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家を出たい


 その日も家の仕事を一通り終わらせ、自室にこもり刺繍をしていた。


 すると普段誰かが部屋を訪ねてくることはないのに珍しくドアがノックされる。


「はい」


 少しだけドア開け顔を出す。そこには不適な笑みを浮かべているアリスがいた。

 嫌な予感がする。


「アリス、どうかしたの?」


「私、来週の夜会で新しいドレスを着ていきたいのにお父様ったら今月はもうドレスを新調するお金がないっていうのよ」


 そうでしょうね。心の中でため息を吐く。

 今も家にいるだけというのにまた新しいドレスを着ている。


「だからお姉さま、あれ下さらない? 結構いいものだってお父様が言ってたの」


 そう言ってアリスが指差すのは壁のラックに掛けてあるウェディングベールだ。


「あれだけは絶対にだめ!」


 私は珍しく声を荒げた。あのベールは亡くなった母から、いつか私に使って欲しいと譲り受けたものだ。

 アリスにとってはただの薄い生地に見えていたのか今まで欲しがることはなかった。


 これまでドレスもアクセサリーも靴も何もかもアリスに譲ってきた。ぬいぐるみも絵本も髪飾りも可愛い刺繍のハンカチも。そのどれもアリスが使っているのを見たことはない。

 波風立てるのも、両親に意地悪な姉だと蔑まされるのも面倒で渡せるものは全て譲った。

 だけど、あれだけは絶対に譲れない。他のもの全てなくしても、母から貰ったあのベールだけは絶対に。


「着けもしないもの持っていたってしょうがないでしょ? 私が有意義に使ってあげるって言ってるのよ!」


「あれだけは絶対に渡さないわ」


--バチンッ


 アリスは頬をおもいきりひっぱたいてきた。


「なによ! お父様とお母様に言いつけるんだから!」


 叩かれ頬を赤くした私と同じくらいアリスは顔を赤くして去っていく。

 とりあえずベールを取り上げられなかったことに安堵しながらも叩かれた頬に手を当て、殆どのものをアリスに奪われ質素になった自分の部屋を眺め大きくため息を吐いた。


「もう、渡せるものなんて何もないのに……」


 その後すぐ、父の書斎に呼ばれた。

 父はデスクの椅子に座ったまま手を組み、私は立ったまま向かい合う。


「セレーナ、アリスを怒鳴りつけたそうだね」


「そんな、怒鳴りつけただなんて」


「セレーナ、二人きりの姉妹なんだからもっと上手くやってくれよ」


 呆れたように言い放つ父からは実の娘への愛情なんてものは微塵も感じられない。この赤く腫れ上がった頬についても見て見ぬ振りだ。


「お父様、私この家を出たいです」


 前世の記憶を思い出してからずっと考えていた。

 大きな傷痕がある。お嫁にはいけないかもしれない。

 けれどお嫁にいくことだけが幸せではない。

 幸い前世と違って体は健康だ。

 この家を出て自由に生きることができれば自分の満足のいく人生が送れるのではないか。

 ひどい扱いを受けるうちにいつしかそんなことを考えるようになった。


「お父様も私がいない方が、この家が上手くいくと思っているのでしょう?」


 父は眉をしかめてはいるが何も言わず黙っている。


「今までお世話になりました」


 何も言わない父に一度深く頭を下げると顔を見ることはせず書斎を出て行った。


 自室へと戻り荷造りを始める。とはいっても荷物は殆どない。替えのワンピースと下着、裁縫道具、母から貰ったベールを丁寧にたたむと鞄に仕舞い、そのまま家を出た。


「ずっと、いつかは家を出たいと考えていたけどまさかこんな勢いだけで出てきてしまうなんて思ってなかったわ……」


 お金もツテも何もない状態で家を出てきてしまったことを少し後悔しながらも気持ちは晴れ晴れとしていた。


 元々、十八歳を過ぎたら家を出て働きたいと思っていた。


「どこか住み込みで働けるところを探そう」


 私は街の職業紹介所へと向かった。


 中に入り、募集の貼り紙を順番に見ていく。

 すると気になるものを見つけた。


『短期お針子急募 寝所無料提供』


 裁縫は得意だ。短期の仕事ではなく継続的にできる仕事がいいが寝所無料提供というのが魅力的だ。

 ここで少しのお金を得て次の仕事を探すのもいいかもしれない。

 

 私は受付に座っているおばあさんに声をかける。


「すみません、このお仕事を紹介して頂きたいのですが」


「ああ、はいはい。コードウェル侯爵家のところですね」


 侯爵家と聞いて驚く。どこかの服飾店が繁忙期で短期でお針子を探しているものだと思っていた。

 貴族が服を作るのならオーダーメイドのものを有名店で頼むだろう。

 わざわざこんな紹介所でお針子を募集しているのは何か意味があるのだろうか。

 もしかしたら思っている仕事内容ではないかもしれない。


「あの、侯爵家でどういったお仕事をするのでしょうか……」


「なんでもカーテンの修復作業をしてほしいのだそうだよ」


「カーテンの修復作業?」


 コードウェル侯爵家は今とある事情で屋敷中のカーテンがビリビリに破けているそうだ。

 新しいものを注文するにも大量のカーテンが完成し届けられるまで数ヶ月かかる。

 それまで取り急ぎ破けた箇所を補修してくれるお針子を募集しているとのことだった。


「お針子さんもねえカーテン縫うより派手なドレスを作りたいからね。なかなか見つからなくて。侯爵様は見つかり次第すぐにでも連れてきて欲しいって言ってるんだけど」

 

 私は別にお針子になりたいという訳ではない。

 仕事と寝る場所があれば何でも良かった。

 カーテンを縫うだけなら私にもできるだろう。変に難しい仕事でなくて良かったと思い、この仕事を受けることにした。


 受付のおばあさんから地図をもらいすぐに侯爵家へ向かう。

 

 貴族たちが住まう住宅街の更に奥の丘を登った先にコードウェル侯爵家はあった。

 もう日は沈みかかり薄暗くなった空に屋敷の明かりはつくことなく、窓からぶら下がったビリビリに破けたカーテンだけが見えている。

 前世、わざとこんな風につくられた空間を知っている。

「お化け屋敷みたい」

 実際に行ったことはなかった。

 テレビや参加していない文化祭の写真で見たことがあるだけだ。


 「本当にお化けが出てきたらどうしよう」


 そんなことを思いながら恐る恐る玄関のドアをノックする。


 暫く待っているとこちらを伺うようにゆっくりと玄関のドアが開いた。


 少し開いたドアの隙間から銀髪に青眼の青白い顔をした男性がこちらを覗く。


(ひっ……)


 薄暗い中覗かせた顔に本当の幽霊のような恐ろしさを感じ思わず下を向いた。

 男性の足下が視界に入る。足はちゃんとあるみたいだ。


「あの、職業紹介所に紹介して頂きやってまいりました。セレーナ・カーソンと申します。よろしくお願いします」


 私は目線を下に向けたまま自己紹介をした。


「そうだったの。ありがとう。ウィリアム・コードウェルです。こちらこそよろしく」


 あまりにも優しい声に顔を上げると嬉しそうに微笑むコードウェル侯爵がいた。

 その顔は先ほどの恐ろしさなど忘れてしまうほど美しかった。



 


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