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XOハロウィーン

作者: 庚午澪

 午前の授業終わり、とりあえず教科書を机に突っ込んでいると。

 スカートの端を揺らすほどの軽やかな足取りで、カリナやって来て席に手をついた。

 なんでも隣街であるハロウィーンイベントに行かないかと誘われる。

 誘われたハロウィーンは町の商店街をあげてのイベントで、毎年開催するほど地味に定着化していた。

 カリナは同じクラスの女子で、小学校の頃からの付き合いがあり、何かと気にかけて話しかけてくる。

 周りのクラスメイトからは、付き合っちゃえよーーと、からかわれるが気にもならないので聞き流し、特に否定もせずにいた。

 否定するほど周りがはやし立てるケースもあるし、スルーしているとは言えカリナには気をつかう。

 それに正直カリナの誘いだとしても、ハロウィーンなんてさして興味もないので適当な口調で言葉を返す。

「二人でなんて勘違いされるだろ」

「えっ!」

 驚いた後に一拍の奇妙な間があり、その後カリナは目を細めて口元を楽しげに形作る。

「……何だよ?」

 なんかしゃくに障る彼女の表情に不可解な顔で返すと、カリナはいたずらっぽく歯を覗かせた。

「勘違いされても良いけど残念。女子グループと行くから、その後で一緒に回らないって意味だったんだけどな」

 別に二人きりでとも、言ってないけどねーーと相手は明るく笑う。

 周囲と馴染まない自分に声をかけて来る過去があったので、てっきりいつもの調子で誘われたのかと勝手に解釈していた。

 だから言い訳ではないが、二人きりだと早とちりしてしまっていた。

 それを自覚した途端に自意識過剰だったと恥ずかしくなり、勘違いされても良いがどこにかかっていたのか考える余裕もなく慌てて顔を背ける。

「で、どうなの? ハロウィン行こうよ?」

 彼の羞恥心を無視した誘いの言葉が再びかけられた。

「……分かった」

 人の気も知らず釈然としないもやもやした気のまま、一つ頷いて承諾した。

 どうしてからかわれるのか彼は理由も理解しているつもりだった。

「よし、約束だからね。皆と別れたら連絡するから、絶対一緒にハロウィン楽しもうね」

 本人からしたら断れずに押し切られた感があるけれど、周囲からはカリナに甘いと見られていてもおかしくない。

 後ろ姿からですら来た時と同様、カリナの機嫌の良さが窺えた。

 やはりその足取りは軽く、自分の席に帰って行く毛先の揺れる背中を見送る。

 正直うっとうしいと感じる一面もあるけれど 、何かにつけて自分を構いに来なければ普通にかわいいのにと胸の内で呟きめ息を吐く。

「あっ、ため息は幸せが逃げてくから禁止だよ」

 地獄耳なのか急に振り向き、唇を尖らせて指摘するカリナ。

 よく教室内で聴き取れたなと眉をひそめ、手の甲を相手に向け、席に戻れと手を振って返す。

 しっしーーと。


 隣街のハロウィーンイベントは、商店街のメインストリートを中心に行われ、当日は正午から夕方の六時半頃まで車両は通行止め。

 ハロウィーン使用に飾り付けられた会場道路は歩行者天国になる。

 イベント自体を見て回るのは無料だが、仮装して参加するにはワンコインの料金がかかった。

 その代わりに特定の商店や建物では、お決まりのトリック・オア・トリートと言えばお菓子がもらえるシステムになっている。数に限りがあり終わり次第終了だけれど。

 他に会場内の特定の建物では、仮装用の更衣室が用意されていた。

 同じ建物内のブースでは簡単な血のりや傷など、ワンポイントメイクをしてもらえる場所もある。

 ハロウィーンは町おこし的な意味合いも強く、歩行者天国沿いの空き店舗では、迷路やお化け屋敷などの定番から、通る時にゾンビが湧いて出てくる小路など趣向が凝らされていた。

