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婚約者が反逆者で追放された皇女ですが、さてどうしよう  作者: 江栗 成
第一章 エピローグ
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鉱山地方

今回の修道院の出張先は、ガガ村という、採掘事業の盛んな村だった。 乾いた土地らしく、空気が乾燥し砂ぼこりが舞っている。 比較的暖かくなってきたこの時期でも、山間のこの地方では日影が多く、風が寒い。




この地方に架かる山脈には魔力が多く循環しており、魔脈と呼ばれる場所からは、多くの魔道具の動力となる魔石が採掘される。


他に主な産業のないこの地方は、働き手の9割が何らかの採掘に関係した職業についているという。

魔脈を採掘する事業は、この地を収める貴族に取り仕切られ、採掘された魔石は国に納められる。現場で働く者の社会的な地位は高くはなく、取れる魔石の価値からは考えられないほどの低賃金で働く者は少なくはない。


それでも、採掘される魔石を盗む者が少ないのは、忠誠心というよりも、この国では魔石の裏取引がそのまま反逆罪とされるからだ。過去の反逆者が、死罪か、拷問の上での死罪か、親類も含めた死罪かに必ずなっていることからも、この国で生活する者たちはその罪深さを身に染みて知っている。そのため、経費をごまかしても、魔石の採掘量をごまかす者はほとんどいないのだ。




今回の修道院の出張の目的は、教会も病院もない地域の慈善活動という名目の、寄付集めであるというのがリゼの把握だ。普段、教義に触れられず、危険な職場において満足な治療も受けられない、そんな採掘労働者の心を癒し、聖なる力で体を癒す。いわゆるレクリエーションと福利厚生。村人から小金のような寄進を受けることもあるが、大きいのは採掘場を取り仕切る領主であるフェリーゼ伯爵からの、多大なる御礼である。全員に賃金で還元すると途方もない金額になるが、こういったシステムにすれば、教会も潤うし、伯爵も節約できる。村人の満足度はプライスレス。


―――まさにウィンウィンの関係。


リゼの解釈は身も蓋もなかった。










―――うーん。まずはいっぱつ、『ギャグをブチかまし』て、場を和ませるべきかしら。



最近ロビ司祭から、仲良くなりたいなら心掛けろ。と言われた内容を思い出しながら、リゼは作業の手を止めることなく、彼女、レティシアを眺めた。


レティシアという名は先ほど上役の修道女から聞いた。それまで、リゼは会うたびに敵意を見せる彼女の名前を把握していなかった。


―――こういうところが、元皇女の厚顔さと言われてしまうのね・・・。


修道院の上役から今回申し付かった役目は、レティシアと一緒に裏方の作業をすることだった。二人は、村民の集会所の一角を借用して、必要な資材と受けた寄進の管理やその他いろいろな雑用をしているのだが、レティシアは努めてリゼの存在を無視しているようだった。


レティシアは、前に会った時よりも更に痩せたようだ。隈もできている。満足に寝れているのだろうか。修道院においては、基本的に家名は捨てることとなるため、レティシアの出身を知ることはできなかった。そのため、未だにリゼはレティシアの怒りの理由を知ることはなかった。知らないことを反省し、謝罪することは、リゼにはできない。

わざわざリゼをなじるのであれば、理由を明らかにしないと何をしてあげればいいのかわからない。

リゼは、自身の共感力を全く期待していない。


ふと、今まで作業に集中しているふりをしていたレティシアが、両手をさする。唇も心なしか血色が悪い。


「お姉さま、寒いですか・・・?」


リゼが声をかけると、一瞬びくっと体を揺らした後、いつも通り憤怒の顔をする。



「寒いわよ。こんなみすぼらしいところで、こんなスカスカの安っちい服を着て、ちゃんとした貴族の娘がすることじゃないわ。」


まだ、修道女であることに納得していないらしい。

そのような態度だから周りの修道女も、この地方の寒さを教えてくれなかったのだろう。

もちろん、打ち解けられてないことはリゼも人のことは言えないが。


彼女の怒りの大元は知らないので、解決できないが寒さは解決してあげることができる。

ごそごそ、と聖具の緩衝材として持ってこられた何かわからない布を引っ張り出し、レティシアのほうに差し出した。


「な、何・・・!」

「膝と肩に。掛けるだけで寒さは和らぐと思いますよ。」

「こんな汚らしい布を体に掛けるなんてできるわけないでしょう・・・!」


一応、聖なる聖具を包んでいた布だが。

それを伝えても、さらに不信心と絶句されそうだったので口を噤んだ。


「寒いとつらいし、落ち込みます。

 お姉さまは寒さの怖さをもう少し重く見たほうがいいと思いますよ。」




冷たい寝床も、顔を洗う水も、温かくない食事も。

試練として信心を高める一方で、卑屈にし、自尊心を低め、反抗する気持ちを損なう役割を果たす。修道院にその意図はないかもしれないが。それを耐え続けて色々なものを諦めた聖人になる気がない中で、少しでも寒さを避け、自分を甘やかすことは意思を保つのに意味がある。


