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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第五章 偽りの仮面
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第九十六話 “特別”

 私は特別な存在だと、幼い頃から言い聞かされて育って来た。

 優れた才能、恵まれた環境、由緒正しき血筋に、家柄が持つ揺らぐことなき権威と権力。

 そんな"特別"の有り様に疑問を覚え始めたのは、私がまだ五歳の頃。一つ年下の妹との、"違い"というものを認識し始めてからだ。


 正妻との間に生まれた私。側室の、所謂妾との間に生まれた妹。

 健康に育った私。体が弱く、少し歩いただけで寝込んでしまう妹。

 物覚えが良かった私。要領の悪い妹。

 魔法を自在に操れた私。魔力の制御すら覚束無い妹。


 そうした違いの一つ一つを、周りの大人達は口癖のように挙げ続けた。

 私を褒め称えるために。妹を扱き下ろすために。


「お嬢様はとても優秀でいらっしゃる。まさかこの歳で攻撃魔法を使いこなすとは。それに比べて、妹の方と来たら……簡単な《灯火トーチ》にすら苦戦する有様。とても同じ血を継いでいるとは思えませんな。いや、半分は成り上がりの血でしたな。やはり、これだから平民から貴族になった者は、血筋からして出来損ないということでしょうな」


「お嬢様は、とても美しい髪をしていらっしゃいますね。お肌も瞳の色も、どれを取っても美しい。それに比べてあの子は……髪も肌も真っ白で生気がないのに、瞳だけは血のように真っ赤で……不気味で仕方ありませんわ」


 私のことは些細なことさえ持ち上げるのに、妹のことはその全てを否定し罵倒する。

 そんな周囲の有り様こそが、私には不気味に思えてならなかった。


「お姉さま、いつも会いに来てくださってありがとうございます。嬉しいです」


 そんな環境にありながら、妹はいつも笑っていた。

 いつも力なくベッドに横たわりながらも、私を姉と慕い、顔を見せるだけで喜んでくれた。


 私さえいなければ、今私がいる"特別"を享受出来たのは、この子だったかもしれないのに。


「ふふふ、当然でしょう? あなたは私の妹なのだから」


 家族の誰からも、名前すら呼んで貰えない不憫な妹。

 私自身、厳しいお父様やお爺様から、あまり親しく呼び掛けるなと言い含められている。

 そんなことをしても、意味はないのに。


「それより、調子はどう? 体の具合は?」


「今日は大分調子がいいです、お姉さまがくださったお薬のお陰ですね」


「そう、それは良かった」


 私がそう考えるようになったのは、妹を産んだ妾の女性が、私に優しくしてくれたことが大きいかもしれない。

 身分が低い成り上がり貴族の娘ということで、この家では浮いた存在だった彼女は、それでも私を実の娘のように可愛がってくれた。

 実の母が、高位貴族らしく子供の世話は使用人の仕事だと割り切っていたこともあって、私にとっては彼女こそが母親のような存在だ。

 もちろん、実の母が嫌いだとか、親として間違っているとまでは思わない。

 貴族の親とはそういうものだし、この場合はむしろ、貴族でありながら義理の娘の世話までしようとする、彼女の方が間違っているのだから。

 それでも私は彼女のことを慕っていたし、彼女が産んだ妹のことを心から愛していた。


 周囲の人間から、あの二人と必要以上に関わるなと、窘められるまで。


「なら、今日は少し魔法の勉強をしましょうか」


「はい、頑張ります」


 初めのうちは、こんなのはおかしいと、声を上げたこともある。でも、それは聞き入れられなかった。

 それも当然だ。だって、私が"特別"でいられるのは、その人達のお陰なのだから。その人達に逆らって、意見して、それを通すような力は何もない。

 所詮、私は"この家の娘"だから特別なのであって、"私自身"が特別な訳ではないのだから。


「それじゃあまずは、昨日までの復習から入りましょうか。魔力は……」


 周囲から拒絶されるのを恐れて、私自身も二人から距離を置いたりもした。

 でも、ある日妾の女性が病で亡くなったことで、状況が変わった。ただでさえ危うかった妹の立場が、庇う人間がいなくなったことで更に悪化したのだ。


 健康な私には過剰な程の使用人が付き従うのに、体が弱い妹の世話は誰もしてくれない。

 体調を崩しても、適当な薬を渡すだけで、妹の傍で看病してくれる人は誰もいなかった。


 何とかしなければ、と強く思った。

 彼女がいなくなった今、妹を守れるのは私一人なのだから。

 でも、どうすれば?

