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神様のボートの上で  作者: shiori


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第三話「メモリーズフラワー」2

 体育館から教室に戻って、次の授業が始まるのを待っていると、私に向かって一人の男子が厳しい視線を送ってきていることに気付いた。目を合わせたとき、心が抉られるようだった。

 あぁ・・・、気付かなければよかったのに、そう思った時にはもう遅かった。


「進藤は親父と会ったのか?家族なんだから会えるんじゃないのか?」


 それは私にかけられた言葉だったが、私は返答に困った。進藤ちづるの父、礼二が逮捕され容疑者となってからすでに一か月近く経過してしまったのだ。

 私はまだ父の礼二とは会っていないし、何も聞かされてなかった私には下手な返答はできなかった。


「ちづるはずっと入院してたんだから、会ってるわけないでしょ」


 そばにいた裕子が私をかばって男子に一喝した。助け舟を出してくれた裕子が不安げに男子を見れなくなった私の手を握る。しかし感情が高ぶっている彼がそれで納得してくれるはずもなかった。


「だったらどう思ってるんだよ。誰が聞けるんだよ、なんで雫じゃなきゃいけないんだ、なんで雫が犠牲者にならなきゃならないんだ、なんでこんな理不尽に殺されなきゃなんねえんだよ」


 教室が静まり返る。彼の言葉に答えるられる人はいない。それぞれ思うところはあるだろう、でも、気持ちをこらえるのが精一杯だった。



「もうやめよう」



 この状況に堪え切れなくなった山口さんが感情を押し殺しながら言った。


「そんなこと、雫は望んでないはずだよ」


「だってよ・・・、このままじゃ雫のやつも安心して眠れねぇだろ」


 私は何も言えなかった。何をいっても誰かを傷つけてしまう気がした。


 私はこの場にいるみんなとは違う、自分だけが遠くに追いやられたような疎外感が胸を襲う。裕子がぎゅっと掴んでくれる手が何よりもありがたかった。



 昼休み、山口さんに誘われて二人で食堂へと向かった。


「さっきのこと。気にしなくていいよ」


 先程の騒ぎから解き放たれ、ようやく緊張も溶けて、階段を下りて食堂へ向かう道すがら山口さんは言った。

 そうか、山口さんは私のことを慰めようとしているのか、私がみんなからの恨みを背負っていると思っていて。

 

「みんな気持ちの整理がつかないの、気を悪くしてたらごめんなさい、本当はわかってるんだけどね・・・、だから進藤さんが責任を感じる必要ないと思う」


 誰だって不安な気持ちは変わらない。私の父が容疑を否認し続ける限り、まだ見ぬ真犯人がいる可能性だってあるし、安心できる日はまだ遠いのだ。


「大丈夫、気にしてないから。麻生さんのことを想っての事だって、私も理解してるから」


「進藤さんは落ち着いてるのね、辛い立場なのに、頑張ってると思うわ」


 話し合いながら二人で食堂に着くと、席を確保して二人ともB定食を頼んで席に着いた。今日のB定食は麻婆豆腐とクリームコロッケ、それに生野菜サラダが添えられ、200グラムくらいのライスが一緒になっている。年頃の男子には嬉しいボリュームだが、ダイエットを気にする女子には多い分量なのかもしれない。


 平均に近い体格の私と山口さんはほとんど体格が変わらないがやや少し山口さんのほうが胸が大きい。

 ウイッグを着けていて見た目、肩に付くくらいまでしか髪のない私に比べて、山口さんの髪は長くてポニーテールで綺麗に髪をまとめている。ウイッグ自体、家にいくつかあるから気分によって使い分けているところはあるのだけど、そういうのはあまり人前では出来ない。

 山口さんは普段、眼鏡をかけていないが、授業中など勉強したり本を読むときは眼鏡をかけたりしている。

 私はその点入れ替わる前も後も視力には問題がなくてそういった苦労とは無縁だ。


 このまま男の時と同じ勢いで食べてたら太るかもしれない・・・、運んできた料理を前にしながらそんな心配が頭に浮かぶ。

 そろそろ、前向きに少しはそういうことも気にした方がいいかもしれない。


「雫とは中学のころから一緒だったの」


 話を始めた山口さんが、突然”なんだか二人きりだと気恥ずかしいね”だなんていうからドキっとしてしまった。でも、”進藤さんには聞いてほしいの”と言うと、続きを話し始めた。


