さがしもの
ーーーさて、気になり事を調べますか。
日々の真面目なつとめのお陰で、疑われることなく聖物庫の鍵を手に入れ、保管された信者台帳を確認しに行くことにした。
リゼは魔法がからきし使えない。
不勉強だとかそんなのではなく、基礎をしっかり理解して、高名な魔導師の指導のもと魔力を発露しようとして、しなかったのだから、使えないのだろう。聖物庫にある魔導具を悪用できないという点も、気軽に出入りを許可を許される理由だろう。
魔導技術大国の直系皇女でありながらなさけないと、王宮では散々攻撃を受けたものだが、修道院という場所ではある種の信頼にも寄与するのだ。
そもそも魔道具があれば魔術を自分自身で使える必要はない。リゼは当時から開き直って、魔術が必要なときは侍従や侍女に任せきっていた。
ーーー荒野に追放されたら、魔術を使えないこの身を呪ったかもしれないけれど、万事塞翁が馬ね。
修道院では、むしろ魔道具に頼らずに厳しい生活を送ることを求められる。
リゼは鼻唄まじりに聖物庫に保管された信者台帳を引っ張りだし、その寄進の額や時期を確認していった。持ってきた古びた演算機をつかい、しばらくパチパチ計算したあと、胸の前で手を組んで考える。
ーーーうーん。セトラ地方の単位信者辺りの寄進が多めではあるものの、不自然というほどではない。一番寄進が見込まれる、裕福な貴族の多いミトの辺りの額も多くなってるから、地理的な近さでこの辺の景気がよかったのか。産物の鉱石は、内乱イベントの際には一時需要が上がるものだし。寄進も景気に引きずられるのは当然にありえるし。
さくっと、自分の皇家滅亡を、心のなかでイベント呼ばわりした元皇女は、ざっくりとした計算を続けて、次の結論を導き出す。
ーーーむしろ気になるのは、5年前の夏に、全体の寄進がガクッと下がっていること。
宗教業界の知識は低いけれど、何かが起こらない限り、こういった収入は、徐々に落ちていくもの。不祥事があっても、次の年にはゆり戻しがある。ずっと同じ水準で低いのは気にしなければいけない・・・。
ヒントが見えてきたら次はヒントを元に次の検証だ。
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「というわけで、司教、どんな協力までできますか?」
リゼの心からの願いに、ロビ司教はただでさえひねくれた口許を、更にねじ曲げて笑った。
「世間知らずの箱入り娘さんがが危ない橋を渡ろうとしているのを、人生の師としても、修道者としても止めるべきかねえ。」
「顔のせいでおっしゃっていることが空虚に聞こえるのは、若輩者のせいでしょうか。」
にこにこ。
にやにや。
沈黙に負けたのは司祭だった。
「まーーー、くそみてえな駆け引きはここまでにしてやるよ。
俺にできるのは、簡単な経歴だとか、誰と誰が仲良しかなんて、噂話に聞いたことだけだぞ。」
「それで結構です。噂話は、大好物ですわ。」
そこから聞いた、昔々のお話は、リゼの笑みを深くするには充分な、内容と確信を与えるものだった。
「で、どう動く気だ?」
「いえ、特に別に何も。」
ロビ司教は、頬をついた手から滑り落ち、ずこっとなる。
「おいこら、なんだそりゃ。
ここまでやったんなら、真実の解明とか、正義の鉄槌とかしろや。」
「なぜでしょう?私に実害はないですし・・・。」
「えっ・・・。じゃあなんで密偵みたいな真似してんだ?」
あまりの返答に司教が唸る。
「そもそも、修道院の新参者の私は、ここでの正義を語るほどの知識はありません。
知っておく意味はあると思って行動しています。
私は新参者でありながら、良くも悪くも目を付けられる存在ですから、
修道院での出来事を把握して、不利益を被らないか警戒をしているだけです。」
その中で、とリゼは言葉を続ける。
「今回の件について、私に、実害は感じられません。
規律を正す役割は私のものではありません。
それは、あなたも同じだから知っていても、放置しているのではなくて?」
微笑みながら、しかし真っ直ぐな視線を司教に向けてリゼは
思ってもみなかった質問を投げかけられて、ロビ司教は目を瞬く。
しかし、すぐさまいつも通りのにやけ顔に戻り、リゼのことを、猛禽類を思わす眼でにらみ返す。
「姫さんは、本当に面白いなあああ。
ほんと、どこまで知っていて、どこからカマかけてんだろうなあ。
主の御身に仕えて、数十年、こんなに罪深い仔に初めてお目にかかるなあ。」
伸ばされた語尾は、窺う視線は、入り口を覆うように向き直された体制は、この男が返答次第ではいつでもリゼを殺せるのだと、訴える。
そんなことをしなくとも、この男がその魔術で、わざわざ小娘を脅かさなくとも、その命を奪えることに、リゼはなんとなく、気づいていた。
「貴方様が何者かも、どのようなお役目なのかも、知ろうとは思いません。
私の望みは、いまは、この地で穏やかに平和を祈ることです。
どうか、魔術も満足に仕えぬ哀れな仔羊の戯言はお捨ておきください。」
ロビ司教は未だにこの元皇女が、何者なのか、がわからない。
くだらない妄想だかをしたかと思えば、老獪な政治家のようなとぼけた返答をする。
何も知らない箱入りの皇女のような清廉さのような、覗いてはならない深淵のような。
『上』に、なんと報告していいのかまだ決心がつかずにいる。
―――まるで。
「あ、それでですね。寄進の話はとりあえずいいとして、
その関連で、他の方の会計の間違いに気づいてしまったんですよね。
しかも、後から気づいたのか、それを私がやったように偽装がされているんですよ!
筆跡が違うのに、私の名前でサインされていて!もっと上手なつもりなのに。」
どちらかというと、私にとってはそちらが大問題です。
と、頬を膨らませながらこの姫の、人とは全く違った会話の次元に、苦笑する。
―――まるで、怪物のようだな。
この元皇女だと言う女は、何を考えて自分に、ただの皇女とは思えない言動を見せているんだろうか。彼女にとって、自分はどのような立ち位置なのだろうか。
そして、この女は俺に何を与えてくれるんだろうか、と妄想に浸りながら。