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婚約者が反逆者で追放された皇女ですが、さてどうしよう  作者: 江栗 成
第一章 エピローグ
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生きる方法

茶色くやわらかな髪を簡単に櫛入れし、真後ろにしっかり束ねる。悩んだ末に、盥に水は貼らず、やわらかなハンカチに水差しから少しの水をしみこませる。そのハンカチを目頭から目尻、生え際、口角、なぞるように滑らせていく。18歳の肌はまだ瑞々しく、白粉をはたき、紅を刺さなくとも、顔色の悪さはない。起き抜けではしたなくなってしまう部分は、少量の水で整えられる。夜中に冷え切った水も少量であれば、むしろ心地よさを感じる。


何より、水の消費が少ない。

この冷える季節だ。そんなに頻繁に水を取り替える必要もないだろう。

奥まった場所にあるこの部屋へ、遠く寒い水くみ場から、重い重い水をもって移動する回数も節約できる。魔導技術大国であるはずのこの国にあって、修道院では水汲みすら魔道具の使用を許されない。


――これはもしや、一つの石で二羽の鳥を抹殺する大発見ではないかしら・・・!


そんなことを考えながら、リゼは鏡の自分に微笑む。

凄絶な美貌ではないが、高貴な血筋の顔は品の良さがあり、柔和な雰囲気を感じさせる。

工夫は楽しみ、強いられた閉塞的な考え方は無視する。それは小さいころから変わらない、リゼの特技だった。




___________________________





朝は聖堂での朝の祈りから始まる。

聖堂はまだ暗く、修道女の身じろぎの音すら大きく響く。

そこで黙祷をささげ、日々の感謝と国家の繁栄を祈ることが課されている。

もちろん、頭の中身が院長にばれるわけではないので、高い確率でみんな寝てるんじゃないかとリゼは思う。

自分もいつか、背を伸ばしながら寝る術を体得したい。


色々考えているうちに、院長の朝のお言葉が始まる。

音楽のように、きれいに聞きながしながら、精霊王に仕える天使の像を見つめる。


リゼは、元婚約者のハロルドに似た、その天使の像を眺めることを、毎朝それなりに楽しんでいた。





祈りの後は、皆で朝餉を取る。それが終われば、修道院の切り詰めた雰囲気は幾分か緩み、一言二言親しい者同士言葉を交わす。


残念ながら、リゼはその生まれから誰もが積極的に話しかけようとはしない。

話しかけて、心の安寧を損なわせても申し訳ないので、リゼ本人も用事がないときには声をかけないようにしている。


早々に席に用意された食事を終え、自分の仕事場に向かおうとした、その時に、珍しくも自分に視線を向ける存在に気付いた。



暗く陰湿な視線を隠そうとしない彼女は、金髪と明るい目の色という、この国で貴族によくある容貌でありながら、あまりよく寝れていないのではないだろうか、恐らくは20~30歳の肌は血色が悪く、目の下には隈が目立つ。せっかくの美貌は、その暗い影により損なわれていた。


何事かと視線を合わせると、眼光を鋭く周囲を見回し、自分たちが注意を向けられていないことを確認したのだろうか、近くに寄ってきた。


「・・・皇女殿下?」


尊称を使ったにもかかわらず、軽んじた笑みを浮かべ、不躾な視線でリゼを嘗め回す。


「元、皇女です。お姉さま。今は貴女と同じ一介の修道女です。」


リゼは微笑みながら、丁寧に受け答えをした。揶揄されたのは理解しているが、一応訂正しておいた方がよいだろう。


「ははっ・・。本当に、修道女やってるのね。

 滑稽すぎて笑っちゃう!

 国で最も尊いとされて調子に乗って、悪政をして国を食いつぶした挙句、婚約者に裏切られてこんなみじめな生活して・・・・。」


なんということでしょう。主語がばらばらだ。指摘したほうがいいだろうか。リゼは顎に指を置いて考える。国で最も尊いとされていたのは父皇だし、悪政をしたという主体も、恐らくは。婚約者に裏切られたのは確かに自分だ。


「みじめ・・・!ほんとうにみじめね・・・・!!」


彼女は卑屈な引き笑いを続け、リゼへの敵意を強調する。

リゼは、まあ、いっかと思った。

多分、本人も何を話しているのか、深く考えていないのだろう。

リゼは嘆息してできるだけ、身をかがめて声をかけた。


「私の存在か、皇家のしたことか、何かが貴女を傷つけたのでしょうか・・・。

 私はその内容を知らないので安易に謝罪することはできません。

 ただ、貴女の心が少しでも安らかになるように、何かできないかと思いますよ。」


その言葉を聞いて俄かに呆然とした彼女は、それでもリゼをにらめつける。


「・・・っ、馬鹿にして・・・!!」


怒りに震えながらも、手を出したりしないのは彼女の育ちの良さだろう。吐き捨てるように言葉を絞り出し、廊下を駆けていった。


リゼは彼女が視界から見えなくなった後、自分の目的地への移動を再開した。

実利のなさそうなことは考えない。それがリゼの流儀である。




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