修道院の朝
一年を通して暖かなこの国の、それでも寒さを感じる季節に父が死んだ。
異母兄も死んだ。
私の婚約者に殺されたと聞いた。
それを聞いた時に思ったことは、
いつも優しく微笑んでいる婚約者は、
2人を殺すときにどんな顔をしていたのだろうと。
もう二度と会わないであろう彼の気持ちが、想われてならない。
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修道院の朝は早い。
下働きの子供が鈴の音を鳴らしながら廊下を渡る。
まだ太陽の光もささない中、西の宿舎に居住する者は鈴の音を合図に床から起き上がり身支度を始める。
春の日差しにはまだ遠い、冷えの残る空気にあるものは身震いし、あるものはため息し、
それでも決まりだからと忠実に、水差しから盥に冷たい水を差し、顔を清める。
最も奥まった場所にある部屋の前で鈴をひと際高く鳴らし、
子供は満足そうに次の職場に向かうために踵を返した。
その音を合図にその部屋の主であるリゼはのろのろと掛布から顔を出して、
目をぱしぱし開いて閉じる。
ーーー朝。いや、未明かしら。
自分が起きる時間帯の定義については、最近毎日一番に考える悩みどころだ。
掛布の上にのせていた自分の服がばさばさばさと落ちた。
冬の間は寒いので、持ち込んできた数少ない服を掛布の上に重ねて寝た。
特にドレスはスカートが何重にもなっていて保温に重宝した。
ベッドとも呼べぬ硬い石でできた寝床は、この修道院に到着した直後に、
健康を保つうえで受け入れられないと早々に判断し、その後はどう改善できるかに腐心した。
服を敷いてみたり、落ち葉を敷いてみたりもした。
最終的には与えられたうっすい敷布の下に藁を引き、引き裂いた捨て紙を敷くと、
自分の満足度は保たれることに気づいた。
到着後1週間の成果だ。
とはいえ、これは冬から初春にかけての黄金律かもしれないことは、リゼの戒めとしてあった。
ーーー今後とも常にどんな素材を手に入れらるのか、注意していないと。
彼女は常に用心と、工夫と、向上心を欠かさない。
彼女の名前はリザヴェータ・エリ・エスターライン。
1000年という長さでエスト皇国を統治し、1年前に王の処刑とともに滅んだエスターライン皇家の直系の、最も血を色濃く継いだ皇女。
いや、元皇女。
彼女は婚約者の反逆により父皇と兄弟を失い、議会の決定によりこの修道院に送られた。
だがそんな彼女の頭の中は、冷たい水で顔を清めなくても誤魔化せるか、そのことしか考えていなかった。
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次回、「生きる方法」