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「青い花束」

作者: ましこ

第19回全国高校生創作コンテスト入選の作品を加筆して描き直しました。

15歳の時の小説です。

 ある日の事である。男は外に出かけた。

 理由は有ると言えば有ったが、無いと言えば無かった。有と無の矛盾をその男は一つの体に兼ね備えていた。

 その日は雪の日だった。初雪だった。冬の訪れ歓喜の声をあげて子供達は走り回り、大人たちはこれからかかる暖房費にため息をついた。男はそのどちらにも属さず、ただ真っ直ぐ 目的地へと歩いた。外は雪が降っていたのに、男は傘一つささずに歩いた。でも、男の髪の色ゆえに雪は目立たなかった。男は白銀の銀世界の様な髪の色をしていたのだ。 街ゆくどの人も、一度は男の顔を見た。そしてまた元の場所へと視点を戻した。男はそれに 気づかないふりをして、気にしない風にして歩いた。

 男が目的に着いた時、そこは閉まりかけていた。男は少しだけ駆け足で店の前に立った。


「すみません、まだいいですか」


 男の声は、案外低かった。

 店を閉めかけていた店主は振り返り、声の主である男を見た。


「ええ、ちょうど閉めるところだったの。雪が降ってきたから客足も遠のくと思って。貴方は幸運な方ですね」


 店主は男の見た目について何も言わなかった。

 それを男は即座に、何故この髪を不思議に思わないのかと不審に思ったが、店主に案内されるがままに、たった一つ開いたドアから店 に入った。


「お邪魔します」


  背の高い男は、少しだけ身を縮めて店内に入る。店主は「背が高いんですね。」そう言ってえくぼが目立つ微笑みを男に向けた。やはり、男の毛色について何も言わなかったし、嫌悪の眼差しも見せなかった。

  男は店主が恥ずかしそうに出したくたびれた椅子に座り、そして、暖かな茶を出された。その暖かさは、冷えた男の体を解きほぐした。男はそこで初めて、店主に注文を言った。


「花束を作って欲しいのです。できるだけ、青色の花を使って作ってくれれば、何も言いません」


「金額はどうしますか」


「それも、花が青ければ何も」


  店主は「分かりました、少々お待ち下さい。すぐに作りましょう」と、さらに奥ばった所 に行きながら言った。

 男がわざわざ来た所は、花屋だった。

 雪なのに、億劫にもならずに外に出て、やってきた場所は花屋だった。店主は顔には出さなかったが、それだけを不思議に、 可笑しく思った。そして、注文通りの青色の花の花束を作った。

 男はそれを受け取ると、満足そうに帰っていった。

 その次の日も、男は花屋にやってきた。花屋は昨日の雪のせいか、ストーブを出していた。 旧式の、ライターで火をつけるストーブだ。オイル臭い、焦げ臭いような匂いが漂っていた。


「あら、昨日の方。ごめんなさい、久しぶりに出したものだから」


「不完全燃焼ですか」


「そうなの、でもこれ以外にストーブが無くって」


 男はその返事には答えず、また昨日と同じ椅子に座った。ただ、あのストーブが店主を悩ませているならば、それを取り除いてあげたいと、無意識に思った。 そして、椅子がくたびれた音を立てるとともに、店主は男に注文を聞いた。


「今日は何を作りましょうか」


「昨日と同じ物を」


  花束は昨日よりも早く仕上がった。店主は要領を覚えたのだろう。ただ、昨日とは違う種 類の青い花が数本混じっていた。


「どうぞ・・・あらっ」


 店主が出て来る頃には、男はうたた寝をしていた。男は昨日、何故だか寝付けなかったの だ。例えるならば、そう、次の日に遠足がある様な日の気持ちだった。

 男は店主の気配に気づいたのか、そっと起きた。


「ああ、すみません。素敵です。ありがとう」


「急ぎの用でなければ、ここで少し休んで行かれますか? 見た所、お疲れの様ですけれど」


「いいえ、大丈夫です」


 男はそう言って、昨日と同じ額を払った。店主は昨日と同じように手を振って男を送り出した。

 次の日も、その次の日も、またその次の日も、男はやって来て、同じ注文をした。店主と 男は次第に親しい仲になって行き、朝食を共にするくらいになっていた。例えば、店主は決 まって、男が遠慮をして朝食を断ろうとする声には答えないようにして、食事が出来上がった後に「さぁどうぞ、召し上がってください?」と得意げに答えた。


「私と貴方の仲でしょう。常連さんにはいつまでもよくしてもらいたいですからね」


  しかし、そんな店主の細やかな願いもむなしく、男はついに現れなくなった。店主は小さな、でも大きな穴が心にポッカリと空いた様な錯覚に襲われた。男が来ないことを、酷く残念に思ったのだ。その日は夜遅くまで店を開けていたが、やはり男は来なかった。