 歩行者天国入り口のテントでもらったペラ一のイベントマップには、食べ物屋や出店の略図、迷子センターとメインステージが掲載されている。

 メインステージでは正午のオープンから夕方六時のエンディングまで、仮装コンテストや小学生による合唱、ダンススクールによるダンスの披露など目白押しだ。

 待ち合わせ時間は連絡待ちだが、余裕をもって訪れたので、とりあえず今は通り脇の小さなスペースに置かれたベンチに座っている。

 こうしている間にも、目の前を友達と固まって移動する学生や親に手を引かれる子供、そして仮装した人々が通り過ぎる。

 通りの至る所にカボチャやコウモリ、クモやクモの巣、オバケの絵が街灯や店先などに飾り付けられていた。

 ガチャガチャしているのは好きではないが、カリナに約束を破ったと小言をしばらく言われ続けるのは避けたい。

 そしてクラスメイトと先に遊ぶ彼女は、仮装はせずにちょっとしたメイクとタトゥーシールで地味な格好をすると言っていた。

 余りカリナにはメイクとか仮装なんかせずに普段通りを望むので、ハロウィーンなんだからもっと凝った仮装をと口は挟まなかった。

 道行く喧騒の中にあっても大きな声が耳に入る。

 今いるベンチから数メートル離れた銅像前から聞こえた。

「なんで、僕たちもコスプレしなくちゃならないんだよ!」

 どうやら怒っているらしい高い声に目を向けると、そこには黒い尖り帽子に身体を覆い隠すマントと古典的な魔法使いの仮装姿をした小学生の姿があった。

 しかし見やった視線はその正面に立ち、怒りを口にする男の子をいさめる高校だろう女子の方に移る。

 その女子は色々とデカく、同じく仮装しているようだが、タンクトップにショートパンツは時期的に寒そうに映った。

 オシャレは我慢とか言ってられないし、この季節に私服で手脚を出しているのは痴女かそれこそ小学生でしかいない。

 けれど髪を下ろした頭に被ったキャップから角らしき物体が飛び出ているので、痴女でも小学生でもなくコスプレなのは確かだった。

 そして女子を歳が近いと判断した理由は雰囲気もあるが、魔力を抑える効果があるリストバンドをしていない点とリストバンドをしていても、彼が意識を向ければ相手が魔法使いか妖精かくらいは魔力感知出来たからに他ならない。

「仕方ないだろ。兄貴が手芸部に迷惑をかけたお詫びなんだから。それに怒りたいのは、巻き込まれた私の方だ」

 男の子の憤りをいさめながらも、自分も仮装させられている事に口元を歪める女子。

「いやー、二人とも似合ってるね。ね、部長」

「ああ、そうだね。二人がお詫びで衣装を着てくれるなら、もっと早くに騒動が起きてくれても良かった。他にも色々と着せたいコスプレ衣装や新しいコスを我が部を上げて用意したのに」

