第九十八話 ブラコン暴走機関車・リリィ
「そういうわけで、どうしたらシルヴィアさんと仲良くなれまかね、お兄様」
「んー、リリィのことだし、あんまり深く考えなくても、いつも通りにやればいいんじゃないか?」
「いつも通り、ですか?」
「そうそう。ていうか今まで、リリィがあれこれ悩んで上手く行ったことないじゃん。お前は悩むより動いた方が結果的に上手く行くタイプだよ、絶対」
「なるほど。……って、気のせいでしょうか? そこはかとなく私はバカだって言われてる気がするんですけど」
「気のせいだ。ところでリリィ」
「はい、何でしょう?」
「……俺の気を逸らしたいのか知らないけど、喋ってるせいで動きが雑になってるぞ」
「はう!?」
ユリウスの容赦ない指摘に、リリィは愕然とする。
日の出から間もないこの時間、リリィとユリウスの二人は、日課である朝稽古を行っていた。
学園に来てから毎日行っているのだが、リリィは今日までユリウスから一本も取れていない。
魔力剣という切り札を鑑み、どこだろうと当たれば一本、剣で受けたらそれは破損扱いという圧倒的に有利な条件で戦っているにも拘わらず、だ。
強化魔法で加速された一撃は空を薙ぐばかりで掠りもせず、逆にユリウスの攻撃は、リリィがどれだけ守りに徹しようと手品のようにすり抜けて急所を突いてくる。当然のように寸止めなのが、更に彼の余裕を感じさせていた。
だからこそ、最近では少しばかり工夫を交え、あの手この手でユリウスの守りを突破しようと試みているのだが……今のところ、戦果を上げるどころか逆にパフォーマンスの低下に繋がっているらしい。
それを聞いて、リリィはがっくりと肩を落とす。
「リリィの強みは、多少の小細工を軽く吹っ飛ばせる魔力量だろ? 技術を磨くのは当然として、俺の真似をするより正面から思いっきりぶつかった方がいいと思うぞ」
「なるほど……分かりました、やってみます!!」
ぐっと腰を落とし、剣を腰溜めに構えるリリィ。
もはや隠すつもりもない、「これから突撃しますよ」宣言に、極端な奴だとユリウスは苦笑を浮かべる。
『大地の精よ、その大いなる恩寵にて我に無双の力を与え給え。《強化》!』
そして案の定、魔道具によって既に強化された肉体に、自らの制御で以て二重の強化を施したリリィは、真正面から突撃する。
溢れんばかりの魔力を込め、限界まで強化された体が生み出す速度は音速をも凌駕し、移動するだけで周囲に衝撃波を撒き散らす。
予想を遥かに越える速度によって彼我の距離は一瞬でゼロとなり、驚きの余り目を見開く。
……リリィが。
「へ?」
リリィの速度に、他ならぬリリィ自身の反応が追い付かず、剣を振り上げた格好のまま体当たりでも仕掛けようとしているかのように突っ込んでいく。
そうなるだろうなと、最初から概ねこの展開を予想していたユリウスは、反応速度と身体能力を限界まで引き上げた状態で先んじて行動を始めており、飛んできたリリィを正面から抱き留めた。
体を空中で捻り、勢いと衝撃を和らげつつ、すたりと地面に降り立ったユリウスは、腕の中で呆然と固まる妹の首筋に、トンと手刀を触れさせる。
「はい残念、俺の勝ち」
その言葉で、ようやく自身のやらかした失敗に理解が及んだらしいリリィは、得意気な兄に向けてぷくっと頬を膨らませた。
「お兄様、謀りましたね! 私が自爆するように!」
「何のことかな? まあ、舌戦を仕掛けるなら、仕掛けられてるって相手に気付かせないのも大事だぞ。それに、リリィは正面突破が一番勝率が高いってのは嘘じゃないしな」
「むぅ~!」
いいように掌で踊らされたことに抗議するリリィへ、ユリウスはあくまで諭すように語って聞かせる。
妹の可愛らしい顔を見て、少しばかり頬がゆるゆるになっているようにも見えるが、まあ、それはご愛敬だろう。
リリィとて、文句を言いながらもこれ幸いとユリウスにしがみつき、甘えるように体を密着させているのだから、ある意味お互い様だ。
「兄妹で仲良くしてるところ悪いけど、ちょっといいか?」
「あ、ヒルダさん。どうしましたか?」
そうしていちゃつく二人に声をかけたのは、リリィが学園に来てから仲良くなった一人である、ヒルダだ。
いつもは、燃え盛る炎のように紅い瞳を自信と活力で溢れさせている彼女だが、今日はどうにも元気がない。というより、何やら悩んでいる様子だ。
珍しい友人の姿を見て心配になるリリィだが、どうやら用があるのはリリィではなくユリウスらしい。意を決したように真っ直ぐ向き合うと、惚れ惚れするような見事な角度で頭を下げた。
「師匠! オレを弟子にしてくれ!!」
「……はい?」
相手の裏をかくのが得意なユリウスといえど、流石にこれは予想外だったのか、ヒルダの言葉に目を丸くする。
そんな彼に対し、ヒルダはここぞとばかりに畳み掛けていく。
「この間の、でけえ魔物との戦闘を見てから、ずっと考えてたんだ、オレもあんな風に強くなるにはどうしたらいいかって。自分でも訓練はしたけどどうにもしっくり来なくて、ここはやっぱ、師匠に弟子入りするしかねえって思ったんだ!! だから、頼んます!!」
「いや待て待て、俺もまだ学生だからな? それに師匠って、どうせなら教官に教えて貰えよ、俺より強い人だって何人かいるから」
「いや、オレが見た中じゃ師匠が一番強い!! あんな魔物を倒したんだ、間違いない!!」
「えぇぇ……」
