第七十一話 空より来たる悪意
「くっ……怯むな、やるぞ!!」
「魔力のせいでやりづらいが、全く発動させられないわけではない! 集中しろ!!」
残る三人の男が、必死に魔力を制御しながら魔法を発動しようとする。
杖の先端に炎が、風が、氷の礫が形となっていくのを見て、リリィは確信した。
(やっぱり、大した相手じゃなさそうですね)
魔力嵐の中、しっかりと魔法を形に出来るだけで、ただの賊というにはかなりの力量なのだが……リリィの基準は二年前、妨害されるどころか逆に魔力嵐を利用し、自らの力を高めた幼い少年――フレアと、妨害され、多少時間を取られながらも完璧な結界魔法を構築してみせたグレンの二人だ。
グレンはともかく、フレアのような例外と比べられては、ストランド王国には“大した相手”と呼べる存在はほぼいなくなってしまうのだが、それを指摘できる者はこの場に一人もいなかった。
『《火球》!!』
『《風刃》!!』
『《氷槍》!!』
そして、完成した魔法がリリィへと迫る。
魔力嵐による妨害のせいか、その魔法は発動にやたらと時間をかけて放ったとは思えないほどに稚拙で不安定な出来だったが、それでも立派な攻撃魔法。当たればただでは済まない。
しかし。
「甘いです!!」
リリィは臆することなく、迫る魔法を前に木剣を無造作に振るう。
特殊な魔法陣により、どれだけ魔力を込めても壊れなくなったその刃は、防護魔法による強靭な硬さに加え、膨大な魔力を宿している。
そこへ更なる魔力を注ぎ込み、刀身に沿って魔力の刃を形成する。
バチバチと黒い火花を散らすその剣が宙を薙ぐと、それに煽られた魔法は、まるで蝋燭の火を吹き消すかのようにあっさりと消滅した。
「なっ、なぁ……!?」
「なぜ……何が起こった!?」
「理屈は簡単ですよ? 魔法は剥き出しの魔力が形になったものですから、それ以上に高密度の魔力をぶつけると壊れちゃうだけです。まあ、人にはそれだけじゃ影響はないんですけど……せいっ!!」
リリィは混乱する男達の内の一人に再び近づき、思い切り木剣を振りかぶる。
「くっ、《防護》!!」
得体の知れない攻撃に恐れをなした男は、咄嗟に手に持つ杖に防護魔法をかけ、盾代わりにする。
曲がりなりにも、戦闘で使うことを想定して作られた、魔法発動補助のための丈夫な魔導杖。それに防護魔法まで重ね掛けして、木製でありながら鋼鉄の盾にも勝るほどの強度を持つに至る。
それはリリィの木剣とぶつかり合い、ほんの一瞬拮抗したかに見えたが……。
バキィィィン!!