 私は特別な存在ではあっても、誰かを助けられる存在ではない。

 人を使い、人を弄ぶことは許されていても、人に手を差し伸べることは許されていない。

 そんな私が、どうすれば妹を守れるのか。考えて、考えて、考え抜いて……一つの結論に至った。


「もう、昨日やったばかりなのに、こんなことも出来ないの? ダメな子ねえ、本当に」


「うぅ、ごめんなさい、お姉さま」


「謝らなくていいから、早く成功させなさい。あなたは腐っても、この家の一員なのだから」


 私が、もっと"特別"になればいい。

 人を使い、騙し、欺き、弄んで、どこまでも傲慢に他者の上に立つ。

 家人の誰もが望む特別な存在になって、私自身の発言力を強める。

 その上で、妹に向けるべきは"優しさ"ではなく"施し"。

 か弱い妹を思いやる、清廉潔白で心優しい上級貴族――そんな存在を()()()()()()()()()()()()()()

 そのために、人前ではさも当然のように妹を貶しもしよう。

 あくまで遠回しに、わざと言葉の裏を読ませて、心の奥底では妹を馬鹿にしていると思わせよう。

 妹を世話してくれる使用人がいないのであれば、体よくミスを犯した使用人を捕まえて、これ見よがしに世話を命じよう。

 まるで、それが罰則であるかのように。まるで、汚物処理でも任せるかのように。


 そうしてやれば、誰も私に文句は言わなかった。

 妹にどれだけ注意を向けていても、どれだけ手を差し伸べても、それはただの戯れなのだと、見下しているが故の行動なのだと周りに思わせ、体よく守ることが出来ていた。

 仮に、その態度のせいで妹から嫌われても仕方がない。

 今は辛くとも、成人するまでどうにか生きてくれれば、身分の低い、でも心優しいこの子の母親のような下級貴族の元へ嫁いで、幸せになれる。そう信じて、私は自分の心を偽り続けていた。


