偽物、
【51】-奈side-
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終わって欲しくなかった
夏休みは、
無残にも終わりを迎え
新学期初日の朝は
憂鬱な気分で始まった
カーテンをあけると
まだ暑さがのこる
太陽が上がった爽やかな朝
「はぁ…」
ネクタイを締めようとするけれど、
自然とその動作が
ゆっくりになる
なるべくゆっくりと
学校に行くのを遅らせる
それでも時間は
止まってはくれない
「行ってくるね…」
玄関をでると
新学期を感じる匂いがする
久しぶりの感覚
久しぶりの風景
ただその道のりを歩く
一歩一歩は重かった
気が付けば
自分のクラスの前
ふと左側に目をやれば
彼のクラスが見える
笑い声が響くその場所の
中心には彼がいるんだろう
それを気にしないように
大げさに扉をあけて
大げさに
「おはよう」
と言った
―――――――――
―――――――
―――――
『こんにちは。お昼の放送の時間です。今日の曲は…………』
校内に響き渡る放送
それをなんとなく耳に入れながら、
お弁当に箸をのばす
―――ザアァ……
屋上に吹く穏やかな風は
夏休みの時のような
ぬるさはもう少なく
その風は
季節の変わり目を知らせる
今日はなんとなく
屋上で食べようと思った
華は新学期早々に熱を出したらしく休み
一緒に食べようと
声をかけてくれた子もいた
だけど、なんだか
楽しく皆でおしゃべりしながら、なんて
そんな気分じゃなかった。
だから断って、
一人でここに来た
「あ、これ華の好きな曲だ…。」
「へぇ、アイツこんな渋い曲すきなんだ。」
「ふ、深井くん!?」
声はした、
のに姿が見当たらない
すると頭上から
「こっちこっち、」
と声が聞こえた
素直に上に顔を向けると
片手にパンをもった
深井くんがもう片方の手を
ヒラヒラと振っていた
「な、なにして…」
「ん、ここ俺の指定席なんだよね、知ってた?」
「そ、そうなんだ…」
「うん」と一言かえして
またパンをひとかじり
遠くの空を見ていた
私はまた目線を落とした
深井くんの指定席
そこは…
「なんてのは嘘」
「……………え?」
「美倉サン元気ないし、どうしたのかなと思った」
「ど、どうもしないよ?」
誤魔化して笑うと
また深井くんは気に入らない様な顔をした
ため息を漏らしながら
またパンをかじる
「嘘をつかれるのは嫌いなんだよ。」
「…………!!」
その言葉は
浜辺できいた彼の言葉と重なって聞こえた
―嘘をつかないで、
―俺には、
―本当の君でいて、
そう伝えてくれた彼は
今、本当の彼なのだろうか
「さしずめ、原因はここを指定席としている奴」
「…敵わないよ、深井くんには、」
小さく笑いながら
顔をあげた
するとそこには
柔らかく笑う顔がある
深井くんは
ゆっくりと降りてきた
そして私の隣に座った
「まあ、細かい事は聞かないけどさ、あんまり一人で抱えこまない方がいいよ。美倉サン」
「うん。ありがとう」
「そうゆう人はバカ食いして太るのがオチだからさ」
と笑った深井くんに
一言余計だといえば
彼は「そっか」、
と口元だけ笑った横顔で
ガサガサと袋をあさった
「新発売、美倉サンも食べる?今日は毒味役がいないから一緒に食べよ」
「毒味役が?」
クスクスと笑えば
屋上にまた風が吹いた
少し
秋の香りがした気がした
――――――――――
――――――――
――――
お昼がすぎて
午後の授業も全て終わった
「さ、帰ろかな。」
何人かのクラスメイトと挨拶を交わして、
鞄を肩にかけ教室を出た
「おい押すな!」
声がしたと思ったら
目の前には
見慣れた彼の顔
一瞬そらそうとも思った
けど、
「あ……………」
「あっ…と…バ、イバイ」
「、うん、バイバイ」
淡々と済ました挨拶
そしてそのまま廊下を歩く
校舎をでて
校門をでて
一番最初の横断歩道
そこの赤信号で足を止めた
(あぁ、そうか)
私は
彼の姿を見たくなかった訳じゃなく、
彼に会いたくなかった訳でめなく、
ただ、ただ
(私を映したあの瞳が)
見たくなかったんだ
.
.
【next】
(だって)
(彼の瞳に映る私は)
(本物じゃなかったから)