「もう知っていると思うけど、雫のお父さんは有名なお医者さんで、私はというと家が前まで旅館を経営してて、お互い親が世間的に立派な人だったから、そういう境遇が似てるところがあってよく話すようになったの。ちょっと嫌味っぽいからあんまり人前では言えないんだけど。

 家がお金持ちだったからイジメられることもあったけど、二人でいるようになってからは怖くなかった。

 私は元々人見知りするほうだったんだけど、雫はクラスでもムードメーカーで、明るくてよく男子にもモテてたから、いつも男子相手には緊張しちゃってビクビクして及び腰の私は雫に助けてもらってばっかりだったの。


 私は自分の親のように立派な人間になりたい、大人になるにつれてそういう気持ちは確かなものになっていって、家業も継いで人のために生きたいって思ってる。

 そう思ってここにきてから、委員長をやってみんなに頼ってもらえるようになりたいって頑張ってるの。ちゃんと出来てるかどうか自信はないけどね」


 山口さんも毎日不安だったんだろう。大切な人を失くして、それでも精一杯みんなのため頑張ろうとして。せっかく食堂に来たのに食事は進んでないようで心配になった。


「私もそうだけど、みんな不安なんだ。だから進藤さんを責めるつもりはないんだ。それはもちろん事件は早く解決してくれればいいなって思うけど、でもそんな簡単なことじゃないよね」


 みんなの前ではずっと気を張っていたのだろう。弱々しい声で不安が滲み出ていた。

 それでも山口さんは私がどうしたいかどうかは聞かなかった、それが山口さんなりの優しさなんだろう。


「食べないと元気でないよ」


「そうだね、進藤さんは優しい、最近あんまり食欲なくって。今日は体育館ですごく緊張した、胃が痛くなるってああいうことをいうのかな?自分から先生に無理言ってお願いしたのにね」

 

 山口さんが食が進んでいない様子であるのに一方、私は完食する勢いで、何だか自分がバカみたいに思われないか心配になった。


「すごく立派だったよ、私には真似できないかな」


「そうかな、ありがとう。ちょっと元気出たよ」


「私から見れば山口さんのほうが立派に見えるよ、将来のことも考えてて。雫さんのことすごく大切にしてきたって伝わってくるし、私なんて自分のことばっかりで将来のことなんてまだわからないし、本当に自分が何を覚えていて、何を忘れてしまったのかわからないの。本当は大切なことのはずなのに知らず知らず誰かを傷つけてるかもしれないって思うと、辛くって」


「そんなことない。私はね、進藤さんが元気なって、また一緒にいられるだけで嬉しいの。もしも進藤さんまでいなくなったらって想像したら、もっと嫌だから」


「うん、私も自分にできることを探してやってみる。まだ、どうすればいいかわからないけど」


 山口さんの言葉に勇気をもらって、私なりに頑張らないと!、という決意を持つことが出来た。


「よかったら、いつでもいいから私の家にも遊びに来て」


 私を方を見て、明るさを取り戻した山口さんが少し寄りかかるようにして言った。


「今は旅館はやめて、茶道教室や着物の着付け教室をしてるの。私も時々手伝ったりしてて、小さい子どもからママさんまで来てて色々楽しくしてるの。進藤さんも一緒にやりましょ」


「そんなに女の子らしいこと、私にできるかな・・・」


 思わぬ誘いに私は理解が追い付かなかった。

 今でさえに女になりきるのに苦労しているのに、不安しかない。


「進藤さん綺麗だから絵になると思うよ、私も進藤さんの着物姿みたいし」


 確かに私も見たいけど、いや、そんな不純なことを考えてばかりしていたらこの先精神が持たない。

 なんだかとんでもない方向に話が発展している気がするけど、興味があることと女の子らしくできるかどうかは別なんだよな・・・。一緒に何かをすることで山口さんと仲良くなったり、元気づけてあげたりすることはいいことだけど、あまりの未知の領域への誘いに終始戸惑うばかりだった。



 その後、女子トイレで一人静かに人知れず泣き続ける山口さんの姿を見かけた。その手には生徒手帳から出した一枚の写真が握られており、そこには山口さんと雫さんのツーショット写真が写っていた。

 

 もう同じ時は戻ってこない、写真に写っている、寄り添いあった二人の笑顔はもう、永遠の別れの後では悲しみに染まっていた。

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