「そうそう、候補には魔界二位で魔力切れを起こすと身体が縮むキャラをお兄ちゃんに、そのバイト先の店長のコスプレを妹ちゃんにしてもらう考えもあったんだよ」

「他にも生徒会長とそのOGの案もあったんだけど、二人の性格から出来そうでないから諦めたんだよ。普通に用意する時間もなかったしね」

 口々に最初に目を向けた二人の周りにいた高校生と見られる女子たちが言った。

「でも、結果オーライでしょ。ショタと痴女の完成度は高いんだから」

「今、痴女って言った?」

「言ってないよ。聞き違いじゃない?」

 色々とデカい相手の目を真っ直ぐに見て、真面目な表情で正面から嘘をつく女子。

「存在自体が痴女だから、聞き違えたんじゃないの?」

「今はっきり聞こえたんだけど?」

 馬鹿なのか女子は墓穴を掘って睨まれる。

 交わされる言葉から手芸部らしく、実体はほぼコスプレ部に成り代わっているらしかった。

 手芸部の面々は衣装に統一感がなく、好きなキャラのコスプレだと予想がつく。

 話の内容から気が進まないけれどコスプレをしているらしい男の子が抗議する。

「身体を冷やすのは良くないんだからね」

 自分の羽織っていたマントを脱ぎ、それを手脚剥き出しの女子に掛けてやっていた。

 身長が足らないので、女子が膝を曲げて合わせる。

 いくら今日が秋晴れで日が当たると言っても、空気や吹く風は温かいとは言えない。

 そして男の子はせめて錬金術師の兄弟の作品を上げた。

「妹ちゃんに鎧を着せるとしても、ウチらじゃ専門外だから制作には特撮同好会の助力が必要になる。そうなると交渉も時間も手間だ」

 特撮同好会の名前を出した時に、余り良い顔をしない面々。部員構成が女子と男子に割れるからだろうか。

 そういう事情もあり、既存の服に手を加えるだけで済む用意し易い衣装だった。

「諦めて許してよ、参加費はウチらで払ったんだし。お菓子もらえるんだから良いでしょ。ほら、トリック・オア・トリート」

「僕は別に……お菓子なんて……欲しくなんて……ないんだから」

「明らかに釣られてる反応だぞ、兄貴」

「そんな事ない!」

 咄嗟に否定する男の子だが、マントを羽織った女子は疑いの眼差しを向けた。

 だが先ほど部長と呼ばれた女子が、男の子に提案を投げかける。

「今年こそは仮装コンテストで優勝を目指す。その優勝賞品お菓子一ヶ月分をお兄ちゃんにあげようじゃないか!」

「お菓子一ヶ月分……」

 悩む呟きを漏らした男の子は、葛藤しているのか三角帽子のツバを弄る。

 聞きたくなくとも聞こえてくる話し声。集団というのは声が大きく成りがちで困る。

 移動しようとベンチから立ち上がる際にも、お詫びでコスプレしている二人の不満が耳に入る。

「ーーそれはそうと、こんな格好のせいでドラキュラの人にナンパ紛いの事されたんだけど」

 ナンパという時代遅れのワードが出た。同時にオールバックのドラキュラ像が浮かび、もう今ではコスプレですら見ないと胸の中で一人笑う。

「まぁ、触れて来ようとしたから腕を捻ってやったけど。ずいぶん驚かれたよ」

 捻った後、相手に振り払われた時は逆に力強くて驚いたと女子が口にした。


 アリス、魔女、キョンシー、スポーツ選手、ゾンビメイク、アニメキャラ、着ぐるみ、普段では見ない格好をした人たちが目の前を通り過ぎる。

 屋台で購入したフランクフルトを食べながら、歩行者天国になった道端の縁石に腰を下ろして眺めていた。

「旨いんだけどな……」

 口元に運んでいたフランクフルトに目を落として一人呟く。

「指に似せ過ぎだろ」

 切り込みとケチャップで指を再現したリアル寄りのフォルムが、人の食欲を失わせかねなかった。

 もうしばらく何をして時間を潰そうか、ぼーっと人の流れを眺める。

 すると通りの向こうのドラキュラ姿の男性が目に止まる。

 少し前に耳にした話題に出てきたドラキュラと頭の中で繋がり、自然と目が動きを追った。

 古典的なナースとミニスカポリスの仮装をした二人組に声をかけるドラキュラ。使い古された典型的な仮装が揃う。

 喧騒もあり遠くて話し声は全く聞こえないが、遠目にも何やら喋っているのは間違いなかった。

 一分も経たない内に二人組は笑みを見せ、ドラキュラは女性の肩に後ろから腕をかけて三人並び歩き出す。

 どうやらナンパは成功したらしく、近くの狭い路地に姿を消した。

 女性二人の肩にかけた腕を下ろし、背中を優しく手で押す様にして。

 それにしても長身痩躯で瞳が赤く、青白い肌の中でより赤い唇は遠目でも目立ち、ドラキュラのお手本みたいなコスプレだなと感心する。

 正直、カリナと合流するまで時間を潰すのに困ってしまう。

 賑やかな場所には馴染めずに視線を落とし、左手首に着けたリストバンドを見つめる。

 道行く友達と一緒の人たちが楽しそうだからか、つい考えてしまう。

 このリストバンドを模した魔力を抑える魔道具があるから、魔道具を着けていなくてはいけない魔力があるから、周りはそれを感じ取って遠巻きにしているのだと思っていた。

 しかし、クラスメイトと自分は違うモノとして区別して遠ざけているのは自分で、周りは別に自分を遠巻きにしている訳ではなく、関わらない様にしているのは自分の方なのかと悩む。

