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二話『    』

『さーえ』


「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」


 十分間の休み時間。授業から意識が逸れて色々なことを考えてしまう時間。


 昨日の花梨との会話が、頭に貼り付いて離れなかった。私は完全に、一人で頭を抱えている変な人だろう。しかし、そんなことを気にしていられる余裕もなかった。


「····やばいやばい」


 だって、ずっと花梨のことを考えてしまう。脳に少しでも隙間があれば、そこから花梨の笑顔がどんどん侵食してしまう。


  


「·····花梨」


 私はまた、『みんなの思い出』のところへ来ていた。写真の中の花梨を見つめてから、そっと目を閉じて、キスをする。


 本物の花梨にもこんなことできたら、と思う。もちろん、しないしできないけど。


 想いを零してしまえば、昨日みたいに彼女が気まぐれで話しかけてくれることもなくなってしまうだろう。余計なことして噂になって、いじめられたりするのはもっと嫌だ。


 LGBTがどうちゃら、とかいう世の中でも、やはり異性を恋愛対象とする人が圧倒的に多いわけで。数が正義の世界じゃ、私は負けてしまう。


 私は何もしない。ただ、この熱が自然消滅してしまうのを待つだけ。波打ち際に建てた砂のお城みたいに、綺麗に失くなってしまうのを待つだけ。


「別に、少しだけ傍にいるだけでいい」


 見てるだけだっていい。勝手に、自己満足してるから。


 そう思ってたのに、意外にも花梨はよく話しかけてくれた。


「紗枝みっけ〜」


「ひぇあ!? 」


「やっほー! 今日は殊更暑いね〜」


 それは例えば、私が一人で下校しているとき。


「だ〜れだ?」


「·····花梨」


「せいか〜い! いやぁ、次の理科の実験楽しみだね〜」


 移動教室の短い間とか。暇つぶしのつもりなのか、たまに話しかけてくれる。


 でもそれは私が特別なんじゃなくて、きっとただの興味本位なんだと思う。元々自由な人なのだ。基本グループの輪の中心で笑ってるけど、ときたまフラッとどこかへ行ったりと、一つの場所でじっとしていられない。


 私たちの間にはアンバランスな関係が築かれていた。


 花梨にとって私は、気まぐれに扱う程度の陰キャ。私にとって花梨は、学校内で一番仲が良くて、どうしても目で追ってしまう人。


 そんなバランスが崩れないように、欲望が溢れ出てしまわないように、だろうか。私は薬物に依存でもしているかのように毎日花梨の写真に唇を押し付け続けた。


 それが日課になって、もう私はそれなしじゃ生きていけないとさえ思った。


 そんなある日、告げられた。


「ねえ紗枝。私、好きな人がいるんだ·····」


 漫画みたいな、好きな人はあなたです、みたいな展開は期待しなかった。


 この世はそんなに優しくない。期待するだけ期待して、その想いが呆気なく破れたとき、また立ち上がれるほど私は強くない。


 だから当たり障りのない質問をした。


「へぇ、どんな人?」


「えっとね·····その、すごい優しくて·····」


 花梨にしては珍しく歯切れが悪い。何となく、私が花梨にとって遠い存在で、自らの人生に特に影響も与えない人物だからこんな話をされるんだな、と思った。


 きっと、花梨のことだから仲の良い友達には話せなかったのだろうと予想した。


「·····うん、それで?」

 

「·····えっとね、隣のクラスの山田君って言うんだけど、すっごい優しくて。私がヘマしたとき見返りなんかいつも助けてくれる·····すごい人なんだ」


 私は、花梨との会話の全てから感情を抜き取った。ただ相槌を打つ機械のようになる。


「そうなんだ」

「すごいね」

「応援してるよ」


 花梨が何を話していたかは、覚えていない。ただ、別れ際まで笑顔を崩さないことにだけ集中した。


「·····話、聞いてくれてありがとね。他の子には気恥ずかしくて言えなかったの。紗枝が話し聞いてくれて助かっちゃった。·····ほんと、ありがとう」


 そう言って笑った顔は、私の涙腺をもう少しで壊すくらいに、輝きすぎていた。      




「ねえ知ってる? 花梨と二組の田中くん、付き合い始めたんだって」


「え、めっちゃお似合いじゃ〜ん」


 数日後、そんな会話が聞こえてきた。嫌でも耳の奥まで入り込んで、そこから色んな神経を突き刺してきた。



 放課後、今日も私は、花梨の写真にキスをした。明日も明後日も明明後日も、偶像にキスをするだろう。


 恋という呪いが解けるまで、私はあなたの写真にキスをする。



 『花梨、あなたが好きです』

 





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