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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第三章 空に憧れた少女
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第七十二話 幼き日の誓い

 ……私は、何をしているんでしょうか?

 私を守ろうと雄叫びを上げ、目の前で傷ついていくリリアナさんを見ながら、そう自問します。


 晩餐会の会場が魔法による襲撃を受けた隙に、私はリリアナさんと一緒に誘拐されました。

 どうしたらいいのか分からず、混乱するばかりだった私と違って、リリアナさんは冷静に何をするべきか見極めて、私の手を引いてくれました。

 結果として、そのせいで拐われることになったとリリアナさんは謝っていましたが、ただ状況に流されることしか出来なかった私が、どうしてそれを責められるでしょう?


 それに、拐われてからも、リリアナさんの行動力と力には驚かされました。

 どういう手段でかは分かりませんけど、外にいる敵の数を凡そ正確に掴み、そのうち少なくとも三人は魔法が使えるとリリアナさんは言いました。

 私なら、大の大人が三人以上、それも魔法が使えるような相手だと分かったら、怖くて何も出来ないのに、リリアナさんは全く恐れた様子もなく、大丈夫だと、守ってみせると笑いかけてくれました。

 あの、優しくて自信に満ち溢れた笑顔がなければ、その後にリリアナさんが対魔導士用の枷を力付くで破壊するという暴挙を見た後でも、逃げ出すことに素直に従えなかったことでしょう。


 そして、その後に見せたリリアナさんの実力は、本物でした。

 魔力嵐、魔力剣、身体強化。

 私には感じ取ることも出来ず、驚く彼らの様子やリリアナさんの得意気な解説を聞いてようやく理解出来ましたけど、たったそれだけの武器で、攻撃魔法を扱う大人を圧倒する姿は、かっこよくて、頼もしくて……どうしても、自分と比べてしまいます。


 どうして、リリアナさんはあんな風に戦えるんだろう?

 どうして、私はあんな風に戦えないんだろう?