 通常、魔法は三十を超えた童貞か二十五を超えた女性にしか使えない。

 例外的に幼い頃から魔法が使える者をナチュラルと呼び、それでクラスメイトと関わらない様にしているのでは? と同級生から言われた言葉を思い出してしまい俯く。

 思い返すと学校だけでなく施設内でも仲の良い子供は居らず、カリナだけが構うなオーラを出していても唯一近づいて来てくる不思議な存在だった。

 幼い頃は下の名前で呼ばれる事が多くて、名前で呼ばれるのはいやだった。けれどカリナに呼ばれるのだけは嫌だけれど何故だか許せた。

 周りと自分は違うモノと思っているのでは? と指摘した彼女も同じナチュラルだけれど、発言を証明する様に周りにはクラスメイトの姿があった。

 賑やかな雰囲気に当てられて物思いに耽っていた顔を上げると、ドラキュラの男性が一人で路地から姿を見せた。

 一緒に入って行ったナースとミニスカポリスの二人組の姿は無い。

 たぶん経過したのは数分、やっぱりナンパは失敗したのだろうか? と詮無い事を考える。

 そんな人間観察をして、残りのフランクフルトに取りかかった。

 しかしーーと暇すぎて、つい考えてしまう。

 路地の先はハロウィーンイベント会場の範囲外。

 帰るにしてはまだ早く、戻って来ない事が引っかかった。

 それは本当に些細な気まぐれで、そのまま気にせずにカリナと待ち合わせをしていた可能性もあった。

 だから、ちょっとした軽い興味から縁石から腰を浮かし、路地に向けて人混みをゆっくり進んだ。

 途中、フランクフルトのゴミを捨てながら歩く。

 近づくにつれて路地の狭さが際立ち、建物の間を通り抜けるだけの薄暗い道という印象が強くなる。

「……!?」

 人気の無い路地を覗くと、そこには道端に倒れるナースとミニスカポリスの姿が目に飛び込んで来た。

 息を呑み、予感があった訳ではないが駆け寄り声をかけた。

 けれど二人が目を開ける様子はなく、息はしているが意識が戻りそうな気配もなかった。

 嫌な予感がして、慌てて二人を対象に魔力感知を向ける。

 リストバンドに偽造した魔道具をしていても、集中すれば数メートル先なら探れた。

 だから、声をかけても意識を取り戻さないのは異常事態でしかない。

 すると二人の首の付け根に違和感を覚えた。

 よくよく見ると歯形があり、集中すると人間の者でない魔力が幽かに感じられた。

「丁寧に噛んだ後に治癒魔法をかけたのか? やったヤツは……発覚を恐れている……」

 意図的に治癒魔法で痕跡を偽装する傷口に、安直だが記憶にあるドラキュラの男性が頭に浮かぶ。

 次にカリナの顔が脳裏を過り、勢いよく顔を上げ、不安にかき立てられて駆け出す。

 待ち合わせには連絡が来るが、単独行動していないか不安でスマホに電話するも、呼び出し音が繰り返されるばかりだった。

 通じない事に逆に焦り、ただ皆と楽し過ぎて気づいていないだけだと自分に言い聞かす。

 けれどそんな事で気持ちが落ち着く訳もなかった。

「くそっ……」

 田舎にしては人が集まるイベントに、どこに顔を向けても良いのか分からず、すぐに焦りばかりが積もる。

 固まって移動した場合どうするか、集団心理なんて分からないが無い頭を働かせた。

 とりあえず思い立った悲鳴を上げながらも楽しめそうなゾンビゾーンを目指し、駆け抜けたけれどカリナたちの姿はなかった。

「……本物のドラキュラが混ざってんじゃねーっての」

 カリナが見つからず空振りし、悪態を吐きながら人の間を急ぐ。

 たまにニュースに上がる魔族による事件。今想定している相手は一人なので、遭遇する確率は高くないけれどもゼロでもない。

 それに他にも魔族が紛れている可能性もあり、万が一にもカリナが被害に遭ったらと思うと焦燥感が押し寄せる。

 探し始めて十数分、一秒一秒がもどかしい。

 対象をドラキュラに変えて抑えた方が先決かとも考えたが、やはり彼の最優先はカリナただ一人。

 焦りから呼吸を乱し、スマホで時刻を確かめる。

「皆といてくれ……!」

 人を大っぴらに襲わず、こっそり犯行に及んでいる事から、大勢を狙うことは無いと予測が立てられる。

 通話に出ない以上メッセージを見るとは限らないし、こんな時は一緒にいるだろうクラスメイトの連絡先を知っていればと、あり得ないもしもにすがってしまう。

 クラスメイトからは一定の距離を取られている。それがもし、自分から出している構うなオーラだったなら、少しは努力するからと改心や神頼みらしき祈りを懐く。

 もうどこを走ったのか分からなくなった頃、ようやく一緒に行くと聞かされていたクラスメイトを見つける。

 二人三人はがっつり仮装をしていたが、残りが普段の面影があるプチメイクだったので助かった。

 安堵の息を漏らす。

 駆け寄る途中でカリナの姿がない事に気づき、固まる周囲に視線を走らす。

 ちょっと席を外しているだけだと願いながら、クラスメイトに声をかける。

 クラスメイトに話かける機会が無いので、少しの躊躇いを覚えたが背に腹はかえられなかった。

「おいっ……」

 ぶしつけなのは分かっている。けれど言葉を選んでいる余裕が、今の彼には残念ながら無かった。

 彼の声に振り向き、向けられる不信感を表した視線を浴びながらも、探しているカリナはどこか居場所を聞く。

 一度顔を見合わせたクラスメイトの中から、一人の女子が彼の質問に答える。