彼女にとって、修道院で過ごすことに慣れるのが幸せかはわからないが、自分から望んで修道院に来たわけではなさそうな中で、まずは春までやり過ごしてもらうのは彼女にとっても有意義だと思う。


少し窺う様な眼をしながらも、寒さは本当に堪えていたのだろう。布を受け取りながら尋ねてくる。


「・・・あんたは、使わないの?」

「私は、ほら。」


修道着の袖をベロンとまくる。


そこには、長袖の薄地の下着を複数枚重ねた腕を見せた。見せることはできないが、胴体にはぐるぐるとタオルを巻いている。

修道着は基本的にゆったりしているので外見からは全然わからないだろう。


「事前の準備はばっちりです。」


レティシアは、そんな情けない着こなしをしている元皇女に呆れているのか、落ちぶれた姿に衝撃を受けたのか、目を白黒している。そんな彼女を見て、リゼは思わず笑った。 言葉遣いを悪くしようとしているが、思っていた以上に、彼女は貴族としての常識人のようだ。



―――その時、爆音が響いた。


爆音は、一度目に続き、二度三度小規模に鳴り響く。

レティシアが何事かとうろたえる中、リゼは素早く彼女にかけてあげた布を取り去った。

不測の事態には、予定外にここに入室者が現れるかもしれないからだ。

聖具を保管するための布を使用することを厭う人もいるだろう。


窓から周囲をうかがうが、音の感じからしてここから視界に入る箇所での爆発ではないだろう。

いくつかの可能性を踏まえつつ、持ってきた医療用魔導具と医療道具に目を走らす。

重度の外傷、特に熱傷に対応できるものは余りない。

放り込むための風呂敷と、顔を隠すためのベールを引っ掴んだところで、ロビ司教が部屋のドアを勢いよく開けた。


「鉱山周辺での爆発だ!理由はわからねえが、燃料に引火したみてえだ!

けが人多数、いま救護活動中だ。」

「なるほど。」


レティシアが驚きで顔色を変えている間に、目当てのものを風呂敷に放り込んだリゼは、それを、ほいっとロビ司教に手渡す。


「お求めのものです。」


ベールをかぶり、出かける用意をするリゼを横目に、風呂敷の中のものが的確に求めていたものであったことを確認し、ロビ司教は唸る。


「姫さんも現場手伝ってくれんのか。」

「まさか」


怪我しちゃうじゃないですか―――

身もふたもない即答に司教はの歪んだ口元はひくつく。


「魔導具も使えず、救助の専門訓練もしていない私が行くのはいたずらに現場を混乱させる愚策。

慣れた方は多いでしょうし、あなたを含めた治癒魔法の使い手の司教が行けば充分。

私は、二次手当に必要な資材を手配しに行きます。」


リゼの意図を理解し、司教は必要な情報を端的に伝える。


「救護者は村長の家に収容、村医者はいま呼びに行かせてる。メインは熱傷だ。」

「承知いたしました。清潔な布と水を確保します。」


ロビ司教に続き外に出る前にレティシアに「だれか帰ってくる人がいるかも知れないので伝搬係として、待機ください。」と一言声をかけた。

レティシアは、なにがなんだか、理解が追い付かなかった。



―――――――――



数軒の民家に声をかけ、村長の家に清潔な布を届けるように言った。

そのついでに桶を集め、村の共同馬小屋に顔を出し、井戸から水を運搬するように指示する。

そうして、水を運んでいる途中、幾人かの叫び声が聞こえた。


「魔獣だ!!!!!」


悲痛な叫び声がするほうに行ってみると、大きな赤黒いムカデのような、サイズは中型の犬くらいのものが5匹いた。

リゼが近づくとともに、山のほうに蠢きながら行ってしまったため、よく見ることはできなかったが、火虫と呼ばれる火を生じさせる小型の魔獣だった。


「な、なんで魔獣が・・・。」


目撃した村の住人が口々に、なぜ、と口にする。


この国の常識として、魔脈のある地域に魔獣は現れない。

なぜなら、遠い昔、まだ国ができたがった時に魔脈は始皇帝が民に与えた祝福。

その祝福の加護として、魔獣は魔脈に近い場所には生息できない。

それがこの国の〖理〗だから。


魔獣がこの魔脈に近い村に現れたということは、〖理〗が破られたことに他ならない。

この出来事は、この国の民にとっては世界の破滅ともいえる事態となる。

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