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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第三章 空に憧れた少女
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第七十四話 空に憧れた少女

「クソッ、クソッ、クソッ!! おのれ貴族め、またしても僕の邪魔を……!!」


 息も絶え絶えに、フラつく足で路地を進む男の体は、既に満身創痍だった。

 咄嗟に張った防護魔法でダメージは抑えたのだが、それにしても限界はある。あの零距離射撃を防ぐためにほとんどの魔力を使い果たし、もはや彼一人この侯爵領から逃げ延びることさえ絶望的だ。


「必ず、必ず僕はもう一度返り咲いてやる……僕から全てを奪った貴族共に、必ず復讐してやる……!! 次は、次こそは……!!」


「次なんてありません、あなたの野望はここで終わるんです」


「ッ!!」


 そんな状態の男を見つけたリリィは、元の漆黒に戻った瞳に悲しげな色を浮かべながら、木剣を構える。

 まるで血を吐くように叫ぶ男の様子を見ていれば、その憎しみの根が相当に根深いであろうことは容易に想像がつく。

 そんな彼に、同情する思いがないわけでもないが……それでも、やったことは別だ。


「晩餐会の会場への襲撃、それにマリアベルさんに対する誘拐未遂。とてもではないですが、見過ごすことは出来ません。あなたの身柄は、ここで拘束します」


「……ふざけるなよ、貴族風情がッ!! 誰が貴様らなぞに捕まるか、だったら、せめて貴様だけでも道連れにしてくれる……!!」


「っ、まだ、やるつもりですか……!」


 木剣に魔力を纏わせながら、リリィは構える。

 男から魔力の気配はほとんど感じられないが、それでもこのドス黒い狂気を前にしては、何かあるのではないかと勘繰って気にし過ぎということもないだろう。


「そのボロボロの体に攻撃するのは気が引けますけど……これで終わりです!!」


 地面を蹴って、リリィは一気に肉薄する。

 相手は、もはや魔法も使えない一般人。魔力を振り絞れば少しは反撃出来るかもしれないが、それにしたって精々出来て一発程度。それならば、この剣で十分打ち払える。


 だから、リリィのそれは油断とは言い切れない。それでも、確かにその可能性は考慮されるべきだった。


 ガチャリ。


 吶喊するリリィに対し、男は懐から取り出した“銃”を突きつけた。


「……え?」


「貴様の、いや、魔法を過剰に信望するこの国の貴族全員の弱点だ……貴様らは、こうした魔法に頼らない武器に対して、あまりにも警戒心が足りない……!!」


 ――マスケット銃。

 ライフリングも施されていない、先込め式の歩兵銃だ。

 一発ごとに装填が必要で、この世界においてはまだ防護魔法を貫くほどの威力がないため、戦場でもさほど出番のない、マイナーな武器。

 しかし、現存するほとんどの魔法より高速で飛来し、魔法特有の魔力漏れによる事前感知も出来ない鉄の弾丸は、こと不意打ちという状況において、いかなる魔法をも凌駕する。

 特に、リリィは自力で防護魔法が使えない上、木剣による防御もその眼で見切れる攻撃であることが前提のため、どんなに強力な魔法よりもよほどその命に届き得る。

 命中率にあまり期待が持てないこと、距離を取って魔法で圧殺した方が確実であることなどを理由に、先ほどの戦いでは使わなかったが……リリィ自ら距離を詰めたこの状況であれば、確実に仕留められるだろう。


「死ねええええ!!」


 ズガンッ!!

 盛大な発射音と共に放たれた弾丸は、確かにリリィを捉え、その体に穴を穿つ。


 そして――致命傷を負ったリリィの体は、そのまま消滅し、消えてなくなった。

 ()()()()()()()()


「なっ……!?」


「っ……!!」


 《幻影ファントム》。

 自分の分身を作り、囮とする魔法の効果だと両者が気付いたのは、ほぼ同時だった。

 兄が使っていたころの残滓として、魔法陣だけは残されていた魔法。しかし、魔力制御の難易度が高すぎるため、リリィ自身、今の今まで忘れていた魔法だ。

 過剰に流し込まれる魔力によって、発動待機状態にはなっていたのだが、それが偶然にもこのタイミングで暴発したのだろうか。

 いや。


(……お兄様が、守ってくれた!!)


 リリィはそう解釈して、たった今死にかけたことも忘れるほどに胸中が喜びで満たされた。


 ――俺の代わりにリリィのこと守ってくれるように、いっぱい魔力込めておいたから、大事に持っとけよ?