「カリナなら待ち合わせてるからって、少し前に別れたよ」

 相手も声をかけて来たのがクラスメイトと分かり、幾分柔らかい返事だったが、カリナとすれ違いになってしまったと知り焦る。

「ありがと……っ!」

 声がひっくり返ったのを自覚したが、言い直したり羞恥心よりも先に身体をひるがえし、待ち合わせ場所へ駆け出す。

 スマホを確認するが、カリナからの着信履歴は無い。

 皆と別れた後に何かあったのは疑い様もなく、ドラキュラに襲われた訳でなくとも、連絡が出来ない状況にあるのかと思うと心配になる。

 コンマ以下でも襲われる可能性があるだけで、恐ろしくて胸が苦しい。

 とにかく先ほどの現場から推測するに、襲っているのが本当にドラキュラかは別として、人目につかない様に被害者を出しているのは間違いなかった。

 待ち合わせ場所に着き、一縷の望みをかけて足は止めずに歩き、カリナの姿を探して急いで目を走らせる。

 どうか自分の焦った姿を見て笑みを零し、後ろから『だーれだ?』とふざけて現れるんじゃないかと祈ってしまう。

「くそっ、どこにいるんだよ。遅刻するのはいつもオレの方だろ……!」

 焦りが滲む擦れた声で叫び、再びスマホを取り出して呼び出す。

 周囲が楽しげな声に溢れ、取り乱しつつある彼をイラだたせる。

 スピーカーからは呼び出し音が繰り返されるばかりで、聞き慣れたお節介な声がコールに出ない。

 クラスメイトと別れたなら、待ち合わせに向かっていた訳で、近くまで来ていた可能性がある。

 周囲を身体の向きを変える様に見回し、人目につかなそうな場所を必死に探す。

 そして飲み屋が並ぶ細い路地を見つける。入口には小さなアーチがかかり、明らかに今の時間帯では誰も入って行かなそうな場所だった。

 灯りが点く前の看板が飲み屋のそれで、迷わず路地に駆け込み、建物との距離が狭く薄暗い道を進む。

 真っ直ぐ走り、一本道の角を折れた先に探していたカリナを見つけた。

「あ……っ」

 やっと見つけたと同時に、恐れていた事態が現実となって目に飛び込んで来た。

 足を止めた彼は小さく息を呑む。

 こちらに身体を向けたカリナの後ろから、見かけた覚えのあるドラキュラが腰を屈めて首もとに噛み付いていた。

 抵抗したのか腕を摑まれ、動きを封じられた状態のカリナ。

 意識を失っているのか瞳は閉じられ、首が前に垂れて全身からも力が抜けている様だった。

 一瞬にして彼は頭に血が上り、魔力を抑えるリストバンドをかなぐり捨て、思いっ切り歯を食いしばって踏み込んだ。

 気配に気づいたドラキュラが口を離した時には、すでに彼の拳が振り抜かれて迫っていた。

 魔力が込められた脚力は一息に距離を詰め、魔力が乗せられた拳はドラキュラの顔面を捉えるーー事はなかった。

 カリナを彼に突き出して手を離し、自身は後ろに数歩下がり強襲を回避する。

「カリナっ!?」

 押し出されて倒れる彼女を身体で受け止め、名を呼ぶ。

 しかし、反応は無く目を閉じたままだった。噛まれた首筋からは少量の血が伝うのが目に付き、そっと硬い地面に寝かせる。

 しゃがんだまま表情を歪めた顔を上げ、見られたというのに逃げる様子を見せないドラキュラに向けて叫んだ。

「カリナに何をした!」

 魔力を抑えるリストバンドを外した事により、感情に合わせて身体から魔力が溢れる。

 腰を伸ばしたドラキュラは長身痩躯だった。

「何と問われても、食事、としか答え様がないが」

 相手に溢れる魔力が見えているはずだが、ドラキュラは動じず、逆に彼の方が暗く響く声音に恐怖を覚えた。

 けれど恐怖を感じるのも一瞬の事。カリナを襲った事の怒りに駆られ、強く拳を握り締めて立ち上がる。

「何、命までは脅かしていないよ。安心すると良い」

 何日か眠るだけだーーと襲っておいて、心配はいらないと冷徹な声が告げた。

「襲っといて信じられるか!」

 叫ぶと同時に怒りのままに距離を詰め、再びドラキュラに向けて拳を突き出す。

 力押しでしかない一撃は、身体の横で垂らしていた腕を下から振り上げる様にして、あっさり逸らされてしまう。

「くっ……!」

 魔力を込め、魔力を纏い、魔力を乗せた全力を涼しい顔で防がれ、まるで相手にされていない態度に奥歯を噛み締める。

 ドラキュラを睨み上げ、左脚を軸に一度右脚を引き勢いをつけて振るう。

 右脚の蹴りにも魔力を使い、常人でないスピードと威力を伴わせて繰り出した。

 外傷を厭わない敵意を込めた蹴りが、今度は届き衝撃を生む。

 ぶつかった影響で魔力を伴った風が路地に吹き抜ける。

「つくづく今日は珍しい物を目にする。ただ魔力をぶつけて来るだけとは」

 片腕で彼の蹴りを受け止め、冷たい目で見下ろすドラキュラ。

「不意を突かれたとは言え、ただの人間に腕を捻られた事と言い……」

 敵意を向けているのに未だ表情を変えない余裕が見受けられ、更に怒りがこみ上げる。

「許さないっ!」

 素早く蹴り脚を引き、次の攻撃に繋げる。

 左の拳、回し蹴り、連続して右ストレート、相手の胴体を狙っての左ブローからの踏み出しながら身体を回しての勢いをつけた裏拳。

 息を吐く暇のないくらいの連続攻撃は、ことごとく打ち払われ、僅かに身体を逸らして躱され、二度とも受け止められ、軽く後ろに飛んで避けられ、裏拳で追撃するも空振りし、最後に前に押し出す様に蹴りを放つ。

