君にぴったりだな。これから戦うたびに、自身の光放出パターンに慣れ、それを磨いていくよう努めてくれ。そうすれば、私達も事前に戦略を練りやすくなる」
クォーツリナは、腕を組みながらクセソーティアソに話しかける。
「さて、逆に、クセソーティアソ君に質問ですが、その杖を使う上で何かヒントを得ましたか?」
「あの、声が自分の中で聞こえてきて……この鎧は『日神衣』と、武器は『パルテノナ・フォス』と明確に教えられました。でも、それ以上の情報はまだ……」
クセソーティアソは自身の無力さを感じながら、言葉を濁らせた。
「やはりそうね。その声は多分オンソロージーからのものよ。つまり、ライターズは音声でオンソロージーとコミュニケーションが取れるのね。分かったわ、武器と電球の光磁波長に関しては、後ほど詳細を共有しましょう」
クォーツリナはタブレットに何かを素早く記録した後、優しい微笑みを浮かべる。
「さあ、色々と疑問があるでしょうが、まずはもっと暖かく、落ち着いて話せる場所へ行きましょう」
彼女の提案に、「はい!」と勇ましく敬礼を返そうとした矢先、水森が含み笑いをする。
その視線を辿り、己を見下ろしてはっと気がつく。ネオンライトの変身が解け、背が縮み青年らしい体つきを失っただけではなく、身に纏った鎧も次第に縒糸に解けて全裸になりそうだった。
「わーーっ!」
思わず手で隠そうとすると、すかさず足元のオンソロージーSが輝く粉を降り注がせる。光の素朴なマントが辛うじて身体を隠した。
「びっくりしたね、ふふふ、変身は魔法でもなく、化学プロセスなのですうう、着ていた装備は燃えて消えちゃうのよ」
水森補佐は今までにない笑顔で優しく解説するが、少年は恥ずかしさのあまり半分しか聞いていなかった。
「それより水森補佐、ライターズ用の新しいスーツを持ってきてあげなさい」
クォーツリナ幕僚長に睨まれ、水森補佐は慌てて新品の制服を少年に手渡した。身だしなみを整えた四人は、化学の解析部門と当番兵を残し出発した。
(考えてみれば、ここからどうやって移動するのかな)
平光展時代の化石燃料によるエネルギー資源はラディアントオーアの補助でもちろん部分的に利用できるが、すでに光度が低い空は化石燃料による公害、大気汚染の被害を受けやすい。そのため貨物運搬の類は、必要不可欠なこと以外に許されていない。それより現代的な移動方法もいくつかあるが、当たり前ながら大量の光源ストレージを消費する。
森林にさしかかると、アダマンティヌースは歩みを止め、スーツのポケットから小さな金属の粒を出して、地面にぽんと放り投げた。すると、かんこんと金属音と共に一瞬で、四人はゆうに入れるカプセルの様な乗り物が登場する。
「これって、な、何ですか!?」
二九〇〇代のテクノロジーで類似した形の飛翔機は確かに存在するが、ポケットサイズの折り畳み式の乗り物は前代未聞だ。しかも、よく見ればエンジンが見当たらない。
「心配しないでクセソーティアソ君、オンソロージーSがアシストしてくれますから。ちなみにこの乗り物は、Capsaと呼ばれています。」
クォーツリナの言った通り、低空パトロールしていたナノマシンの群れがカプセルに収まった。回転し、ターボ付きガソリンエンジンのように加熱し青い炎を吐き出している。
クォーツリナと水森補佐は最初に乗りこんだが、少年は躊躇いを隠せない。
「あれ?クセソー君どうしたんですか?」
早く乗るように水森補佐が自分の隣のシートをぽんぽんと叩く。クセソーティアソは知らず知らずのうちに、首元の電球に触れた。
(------下層民を虐げる世界政府と協力しないと決めたのに。でも、彼らに協力しないとスラムに帰ることすらできないんだ。割り切るしかないだろ……)
かぶりを振って憂いを散らすと、思い切ってカプセルに乗りこんだ。
「お腹すいて動けなくなっちゃった? 貴船の川床料理はとってもおいしいからね!」
と水森補佐が呑気に己の頬を人差し指でつつく。
「出発するわよ」
凄まじい勢いでエンジンが轟き、僅か二分ほどで着陸した。
揺れでふらふらしながら降りた途端、「わぁ……」と水森補佐が思わず声をあげる。
蛍のような仄かな煌めきが空中を浮揚している。心が踊る幻想的な景色だった。
「あれはラディアントオーア? こんなに密集しているのは初めてだ」
ビビッド京都の鞍馬・貴船エリアでは、贅沢なことに神社や樹林のみならず町の至るところに提灯が据え置かれ、ラディアントオーアが豊富な輝気を放っている。
光を放つ鉱石は神社、樹林と町にいたるところまで輝きを広げている。
子供のように周囲の情景に見惚れているライターズの戦士を、微笑みながらクォーツリナが先へ促す。目的地は川床の日本料亭だ。暗闇に覆われる空には羅列太陽系が細い光を照らしていた。