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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第一章 新しい居場所
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第七話 謎の声

「リリィ、どこだ!! いるなら返事をしてくれ!!」


 木材倉庫の前で、カロッゾの叫び声が木霊する。

 本当に、僅かな間だった。

 少しばかり離れた場所に置いてあった荷物のところまで行き、差し入れの酒を持って来て貰うよう指示を出してから、まだほんの数分しか経っていない。

 道に迷うにはあまりにも近く、王都のような人ごみとも無縁なこの場所で、まさか娘の姿がどこにも見えなくなるなど思いもよらなかった。


「大将、ダメですね、河原の方にも見に行ってみやしたが、どこにも見当たりません」


「クソッ、一体どうして……!」


 クルトアイズの報告を聞いて、カロッゾは歯噛みする。

 リリィは精神的に不安定で体の弱いところはあるが、基本的には子供とは思えないほど聡明で大人しい子だった。

 だからこそ、少しくらいなら大丈夫だろうと気を緩めてしまったのだが、今はそんな過去の自分をぶん殴りたい衝動でいっぱいだった。


「落ち着いてくだせえ、大将。今、他の連中が村の方に見に行ってくれてます。直に見つかるでしょう」


「ああ、だといいのだが……」


 アースランド家は貴族ではあるが、本当に弱小だ。誘拐などしてもメリットはほとんどないため、その線はまずないと思われるが、だとすればリリィが突然いなくなってしまった理由が分からない。

 何かに気を取られてフラフラと付いていく、というのが、ある意味一番子供らしいと言えばらしいが……。


 と、そこまで考えたところで、カロッゾの脳裏に最悪のシチュエーションが浮かび上がった。


「……まさか、森の方に向かったのか?」


「森ですかい? しかし、いくらなんでもあんな小さい子が一人で森の中なんて……」


「リリィの部屋には、動物の形をした木彫り人形がいくつもある。ユリウスがあげた物なんだが、かなり気に入っているようでな。一度も本物を見たことがないあの子が、もしそれを偶然目にしたのなら……」


「夢中になって、森の中まで追いかけちまうかもしれねえってわけですか」


 ようやくカロッゾの懸念を理解したのか、クルトアイズもまたその表情を険しくする。

 森の中には、現在危険な魔物が出没している可能性が非常に高いと話し合ったばかりだ。もし予想が当たっているのなら、あんな小さな子供など、見つかれば一瞬にして食い殺されてしまう。


「念のためだ、森の中を探すぞ。クルトアイズ、手を貸してくれ」


「了解しやした」


 頷き合い、二人は疾風の如き速度で森に向かって駆けだした。

 どうかこの予想が取り越し苦労であってくれと、そう願いながら。








 時間は少々遡り、リリィがカロッゾと共に領内を視察して回っていた頃。

 何とか勉強を終えたユリウスは、友人達と共に河原で釣りをしていた。

 木材倉庫がある位置よりも少々下流に下ったその場所は、森の木々に遮られることで村からはちょうど死角になっており、大人達に見つかりにくい。尚且つ、いざ見つかった時は森を突っ切って煙に巻き、すぐに村まで逃げることが出来るので、悪ガキ達にとっては絶好のスポットとなっていた。