 恐怖と、羨望と、失望と。色んな感情がぐるぐると渦巻いて、私が動けないでいる間も、リリアナさんは戦って、傷付いていきます。


 もう、やめて。


 その言葉が喉元まで出かかっても、実際に口から出るのは引きつったような音ばかり。

 こんなことすら出来ないのかと、無力感ばかりが募っていく。

 息を荒げ、肩で呼吸するリリアナさんを見ていられなくて、思わず目を瞑る私でしたが、不意に、それまでずっと続いていた攻撃が止みました。


「ふふふ、そろそろ限界のようだね、諦めて降参してはどうだい? そうすれば、来るべき日まで、君達のことは丁重に扱うと約束するよ?」


「来るべき日……?」


 どうしたのかと目を開けると、空に浮かんでいる男が、膝を突いたリリアナさんに降伏勧告をしていました。

 首を傾げるリリアナさんに、男はフードの奥でニヤリと笑みを浮かべ、語り始めます。


「そうとも!! 我らが神、魔王復活の日だ!!」


 魔王。

 精霊教の教典で、精霊王と相討ちになって倒れたとされる、古の邪神。

 そんなものを復活させようとするなんて、私には全く理解出来ません。


「魔王の力で、この腐った世の中を破壊する!! 絶対的な主に導かれ、その力の下で全ての人間が真の平等を謳歌する理想郷を創るのだ!!」


 陶酔したような表情で、狂ったように叫ぶ男。

 先ほどまでの、どこか軽薄ながらも冷静沈着な戦いぶりを披露した男とは、まるで別人です。


「そこには、貴族も平民も、国という概念すらない。醜い嫉妬や敵愾心で人々が争うこともない、真の平和が実現するのだ!!」


 両手を広げ、邪神に魅入られた男は語る。

 そこに並べられているのは、確かに耳障りのいい素敵な言葉です。

 でも、今の彼から感じるのは、今ある世界への底知れぬ憎悪と狂気。

 とてもではないですが、彼の作り出す世界が理想郷だとは思えませんでした。


「そちらのお嬢さんには、平和のため、魔王復活のための生贄となって貰う。何、貴族とは民のために身を捧げる存在なのだろう? 名誉なことじゃないか」


 くつくつと笑いながら、男の醜悪に歪んだ目が私を射抜く。

 狂気に歪み、剥き出しの負の感情で心を抉られるようなその視線に、私は体の震えが抑えられませんでした。


 ……魔王崇拝者。

 言葉だけは聞いたことがありますが、実際に目にしたのはこれが初めてです。

 精霊ではなく古の時代に滅びたはずの魔王を信仰し、世界の破滅を願う集団。

 そんな人達に自分が狙われていたと知って、動いてもいないのに呼吸が荒くなっていく。


「君とて、争いで血塗られた世界より、平和な世界の方が良いだろう? その力は素晴らしい、我々と共に、理想の世界を創ろうではないか」


 最後にそう言って、男はリリアナさんに向けて手を差し伸べました。

 空高くから、まるで天使にでもなったかのように慈愛の表情で差し伸べられたそれを……。


「お断りします」


 リリアナさんは、躊躇なく切って捨てました。

 もう、体も限界のはずなのに。いつ倒れてもおかしくないはずなのに。それでも、先ほどから全く揺らぐことのない強い意思の籠った瞳のまま、リリアナさんは立ち上がります。


「私が知っている魔王は、教典に記された部分だけです。会ってみれば案外いい人で、魔王に支配して貰った方がいい世界になったりするのかもしれません。でも」


 空を睨み、剣を掲げる。

 たとえ力尽きようと、この意思だけは変わらないと、魔王崇拝者に示すように。


「たとえどれだけ素晴らしい理想郷だろうと……マリアベルさんを犠牲にしなければ実現しない世界なんて願い下げです!! 何がなんでも守り抜いて、あなた達の野望を打ち砕きます!!」


「……あくまで、そこの令嬢を守って死ぬつもりか。先ほどから、ただ震えて見ていることしか出来ない腰抜け貴族を守って何の価値がある?」


 冷笑と共に、侮蔑の籠った視線を向けられて、それでも私は何も言い返せません。

 彼の言っていることは、本当のことだから。

 それなのに。


「……マリアベルさんをバカにしないで」


 リリアナさんの雰囲気が、明らかに変わりました。

 魔力を感じられないはずの私でさえ、圧迫感を覚えるほどの気迫に、魔王崇拝者の男は口を噤む。


「マリアベルさんは凄い人です。魔力不感症なんて難病にも負けずに、ずっと一人で魔法を使うために魔道具の勉強を続けて、今までになかった魔道具を作り出しました。……私が今、こうして戦えているのはマリアベルさんのお陰です。やたらめったら力を撒き散らすくらいしか出来なかった私が、こうして守るために剣を握れているのは、マリアベルさんがくれた魔道具のお陰なんです!! 私の恩人を、大切な友達を、バカにしないでくださいッ!!」


 ビリビリと、空気が震えるほどの声を張り上げ、叫ぶ。

 それを聞いて、しかし男は「ハッ」と鼻で笑い飛ばしました。


「麗しい友情ごっこ、素晴らしいね。下の者から搾取することしか知らない貴族風情が、恩人? 友達? ハハッ……いいさ、所詮君も貴族でしかないということだろう。ならば自分が利用されていることにも気付かぬまま、死んでいけッ!!」


「ッ……!!」


 その言葉と共に、再びリリアナさんへと魔法が放たれました。

 先ほどまでより更に苛烈になった攻撃を前に、リリアナさんが益々追い詰められていく。


「もう……やめてください……!」


 気付けば、私は叫んでいました。

 襲い来る魔法への対処で手一杯のリリアナさんは応えませんが、声は届いているはずと信じて、私は言葉を重ねます。


「あの人の言う通りです。私は、自分の魔道具を完成させたいがために、リリアナさんを利用したんです!! リリアナさんがやりたがっているからって自分に言い訳して、具体的にどんな危険が待っているのかも伝えずに実験台にしたんです! だから……こんな私を、リリアナさんが守る価値なんてない!!」


 これ以上、戦わないで。

 リリアナさんは私のことを凄いと言いましたが、こんな卑怯な私より、リリアナさんの方がずっと凄い人です。

 まだ七歳なのにこんなに強くて、勇敢で、きっと将来は、お姉様と肩を並べるような立派な騎士や魔導士になれる人です。

 だからこんなところで、私なんかのために命を無駄にするべきじゃありません。


 間違いなく、そうなのに。


「……いくらマリアベルさんでも、怒りますよ。マリアベルさんがどういうつもりで一緒に作ったのかは分かりませんけど、私はあくまで“協力”しただけです。それに……守る価値があるかどうかは、私が決めます。私は、私が友達だと思った人を、絶対に見捨てません!! こればっかりは、たとえ泣いて頼まれても譲れない、私の意地です!! 絶対に、貫き通します!!」


 迫り来る魔法を剣で打ち払い、その余波で体を傷付けられながら、それでもリリアナさんは決してその場から動こうとしません。

 どうして、そこまで……!


「私達、まだ出会ってたった一週間じゃないですか!! 魔道具だって、ただ私が作りたかった物を作っただけで、リリアナさんのそれも、私にとってはついででしかなくて……それなのに、どうして……!」


「私にとっては、同じ時間を共有して、一緒に笑い合えば、もう友達なんです!!」


 足元に炸裂した風魔法に吹き飛ばされ、リリアナさんが地面を転がる。

 すぐに体を起こし、剣を構え直しながら、リリアナさんはほんの一瞬だけ、私の方に顔を向けました。


「私は、大切な人を守りたくて魔法を覚えました。だから、マリアベルさんのことも必ず守り抜きます。他ならない、私自身の夢のために」


「あ……」


 絶望的な状況で、それでも笑顔と共に告げるリリアナさんの姿に胸が高鳴り、先日言われた言葉を思い出します。


 ――マリアベルさんは、魔法が自由に使えるようになったら、どんなことがしたいですか?


