無性に、
【56】
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「…っ…ひっく…」
止まらない涙
けれど立ち止まらない
今、止まってもダメだから
走ろうか?
そうすれば涙は消える
でも、私にはまだ
走り出す勇気がなかった
だから、ゆっくりと
一歩一歩進んでいく
涙が止まることはないけれど
進まなければならないから…
「…っ…く…」
涙が少なくなっていく
最後の一滴を指でなぞる
すると、その時だった
「…奈乃香?」
「………………輝?」
そこに立っていたのは
紛れもない、輝だった
「泣いてるの…?」
「え、あ、違うの…これは…」
「……」
「…え?」
そっと静かに握られた右手
それに対する疑問をぶつける暇もなく
強い力で引っ張られた
ずんずんと歩くその道は
私の家への帰り道
昔はこうして
手をつないで
二人で家に帰ったな…
「今日……」
声のしたほうを向いた、
…けれどやっぱり背中
「…なに?」
「…俊哉と、遊びにいったんじゃ…」
「…………うん…」
知られてたんだ…
おそらく華が口を滑らしたんだろう
知られたくなっかた
そう思うと
胸がキュ…と締め付けられる
「…楽しかった?」
「……」
その質問はどういう意味なんだろうか
素直に楽しかったか聞いているだけ?
楽しかった
そう言えばいいのだろうか
「楽しかったよ」
「そっか、そうだよな…」
少し悲しそうな顔をする輝に
切なさと同時に
ちょっとした自惚れを感じていた
「………」
しかし、それは一瞬で消えた
繋がれた手を少し強めてみたけれど
その手は握り返されることはなかった
また、胸がひとつ締め付けられる
ほんの少しの沈黙
涙ももう、とっくに消えていた
「…ついたよ」
「へ?あ、」
いつの間にか
もう私の家の前まで来ていた
少し驚いた私が
呆然と家を見つめていると
「…フッ…」
と小さく隣から笑い声が聞こえた
輝が小さく笑っている
楽しそうに
私を見て
私の
隣で
「やっぱなぁ…奈乃香だ」
違う
「奈乃香?」
違うよ輝
違う、違うの
私は奈乃香だけど
でも、違うの…
「奈乃香?どうしたの?」
気が付くと
乾いていたものが再び流れてきた
それに触れる
彼の指が
暖かくもあ、冷たくもあった
――近くて、でも遠い
「輝…てる…っ」
「うん、ここにいる。どうした?」
「私…わたしは…ッ…」
胸に秘めるこの想いが
涙とともに溢れてくる
「…好き…好き、なの…ッ」
届け、届けと
必至で「好き」と繰り返す
涙で見えないけれど
触れている彼の指先から
輝は戸惑っているんだと解る
「…奈乃香、落ち着いて…」
「…好き…なのに…輝、が…ッ」
解ってる
これが彼を困らせるだけだと
解ってる
…けど、とまらないんだ
「…あんな、俊哉が好きだった、のに…ッ」
「・・・」
一瞬、輝の指が止まった
そしてその手は
私の肩へと移り
そっと家へと促していく
「…輝…?」
「ごめんね、」
ゆっくりと扉がしまる
全部が
彼との全てが遠くなる気がする
「奈乃香」
――バタン
「……ッうあぁ…」
流れる涙
また涙をながせば
輝が来てくれると信じていた
いつも
そばにいた輝は
どんな時でも
私の涙を拭ってくれた
これからも
それが続くと
当たり前のように思っていた
「…輝ッ…輝ッ…」
最後まで
私は彼にとっての
『奈乃香』でしかなくて
それが無性に嫌で、嫌で
私は、やっぱり
輝のことが、好きなんだ
―――――――――――
「……………」
秀也兄ちゃん
俺はこれでよかったのかな
彼女を
秀兄の大切な彼女を
泣かしてしまった
できればあのまま
この手であの肩を抱きしめたかった
この口で
彼女のことを呼んであげたかった
でも…
「俺は…『幼馴染』でいるのが…」
――――――――――
(最後まで)
(君にとっての輝で)
(貴方にとってのカノンで)
(いたかった)
でもそれは
叶わないことなんだ
「ごめん…『カノン』」
「……ッ……呼んでよ…」
【next】