 でも……この時私は、"特別"な存在がどういうものなのか、本当の意味では理解していなかったのかもしれない。

 それが分かったのは意外と早く、私が六歳になった頃。平民の、可愛らしい男の子と出会った時だ。


 大人達の前ではともかく、同年代の子には早々負けないと思っていた私は、その子と出会って初めて敗北を知った。

 記憶力も、頭の回転も、その子には全く勝てないと思い知らされた。

 それが無性に悔しくて、必要以上に冷たく当たったのは、今にして思えば失敗だったのかもしれない。


 その男の子との邂逅の後しばらくして、王都にとある病が蔓延した。

 一週間以上の長きに渡って高熱に苦しめられ、その間は食事もロクに採れずどんどん衰弱していく恐ろしい感染症――ベラ熱だ。


 王都中の名だたる薬師が結集し、必死に対応したものの、元々人口の多い王都では感染の拡大を止められず、やむなく行われたのが、貴族街と平民街を繋ぐ関所の封鎖。

 そう……未だはっきりとした対処法が分からないベラ熱を恐れた貴族達が、お抱えの薬師と共に閉じ籠ったのだ。

 当然、平民達はただでさえ数が少ない薬師を独占してしまった貴族に反発し、一部では暴動さえ起こったという。

 そんな状況下で、ついには貴族街にさえベラ熱が流行り始め――運悪く、私も感染してしまった。


「はあ、はあ、はあ……」


 朦朧とする意識の中、お父様やお爺様が、その権力に物を言わせて薬師を何人も召集した。

 平民街では、一人の薬師が何十人と診なければ追い付かないとさえ言われている中で、私一人にこの人数。

 バカじゃないのか、と思ったけど、それよりも気になったのは妹のことだった。

 ただでさえ体が弱く、私が手を回さなければ使用人すら付けて貰えないあの子が同じ病気に罹ってしまえば、誰にも気付かれないまま死んでしまうかもしれない。

 それだけは嫌だと考えるも、体は言うことを聞かないし、よしんば動けたとして、この状態で会いになんていけば、それこそ危険だ。

 私に出来るのは、とにかく一刻も早く体を治すことだけ。そう思えば、このたくさんの薬師も都合がいいとさえ思った。


 そうして、病に苦しむこと一週間足らず。ようやく回復した私は、奇跡的に妹がベラ熱に感染しなかったと知って、人知れず胸を撫で下ろした。

 既にベラ熱の処置法も広まり、平民街での騒動も沈静化しつつある。そう聞いて安心し、すぐに元の生活に戻り……。


「卑怯者」


「えっ……」


 久々に会った男の子に、憎々しげにそう吐き捨てられて、呆然とした。

 どうやら、彼の母親は薬師で、この騒動の間、ずっと平民街で病人達の治療に当たっていたらしい。

 ベラ熱に有効な治療法を見つけたのもその人で、平民街では有名な薬師だったそうだけど……本人もまた治療法を見付ける過程でベラ熱に罹り、薬師の人手不足もあって自らが見付け出した治療法すら満足に受けられず、何とか一命は取り留めたものの、二度と魔法を使えない体になったらしい。


「お前達が、薬師を必要以上に囲ったりしなければ、母さんは……!!」


 ドクン、と、心臓の音がやけに大きく聞こえた。

 どうやら、彼の商会と私の家は最近懇意にしていたそうで、その伝手を使い、お抱えの薬師を回してくれと、彼の父は何度もうちに要請していたらしい。

 それを、私のお父様やお爺様は、余裕がないと拒否し続けたそうだ。

 いくらなんでも多すぎると思う一方で、"その方が都合がいい"と軽く考えていた、私に対する手厚すぎる薬師の看護。

 そのせいで、多くの人々の命を救った彼の母親が、その力を一生失ってしまった。

 いや、彼の母親だけじゃない。私一人のために、きっと平民街では、たくさんの人が薬師の処置を受けられずに癒えない傷を体に負い、命を落としたんだろう。


 そのことに、私はようやく思い至った。


「貴族なんか……大ッ嫌いだ!!」


 大粒の涙を浮かべ、そう叫ぶなり去っていく彼に対して、私は何も言えなかった。

 この時、周りに誰もいなかったのは不幸中の幸いだろう。

 だって、彼の真っ当過ぎるその怒りでさえ、"特別"な私に向けた瞬間、不敬罪だと殺されてしまうだろうから。


「は、ははは……」


 そうか。

 これが、"特別"か。

 誰もが羨み、妬み、羨望する、誰からも大事にされ、誰からも敬われる、高貴な存在。

 人の命さえ、自分の都合と保身のために振り回し、利用する。本人にその気があろうとなかろうと、ただそこに在るだけで周りから全てを奪い取る者。

 そんなものが、"特別"であることの正体ならば。


「クソッタレね、本当に」


 心の底から軽蔑しよう、特別な自分自身を。

 そして、心の底から感謝しよう、振り回される側ではなく、振り回す側であったことに。


「必ず、上り詰めてやるわ、"特別"の頂点に。そして……」


 私の手の中にある命を、誰にも踏みにじらせはしない。


 幼い私はその日、誰にともなくそう決意した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 新章突入および改題、お疲れさまです! 今章も楽しく読ませていただきます。 前話の情報からすると、名前が出てはいませんがあのご令嬢のエピソードのようですが、さて。 曲者である以上に中々にこじ…
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