 しかし、それもガードされてしまい何一つ攻撃が通らなかった。

 軽く後ろに跳び、距離を取るドラキュラ。

「もう、気が済んだか?」

 そう言って軽く服を手で払い顔を上げた。

 青白い顔で見つめて来るドラキュラを睨み、怒りに任せても当たらず焦って乱れた息を吐く彼。

「……許さないっ、つったろ!」

 悔しさに拳を握り、地面を蹴りつけて距離を詰める。

「付き合ってられんな」

 ため息を吐く様に呆れを零し、ドラキュラは大きく赤い唇を開く。

 瞬間、魔力が揺らいだ感触を覚えた途端に頭に痛みが奔った。

「ぐぅっ……!?」

 襲う痛みに足が僅かに鈍り、彼の口から歯を食いしばる音が漏れる。

 超音波だかなんだか原因を判明するには至らないが、口を開けるドラキュラに何かされているのは確かだった。

 そして、これはチャンスだと直感が告げていた。

 痛みに耐えるのと気持ちを奮い立たせる意味で吼え、周りの空気に影響するくらい魔力放出を上げる。

 効果があったかは定かでないが、止まりかけた足を再び踏み出す。

 相手は今の攻撃中は動けない。

 なら、チャンスだと地面を蹴りつけて一気に駆け抜けて跳躍。

 上半身を捻り、左手を前に右腕を振りかぶる。

「うおおぉ----ッ!」

 雄叫びを上げ、振りかぶった拳を突き出す。

 殴りかかってくる彼に内心驚いたドラキュラは口を閉じ、片足を引いて身体を斜めにしながら腕を持ち上げ、首を横に傾けて倒す。

 接近を許してしまった一撃は、ドラキュラの横顔を通過して外れた。

 そして相手は持ち上げた右手を飛び込んで来た彼の胸に添える様に充て、足を踏ん張り右腕を真っ直ぐ伸ばす様にして押す。

 仕掛けた彼の身体がくの字に折れ、見た目以上の力で押し返されて吹き飛ぶ。

 予想上回る怪力に数メートル飛ばされ、地面を転がって膝を付き身体を起こす。

 打撃のカウンターを受けた胴体もそうだが、地面を転がりそこら中が痛みを訴える。

 ドラキュラは押し出すために突き出した腕を下ろし、自分の頬に右手で触れた。

 手を目線に持って来ると血が指先に付着しているのを目の当たりにする。

「人間如きが私に血を流させるなど……許されると思うな!」

 怒気を孕んだ声に悪寒が走った。

「許さないのはオレの方だ!」

 すでに片膝をついて立ち上がる彼の右手には、膨大な魔力が集められていた。

 いわゆる漫画やアニメにある力の一点集中。

 空気を揺るがし、風を生む。

 スタートダッシュを切るため、腰を浅く構えて魔力を集めた右手を手刀の形にする。

 その一撃は銃弾なら弾き飛ばし、壁なら貫通し、例え人間より回復力の高い魔族であっても致命傷は免れない。

 手刀を胸の位置まで上げ、矢を蔓にかけて引く様に引き絞る。 

 目を覚ます気配を感じられないカリナに、怒りに染まる瞳で相手の赤い瞳を睨む。

 短く息を吐き、更に浅く身体を沈める。

 そして踏み出すために身を乗り出した瞬間。

「ーーーーっ!?」

 手刀にしていた腕を突然摑まれ、驚いて咄嗟に動きを止める。

「魔力切れを起こす事しようとしてたでしょ。それが何を意味するのか、分かってるの?」

 声に条件反射で振り向くと知り合いの顔があり、真剣な眼差しで射貫かれた。

 彼と同じでナチュラルの女子。

 隣のクラスで学年で綺麗と囁かれるほどの容姿の少女。

「魔力の気配を感じたから来てみれば、まったく……」

 少女は僅かに表情を緩める。

「関係ないだろ! オレはカリナの居ない未来なんて要らない……だからカリナを襲ったアイツを殺す!」

 怒りに任せた少年の相手を殺すという言葉のなんて滑稽に響く事と言ったら無い。

 主張を聞き終えた少女はため息を零す。

 彼がいるのにカリナちゃんが見えないなと思ったら……と含みのある言い方で言葉を止めた。

 普段の彼であれば『ニコイチにするな』とか『ずっと一緒な訳ないだろ』と返して反論を口にするところ。だが、今は引き止める少女を睨んだ。

「だったら、倒して恨みを晴らすよりも先に、カリナちゃんを早く救護所に運ぶか回復魔法をかけるなりしなよ」

 出来ないなら、回復魔法くらいであれば教えてあげるからーーとカリナを最優先にせず、自分の感情を優先した彼を叱る。

 しかし、怒りに飲まれた彼に一度では言葉は届かない。

「うるさい! オレは今、ドラキュラ野郎を倒すんだ。でなきゃ、この怒りが治まらない!」

「一途なのも良いけど、私たちの様なナチュラルにとっての魔力切れは命に関わるんだよ。……断言できる、君が死んだら彼女は悲しむ」

「分かってるさ。それでも!」

 構えた姿勢を解かず、少女を睨む彼の頑固さに首を横に振った。

「これだから男子はバカというか、聞き分けがないんだから」

 言うか早く彼の手刀にしていた手首に、自分の白いブレスレットをはめる少女。

 それは白くてよく見ないと分からないほど綺麗に、魔力封じの文字が入っているブレスレットだった。

 彼が外したリストバンドと同じ効果で意味合いの物。

「何するんだ!」

 ブレスレットの効果で、右手に集約されていた魔力が霧散し、全身を吹き付けていた風が治まってしまう。

「カリナちゃんを悲しませないためだよ。他人への魔力の供給は出来ないんだから」

 体外へ出した魔力の集合は可能だが、輸血の様に人体への魔力の贈与は出来ない。魔法をかける事は出来ても。

 逆上を見せた彼は少女の腕を振り払い、ブレスレットを外そうと手をかける。

 けれど、外れそうになく外れないなら壊そうと力を込める。

 しかし、当然少女の牽制の声がかかった。

「それ、大事な物だから壊さないでね」

 忠告を受けてピクリと身体を震わせて動きを止め、彼は苦い表情を浮かべる。

 ナチュラルと呼ばれる生まれながらにして魔力を使える者は、奇形を始めとし、発達障害、視覚や聴覚の異常、免疫力の低い身体など正常に産まれない傾向にあった。

 だから、容姿を除き生まれながらにして魔力で補っているため、魔力切れを起こした途端、障害が発生し、免疫力低下による病気にもかかりやすい。

 例え魔力が回復しても元通りなんて話ではなく、ほぼ何らかの後遺症が残るリスクがある。もし魔力で補っていたのが心臓だった時、それは死を意味していると言っても過言でない。

