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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第四章 王立学園入学
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第八十二話 入学試験開始

 王都に到着し、ちょっとした女子会(ルルーシュもいたが)を開いた翌日、リリィ達は早速学園の本棟に向かい、入学手続きを済ませた。

 事前に家から連絡は言っているので、ここも特にトラブルなくスムーズに事は進み、そのまま入学試験を受けることになる。


「では、こちらへ」


 どうも到着した順にすぐ執り行っているようで、特に他の受験者を待つようなことはなかった。

 その辺りは、やはり貴族相手の学校というべきだろうかと、リリィは漠然と考える。


 そうしてまず案内された部屋は、至って普通の教室だった。

 いくつもの机と椅子が並べられ、特段前世のそれと比べて差異はない。

 が、差異がないことこそが、分かりやすく王都の水準の高さを物語っている。


(うわー、いい紙使ってますねー)


 なので、そんな教室で行われた座学の試験でも、まず頭に浮かんだのはそんな感想だ。

 カンニング防止のためか、机ごとに教官が魔法で結界魔法を使って区切っていたが、肝心の内容の方はそれほど難しいものはなかった。

 ただ、これまで調べようがなかった場所についての問題などもあり、結果として、分かる問題と分からない問題がはっきりと別れることになる。


(むむむ……王国西部のことは分かりますけど、それ以外のことはほとんど……有名な貴族と大雑把な特産品くらいは聞いたことありますけど、それより細かいところは……うーん、仕方ないですね)


 分からないところは分からないで割り切り、分かる範囲で答えていく。

 そうして座学の試験が終われば、次は剣術だ。


「みなさん、試験はどうでしたか?」


「僕はまあまあかな? マリアベルは?」


「わ、私は少し分からないところが……うぅ」


「それくらいで落ち込むなよ、オレなんてぜんっぜん分かんねえから途中から寝てたぜ!」


「ヒルダさん割り切り過ぎですよ!?」


 移動の最中、それぞれの手応えを尋ね合うリリィ達。

 ヒルダはもうダメそうだが、ルルーシュはセリフの割に自信がありそうだ。

 マリアベルは微妙という感じだが、こちらは元々自身を過小評価する癖があるので、そんな彼女が“少し”というからには本当に少しなのだろうとリリィは思った。


 そうしてお喋りを楽しみながら移動することしばし。やがて、大きな武道館のような場所に辿り着いた。


「はい、それでは剣術試験の会場に到着しましたので、まずはルールの確認を。剣術試験では、魔道具の使用は厳禁です。なので試験開始前に、手持ちの魔道具は全て預からせていただきます。実際に使っていただく剣に関しましては、こちらに常備された木剣の中から、お好きな物をお選びください。基本的に、魔道具を使わなければいかなる魔法も使ってよいですが、直接相手を攻撃するのは禁止となっておりますのでご注意を。試験官か皆様か、どちらかが降参、ないし戦闘続行不能とみなされた時点で試験終了となります」


 そうした説明を受けて中に入ると、かなりの広さを持っているそこでは、授業中か、あるいは部活のような何かなのか、在学生や教員が幾人か木剣を打ち付け合っている。

 そんな場所の一角を借り、リリィ達が対峙したのは、顔に傷の入った強面の先生だった。


「俺の名はアーロン・ブッテンベルク。この学園で剣術を教えている教官だ。これは試験ではあるが、実戦だと思って全力で挑みかかってくるように。それで、誰からやる?」


 自己紹介を交えつつ、アーロンと名乗った教官はニヤリと笑い、立候補を募る。

 生半可な子供なら、視線を向けられただけで竦み上がりそうな外見。それだけでなく、幾度となく実戦を繰り返した騎士特有の殺気を隠すことなく全身から漲らせる彼の前に立って、平静でいられる人間は少ない。

 しかし……目の前にいる四人の子供達が予想していたほど動じていないことに気付き、アーロンは内心で舌を巻いた。


(これは、入学後が楽しみだな)


