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神様のボートの上で  作者: shiori


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第十三話「夜を駆ける」1

 私は徐々に陽が落ちていく中、廃ビルへと急いだ。


 陽が落ちてしまえば長い夜が始まる、立ち止まってなんていられない、一秒でも早く裕子を助け出さなければ。

 走りづらい住宅街や狭い路地を通りながら、一秒でも早く行かねばと焦りが募っていく


 未だに私はあの通り魔の男の素性を知らない、顔すら見ていない、それは赤月さんも同じだった。



 あれが私たちにとっての”本当の敵”なのか。



 人殺しに慣れたような非情さと迷いのなさ、あれは只者ではない。でもあれは単なる愉快犯なのか? なぜ私のことを狙うのか? 謎ばかりが考えれば考えるほど噴き出てくる。

 現場に向かったとしても助けられるかはわからない、でもそこに裕子がいるというなら、行かずにはいられない。親友を見捨てることなんてできない。


 わずかな時間しかなかったけど、もしもと思い裕子の家にも電話を掛けた。しかし裕子は家には帰っていなかった。僅かな希望は断たれた、もう行くしかないんだ。


 あの男の思い通りにはさせない、絶対に救ってみせる。


 電話が来てから30分以上かかったがようやく廃ビルが見えてきた。少しは今日まで運動をして鍛えてきた甲斐があったのか息は切れなかった。


 あの男が一人でいるという保証はない、仲間と一緒にいる可能性もある、複数人を相手にする場合は困難を極めるが今更迷いはない、私は一人、廃ビルに突入した。



 廃ビルの中を足元に気を付けながら1フロアずつ探していく。到着した直後は夕陽に照らされて眩しいほどに視界が開けていたが、徐々に陽が沈んで視界は悪くなっていく。

 焦る気持ちが高まるが冷静さを失ってはならない、不意打ちを喰らわないように慎重にフロアを巡回していく。


 本当にこんなところに裕子はいるのだろうか・・・、不気味な雰囲気が漂う場所に来て、そんな疑問が浮かび上がる中、三階まで上がったところで物音が微かに聞こえた。



「(誰かいる・・・)



 そして、物音が聞こえた部屋の目の前まで来た私は、いよいよ後に引けなくなった。

 私は深呼吸をして冷静さを維持してから覚悟を決め、物音のした部屋へと入った。


 勢いよく扉を開けた先には通り魔の男が襲撃された時と変わらない姿でそこにいた。そして、その横には椅子に座らされ、縄で手足を拘束された裕子の姿が距離はあったが肉眼で確認できた。



「裕子っっ!!!」



 私は居てもたってもいられず叫んだ。

 やっと再会できた親友の姿、もう一度顔を見れただけでもここに来た甲斐があったと思えた。



「ちづる・・・どうしてっ!」



 一人やってきた私を目の前に裕子は信じられないものを見るように叫んでいた。


「裕子、助けに来たよ、もう大丈夫だから」


 私は声が反響して響くのにも動じず、じりじりと着実に一歩一歩、二人に近づいていく。



「ダメよ!! ちづる! 来ちゃダメ、殺されちゃう、お願い”!! あたしのことは置いて早く逃げて!!」


 

 裕子の悲痛な声が薄汚れた一室に木霊する。

 今更引き下がるなんて、そんなこと出来るはずない。ここまで来たのに裕子のことを見捨てるなんて・・・、私は勇気を振り絞り、歩みを止めなかった。



「そこまでだ、止まりな」



 誘拐犯の男が低い声で警告を継げながら裕子の首にナイフをかける。


 それを見て私は歯を食いしばりながら足を止めた。本意ではないが仕方ないと判断した。この男は本気だ、やはり一筋縄ではいかない、早く裕子を安心させてあげたいのに、緊張で空気が張り詰める中、私は男の次の言葉を待った。


「よくここまで来た、予想通りだ、来てくれると思ったぜ、お友達を助けに来たんだろう? さぁ、覚悟はできてるんだろうなぁ?」


 男はこの状況を楽しんでいるかのように満足げに、嫌な笑みを浮かべながら挑発してくる。

 だが、こんな男に屈しては決していけない。こんな残忍な人間を絶対に許してはならない。


 こんな凶悪犯を、野放しにしていいはずがないんだ。



「裕子から離れなさい! あなたの狙いは私でしょう!!!」


 

