エピローグ「君とそばにいるためのたった一つの方法」4
私は一人になってりんご飴を舐めながら夏祭りの雰囲気を楽しんでいた。
こうして浴衣姿で過ごすのも、涼しくていい気分だった。
不安も恐怖もない、こんな賑やかで穏やかな時が来るなんて不思議だ、そんなことを思っているとやってきたのは新島君、今では進藤礼二の身体になってしまった我が家のお父さんだ。
「遅かったじゃない」
「色々あるんだよ、こっちは」
二人、じっと目を合わせると何気なく話しているのに自然とドキドキした。こんな浴衣姿を見られているせいだろうか、いや、本当は早く会いたかったのだ。
「お母さんは?」
「家にいるってさ」
「つまり、誘うのに失敗したわけだ、情けない」
私は会えたのが嬉しくて、思わず照れ隠しに意地悪を言った。
「そんな言い方やめろ、夏祭りとか人の大勢いるところに来るのは趣味じゃないんだろ」
「本当かしら、でもよかったわ、花火の時間には間に合ったみたいで、さぁ見晴らし台まで行くわよ」
気恥ずかしくてついつい軽口をしてしまう私たち。意識しないようにしようと思ったって上手くは行かない。周りに知り合いがいないのを確認して私は彼の手を握って坂道を上がっていく。
新島君が抵抗する様子はない、少しくらい嫌がってくると思ったのに、これじゃあ余計に緊張してしまう。
二人きりだって珍しくなかったはずなのに、何だか恥ずかしくて顔が見れない、なんとも私らしくなかった。
浴衣とサンダルで歩きづらい私の手を新島君は優しく握って、ゆっくりと階段を上っていく。ただでさえお父さんの姿だから身長差があるのに、横を歩くと余計に新島君が大きく見えた。
見晴らし台まで上がってくるとすでに大勢の人が夜空の下で佇んでいた。私たちははぐれない様に手を握って歩く。これから始まる花火が見やすい位置にまで来ると私たちは隣り合って座った。
周りを見渡すと裕子や山口さんの姿も見えた。でもこっちに視線を送るでもなく寄ってくる様子はない、なんだ、気を使ってるのか、そんなことしなくてもいいのに・・・、と思ったけど内心本当は嬉しかった。
山口さんは何も知らなくても、裕子は全てを知っている。
私が事件の終結の後に全部話したから。
そうすることができたのも、隣にいる新島君が裕子に秘密を打ち明けてくれたからだ。
いや、しかしこんな風に手を握ってたら、もし二人でいることに気づいていたとしても寄っても来れないか・・・、そう思うと随分自分は大胆なことをしてしまっているらしい。
でも、これでも関係としては傍目から見れば親子なんだけど、そんな遠慮を受けるとは思わなかった。もしかしたら誰かがいらない告げ口でもしたのかな? そんなことも考えたけど、今そんな余計なことを考えても仕方なかった。
いよいよ花火が打ちあがる時間になって、会場にいる大勢の人が大きな声でカウントダウンのコールを掛ける。
みんながみんな、満点に広がる夜空を眺めていて、一つになったような一体感があった。
「――――もうすぐだね」
新島君の方を向いてぽつりと一言言うと新島君がこっちを向いて頷く。自然と胸が高鳴り、夜の訪れと、いよいよ始まる花火で胸がドキドキした。
みんな揃って同じ空を見ている、不思議なくらいの一体感、みんなの気持ちが一つになって、夜空に眩いくらいの光が灯る。
ヒューン! と大きな音を上げて、次々と花火が上がる。眩いばかりの色とりどりの光のシャワーが目の前に広がって、私たちの世界を明るく照らす。自然と手に力がこもって、勇気が湧いてくるようだった。
「綺麗・・・」
「うん・・・」
夏の終わり、目まぐるしいくらいの不思議な日々、色々なことがあって私は変わった、それを一番に導いてくれたのは、今隣にいる新島君だった。
