第十四話「夜明けの銃声」1
葛飾蓮舫にとってこれまでこれほど大きな失敗に至る落ち度があっただろうか。身体を手錠で拘束され、警察に捕まった今になって、そんなことを考えていた。
もう慣れきってしまっていたのかもしれない、ここまで大きく計画が失敗する事態など深く考えていなかった。
常に殺人には刺激が求められる。刺激があるからこそ快感に繋がるのだ。新鮮さを求めるあまり危険な橋を渡る、今回の一件はその最たるものだった。自分から死地に赴くその心意気をかっていた。
生きるため、金を稼ぐための手段であった作業も、いつしかそれだけでは満足できないものになった。わがままになったのか、自分に納得できる仕事しか受けないようになり、自分の興味関心を満たす案件しか受けない。そうしたことがここ数年続いた。
特に贅沢がしたいわけでもなく、金に困るようなことは白糸と仕事していればなかった。なので世話になってきた白糸からの仕事には他と異なり気合を入れて取り掛かり、そのシナリオにもこだわっていた。不測の事態すらもそのシナリオを彩るソースように感じていた。
しかしなんてことだろう、果敢にも向かってくる少女のことを思い出すと笑みを浮かべそうになる。
真っ直ぐなその目と強固なまでの意思、それらを目の当たりにしたことが自分には失われた感情を掘り起こさせてくれた。面白いこともあるもんだ、葛飾は素直にそう思った。
*
これまでの日々を思い出すだけで取り調べの時間になった。
警察の世話になること自体は、その内、そういう日が来るだろうと覚悟はしていたし、すでに警察相手に委縮するような歳でもなく、ここまで緊張や恐怖といった感情はまったく感じなかった。
さぁ、何を話してやろうか、少女の表情を思い出しながら、葛飾は一息咳払いをして、ようやく村上警部の取り調べに耳を傾けた。
「葛飾、黙っていたって罪は軽くならんぞ、早く答えろ」
村上警部は息を荒げた。ここまでロクに返事もしない葛飾に対して、睨みつける視線にも力が入る。しかし葛飾はまったくそれにも動じていないようで、視線を合わせないまま、黙りこくっていた。
「いや、考えていたんだ、どう言えばお前らにも伝わるかってな」
それが取り調べが始まってからの第一声だった。すでに10分以上は過ぎていた、それまでずっと一方的に話を続けていた村上警部にとってそれは挑発のように聞こえた。
「なんだと、貴様警察をなめてるのか、取り調べ中だぞ」
葛飾ににとってその言葉は面白くないありきたりなセリフだと感じた。一方的に声を荒げてくるような、感情的な相手を前にすればするほど心が冷めたような気持ちになる。
それだけ長い時間を取り調べにかけても、自分の言葉は届かないだろうという悲観的な諦めだった。
「まぁそう騒がず聞くのなら聞けよ。そんな怖い態度されちゃあ萎縮しちまって声も出ないだろ」
なだめるようであり説教するような軽い口調で葛飾は言った。村上警部は気に食わないと思ったが、感情を抑え、力を抜いた。
「それでいい、お前さんが知りたかったことを教えてやるよ」
葛飾にとって最初から話を長引かせるつもりはなかった。早く楽になりたかったのかもしれない。
村上警部にとっては聞きたいことは山ほどあるだろうが、それに全て付き合わされるのも面倒で、それだけ長い時間拘束されるのは何より耐え難いことだった。
「結論から言おう、麻生一家を殺したのは俺だ、今回の一件も関係者と目撃者を消すためだった」
村上警部は息をのんだ。この数か月の捜査をひっくり返す発言だった。
「手口はいたってシンプルだ。一家が自宅にいるのを事前に知っていた俺は偶然にも知り合った進藤礼二に薬を使い眠らせた上で車に寝かし麻生氏の自宅に侵入、一人ずつ殺害した、そして車に寝かしていた進藤礼二を玄関に寝かし、犯行に使ったナイフを持たせ、その場から立ち去った」
「なぜ三人も殺す必要があった?関係ない人間まで殺す必要はないだろう」
村上警部はたまらずに聞いた。
「関係はある。目標は麻生の旦那だけだったが犯行を見られてしまったし、進藤礼二を車から連れてくるまでに警察に通報される危険性があった。殺すこと自体は難しいことではない、怯えて震えている相手を殺すのは簡単だった」
「罪の意識はないようだな、無関係な人にも手を出すとは」
「あの状況では仕方なかった。薬を使うよりも確実な選択をとった。さぁ、もういいか、夜も遅いし終わりにしないか?」
「いいや、まだまだ聞くことはある」
「そうかい」
葛飾は早く終わりたかったがそうはいかないようだ。しかしここまでうまく自分のペースに巻き込めたので、ここは一歩引いて村上警部の尋問を聞くことにした。
「麻生氏を殺害した目的はなんだ?」
村上警部にとってそれは最も気になるところだった。動機の面で進藤礼二はなかなか繋がりはなかった。それゆえに衝動的な無差別殺人と思われていた。
しかしこの男の場合は違う気がする。確実に目的をもって麻生氏に狙いを定めて犯行に及んでいる。ならば明確な動機があってしかるべきだ。それが何であるか、それをまずは確かめなければならない。
「目的は俺も分からん」
葛飾は言い捨てるよう発言した。
「わからない? どういうことだ?」
「俺は依頼されただけなんでな。誰にどんな恨みを買っていたのかはしらねぇ。前金で100万、依頼が達成されれば200万、それで受けた。依頼人は匿名だったから本当の目的は知らない」
「本当だな? 全部妄言だとは言わせないぞ」
「ああ、もちろんだ。ちゃんと証拠もある。犯行に使ったナイフ、全部同じ店で買ったものだ、貸倉庫にも置いてある。調べれば入手ルートから何まで全てわかるはずだ」
葛飾はメモを渡した。おそらく犯人しかわからないであろう情報、凶器の入手経路などが分かればもう間違いなくこの男の犯行ということで確実だろう。
「もう満足だろう? 長話はやめて、終わりにしようか」
それでも納得できないことは多くある、しかし少し事件を整理する時間が欲しいのも今の心境からしてあった。村上警部は大きく息を吐いて、葛飾を連れていくように指示した。
裁判まで始まってしまった事件のあまりにあっけない大逆転劇、その渦中にあって村上警部は複雑な心境だった。
葛飾という男が何者なのか、まだ測りかねているその段階で解決と言っていいのか・・・、しかし、然るべき捜査を進め真犯人として事件を解決に繋げなければならない。そのうえで進藤礼二の裁判を白紙化する、
これは捜査不十分であった警察の尊厳や信頼回復にも関わることだ、早期解決が望ましいことには違いはない、彼のような前科のある凶悪犯なら誰もが真犯人だと納得するだろう、迷っている暇はなかった。