 密かに四人の評価をプラスしつつ、威圧目的ではなく本心から口角を釣り上げる。

 そんな彼に対し、一人の少女が声を上げた。


「じゃあ、まずはオレからだ!」


 パンッと拳を掌に打ち付けながら、ヒルダが前に出る。

 壁に立てかけられていた木剣から二本を選びだし、アーロンへと突きつけた。


「オレはヒルダ・ルードヴィン! 実戦だと思えってことは、思いっきりやっていいんだよな? 怪我しても泣くなよ、おっさん!!」


「ふふ、威勢のいい子だな。では、行くぞ!!」


 アーロンもまた木剣を構え、二人は対峙する。

 審判役の教官が二人の間に立ち、試合の開始を告げ……すぐさま、ヒルダは飛び掛かった。


「うおりゃあああ!!」


 カァン!! と、ヒルダとアーロンの木剣が交差し、激しい音を立てる。

 そのまま、息をも付かせぬ猛攻を仕掛けながら、ヒルダは自身の魔力を高めていく。


『大地の精よ、その大いなる恩寵にて我に無双の力を与え給え、《強化ブースト》!!』


 全力で攻撃を仕掛けながら、途切れることなく詠唱を紡ぐ。

 よほどの体力と肺活量が無ければできない芸当に「ほう」と感心したように呟くアーロンだが、襲い来る二つの剣劇を捌く手際には、まだまだ余裕がありそうだった。


「どうした、その程度か?」


「くっ……!! まだまだ!!」


 一度大きく距離を取ったヒルダは、大きく息を吸う。

 そして、更に意識を集中しながら、新たな詠唱を紡いでいく。


『炎の精よ、紅蓮の業火となりて我が剣に宿れ! 《炎剣フレアソード》!!』


 ゴウッ!! と、ヒルダが持つ二本の木剣から炎が巻き上がる。

 特定の属性を持った魔力を武器に纏わせ、強化する魔法――魔法剣だ。

 強化魔法と同時に、魔法剣まで発動しつつ剣戟を仕掛けようという彼女の姿を見て、好奇心から周りで眺めていた在学生達からも、感心したような声が漏れ聞こえた。


「これで……どうだぁ!!」


 強化魔法で上がった速度のままに、ヒルダがアーロンへと吶喊する。

 直撃すれば岩をも砕く炎の剣を前に、しかしアーロンは微動だにせず、一言。


『《防護プロテクション》』


 そう呟き、木剣を正面に掲げる。

 すると、あらゆるものを破壊するはずの炎の剣は、ただの木で出来た剣によってあっさりと受け止められてしまった。


「なっ……無詠唱で魔法を!?」


「そう驚くことではない。幾度となく発動し、体に馴染んだ魔法というのは、魔道具がなくとも詠唱を短縮して発動出来る。構成が雑になり、効果が落ちるのでオススメはしないが、こういう咄嗟の防御には十分有用だ。もっとも、これはどちらかと言うと、()()()()の技術だが……お前達もいずれ、“これ”と対峙する可能性がないでもない、覚えておくといい」