 あの時の言葉は、嘘ではなかった。ユリウスは、遠く離れていようとずっとリリィを見守ってくれていたのだ。

 思わず涙が零れそうになるほどの思いを、一旦胸の奥に仕舞い込むと、リリィは未だ驚愕から立ち直れないでいる男に向け、木剣を振り上げる。

 今のような奇跡の回避は、もう出来ないだろう。だが、それは相手とて同じこと。既に発砲を終えたマスケット銃など、もはや何の役にも立たない。


「もう一度言います……これで、終わりですっ!!」


 膨大な魔力が込められた漆黒の剣が、魔王崇拝者の脳天へと叩きつけられる。

 既に限界を超えていた男は、その一撃でついに意識を手放し――

 ドサリと、その場に崩れ落ちるのだった。





 リリィの戦いを見届けたモニカは、思わずほっと息を吐く。


(まさか、銃を持っていたなんて……対峙していたら、私も危なかったかもしれないわね)


 攻撃力、連射力、持ち運びの手間に汎用性と、あらゆる面で魔法の方が優れているのは確かだが、まだ未熟な魔導士にとっては、十分に脅威となり得る。

 七歳で飛行魔法を習得し、天才などと持て囃されたモニカだが、やはりまだまだ精進が足りないと気を引き締めた。


(その意味では、あの子は凄いわね……まさか、魔法をもう使えない相手に、《幻影ファントム》なんて魔法を仕込んで念を入れるなんて。あの隙のなさは見習わないといけないわ)


 完全な誤解なのだが、モニカから見ればあの魔法はリリィが自らの意思で発動したようにしか見えないので、彼女の中でリリィの評価が凄まじい勢いで上がっていく。

 そして、それは思わぬところにも飛び火した。


(確か、アースランドの長男が同級生でいたわね。今度、学園に戻ったら話を聞いてみようかしら)


 七歳でこれだけの力を身に着けた少女の兄だ。きっと、とんでもない実力者に違いない。

 困ったことに、あながち間違いでもないそんな予想の下、学園で新たな出会いが生まれようとしていた。


「……やっぱり凄いですね、リリアナさんは」


 ふと、揺り籠の中でマリアベルが呟いたのを聞いて、モニカが目を向ける。

 傷ついた妹の瞳に浮かぶのは、友人の活躍を前にした素直な賞賛と、隠しきれない憧憬の色。


「私も、ああなりたい……」


 それは、これまで何度も目にしてきた、マリアベルの顔。

 優秀な姉に憧れ、自分との差に絶望し、悲しみと苦しみの中でなお足掻く、痛々しい顔。

 だが、今は。


「……ねえ、マリア。小さい頃にした約束、覚えてる?」


「はい。……最近まで、思い出すこともありませんでしたけど、覚えています。私とお姉様で、お父様が飛ぶこの空を守ろう、って」


「実はね……私、ずっとあの約束をしたことを後悔していたの。マリアに、余計な重荷を背負わせてしまったんじゃないか、って」


 マリアベルには魔法の才能はなかったが、それ以外はとても優秀だった。

 誰よりも賢く、物覚えが良くて、複雑な魔法陣の構成だってすぐに読み解ける。

 不器用なところはあったが、周りに何を言われても諦めない心の強さと粘り強さを持つ、本当は誰よりも優秀な妹だった。


「だからね、私はあなたがずっと魔道具の研究に没頭して、他の道を閉ざしてしまっているのを止めたかった。あなたが輝ける場所は、魔法以外にもたくさんあるはずだからって。でも……あの子の言う通り、余計な心配だったみたいね」


 気絶した男達を前に、さてどうしようかと首を捻って右往左往するリリィを見ながら、モニカはくすりと小さく笑みを零す。

 それは、マリアベルが久しく見ることの叶わなかった、彼女の心からの笑顔だった。


「マリア、確かに彼女も凄いけど、あなたも決して負けていない。いえ……私にとって、あなたは誰よりも凄い自慢の妹よ。私との約束を守ってくれて……この空を守ってくれて、ありがとう」


「お姉、様ぁ……」


 そう言って、モニカは揺り籠の中にいるマリアベルを優しく抱きしめる。

 久しく感じることのなかった温もりに包まれて、マリアベルの目に熱いものがこみ上げて来た。


「もう、泣かないの。……あ、ほら、見てマリア、夜明けよ」


「えっ……わあ……!」


 そんな二人を祝福するように、夜明けの太陽が顔を見せる。

 温かな日差しに包まれて、少しずつ眼下に広がっていく街並みを見つめながら、マリアベルは口を開いた。


「ねえ、お姉様」


「何?」


「私……いつか、ちゃんと自分の力で、空を飛びます。お姉様に支えて貰わなくても、飛べるようになって、それで……」


 二人の体が離れ、すぐ近くで見つめ合う。

 これまでのような、自分に卑屈になって誤魔化すのではない、満面の笑みを浮かべながら、マリアベルは宣言した。


「いつかお姉様と一緒に、この空と街を守れる立派な魔導士になってみせます。だから、それまで待っていてくださいね」


 随分と久しく見ていなかったその笑顔に、しばし呆然としていたモニカだが、まだまだ幼い妹のその決意に、ふっといつもの笑みを返す。


「待ってなんてあげないわ。私だって、マリアに負けないくらい頑張って、いつかお父様だって超えてみせる。だから……早く追いついてみせなさい」


「……! はい!!」


 弾けるような笑顔で、今度はマリアベルの方からモニカに抱き着く。

 朝日に照らされてた大空は、まるで二人の未来を示すかのように――どこまでも、どこまでも、広がり続けていた。

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