ヒルダの熱弁に、ユリウスはどう答えたものかと頭を抱える。
確かに、教官の中で先日戦ったダークマンバクラスの魔物を討伐した経験のある者はいないだろう。
だがそれは、決して実力が足りないわけではなく、機会がないだけだ。剣技に関して言えば、むしろユリウスより強い者の方が多いだろう。
もっとも、総合的な強さで見れば、教官を含めてさえ“何人か”しかいないと言う時点で、僅か十三歳とは思えない強さなのだが。
「流石ヒルダさん、分かってますね!」
「ちょっ、リリィ!?」
そして、まるで熱しやすいヤカンの如き勢いで迫るヒルダよりも尚燃えやすいリリィは、ユリウスの腕から飛び降りるなり、彼女の言葉を全面的に肯定する。
生粋の暴走機関車にして重度のブラコンを患った彼女にとって、ユリウスのファンとは即ち同志なのである。
「そうです、お兄様は最強なんです! そんなお兄様に教われば、もれなくヒルダさんも最強の仲間入りです!」
「おお! そうだよな、リリアナもすげえ強いし、やっぱり師匠の教えの賜物ってわけだな!」
「その通りです!!」
「いや違うからな!?」
なぜか即答するリリィに、ユリウスは全力で待ったをかける。
リリィに魔法を教えたのは母親であるカタリナと教育係のカミラだし、剣に至っては現状ほぼ独学のものだ。とてもではないが、その成長に自身が関わったなどと公言出来るはずもない。
一方、とにかく家族を愛して止まないリリィにとり、自身を構成する全ては家族のために培ったものであり、即ち家族から貰ったものである。ユリウスは兄であり家族なので、つまりはリリィの強さはユリウスから貰ったものと言い切っても、何も問題はないのだ!
……素面の人間が聞いたら、十人が十人頭が痛くなりそうな理論だが、悲しいかな、今のリリィにとっては紛れもない真理だ。故に止まらない、止められない。
「さあヒルダさん、私と一緒にお兄様の凄さを世に知らしめましょう!!」
「お、おう?」
「いやリリィは本当に何を言ってるんだ!? ちょ、ルルーシュ、ルルーシュはどこだぁぁ!!」
半ば新興宗教の勧誘染みてきたリリィを前に、ユリウスは早々に白旗を揚げ、援軍を求めて悲痛な叫び声を上げるのだった。
「リリィがブラコンなのは今に始まったことじゃないけどさ、他人をその道に引きずり込もうとするのは止めようね?」
「はーい……」
下級寮にあるルルーシュの部屋にて、婚約者自らこんこんと言い聞かせられ、リリィは正座しながらがっくりと肩を落としていた。
兄ですら止められなかった暴走機関車も、どうやら彼の放つ氷山の如き極寒の視線を前にしては止まる他ないらしい。
とはいえ、寒さを忘れればすぐにまた暴走するのだろうが。
「それにしてもリリィ、シルヴィア様と仲良くなりたいなんて、また変わったこと言い出したね」
「あれ? 何でルル君がそのこと知ってるんですか?」
「朝練の様子は、部屋の窓から見えるから」
「ああ、なるほど……それにしても、仲良くなりたいと思うのって、そんなに変わってますか? 普通だと思いますけど」
せっかく同じ学園に通っていて、なぜかは分からないが何かと話しかけてくれるのだ。どうせだから、もっと仲良くなりたいと思うことの何がおかしいのかと、リリィは首を傾げる。
「いや……リリィなら、あれだけ絡んでればもう友達だって言うかと思って」
少々歯切れ悪く、ルルーシュはそう言って頬を掻く。
そんな彼の言葉に、リリィは「んー」と顎に手を当てて少々考え込んだ。
「友達ではあるんですが……なんて言えばいいんでしょうか? あれだけいつも笑ってるのに、ずっと仮面を被っているような感じがして……距離は近いのに、出会ったばかりの頃のマリアベルさんよりも壁を感じるんですよね」
リリィ自身、上手く言葉に出来ないのだが、シルヴィアの態度は誰よりも気安いようでいて、自分の心の内は決して相手に悟らせないような、そんな矛盾した感覚を覚えるのだ。
「だから、ちゃんと心から笑うシルヴィアさんを見てみたいです。そして、そんなシルヴィアさんと仲良くなりたい」
そう言って笑うリリィに、ルルーシュはいつものように溜息を溢す。
こうなっては、何を言っても聞かないだろう。それが分かるからこそ、反対はしない。
ただ……。
「気を付けなよ? 相手は別段アースランド家に友好なわけでもない、公爵家の人間なんだから」
これだけは言っておかなければと、ルルーシュは何度目かも分からない警告を口にする。
それを聞いて、リリィはまたも少し考えると、思ったことをそのまま尋ねた。
「前から思ってましたけど、ルルーシュ君ってシルヴィアさんにだけ妙に風当たりが強いですよね。何か、あったんですか?」
その質問に、ルルーシュは一瞬だけ口ごもる。
じっと見つめるリリィの視線に、少しだけ目を逸らす。
「別に、何もないよ。いや……彼女は何も悪くなかったのに、僕は……」
「え……?」
「……何でもない、気にしないで。それより、シルヴィア様と仲良くなるんなら、リリィはもっと強引に、向こうのペースに呑まれないように気を付けた方が……」
誤魔化すように笑って、仲良くなるための方法を一緒に考えるルルーシュ。
しかし、その表情に刺した影は中々消えず、リリィはずっとそのことが気にかかるのだった。
主人公の知能指数が話数を経るごとに下がっている気がするのは気のせいだろうか(ぉぃ




