3.なんか、先輩とデートしてたらジャック事件に巻き込まれたんだが
八月三十一日。今日は夏休み最終日。悠馬は今日もレンタル彼氏の仕事があり、先週の週間ランキングは三位となかなかの結果を残している、注目の新人となっている。
今日の相手は十八歳と悠馬と同じ年の女の子らしい。待ち合わせ場所は東京。東京に来るのはあれ以来だった。
待ち合わせの時間より五分前には着いた悠馬。早速周りを見渡し、相手を探している。見渡すと一瞬で見つけられた。理由は簡単。派手な服装だからだ。悠馬は近づいて話しかけた。
「あなたが、桜沢ネネですか?」
「ええそうよ」
ネネは深く帽子をかぶっていたが、返事をする時に帽子を浅くかぶり直した。悠馬は彼女の顔を見て驚いた。なぜなら見たことがある顔だったからだ。
「なんであんたがここにいるんですか?」
「なんででしょう?」
「いや、そんなの知りませんよ、茜さん」
「あれ? バレちゃった?」
桜沢ネネと騙った女性は紛れもない綾坂茜だ。彼女は以前東京に来たときに知り合った、悠馬と同じ、レンタル業をしている。どうしてここにいるかはわからない。
「桜沢ネネさんの服装と一緒ですね」
「そりゃそうよ私が予約したんだもん」
「桜沢ネネさんをどこに隠した!」
「だから私だって」
「はあ、」
悠馬は面倒くさくなりため息をついた。もちろん偽名を使っていることは理解し桜沢ネネ問言う人がいないのもわかっているが、冗談で悠馬は言った。その後悠馬は茜に質問する。
「なんで偽名なんて使ったんですか?」
「だって綾坂茜で予約すると拒否るでしょ?」
「拒否りますね」
「そこはそんなことしませんって言って欲しかったなー」
「それは無理です」
「もう知らない!」
茜は冗談で悠馬に怒った素振りを見せる。しかし悠馬はそれに余裕で気づいていてクスッと笑った。
「はあ、それで今日は何のようですか?」
「悠馬くんを借りただけ。普通に今日はデートよ?」
「冗談は厚化粧だけにしてください」
「私そんなに厚化粧!?」
茜はシンプルに少し落ち込んだ。それに気がつき慌ててフォローする悠馬。
「冗談ですって。全然厚化粧じゃないですよ」
「そりゃーそうよ。これすっぴんだもん」
「それは嘘ですよね?」
「ええ嘘よ」
「かえりますよ?」
っと言って悠馬は駅のほうに向かう素振りを見せた。
「ごめんってば、もう嘘つかない!」
慌てて引き留める茜。悠馬はなんだか勝ち誇った表情だ。
「これからどうしますか?」
「悠馬君の家に行きたい」
「頭がおかしいみたいなので、病院に行きますか」
「本気よ」
茜は笑っていた。
「笑って言っちゃってるじゃないですか。てかそもそも家まで新幹線で二時間かかりますよ?」
「家どこなの?」
「教えたくありません」
「何でよ。こんなに美人なお姉さんが聞いてるのに?」
「鏡みたことあります? ないなら今鏡貸しますよ? 手鏡ですが」
と言ってカバンから手鏡を取り出す悠馬。その鏡に映ったのは茜の顔。茜は自分の顔を見ていった。
「やっぱり美人じゃない?」
「まさかの目も悪いみたいなんで眼科も行きますか」
「て、さっきからひどくない?」
「すみません」
「じゃあ住所教えて?」
「ストーカーになるつもりなら警察行きますか?」
「さっきからそういうとこばっかり勧めてくるわね」
「茜さんがこれからの人生を楽しめるように勧めてるんですが?」
「そんなに私のことを......」
「はあ、もう何でもいいです」
「じゃあ家行きましょ?」
「もういいです。分かりました」
悠馬は結局茜に押し負け自分の家に連れていくことになった。
二人は新幹線に乗って向かった。
「はあ」
「ため息ついてどうしたの?悩み事ならお姉さんに相談してね」
「いやアンタのせいだよ。ってかお姉さんって僕たち同い年ですよね?」
「違うわ」
「え?」
「私はあなたの二個上。二十歳よ?」
確かにそうだ。初めて会った時、悠馬は初仕事で咲と出会い、咲は悠馬の一つ上。そして茜は咲の一つ上と言っていたのを悠馬は思い出した。
「じゃあ何で十八にしたんすか?」
「悠馬君が喜ぶかなって」
「喜びませんよ。仕事なんで」
「おお、仕事の意識高いねえー」
「茜さんが低いだけです」
二人が会話していた時だった。前のほうから若い女の人の悲鳴が聞こえた。
「きゃああああああ」
悠馬たちは何が起こったのかと思い身を乗り上げて覗き込んだ。すると黒いマスクをかぶった大柄の男が刃物を持っているのがはっきりと見えた。これはいわゆるジャック事件と言うやつだ。
男は刃物を持ったまま大きな袋に財布、アクセサリー携帯電話を入れるように指示した。前から徐々に後ろに迫ってくる。
悠馬たちの席は後ろから三番目。だんだんだんだん迫ってくる。そしてついに悠馬の前まで来た。
「おい、ここに財布、アクセサリー、携帯。とりあえず金になるものはここに入れろ」
二人ともいわれるがままにした。
そして一番後ろの席まで行き男は戻っていった。
通報なりしたいがスマホも何もない。しかも、怪しいことをすればきっと男に刃物で刺されるだけだ。
沈黙が続くだけだった。泣いている子供もいた。もうみんな命だけが助かれば、とだけ思っていた。
しかしあきらめない男が一人だけいた。悠馬だ。
ーーここまでなのか? いいやちがう。
悠馬は携帯を取り出した。
二人は小声で話し始めた。
「悠馬くん携帯なんで持ってるの?」
「僕二つ持ってるんです」
「そういうことね。でもやめたほうがいいわ。ばれたら終わりよ」
「いや僕財布に大切なものが入っているんで」
「お金?」
「ちがいますってレン彼の証明書です」
「私も入っているけど再発行してもらえばいいじゃない」
「ダメなんです......」
「どうして?」
「僕おとといも洗濯しちゃって再発行したんです。再発行は一年に一回しかできないんです。だからです」
理由はそんなことだった。茜は「は?」って顔をしていた。おそらくそんなの事務所に言えばどうとでもなると思ったからだろう。
「ここで仕事失うと一人暮らしなんできついっす」
「じゃあ私が一緒に住んであげる」
「お断りしときます」
「それに案外この仕事気に入ってるんで」
「おい!そこなにしてる!」
二人の声が意外と大きく、男に気づかれてしまった。男は刃物を持ったまま悠馬たちに近づいてくる。
だんだん足音が大きくなり迫ってくる。慌てて悠馬はスマホを隠した。
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