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怒り


 気が付くと寝室のベッドに寝ていた。

 服もいつも寝る時に着ているものに着替えられている。


 そして私の横には銀色のもふもふがピタリと寄り添い眠っている。

 温かな体温、ふわふわの毛並みに包まれて昨日の気だるさが嘘のようにすっきりとした寝覚めだった。


「ウィリアム様……」


 いつからここにいてくれていたのだろう。着替えもウィリアム様がしてくれたのだろうか。

 私は穏やかな寝息をたてているオオカミ姿のウィリアム様を寝転んだままそっと撫でる。

 

「セレーナ?」


 ゆっくりと目を開けたウィリアム様は私の顔を見て安心したように笑う。

 

「顔色良くなってるね」


「はい。ご心配をおかけしました」


「ううん。アレンから知らせがあった時はすごく心配したけど大丈夫そうでよかった」


 ウィリアム様は起き上がるとベッドから軽く飛び降りる。

 私も体を起こしベッドに腰掛けた。


「断りもなくベッドに入ってごめんね。セレーナが震えてて、この姿だったら温かいかなと思って。あと着替えも……」


「とんでもないです! 大変ご迷惑をおかけしました」


 正直かなり恥ずかしいが、あの濡れたままの状態で放っておくことも出来なかっただろう。


「そうだ、アレンがいつでも食事できるようにしとくからって。僕も着替えたら行くからセレーナも準備ができたら降りておいで」


「はい」


 部屋を出て行くウィリアム様を見送ると一度大きく伸びをして立ち上がる。

 すると壁のラックにカールさんのお母様のワンピースが掛けられているのが目に入った。


 ちゃんと返しにいかないとな。カールさんあの後どうしただろう。もう私とは関わりたくないと思っているかもしれない。まあそれも仕方のないことだ。

 そう自分言い聞かせながらいつもの服に着替えた。



「本当に休まなくて大丈夫なの?」


「昨日もお休み頂いていましたし、体調はもう大丈夫ですので」


「そう? 気をつけてね」


「はい。行って来ます」


 朝食を食べた後、エタンセルに行こうとする私をウィリアム様は心配そうに見送る。

 私は心配をかけないように笑顔で屋敷を出た。

 

 きっとウィリアム様もアレン様も昨日私に何かあったと気付いていると思う。ライアン様とは直接顔を合わせていないけど、私の様子は知っているだろう。

 それでも何も聞いてはこないみんなの気遣いがありがたかった。


 鞄にはカールさんのお母様から借りたワンピースが入っている。仕事が終わったらこれをお母様に返しに行こう。そしたらもうあのお花屋さんにはいかない。カールさんとお友達になることも諦めよう。

 そもそも私にお友達ができるなんて思ったのが間違いだったのかもしれない。


 そんなことを考えながら一日仕事をした。


 エタンセルでの仕事が終わり、お店を出るとお店の前にはライアン様がいる。

 両手をポケットに入れ、お店の前の街灯にもたれるように立っているライアン様は周りにいる女性の視線を集めている。


「ライアン様? どうされたのですか?」


「迎えに来た」


 お迎えなんて初めてだ。よほど心配されているのだろうか。


「わざわざありがとうございます」


「ああ、帰るぞ」


 そう言って歩き出すライアン様の後ろをついて行く。

 路地を抜けた時、ワンピースを返しにいかなければと、ライアン様を呼び止めた。


「そこのお花屋さんのお母様にワンピースを返しにいきたいのです」


 ライアン様はお花屋さんと聞いて怪訝そうな顔をしたが、私の隣に並び、ついてきてくれた。


 お店に着いて中を除くと、カウンターで作業しているお母様が見える。カールさんはいないようだった。

 カールさんにはどんな顔をすればいいかわからなかったのでいないことに安心した。

 ライアン様にはお店の前で待っていてもらい、私はお店へと入る。


「あの」


 お母様が顔を上げ私を見る。目が合うと少し驚いた後ホッとした表情を私に向けた。


「セレーナさん。昨日はごめんなさいね」


「いえ、私の方こそ急に飛び出してしまいすみませんでした。あと、ワンピース貸して頂いてありがとうございました」


 鞄からできるだけ皺にならないように畳んだワンピースをお母様に手渡す。


「いいのよ。もう着ないものだったし。今日はお花見ていかない?」


「はい、ワンピースを返しに来ただけですので」


 お母様は悲しい顔で何か言いたげにこちらを見ていたが、私は軽く頭を下げ、お店を出た。


「ライアン様、お待たせしました」


「ああ」


 ライアン様に声をかけまた並んで歩き出す。

 すると向かいからカールさんがこちらに歩いてきているのに気がついた。

 私は足を止める。カールさんもこちらに気がついたようだ。

 ライアン様は様子の変わった私の顔を覗き込む。


「セレーナ?」


 私が動くことも返事をすることもできないでいるとカールさんが穢らわしいものを見るような目をしながら近づいてくる。

 

「いつも違う男連れてるんですね」

 

 違う男とは以前私を探していたウィリアム様のことだろうか。

 それ以外考えられない私は何も言えないが、ライアン様は敵意を剥き出しにする。


「ああ!? なんだとお」


「ライアン様っ」


 今にもカールさんに殴りかかろうとするライアン様の手を掴み静止させる。


「見かけによらず卑しいですね。あんな傷があるのに。その男性はあなたの醜い傷痕を知ってるんですか?」


「テメェ!」


「ライアン様っ! だめです!」


 その言葉でとうとうライアン様が激昂し、私の腕を振りほどくとカールさんの頬を殴った。


ーードカッ


 勢いよく倒れこんだカールさんと怒りを露にするライアン様に、周りにいた人たちも何の騒ぎだと集まってくる。


「セレーナに謝れよ」


「謝る必要ありますか」


「ああ!?」


 どちらも引かない状況に、集まってくる人たちに、私はどうすることもできずにいた。

 するとお店のほうからカールさんのお母様がずかずかと歩いてきてカールさんのところまで行くと胸元を掴む。

 そしてカールさんの頬を思いっきりビンタした。何度も。


「このバカ息子!」


 お母様は怒鳴りながらカールさんの襟元を掴むと引きずるようにこちらに連れてくる。


「セレーナさん、ごめんなさい。この愚息は私がよく言い聞かせるから」


 そう言ってお店の中へ入って行った。


 

「ライアン様、帰りましょう」


 カールさんがお店に入り人だかりも落ち着いた中、私たちは暫く立ち尽くしていた。


 ライアン様が人を殴ったことには驚いた。口は少々荒いが、心根の優しい方だから。誰かを殴るような人ではない。

 そんなライアン様が私のために怒ってくれたのだから咎めることなんて出来ない。


 お互い黙ったまま帰り道を歩く。ライアン様はずっと拳をギュッと握りしめていた。





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