 あの時、リリアナさんは大切な人を守れる人になりたいと語っていました。

 リリアナさんはただ、その夢に向かって真っ直ぐに突き進んで、そのために今この時も必死に戦っている。そのことに、ようやく気が付きました。


(敵わないなぁ……)


 そんな思いと同時に、もう一つの願いも心に浮かびます。


 ……私も、ああなりたい。


「くだらない、くだらないくだらないくだらない!! お前達貴族の上辺だけ取り繕ったような友好関係に、そんな小奇麗な言葉を使うんじゃない!! 虫唾が走るんだよォ!!」


 叫ぶ男の声も、もはや私の耳には届きません。


 ……私は、どうして魔法を使いたかったんでしょうか?

 お姉様と同じ舞台に立って、一緒に肩を並べたかったから。それは確かです。

 でも、私はどうしてそう思ったんでしょうか? どうしてそのための手段が、魔法でなければならなかったんでしょうか?

 そう自問した時、ふと記憶の片隅から、一つの情景が思い起こされました。

 あれは、私が初めて魔法というものに触れた日。

 お姉様と一緒に、お父様が城から連れ出してくれた日のこと。

 “白亜の鷹”と呼ばれたお父様の飛行魔法で空を飛んで、広大な侯爵領を一望した時のことです。

 そこで、私はお姉様と、一つの約束を交わしました。


「思い、出しました……」


 私が、魔法を使ってどうしても叶えたかった願い。

 ただスクエア家の一員として認められるだけなら他にも方法があるのに、最後まで魔法に拘り抜いた理由。

 それは――


「死ねええええ!!」


 男の叫び声に合わせ、他の男達も魔力を高め、魔法を発動する。

 彼らもまた、その狂気の叫びに何か思うところがあったのか、これまでよりも一段と大きくて、見るからに強力な一撃です。


「リリアナさん、私はいいですから、正面の敵に集中してください」


「マリアベルさん、私は……!」


「お願いします!!」


 再び木剣を構えようとするリリアナさんの言葉を遮って、たった一言、そう頼み込みます。

 じっと見つめる私と、リリアナさんの視線が交錯したのはほんの一瞬。振り返ったリリアナさんは、魔力嵐を解くなり地面を蹴って、勢いよく前へと飛び出していきました。


「なっ!?」


 あれだけ語った直後、私を見捨てるような行動を取るとは思わなかったのか、男の驚愕の声が聞こえます。

 そんな彼に向け、私は腰に提げたままだった魔道具を構えると、横についたレバーを引いて魔水晶をセットする。


「あなたの相手は……こちらです!!」


 魔力の代わりにありったけの想いを込めて、私は引き金を引く。

 その瞬間、簒奪術式によって奪い取られた私の魔力を使い、私の魔道具はたった一つの魔法を紡ぎ出す。

 放たれた光の弾丸が、迫りくる風の槍を打ち砕き、その先にいる男へ突き進んでいきました。


「そん、な……バカなぁぁぁぁ!?」


 《星花火スターライトフレア》。

 夜空を彩る炎の華が、魔王崇拝者の男を飲み込んでいく。


 ――うわぁ、凄い! これがいつもお父様が見ている景色……! 見て、マリア。とっても凄い景色よ!

 ――ふえぇ、怖いです……。

 ――ははは、マリアにはまだ早かったかな? だが、これが私達、スクエア家の守るべき民の街だ。ちゃんと見て、覚えておくといい。

 ――お父様は、こんなに広い街を一人で守っているの?

 ――一人、というわけではないが、そうだな。何、こうして空から一望すれば、困っている人もすぐに分かる。この空がある限り、侯爵領の民は私が守り抜いてみせるさ。


「……私の名は、マリアベル・スクエア。“白亜の鷹”、セヴァロニアス・スクエアの娘です」


 焼け爛れながらも、辛うじて空に浮かんでいる男に向けて、私は告げる。


 ――でも、それじゃあお父様の飛んでいる空は、誰が守るの?

 ――うん? 空を守ると来たか、それは考えていなかったなぁ。

 ――それなら、お父様の空は、私達が守るわ! ね、マリア!

 ――えっ、私もですか……?

 ――ええ、そうよ。


「この街を……その空を……あなたなんかの好きにはさせません……!!」


 ――いつか強くなって、私達二人で、お父様の空を守るの。約束よ、マリア。


 幼き日の、たった一つの約束を胸に、私は再び魔道具のレバーを引きました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、タイトル回収! マリアベル嬢の魔法にこだわる理由、やはり家族との思い出でしたか。 相手は貴族だろうが友情や愛情を持ってる人間だってことを無視する輩でしたか。 まあ、以前のルル君…
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