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神様のボートの上で  作者: shiori


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第四話「新たなる来訪者」1

 裕子の家を出て、自宅に帰ってくると家の中は電気がついておらずカーテンも閉め切っているため真っ暗だった。換気もしていなかったためか湿気が強く蒸し暑く感じた。一日空けただけで人が住んでいる空気感を失くしてしまったよう印象を受けた。私は部屋の電気をつけて、ところどころ窓を開けて換気して心を落ち着かせた。


 帰ってきて早々、まだお腹が減っていなかったのでお風呂に入ることにした。入れ替わってからというもの、女子の制服というものは自分は慣れないので早く着替えてしまいたかった。女らしくいるにしても私服のほうが幾分かは落ち着く。制服のリボンを外し、手早く制服を脱いで私はお風呂に入った。


 随分気を張って疲れていたのだろう。お風呂に入ってリラックスすると自然と意識が薄らいでいく。人間とは不思議なもので日課としてお風呂に入ることを繰り返していると、段々自分の裸を見ても特に意識しなくなっていく。

 自然とそうした認識のアップデートは行われていて、段々と自分の身体にも慣れていってしまっている。

 

 しかし、不感症になったわけでも、性的なスイッチというもの消えたわけではない、そうした性的なスイッチというものはその場の雰囲気によるところが大きいのかもしれない。実際女性の裸を見ていちいち変な気持ちになっていたら、とてもやっていけない。


 そんなことを考えていると、玄関の呼び鈴が何度も鳴らされた。せっかくお風呂に入っていたのに迷惑極まりない。母親から言われたとおり、来客にはあまり関わらないほうがいいのだが、このまま放置するのもどうかと思ったので、とりあえずお風呂から上がって様子を見に行くことにした。


「仕方ないなぁ・・・」


 私は面倒くさがりつつも急いで身体と髪を拭いて、下着と下着が隠れる長さのTシャツを着て、ウイッグを着けてちゃんと被れているかを一瞬鏡で確認すると、バスタオルを掴んだまま髪を隠すような感じに載せて玄関に続くダイニングに出る、もちろんウイッグは濡れていないのでうまくバスタオルで隠す必要があった。もちろんそれは焼け石に水なので、勘の鋭い人にはすぐわかってしまうだろう。


 ダイニングから直接見える玄関には長身の男が立っている。外は雨が降っていたのか濡れた傘を左手に待っていて、右手には大きめのビニール袋を持っている。

 濡れた白のカッターシャツを着たその男はこの前に帰り道で話しかけてきた自称記者の男だ。


「何勝手に入ってきてるんですか?!」


 私は突然の来客者に大きな声を上げた。


「いやぁ、雨が強くなってきたのでね、中で待たせてもらったよ」


「変態!!勝手に家に上がってこないでー!」


 私は男の身体を押し出して玄関の外へと追い出す。


「ちょっとちづるちゃん、前は普通に家に入れてくれたじゃないか」


「そんなの知りません!!問答無用!!」


 私は勢いよく扉を閉めた。無事不審者を追い出して押し倒されることなく貞操を守ることができた。データにない人との遭遇は毎度対応に困る、ちづるが知っている人でも、私が知らない人はまだまだ多い、あまりボロを出して面倒なことにならないよう、できるだけこういった事案は回避したほうが安全だ。


「残念だけど、今日はこれで失礼するよ。また機嫌直してくれたら話し合おう。ここに買ってきたロールケーキ置いておくから、食べておいて」


 追い出した長身の男性は、そう言って残念そうに帰っていった。


 体力のない身体で力いっぱい押し出したせいか息が荒くなってしまい、気持ちを落ち着かせるのに時間がかかった。


 着替えを済ませ、ダイニングで降りしきる雨音を聞いていた。

 あの人は悪い人なのか? まだ判断は付かない、でもちょっと悪いことをしたかもと思ってしまった。

 

 すっかりぼんやりしたまま時間が経ってしまったので、私はダイニングの椅子から立ち上がるとそっと、玄関の外に置かれていたビニール袋を部屋に入れた。


 濡れていたビニール袋の中には話の通り美味しそうなロールケーキが入っていた。

 ロールケーキはキウイやみかんやらがみっちりと入ったフルーツケーキで生クリームと合わさって甘酸っぱいおいしさが口いっぱいに広がる大満足の味だった。


 いやぁ、そりゃあこんな美味しそうなものを見たら食べずにはいられませんよ!


 私は我慢できず爆食いしてしまったロールケーキによって、夕食を食べる前にお腹一杯になってしまったのだった。



 ロールケーキと一緒に入れられていた名刺、そこには東方新聞社週刊誌編集者赤月蓮(あかつきれん)と書かれている。誰もが知っているメジャーな新聞社で決して怪しい記者ではないことがわかった。


 しかし、私は思い出した。あの記事を出した週刊誌はこの東方新聞社から出されている。私に迫ってくる辺り、この赤月連という男はあの記事とは無関係な人間ではない、むしろあの記事を書いたのはこの男だと考えるのが妥当だろう。そう考えればあの男は私にとって気を許してはいけない敵である。


 決して油断ならない相手、今後どんな手段をもって私に接近してくるかわからない。

 ロールケーキは美味しかったが私はこのまま餌付けされて気を許さないよう、気を引き締める思いだった。

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