瞳に、
【55】
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‐ゆっくりと
でもそれは確実に
近づいてくる
ほんの2,3秒の出来事が
何分にも、
何時間にも感じる
この瞬間が過ぎれば
一体どうなってしまう?
ずっとこの人といる?
このまま
なにもなかったかのように
平然と毎日を送るの?
「…奈乃香?」
あと少しで重なる、
そんな瞬間に
私はゆっくりと
彼の肩を押した
「…ごめん」
この時が来るのは
私が、私自身で決めたこと
なのに、気持ちが揺れる
このままでいたい
でも、それじゃ…
「ダメなの…」
まっすぐ
貴方の瞳をみて伝えたい
優しさを教えてくれた瞳
高鳴る気持ちを教えてくれた瞳
好きという気持ちを教えてくれた、瞳
そんな瞳が大好きで、
大好きで…
でも、それよりも
優しくて、それよりなにより
暖かいあの瞳に
吸い込まれてしまった
だから、この瞳とは
お別れ、するんだ…
「私、俊哉のこと好きだった」
やめて、
そんな悲しそうな瞳
そんな瞳にお別れしたいわけじゃないのに
「でも、もう…」
――ガタッ
「あ、もう着いた、降りようか」
「え?、あ、俊哉、あの…」
どうして?
どうして言わせてくれないの?
どうして…そんなこと解ってる
それほどまでに俊哉は
私のことを大事にしてくれていた
その証拠だ
「…っ俊哉!」
けれど…
言わなきゃいけないの
「私、私は…ッ!!」
まっすぐに見れば
ふわりと微笑む俊哉
その瞳にまた揺らぐ
―何を迷っているの?
―もう決めたのに
―また、私は迷う
その瞳に翻弄される
私の心
頭ではわかってる
このままじゃダメだってこと
誰も幸せになれないってこと
「迷ってる」
「え…?」
顔を向ければ
今度は困ったような顔
「知ってたんだ、奈乃香がもう、俺を好きじゃないってこと
だから、今日で最後にしようと思ってた
でも、もしかしたら…なんてこと考えて…」
その困った顔は
さっきまでの私とおんなじ
どうすればいいのかわからない顔
わかってる
私はわかってるよだから…でも…
頭ではわかってるのに
―どうすればいい?
「でもさ、俺、決めたんだ
やっぱり奈乃香は俺じゃなくて
アイツといたほうが笑ってる…だから…」
最後の俊哉の瞳は
私の大好きだった
優しい、瞳だった
「バイバイ」
やっと
お別れできたね
――トンッ
背中を押され
そのまま歩きだす
決して振り返らないで…
気が付けば頬には
暖かいものが流れていた
それは収まらず
増していくばかりだった
「う…ううぅ……うわぁぁ…」
それを飛ばしてしまえ
走れ
走れ
もっと、もっと
走れ
走れ
「…ありがとう…バイバイ」
大好きだった人
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