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神様のボートの上で  作者: shiori


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第六話「Water Train」2

 月曜日の朝、私は重大なことに気付いてしまった。


「あの・・・、ちづるさん、一つお尋ねしたいことがあるのですが」


「何よ、突然女々しい声を出して」


 いやいや、本来これが普通なのでは?

 確かに焦っているから遠慮がちに話しかけていますが、あまり気にしないでいただけると助かるんですけどね・・・。


「早く言いなさいよ」


 私が言うのを戸惑っていると、ちづるはご機嫌斜めになってしまった。


「では、手短に済ませたいので聞きます、スクール水着はどこにありますか?」


 私は精一杯の自然な笑顔で聞いた、いや、実際は全然自然などではなく顔は引きつっていた、引かれないように、なんとか勇気を振り絞って聞いたのだ。


「変態、今すぐ死ね、んじゃ、私は聞かなかったことにして帰るわ」


 猫のちづるはケダモノを見るような眼で(猫だから表情なんてわからないけど!)私を見て、玄関まで立ち去って行った。


「誤解です!!誤解です!!帰らないで!ちゃんと事情があるの!」


 その時、ガチャっと玄関の扉があいた。そこには新島俊貴、いや、新島俊貴の姿をした柚季が立っていた。


「何か大きな声が聞こえましたがどうかしましたか?」


「あら、柚季じゃない」


「やっぱりここにいたんですね、うちに帰ってこないので心配しましたよ」


 柚季があまりにも自然に家にやってきたので、突っ込みどころも見失って二人のやり取りを聞くことしかできなかった。


「まぁまぁ、昨日は帰るのが面倒になってここに泊ったのよ」


「それならそれでいいんですけど、それで何の騒ぎですか?」


「それが・・・、また新島君が変態な趣味に走ろうとしてて・・・」


 ちづるがやれやれと言った様子で間違った説明をする。


「誤解を招くようなこと言わないでって、しかもまたって何!?」


「いや・・・、だって前科ありまくりでしょ」


 ここまではっきりと言われるのはさすがにキツイ・・・、私は私なりに頑張ってるんだから少しは認めてくれるとありがたいんだけど・・・。


「今日の水泳の授業で使うから必要なだけなんです、お母さんも部屋で寝てるのでちょっと静かにしてもらえますかっ!」


「そうですか、それじゃあ上がって待たせてもらいますね」


「いいわよ~、支度が終わるまでゆっくりしてて」


 ちづるがそう言うと制服姿の柚季が何の警戒心もないまま、靴を脱いで家に上がる。そんなに簡単に男を家にあげるなんて!いや、中身は女性みたいだけれど・・・。


「少しは遠慮とかないの・・・?というかそれは私のセリフでは?」


「私がいいって言えばいいのよ、柚季にはお世話になってるし、新島君のほうが割り込んできたようなものなんだから」


「もう・・・、これ以上面倒事は起こさないでよ・・・」


 こんなところをちづるのお母さんに見られたら大変な騒ぎだ。


「さぁさぁ、文句いってないで支度するのよ、柚季も朝食食べるわよね?」


「はい、それではいただきます、ここに来るために早めに出てきたので、朝食は抜いてきました」


「それじゃあ、新島君、早く準備して」


「勝手にそっちで決めて、私が全部準備するんだ・・・、扱いがひどすぎる・・・」


「ちゃんとやらないと水着出してあげないわよ」


「は・・・、はい」


 ちづるのほうが一枚上手だった、私は背筋を伸ばして渋々準備を始める。いや、そんなにスクール水着を求めてるわけじゃないですよ?

 今日の授業に必要だからであり、断れない仕方ない状況なんです!


「何だか本当の自分がこの家でくつろいでるってだけで落ち着かないんですけど!?」


「そういうことは早く忘れなさい、それは柚季よ、新島君の姿ではあるけども・・・」


 平然としているが柚季は女性なのだ、中身と外見が違うからややこしすぎて困ったことだが。


「忘れられるわけがない・・・、この歳までやってきたのに・・・」


「融通が利かないのね」


 ちづるは慣れた調子でむしろこの状況を面白がっているようだ、どんな心臓の持ち主だ。


 私は手早くフライパンで目玉焼きとベーコンを焼いて、オーブントースターでパンを焼いていく。ジュージューとフライパンから音が聞こえ、いい香りがこちらにも漂ってくる。


 後は猫用にお皿にミルクを入れて、自分と柚季の分のアイスカフェオレを用意してダイニングの机に運んでいく。


「あ、そういえば」


 私は冷蔵庫から密かに買っておいたサバ缶を持ってきて手早く開けると、ちづるの傍に持っていった。


「ちづる用に買っておいたんだよねぇ、どうぞ召し上がれ」


 私は語尾に音符が付く勢いでめいいっぱいの可愛い声で渡した。


「にゃー」


 照れ隠しかわからないけど、鳴き声を上げてちづるは嬉しそうにサバ缶に食らいついた。

 これが猫まっしぐらか!、私は余計なことを考えながら、自分もパンにマーガリンを塗り、用意した朝食を食べた。


「まるで家族のようですね」


 柚季はふと朝食を食べ終えて、しみじみとつぶやいた。突然のつぶやきに返事をする人はいなかったが、それぞれこの状況を悪くないと思ってしまっていた。


 私は念願のスクール水着をゲットして、二人と一匹で家から学校まで向かった。


「(あぁ、女の子として、男の子と一緒に登校することになるなんて!しかもついこの前までは自分の身体だった相手と!)」


 何も気にしてない柚季の方が異常なのだと思いたい・・・。外見が男の子で中身が女の子?どんなギャルゲー展開だよ・・・、ただし自分を相手にしてるようなものだから、どうしても異性としては見れないわけだが。


「新島君、それじゃあ」


 私は周りに生徒がいるので仕方なく新島君と呼んで、二人とバイバイした。


「進藤さんまたね」


 柚季は相変わらずクールだった、でも昨日までより少しは警戒心を解いてくれたようで、周りに人がいるとはいえ優しい声色に聞こえた。

 少しはこっちにも心を開いてきたということなんだろうか。本来の彼女の性格というものを知らない私にとっては判断がつかなかった。


「ねぇ」


 ちづるがピョンと飛び跳ねて私の肩に乗る。私はびっくりしてちづるの方を向いた。


「本当のことを知られては駄目よ、あなたは進藤ちづるなんだから」


 耳の傍で、私にだけ聞こえるボリュームでちづるは言った。


「大丈夫だって、新島俊貴と進藤ちづるがぶつかって入れ替わったなんて与太話、誰も信じないし、思いつきもしないって」


 私は小声で言った。あれ、何だかこのセリフ、どこかで聞いたことがあるような、いや、今はそんなことは関係ない。

 ちづるの方はそれでもやや心配そうだった。


「あんまり目立つような行動して、疑われるんじゃないわよ、ただでさえあなたは気が緩みやすいんだから」


 私が上履きに履き替え終わると、ちづるはもうそれ以上何か言うことはなくそそくさと離れていった。

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