 極度に魔力消費した際、他の部員より疲労が酷かったり痛みがある場合は、魔力で補い補助をしている個所で間違いない。

 魔力を感じられたり、視覚化出来る魔法使いであれば、どこを魔力でカバーしているのか分かる。

 そして幼い時期は感情のコントロールが未熟なせいもあり、感情に引かれて魔力の暴走を起こし、最終的に魔力切れが原因で命を落とすことが大きい。

 だから魔力制御のリミッターや対象可能な魔法使いの大人が必要になる。

 もちろん、魔力を失うことも魔力切れと同等の意味があり、ナチュラルは基本子供が作れない。

 行為に及んでしまうと魔力は消失し、お腹の子に魔力は引き継がれ、母体が危険に犯される。

 ナチュラルでない場合でも、男女どちらかに魔力が移る例外も確認されているが、原理は現代の科学技術で解明出来ていないのが現状だった。

 だから、彼のリストバンドや少女のブレスレットは魔法を恐れている人たちのためというのが第一条件でもあるが、魔法の乱用を防ぐ目的以外に魔力をセーブする役目も担っていた。

 そして、しばらく方って置かれたドラキュラが声を上げた。

「人間如きが私を無視するなど、許されないと知れ!」

 怒りに染まる瞳で睨み、真っ直ぐ見据えていた二人の視線と意識がドラキュラに向く。

 尖った己の爪で握りしめて傷付け手に血を握り、身体の前で左から右へ振り払う。

「短い苦しみの中、後悔するが良い!!」

 手から零れ出た血は落ちる事なく空中に留まり、一滴ずつ形を針の様に細く変える。

「ブラッディニードル」

 ドラキュラは他の生物には毒になる血液から作られた無数の針を飛ばす。

 そこまで離れていない距離なので、あっという間に針の雨は無防備に話していた二人を襲うーーはずだった。

 襲い来る血の針は、少女が伸ばす手のひらの先に作り出された魔方円に触れて防がれた。白い光りを淡く発光させた魔方により一本も残らずに。

「天の恩恵を受けている、だと。人間如きが舐めたマネを!」

 驚いた表情を浮かべるドラキュラ。防がれた以外に己の血針が魔法円に触れる前に分解と消滅を目にして驚愕する。

 神や天使からすれば人間は愚かで不完全な存在であるから、優越感から時には助け導き道を示してやろうという気まぐれを起こす。

 大人が赤子を愛らしく思い育てる様に、人は愚かで不完全だから可愛がり愛着を感じるのだろう。

 それでも子供を可愛く思えない大人がいると同様に、人間は浅ましく穢らわしいと嫌う者も中にはいる。

 魔族にはどちらかというと浅ましく愚かしいのが人間で、虫けらほどの存在で餌程度にしか考えていない者が大半であり、魔族では大衆認識だった。

 神を模範した失敗作のクセに人間はどこまで他の存在に助けられるのが当然と庇護を享受してばかりいるのか理解に苦しむ。

 そして何より、涼しい顔で自身の攻撃を受けた人間に腹が立ち、より一層怒りがこみ上げた。

「人間風情が私の邪魔をして、ただで済むと思うなよ!」

 薄暗い路地。相手の魔力が一気に膨れ上がり、翳す手のひらに赤黒い毒々しい球が生まれる。

 球は発光してドラキュラや周囲を赤黒く斑に照らし、空気を伝い二人に球がどれだけ危険な物か感じ取らせる。

 その時、口元を歪めて勝利を確信しているドラキュラに声がかけられた。

「なら、私が邪魔をしたら? 妨害したらどうしてくれるのかな?」

「!?」

 いつの間にか少女の隣に女性が立つ。どこにでも居そうなパンツスタイルの服装だが、ただ者ではない存在感を醸し出していた。

 ドラキュラは目を眇め警戒を示す。

「…………」

 生物としての直感が、妖艶であり禍々しい気配を感じ取る。

「ルスカ」

 少女が名前を呼び目を合わすと、ルスカと呼ばれた女性は艶のある笑みを返した。

 そして一歩前に出て、赤い瞳のドラキュラに目を向ける。

「ん、ヴァンパイアじゃないな。ドラキュラの仮装か。まあ、それはどうでも構わない。どうなの? 私が邪魔をするとしたら」

 ルスカの登場に一度は顔色を変えたドラキュラだったが、手のひらの球を構えた姿勢を維持し、僅かに余裕の表情を見せて言葉を返す。

「人間の味方をするとは、魔族としての誇りの無い者が。近づき過ぎて情でも湧いたか」

「そうだね。未だ多数の人間は食料にしか見えないけど、そうでない人間も私には出来た」

 ちらりと横目で少女を見やる。

「そうか。だが、それもいざ仕方ない事だな。魔族の中でもお前は異質、化け物に違いないからな」