あっさりと粉々に砕け散り、盾としての役割をほとんど果たすことは出来なかった。
「なっ……!」
「隙ありです!」
武器を失い、呆然とする男の脳天に、木剣が叩きつけられる。
その瞬間、先ほどの男と同様に、その男は白目を剥いて卒倒した。
「こうすれば、ちゃんと影響はあります」
再び距離を取りながら、リリィは男達に告げる。
膨大な魔力を浴びたところで人に影響はないが、直接体内に注ぎ込まれれば別だ。
あらゆる物質が魔力の許容限界を超えれば破損するように、人もまたそれを越えて注ぎ込まれれば、体中に不具合を起こし内側から破壊される。
通称――魔力暴走。
生まれたばかりだった頃のリリィを苦しめたその症状を疑似的に引き起こし、昏倒させる。
それが、魔法を上手く扱えないリリィが考えた戦い方。リリィの新たな武器だった。
「まあ、この木剣のお陰で多少リーチは伸びましたけど、基本的に触れた相手にしか効果はないので、マリアベルさんの魔道具がなければこうも上手くは行かなかったでしょうけどね」
腰の魔道具を撫でながら、リリィは笑みを浮かべる。
二年前、帝国の工作員との戦いで魔力嵐を使った時から考えていた戦い方だが、攻撃するためには接近しなければならないという都合上、どうしても強化魔法を習得する必要があった。
練習を重ねても、中々思うように出来ないと困っていた時、マリアベルの作ろうとしている魔道具の話を聞き、これならばと思ったのだ。
「この力で、あなた達を倒します」
いかなる魔法も掻き消し、いかなる盾も打ち砕き、いかなる生物も昏倒させる。
莫大な魔力量という、たった一つ長所を最大限に生かした力。
両親に見守られ、兄やカミラに支えられ、ルルーシュによって導かれ、マリアベルによってようやく形になった力だ。
「絶対に、負けません!!」
それを掲げ、力強く宣言するリリィ。
魔法を主な攻撃手段とする魔導士にとって、天敵とも言えるその力を前に、残された男二人はたじろぐ。
戦意を挫き掛けた男達を見て、このまま終わりにしようとリリィは腰を落とす。
「いやぁ、素晴らしいね。その圧倒的な魔力量と、それを十全に活かした戦い方。実に素晴らしい」
しかしその時、不意に上空から声が響き渡った。
振り仰いだリリィが目にしたのは、他の男達と同じ黒いローブに身を包んだ不審な優男。
いつの間に現れたのかと思ったが、よく考えてみれば、男達は合流した時点で最初に見た時よりも人数が少なくなっていた。恐らく、その減った男が呼びに行っていたのだろう。
夜空を飛んでいるせいか、その黒いローブもあって油断すれば見失ってしまいそうだが、下から見上げる形になるが故に、フードの中に隠された軽薄そうな顔と、その薄く細められた目だけははっきりと見えている。
「あなたは、あの時部屋に入ってきた……」
「覚えててくださいましたかお嬢様。はい、襲撃に乗じてあなた方を人気のない場所へ誘導したのは僕ですよ」
くふふと不気味な笑みを浮かべながら、優男は空中で一礼した。
先ほど会った時は、頼りになりそうな人が来たと喜んでもいたのだが、改めて見ると言動の節々に相手を小ばかにするような態度が垣間見える。
「リーダー! すみません、こいつ、思った以上に手強くて……!」
「何、問題はないですよ。既に相当魔導城からは離れているし、派手に戦ったところで早々バレはしないのだから、手早くその子を制圧して、連れて帰ればいいだけだ」
警戒しつつ木剣を向けるリリィに、優男は笑みを絶やさぬまま魔導杖をくるりと手の内で回す。
いつから居たのかは分からないが、リリィの力を見て尚、"手早く制圧する"と言い切ったくらいだ。油断は禁物だろうと、じっと身構える。
「君の考えた戦い方は面白いが、いくつか弱点もある。まず一つ目、魔力嵐は君を中心に発生している都合上、こうして距離を置きながら戦われると、魔法の発動を妨害出来ない」
そう言って、男は杖の先から炎の球体を作り出し、リリィに向けて放つ。
それを、リリィは木剣で打ち払った。
「だからなんですか! この剣なら、発動済みの魔法だって打ち消せます!」
「二つ目、あくまで魔法を打ち消すことが出来るのはその剣の範囲だけ。つまり、君が処理しきれないほどの手数で魔法を放てば、いずれ君は押し潰される。……やれ」