 試験の最中であるにも拘わらず、授業の一環であるかのようにそう語ったアーロンは、ヒルダの木剣を二本纏めて大きく上に弾く。

 そして、無防備になった腹へと、容赦なく木剣を叩きつけた。


「ぐぁ!?」


 ヒルダが地面を転がり、その手から木剣が零れ落ちる。

 そうして丸腰になった彼女に向け、アーロンは木剣を突きつけた。


「さて、まだやるかね?」


「くっ……参った、降参だ」


 力尽きたように大の字になって寝転がりながら、ヒルダは潔く負けを認める。

 そんな彼女にアーロンは手を差し伸べて起き上がらせると、そのままバンバンと背中を叩いた。


「ははは、まだまだ甘いが、良い動きだった、これからも精進するといい。今後の成長を楽しみにしているぞ、ヒルダ」


「くっそ、次は負けないからな!!」


 そうして、お互いに礼を交わして戻って来ると、頭を掻きながら大声で叫んだ。


「あーーっ、悔しい!! くそー、次はお前らの番だよな? オレの仇討ち頼んだぞ!」


「いや、ムリムリ」


「私達、剣術はからっきしなので……」


 そんなヒルダに対し、ルルーシュとマリアベルは最初から諦めモードだ。

 まあ、元々剣術試験は怪我しない程度に流すつもりだった二人なので、ヒルダとしても「仕方ないか」とその意見を聞き入れる。


「じゃあリリアナ、任せる!」


「あはは……まあ、出来るだけ頑張ってみますね」


 そうなると、必然的に残されるのはリリィ一人だけということになる。

 想いを託されたリリィはしかし、既に勝ち目がほぼゼロに近いことを悟っていた。


「ふむ、次は君か」


「はい! 私はリリアナ・アースランドです、よろしくお願いします!!」


「うむ、よろしくお願いする」


 アーロンと対峙し、剣を構える。

 ただそれだけのことだというのに、リリィは彼からビリビリと伝わって来る威圧感を肌で感じ、内心で困り果てていた。


(純粋な剣技じゃ私よりずっと上のヒルダさんが、あれだけの強化魔法を使って手も足も出なかった相手……しかも、私の方は魔力剣が使えないですし、強化魔法だっていつもみたいには無理と……これは、辛いですね)


 手にした木剣は、使い慣れた魔木製のそれではなく、学園に置いてある普通の木剣だ。これでは、いつもの調子で魔力を流し込めば、その瞬間に破損してしまう。

 強化魔法に関しても、使いたければ魔道具に頼らず、自力で発動する他ないのだが……未だに、リリィは強化魔法を維持しながら複雑な動きをすることは出来なかった。


(そんな状態で、勝ち目があるとしたら……やっぱり、一発勝負ですかね)


 自分の持ち札がほぼ使えない中、それでも僅かに存在する可能性を掴むなら、初撃しかない。

 二撃目のことは考えず、それを確実に試験官へ叩き込み、終わらせるのだ。


(これは試験ですから、勝つ必要はないんでしょうけど……最初から負けるつもりで戦うなんてごめんです。男として、全力で勝ちに行きます!!)


 そう心を決めたリリィは腰を落とし、木剣を横に倒すと、切っ先を教官に向けて構える。

 試験官でなくとも、その目的が開始と同時の突撃であると気付ける、あからさまな構え。

 周りで見ていた在学生から、今度は失笑の声が上がるが、これしか手がないのだから仕方ない。

 ただ……。


(これで油断してくれれば、っていうのは、ちょっと虫のいい話でしたか)


 突撃の構えを見ても眉一つ動かさないアーロンを見て、自らの目論見が早速一つ崩れたのを自覚しつつも、リリィはじっと開始の合図を待つ。

 そして――審判役の教官が開始を告げると同時に、リリィは一息に詠唱した。


『大地の精よ、その大いなる恩寵にて我に無双の力を与え給え、《強化ブースト》!!』


 魔力が活性化し、体内で暴れ回る感覚と、それに比例して力が漲っていく感覚。

 それらを置き去りに、リリィは思い切り床を蹴った。


「やあぁぁぁぁぁ!!」


 恐らくその会場にいた誰もが予想していたであろう、強化魔法を用いた正面からの突撃。

 ヒルダよりも雑な制御で発動した魔法による動きは馬鹿正直に一直線で、さながら猪の突進のよう。並の一年生に比べれば速度だけは圧倒的に上だが、逆に言えばそれだけだった。

 そんな工夫もへったくれもない全力の突きを、リリィはアーロンに向けて放つ。


「ふっ!!」


 予想通りであるがゆえに、アーロンの対応も的確だった。

 一直線に迫る“点”の攻撃を、木剣で側面から弾くことで軌道を逸らそうと試みる。

 これで相手の体勢を崩し、返す刀で一撃を加えようという、まるで教科書のような理想の対応だ。

 リリィの速度を完全に見切り、完璧なタイミングで木剣同士が打ち合わされ――


 ――カァン!