 嘲る様に、けれど声音からは焦りを感じさせるドラキュラ。

 黙って聞いていたルスカは息を吐き一言口にする。

「それだけ?」

 ルスカは気分を害した様子も無く、首を傾げて相手を見据える。

「何もせずに去るなら見逃してあげる。もし、抵抗するなら五体満足は保障しない。あっちの世界に力ずくで送り返すだけだけど?」

「くっ……」

 問われたドラキュラの虚勢を張った余裕が一瞬で失われ、顔色を変えて押し黙る。

 苦悶の表情を浮かべ、一拍後手のひらを握る様にし、赤黒い球を消す。

「……異形種が」

 一言忌々しそうに残し、ドラキュラは身体を翻す。

 そして軽く身体を縮めて跳び、建物の間から空に抜け、直角に折れて飛び去った。

 建物の影になり姿が見えなくなったが、近くにドラキュラの魔力を感じられず、本当に立ち去ったと確認する。

「ありがとう。ルスカ」

 ほっとした様に少女は表情を緩め、つり目を優しげに細めてお礼の言葉にルスカは微笑を返した。

「どういたしまして」

 その短いやり取りから、他人でも二人の仲が知れた。

「さてと、後はカリナちゃんだ」

 彼に振り返り、地面に横たえたままの友達に視線を移す。

 余りにも拍子抜けな、あっさりした幕引きに呆然としていた彼は、ハッと気づいたかの様に踵を返して駆け出した。

「……カリナっ!」

 気持ちが焦り過ぎて逆に危なっかし足取りで駆け寄る彼。

 遅れて少女も彼女の傍らで膝をつき、まず首元の噛み後を魔法で治療する。治療と言っても応急措置程度でしかないけれど。

「カリナ、カリナ、カリナっ!」

「語彙力をどこにやったの?」

 彼女を挟む様に向かいにいた少女は疑問を浮かべ、彼の腕を取って自分のブレスレットと拾ったリストバンドを交換する。

「ほら、カリナちゃんを救護所へ運ぶよ。もう病院から救急車も到着している頃だろうしさ」

 ハロウィーンに紛れたドラキュラの被害を知り、被害に遭った人が集められる救護所に救急車を呼んでいた。

 少女は彼の背中にカリナを背負わせて運ぶつもりで発言したが、彼は想像以上に気が気でなかったのか、意識の無い彼女の背中と膝裏に腕を回して立ち上がる。

「く……うっ、カリナ……っ!」

 くたっとした人を運ぶのは相当大変なはずだが、足早に歩き始めた。


「ありがとう」

 翌日病院のベッドで目を覚ました彼女は上半身を起こし、安心させる様にお見舞いに足を運んだ彼に笑いかけた。

 ハロウィーンに一緒だったクラスメイト達は、彼の前にお見舞いに来て帰って行った。

 もう一日検査のために入院が必要だが、医師からは大丈夫だろうと言われていた。だから、念のための入院でしかない。

「別に……」

 安心した途端に恥ずかしさがやって来て、お礼の言葉に素直になれず、ぶっきらぼうに返事を返す。

 しかし、カリナの様子を見に訪れ、帰ろうとしていた少女が疑問の声を上げた。

「素直じゃないな。『別に……』で済む様な感じじゃとてもなかったのに」

「そうなの?」

 疑問を聞いて少女から、ベッド脇に立つ彼を見上げる。

「そんな事ない……カリナの意識が無かったからって適当な事言うな」

 眉にシワを増やし、口をへの字に曲げた。

「ふーん。じゃあ、そんな素直じゃない彼に代わって目を覚ましたカリナちゃんにプレゼント」

 扉前でスマホを操作、カリナのスマホが着信音を立てる。

「あっ……」

 届いた中身を確認したカリナは、思わず声を漏らし、恥ずかしそうにはにかんで胸に抱いた。

「葉桜ちゃん、ありがとう」

 口元に笑みを浮かべたカリナに、顔の横で小さく手を振って少女は退出した。

 女子二人のやり取りが気になった彼は、ベッドの上のカリナに聞く。

「何だったんだよ」

「えー、ないしょ。気になるだろうから、良い物だったってだけ教えてあげる」

 そう嬉しそうな声で告げ、彼から見えない様にそっと胸の前でスマホを傾け、もう一度画面に映る彼に抱きかかえられた画像を見てはにかんだ。

守生(しゅう)くん。助けに来てくれて、ありがとう」

 お見舞いに来たクラスメイトから、彼があの日自分を探していた事は聞いていた。

 名前を呼ばれた彼は驚き、カリナが浮かべた表情に照れてしまう。

 そして耳を赤くして投げやりに叫んだ。

「んあぁっ、どういたしまして!」

 恥ずかしがるその姿に、カリナは笑みを深くする。





          《了》

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