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3/3

ー3ー

 ガタゴトと不規則に身体が揺られ、ぼんやりと視界が戻る。薄暗い。朦朧としたまま眺めていると、突如全身が震え出した。


「お客さん、暖房つけましょうか?」


「えっ? あ、ここは……」


 聞き慣れない男の声に、ハッと身を起こした。白いシートに、背凭れのレースのカバー。俺は、タクシーの後部座席で眠っていたらしい。窓外は暗く、町明かりは見えない。オレンジ色の街灯がポツリポツリ、規則的に通り過ぎていく。


「在来線が終わったんで、一番近くの新幹線の停車駅に向かってます。後15分くらいで着きますんで」


「えっ、あの」


 一体幾ら掛かるんだ? 財布の中身を思い返してヒヤヒヤしていると、バックミラーに映る日焼けした中年男の双眸が細くなる。


「お代は、先生に貰ってますんで、ご心配なく」


「先生……?」


 混乱する俺の傍らに、紺色のスポーツバッグがある。さっきまで、枕にしていたらしい。外ポケットに、「野邑へ」と書かれた茶封筒が差し込まれている。

 手に取り、中を開くと、帰りの新幹線のチケットと手紙が入っていた。


『野邑へ。協力に感謝している。最初は辛いだろうが、すぐに慣れる筈だ。どうしても震えるようなら、ハーブティーを一杯だけ飲むといい。作り方は同封したからな。いいか、ヘラクレスは、およそ2週間毎に1輪だけ蕾を付ける。くれぐれも摘み忘れるんじゃないぞ。開花したら、もう君を救えない。それじゃあ、半年後にまた会おう。』


 神経質な小さな文字で綴られている。どういうことなんだ? 協力? 蕾って、何のことだ?


『ヘラクレスはね、花を咲かさないように気を付けて育てれば、宿主の体内に養分瘤を作ることが分かったんだ』


 耳の奥で声がした。手紙を持つ手が震える。そうだ。あのテーブルで、曽我部と話して……俺は、俺は? あの後、何があった――?


『――ほら、見てくれ、野邑。彼女だ。美しいだろう?』


 暗い窓に、自分の怯えた眼差しが映る。その向こうに――チラチラと夢のように曖昧な映像が蘇ってきた。


『宿主の生命活動を極限まで抑えるとね、ヘラクレスの活動もセーブ出来るんだ』


 ガラスの棺のようなケースの中に、白桃の如く瑞々しい肌の女が、瞼を閉じて横たわっていた。長い睫毛に細い鼻。微かに開いた唇は薄紅色で、微動だにしないのに艶かしい。白いワンピースを身に着けているが、下腹部がこんもりと膨れている。彼女が、観月博士の奥方か。20代半ばだろうか。予想より、遥かに若い。


『妻の出産まで、まだ1年必要なんだ。曽我部の養分瘤は、あと半年で尽きる。野邑君。残りの半年分、君の養分を分けてくれたまえ』


 俺の視界を覗き込んだ男は、亡霊のような白い頬をグニャリと歪めた。お前は――誰だ。曽我部史生じゃなかったのか?


『半年後、手紙を送るから、必ず来てくれ。大丈夫、養分瘤の礼は弾む。なぁに、僕の指示を守れば、危険なことはないよ……』


 白衣の男は、俺をうつ伏せにした。背中にチクリと細い針を刺された感覚があり、低く呻いたところで、記憶は暗転した。


 冷や汗が噴いている。思わず探った首の後ろ、背骨の辺りがむず痒い。シャツの襟首より中を指先で触れると、チクリと同じ痛みを感じた。


 あれは――夢ではなかったのだ。いや、この後半年続く、悪夢の始まりだ。


「……お客さん、着きましたよ。あと5分で最終便が入りますから、急いでください」


 追われるように、タクシーを降りた。黒いセダンのトランクにペイントされた『観月タクシー』の文字が、漆黒の一本道を小さくなって消えた。


【了】


拙作をご高覧いただき、ありがとうございます。


さて。

この話には、3通の手紙が登場します。


まず1通目は、元クラスメイトから届いた手紙です。物語の入り口となる、きっかけの手紙は、主人公・野邑も読者も、この後展開する出来事に巻き込んでいきます。


手紙の主は、特段親しくなかった相手――曽我部史生。

野邑は、受け取った時点では、会うかどうするか迷っていたのですが、彼女に話した結果、引っ込みがつかなくなってしまったのでした。


そして出掛けて行った先では、すっかり容貌の変わった「曽我部史生」が待っていました。

何故彼が閉鎖された療養所に暮らしているのか、ここは何の研究をしていた場所なのか――秘密が紐解かれる内に、野邑は曽我部の巧妙な蜘蛛の糸に絡め取られていたのでした。


さて。

野邑が後戻りできない状態まで足を踏み入れてしまった時、彼を引き込んだ本当の目的が明かされます。


いつの間にか交わされていた血の契約は、帰りのタクシーの中にあった手紙――2通目――で示されます。


それと同時に、半年後に再び招聘状が送られてくることが記されています。

現時点では、まだ存在していない手紙――勿論、これが3通目です。

断る選択肢のない手紙は、果たして野邑の「救い」となるのか否か。


不安渦巻く中、彼は送迎のタクシーを降ろされます。

漆黒の中、引き返していく黒い使い――博士と同じ名字の個人タクシーの運転手は何者なのか?

どうやら事情を知っているかのようでした。


夢のように曖昧な記憶は、悪夢の始まり――。

野邑は、これから半年間、手紙を待ち続けることになるのです。自らの身体に現れる、ヘラクレスの蕾を摘みながら。



哺乳類に寄生(もしくは共生)する被子植物「ヘラクレス」は、勿論架空の植物です。他の被子植物に寄生する被子植物なら、実在します。

「寄生(或いは共生)」というイメージが持つ不気味さ。そして、人間から「花実がなる」という、異様さ。

この辺りが、怪奇譚として機能してくれれば、と願ってます。



あとがきまでお付き合いいただき、ありがとうございます。

また別の話でご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。



2019.10.1.(2020.1.1.投稿)

砂たこ 拝



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