「「「はい!!」」」
優男の指示を受け、他の男達……一人増えて三人になった彼らから、時間差を付けて次々に魔法が放たれる。
炎、風、氷と、色とりどりの魔法が、リリィの剣で打ち砕かれ、霧散していく。
「だったら、潰される前にあなた達を倒すだけで……!?」
そう叫び、まずは手近な男達から倒そうとリリィが前屈みになったところで、上空にいた優男から無詠唱で風の槍が放たれる。
狙いは隙を見せたリリィ……ではなく、その後ろ、先ほどからずっと呆然としたままのマリアベルだった。
「危ないっ!!」
「えっ……きゃ!?」
自分に向けて放たれる攻撃ならともかく、他人に向かって飛んでいく高速の魔法を横から迎撃するのは難しい。
咄嗟に、リリィはマリアベルを突き飛ばし、魔法から庇う。
ズガンッ!! と、飛来した魔法が地面を穿ち、鮮血が舞った。
「っ、り、リリアナさん!!」
「大丈夫……ちょっと掠っただけです」
マリアベルの悲痛な叫びを背中に受けながら、リリィは木剣を構えつつ立ち上がる。
強化魔法のお陰で反応速度も上がっていたリリィは、マリアベルを突き飛ばした後、咄嗟に身を捻ったものの、流石に躱しきれずに負傷していた。
引き裂かれたドレスの隙間から赤く腫れた脇腹が覗き、そこからポタポタと垂れ落ちる血が、地面に赤い斑点を作り出している。
問題ないと、口ではそう言うものの、額に滲む脂汗が、決して言葉ほどに軽い怪我ではないことを否応にも証明してしまっていた。
「三つ目、これは弱点というより状況の悪さかな? 君は、後ろのスクエア家令嬢を守るため、あまり積極的に前に出られない。でなければ、接近戦しか出来ない君が、攻撃の度に一々距離を取るのはおかしいからね」
「っ……!」
本当にいつから見ていたのか、行動の裏まで全て読まれていたことに、リリィは愕然とする。
自分一人でも切り抜けられるのではないかと思ったが、リーダーと呼ばれていたこの男だけは、このままでは勝てないかもしれない。
「だから、僕達はこうして距離を置いたまま、君ではなく、後ろの姫君に向けて攻撃を続けるだけで、労せずして君を倒すことが出来る」
「あなた達の狙いは、マリアベルさんじゃないんですか……!?」
「その通りだよ。だから、精々しっかり守ってくれたまえ。……君の命が尽きるまで」
その言葉を最後に、彼らの苛烈な攻撃が始まった。
地上から、上空から襲い来る魔法の雨霰を、マリアベルに被害が及ばないように、リリィはその身一つで捌き続ける。
(どうしましょう? 二年前みたいに固定砲台になって私も魔法を使う? いえ、今の私じゃ、そっちに意識を割きながらこの剣を維持して、更には魔法の迎撃までこなすなんて器用な真似は出来ません。一瞬でも気を抜けば、その時点でお陀仏です)
決して一塊にならず、立て続けに襲い来る魔法をひたすら木剣で薙ぎ払い、打ち消す。
時折、わざと狙いを外して飛んできた魔法が足元で炸裂し、飛び散った石礫や魔法の余波が少しずつリリィの体を傷付け、消耗させる。
状況を改善する手段も思い付かないまま、いつ終わるとも知れない攻撃で疲労と傷が積み重なって息が上がり、益々頭が回らなくなる。
思考の鈍化は行動にも現れ、雑な対処によって更に傷が増えていく悪循環。
(どうすれば……!)
優男の言う通り、リリィが突撃して暴れれば解決する話ではあるのだが、それでは地上からの攻撃はともかく、上空から襲い来る攻撃からマリアベルを守れない。
敵の狙いはマリアベルで、まさか本当に彼女を殺すとも思えないが、もしものことを考えればとても実行には移せなかった。
「っ……ああぁぁぁぁ!!」
結局、リリィはひたすらに敵の攻撃を防ぎ続ける道を選択する。
確かに、今の状況は八方塞がりで詰んでいるようなものだが、リリィは決して一人ではないのだ。
(まだ……諦めるには、早い!!)
決して折れない心が、燃え盛る業火のごとき勢いで魔力となって全身を駆け巡り、黒から真紅に染まりゆく瞳で天を睨む。
絶対に、守ってみせる。
そんな決意とは裏腹に、リリィの体は徐々に、しかし確実に追い詰められていた。
……あれ、主人公らしく戦わせる予定が、早々に苦戦してるな……どうしてこうなった(;^ω^)