 私は覚悟を胸に、気迫で負けないように、声を上げた。



「ああ、そうだ、よくわかってるじゃねえか、いい覚悟だ、気に入ったぜ。それじゃあ始めようか、この前の続きをな」



 私は身構えた。相当この前の一戦が恨みを買っているようだ。


 スタンガンを受けた後遺症がある様子はまったくない、相当な手馴れであることが想像できた。体格的に圧倒的に不利だがここまで来たらやるしかない。


「せっかくの余興だ、正々堂々とやろうぜ」


 そういって男は木刀をこちらの足元に投げた。男はすでにナイフを内ポケットに入れ木刀を右手に持っている。


「先に倒れた方が負けだ、顔や頭は狙わないでおいてやる、そういうルールだ、さぁ、かかってきな!」


 男が余裕の表情で木刀を手に構えるのを確認すると、私は指示通りに足元の木刀を右手に持ち、決死の覚悟で構えた。



「ちづる、お願い!! こんなことはやめて!! あたしの事なんていいから、すぐ引き返して警察を呼んで!! そうすれば、こいつは捕まえられる、もうこれ以上誰も犠牲にならなくて済むから、だからお願い!!」



 裕子の悲痛な叫びが木霊する、でも私は止まるつもりはない。


「大丈夫だから、心配しなくていいよ裕子。

 ずっと決着をつけないといけないって思ってた、だから、私は負けないよ、こんな男に。


 人の命を何とも思わない奴なんかに、こんな怪物みたいなやつ、人間ですらない。


 裕子、どうしても私の感情が、このままこの男を許しておけないの、だから、ここで退くことなんてできない」



「そんなの違う・・・、あたしはそんなこと望んでない・・・、ただちづるには今まで苦労した分、普通に生きてほしかったの。こんなことを望んだんじゃない。どうしてあたしなんかのために・・・」



「だって親友でしょ、それだけで十分だよ」



「ちづる・・・っ、ちづるっっ!!」


 裕子の瞳はもう涙でいっぱいだった。こんなにも私のことを想ってくれる、本当にどれだけ感謝すればいいんだろう・・・。


 そうだ、後はこの男を倒すだけ。

 何てシンプルなの、迷いなんていらない、裕子のためにも、柚季さんのためにも、力を出し切るだけ。



「てやややぁぁあ!!!!」



 私は勢いをつけて男に飛び掛かる。

 ガンっ!! と鈍い音と共に木刀同士がぶつかる。

 単純な力勝負では勝てない、私は一度木刀を離し、素早くもう一撃、もう一撃と連続に繰り出していく。男はそれを余裕の表情ですべて受け止めていく。


「なんだぁ!! 軽いぞ!! 威勢だけかっっ!!」


「くぅぅぅ!! てやぁぁぁ!! はぁぁあぁ!!」


 みんなのためには私は止まるわけにはいかない、気合を入れて何度も何度も立ち上がって木刀をふるう。

 だが、なかなか男の身体には届かない。



「軽いって言ってるんだよ!!」



 ずっと木刀で受け止めるだけだった男が、一際強く激しく一閃を放つ。

 勢いのついた一撃に私は木刀を持ったまま吹き飛ばされ、地面に倒れこんだ。


「ちづる!!!」


 衝撃で倒れこむ私を見て裕子は悲鳴を上げた。その声はフロア全体に響いた。


「所詮借り物の身体ではどうにもならないってことだ、か弱い女の身体じゃ、使えるのは男を誘惑することだけだってこった、もう諦めな」


「貴様!! この身体は借り物なんかじゃない!!」


「偽物のくせに、口だけで軟弱なんだよ!!」


 どれだけ身体が悲鳴を上げたって、諦めるわけにはいかない、私はこの身体が好きだ、誰よりも好きだ、だから絶対にやれるはずだ、入れ替わってからこれまでの日々は無駄なんかじゃない、強くなるって決めたんだ、誰も悲しませないために。


 私は決意を胸に、再び立ち上がり、目の前の男へと駆けていった。


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