 今度は、 店主が青い花束を作って待つ様になった。

 暑い日も、あの日のような雪の日も、雨の日も、男は現れなかった。渡すはずだった花束 だけが積もり積もって山になった。まるで、店主の気持ちそのもののように。




  何年経った時の事だろうか、あの日のような雪の日に、あの日のままの男に良く似た青年が、店主の花屋を訪ねた。 青年はあの青色の花束の男の写真を出すと「この人物に見覚えは無いか?」と、店主に聞いた。


「ええ、何年か前にご贔屓にしていただいた常連さんです。でも、いつの時だったか、それっきり来なくなってしまって」


 店主は少しだけ、残念そうに言った。すると青年は驚いたような顔をして「男の髪色が気にならなかったのか?」と、重ねて店主に聞いた。

 店主は答えた。


「あの方からも聞かれたんですよ。僕の髪の色が気にならないのかい、って。確かに、雪の ように綺麗な銀髪だったわ。でも、それよりも青色の花束のほうが気になってしまって、私 はそういうのに無神経な人だから、彼は怒って来なくなってしまったのかもしれないわね」


 男の話をすればするほど、店主は湧き出る泉のように男の事を思い出した。店主は、それほどまでに男の事を想っていたのだ。けれど、店主はその事に気づいていないまま、何故か 男とそれに似た青年の髪の色が違うことに事に気がついた。


「貴方はお客様に似ていますね」


「初めて言われます。実は、この人は自分の兄なんです」


「今、この方はどうしておられますか」


「大きな病院に入っています。兄は体が元々弱く、もう長くはないと言われていますが、最 後に一目貴女を見たいと言っています。」


 店主は力が抜けた様に、椅子に座った。 男が生きていたということと、もう長くはないこと、様々な言葉にできない気持ちが、店主の心に薄暗い雲が幾重にも重なった。その雲が店主の紬ぎ出そうとする言葉を妨害しているようで、店主は何も言う事ができなかった。青年は、そんな様子を見るに見かねて、店主に話かけた。


「実は、だいぶ前から貴方を探していました。風来坊な兄の事です。ただ花屋に会いたいと 言われても、どの花屋かも分からず、結局何年もかかってしまいました」


「何故、私を探していたのですか」


 店主はようやく言葉にした。その言葉は涙ぐんでいて、ようやく聞き取れるようなか細い声だった。


「ただの花屋に、あのお方が何の用があるというのですか」


 店主は訳がわからないまま、ただ涙を流していた。




ふらりと現れて、一人ぼっちだった自分に幸せを与えてくれた青い花束の客人。お互い名前は知らなくて、店主と客の関係のまま長いような短い時を共に過ごしていた。 「また明日もいらしてくださいね、今度はケーキを作るんです」店主がこう言うと、必ず次の日に男はそれに合うような茶を持って現れた。そして青い花束を腕に抱いて、大層幸せそう に帰っていくのだ。




 瞼を閉じても思い出せる程に、店主にとってその記憶はあまりにも鮮明なものだった。


「きっと明日も来ると言ったのに、彼の方は来られなかった。きっと明日は明日はと待って いるうちに、私は何千何百という青色の花束を作りました。けれど、最後まであの方はいらっしゃらなかった」


 力任せにそう言った後、店主は深く息を吐いて、荒く空気を吸った。もうどうにでもなれ ばいいという思いだった。


「兄は、死の瀬戸際にいる時であろうとも貴方の事を気にかけていました。どうか、兄と会って下さいませんか」


  店主にとって、それが最後のチャンスだった。 店主は長い間黙り込み、そしてこう答えた。


「私は__」





 雪が溶けた後、花屋には一台の真新しいストーブが置いてあった。冬を越したとはいえ、 まだ寒々しくて店主はストーブの前で温まっていた。奥の作業場には青い花は一輪もなく、 作り貯めた青色の花束も無かった。

  いつものように客が来ない事を悟ると、店主は店を閉めようとした。重い腰をあげると、 ちょうど一人だけ店に入ってきた。


「いらっしゃ……あら、早かったんですね」


「ああ、思ったよりも早く仕事釜終わってね」


 話ぶりを見るに、その人は客では無かった様で、店主は作業場のさらに奥にあるリビング へと二人で進んで行った。


「冬を越したというのにまだ寒いな、お前も体を壊すなよ」


「貴方こそ、いつまた病気が再発するか分からないんですから、気をつけないと……あら、 立派なキノコだこと。今夜はシチュー?」


  仲睦まじい話し声が、花屋に木霊する。その時、立てかけてあった鏡に雪の様な銀色の髪 をした初老の老人と、いくらか白髪が混じった店主の姿が映った。 そして、作られたシチューが器に盛られて、机に置かれる。その机には、シチュー以外の 惣菜とガラスの瓶にいけられた青色の花が二人を見守っていた。

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