 いともあっさりと、リリィの木剣が弾き飛ばされた。


「なに……!?」


 その結果に驚いたのは、リリィよりもむしろ教官の方だった。

 木剣から伝わって来るべき手応えがあまりにも小さく、勢いが付き過ぎた彼の上体が僅かに泳ぐ。

 一方、最初から囮に使うつもりで緩く握っていた木剣を失ったリリィは、狙い通りの展開にほくそ笑みつつ、武道館の床を踏みしめる。狙うは、目の前で無防備に晒された教官の腹。

 フェイントも何もないままに、ただ全力でそこへ向けて突き進む!

 

「あぁぁぁぁ!!」


 強化魔法で加速されたリリィの頭突きが、ついにアーロンを捉える。

 ドスンッ!! と、重々しい音と共に叩き込まれたその一撃は……。


「っ……う、おぉぉぉ!!」


「あぐっ!?」


 彼を倒すまでには至らず、雄叫びと共に片腕で殴り飛ばされ、リリィは床を転がっていく。

 慌てて体勢を立て直して体を起こすリリィだが、その時には既に、眼前に木剣が突きつけられていた。


「っ、うぅ……参りました……」


 殴られた衝撃で、既に強化魔法もあっさりと解けてしまっている。

 これ以上は打つ手がないと判断したリリィがそう告げると、アーロンは木剣を仕舞いながら手を差し伸べてきた。


「ははは、中々ガッツのあるお嬢さんだ。先ほどはアースランドと名乗っていたが、もしやユリウスの妹さんかな?」


「はい、そうですけど……お兄様を知ってるんですか?」


「ああ、入学試験で私に一撃入れてみせたのは、ここ数年では君と彼だけだからね、よく覚えている」


「そ、そうなんですか?」


 手を取って起き上がったリリィは、思わぬエピソードに目を丸くする。

 リリィの場合は本当に一度きりしか通じないであろう、“正面からの不意打ち”という手段で一撃を入れたが、果たして兄はどうしたのかと興味が湧く。


「後にも先にも、支給された木剣に、試験開始までの数分を使って血文字で魔法陣を描くなんて奇策を持ち出したのは彼だけだ。流石にあれは面食らった」


「は……? はいぃぃ!?」


 予想外過ぎるカミングアウトに、リリィは目を丸くする。

 曰く、当時の剣術試験のルールでは魔道具の“持ち込み”は禁止していても、その場で木剣を“改造”することは禁止していなかったそうで、グレーゾーンどころか半分以上黒に突っ込んでいる屁理屈だが、ギリギリ認められたらしい。


 ちなみに、その件があってからはちゃんと魔道具の“使用”を禁止するという形にルールが変わったそうだ。

 まさかの試験ルールすら書き換える事態を引き起こしたという話に、流石のリリィも「何をしてるんですかお兄様は」と頭を抱えた。


「こらそこ、次がつかえているから、早く戻りなさい」


「あ、はい! それでは先生、私は行きますね。試験、ありがとうございました!」


「ああ、最後の試験も頑張れよ」


 ペコリと頭を下げ、リリィは駆け出す。

 そんな後ろ姿を目で追いながら、アーロンはふっと笑みを零す。


「可愛らしい子じゃないか、あれはユリウスの奴がシスコンになるのも頷けるな」


「アーロン教官……歳の差考えてください。流石に犯罪ですよ?」


「お前は俺を何だと思っている……」


「二十も年下の嫁さんを貰った変態教官ですが何か」


「…………」


 審判役を務めていた教官からの絶対零度の視線に、アーロンはそっと目を逸らす。

 アーロン・ブッテンベルク。ブッテンベルク子爵家の次男にして、三十五歳。

 今年成人したばかり、十五歳の妻を持つ、新婚の剣術教官である。

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