「ねぇ、新島君? 綺麗なのは花火? それとも隣にいる私?」
山口さんが丁寧に仕立ててくれた浴衣を着て、仲睦まじく隣合って座ったまま、私は新島君を見つめた。私は今、新島君と呼んだ、お父さんとは呼べなかった、自分の気持ちにウソは付けなかったから。
だから今だけは本当の名前で呼びたかった。
二人でこうしていることを、特別なことだと思いたかったから。
今更、新島君に元の身体に戻ってもらおうとは思わない、それは出来る出来ないの問題だけだと思っていたけど、でも、なんだか今はこれはこれでいいと思っている。
私たちはまだ子どもで、いつも一緒にいることなんてできない、ましてや一緒に暮らすことなんて・・・、だから別に一生これでもいいと思ってる。一番近くでいられる、一緒に暮らすことが出来る、この環境のままで。
だから、迷惑を掛けることもあるかもしれないけど、私たちはこれでいいんだと思う。
「どっちもだろ」
新島君が優しく私の問いに答える。自然と時が止まったように二人顔を寄せ合い、気づけば優しく唇同士が触れ合っていた。私たちの間にそれ以上の言葉はいらなかった。
「はふぅ……、んんっ……、ちゅ……、ちゅっ……、あぅ……」
キスの味なんてすっかり忘れていたけど、柔らかくて自然と熱っぽくなっていって、そして、やっぱり青春の味がして甘酸っぱかった。
「新島くん……」
「ちづる……っ」
薄暗い夜の時間とはいえ、大胆にも周りの目なんか気にせずキスしてしまったこと、恥ずかしくてお互い会話もロクに出来なくなったこと、どれも衝動的にしてしまったことだった。
こんなに熱に浮かされてしまっているのは、きっと花火のせいだ。
でも、新島君としたキスは気持ちよくて、たまらなく嬉しかった。
繋がった唇の感触も忘れられぬまま、二人花火をじっと見つめた。
「ふぅ……、何だか不思議な気持ち……。でも、よかったね、キスで身体が入れ替わったりしなくて」
「どっかの漫画みたいに、そんなことで入れ替わるようなら、冗談で済まされないな」
「そうだね、幸せな気持ちになれただけでよかった……」
花火が夜空に上がるたび、大きな音を立てながら、視界が光に包まれていく。今この輝きの中に包まれていることを愛おしく思う、そう、神様に伝えたいくらいに。
私たちはこれからもこの不安定なボートの上を寄り添いながら、生きていくのだ。
人には弱いところも強いところもあり、良い部分も悪い部分もある。それでもさまざまな可能性を持っている。生きている限り、人々の希望を乗せて、新しい世界を描いていく。
私はこれからも伝えていきたい、神様に向けて、一度しかない人生の中で、やり直しの出来ない日々の中で、どうかこの可能性に満ちた世界を一緒にずっと見守っていてくださいと、そしてこの世界がずっと続いていきますようにと。
「私のこと、好きっていうことでいいんだよね?」
「うん、こんな身体だけど」
「身体なんてどうでもいいよ。ただ、心で繋がっている。それがたまらなく嬉しいのよ」
私は熱っぽく満たされながらしみじみと言った。
「そうだな、俺も嬉しい。気付いた頃には、好きになってたから」
私は安心した。好きと言ってくれたこと、それがずっと聞きたかったから。
新島君は秋葉君のことを好きになれなかった。
それで人を好きになることを恐れてしまうかもしれないと、萎縮してしまっているかもしれないと危惧していたから。
だから、しっかりと言葉で言ってくれて安心できた。
「ありがとう、私のそばにいることを、受け入れてくれて」
私は感謝した。大切な彼に、これからも続いていく日々に。
祝福の花火が終わりの時を迎える頃、私たちの熱っぽさはさらに大きくなっていった。