 そんな場所で釣り糸を垂らすのは、ユリウスの他にもう二人いる。


「へー、外出してるってことは、もうリリアナ様も元気になったのか」


 一人は、従騎士スコッティの息子、コアン。

 ユリウスよりもやや背が高く、幅のあるがっしりとした体格の持ち主で、領内一の力自慢だ。あくまで、子供内で、という但し書きが付くが。


「そういうことなら、釣りなんてしてる場合じゃなかったな。いっそ今から会いに行くか?」


 もう一人は、木こりの一人であるぺテロの息子、トール。

 三人兄弟の末っ子で、ひょろりとした高身長が特徴的な少年である。

 ユリウスを含めたこの三人は、歳が近いこともあって普段から何かと行動を共にしており、悪ガキトリオとして領内では知らぬ者はいない組み合わせだ。

 そんな彼らが釣りの傍ら何を話しているかと言えば、本日めでたく引きこもりを卒業したリリィについてだ。

 以前から、事あるごとにユリウスから話を聞いていたため、二人ともリリィとは一度会ってみたいと思っていたのだ。


「俺は別にいいけどさ、お前らは親に見つかるとまずいんじゃないのか?」


 ユリウスの言葉に、二人は揃って渋い表情を浮かべる。

 ユリウスは今日、リリィの尽力もあって珍しく勉強を終わらせてからここにやって来たが、コアンとトールは家の手伝いを放り出してきているため、見つかれば大目玉間違いなしである。

 その程度でへこたれないからこそ悪ガキなどと呼ばれているのだが、それはそれとして、怒られるのは誰だって嫌だ。


「てかお前ら、俺に対しては呼び捨てなのに、なんでリリィには様付けなんだよ」


「そりゃまあ、まだ会ったこともないしな。別に、お前にも様って付けていいんだぞ? ユリウス様~俺らにも魚を恵んでください~」


「うわ、なんか気持ち悪い、やっぱなしで。後、魚はやらないぞ、これはリリィの初めての外出記念に食わせてやる分だからな」


 露骨に媚びを売るような声色で呼び掛けるコアンに対し、これまた露骨に嫌そうな表情で返すと、ユリウスはそう言って鼻を鳴らす。

 彼らが使っている竿は、適当な木の棒に、麻の糸をくくりつけただけの粗末な物だ。日がな一日釣りをしても大漁とは行かず、全く釣れずに終わる日も珍しくない。

 その点、この日は既にユリウスがそれなりに大きな魚を一匹釣り上げているので、釣果としては悪くなかった。

 それを惜しげもなく妹に譲ると言うユリウスに、二人の悪友は肩を竦める。


「そういうことなら、俺達も協力してやらないとな」


「ああ、ユリウスの大事な大事なお姫様に、俺達からの献上品ってな!」


「お前ら……リリィはやらないからな?」


「なんでそうなるんだよ。いくらなんでも、俺達じゃ釣り合いが取れないってことくらい分かってるって」


「そうそう、特にコアンなんてデリカシーの欠片もないしな」


「んだとコラ」


 はははは、と笑い合いながら、釣りを楽しむ三人。

 しかしそこで、なにかに気付いたトールが突然声を上げる。


「なあ、おい、ユリウス!」


「うん? どうしたんだよ、トール」


 一体何事かと首を傾げるユリウスに、トールは後ろをちょいちょいと指差した。

 振り向いてみれば、そこにあるのは釣った魚を入れておくための籠。

 そして、その籠をひっくり返し、頭を突っ込んで中身を漁る、一匹のタヌキの姿があった。

 籠から顔を上げたタヌキの口には、当然のことながら本日の釣果である魚が咥えられており、ユリウス達を一瞥するなり、一目散に森の中へと駆けだした。


「ああ、俺の魚が! こら、返せー!!」


「あ、待てよユリウス!」


「置いてくなって!」


 ようやく硬直から立ち直ったユリウスが叫び、タヌキより一瞬遅れて走り出す。

 普段から大した整備もされていない道を駆け回って遊んでいる悪ガキらしく、野生児さながらの動きでタヌキを追うその素早さは流石と言える。

 それでも、やはり相手は森を棲み処とする野生の獣。一日の長はあちらにあり、しばらく走っている間に見失ってしまった。


「くっそ、どこ行ったあいつ!」


「なあユリウス、もう諦めて戻ろうぜ。魚ならまた釣ればいいんだしさ。俺達も協力すっから」


「ああ、ここまで来ると、流石にバレたら拳骨じゃすまないぞ」


 鼻息荒く辺りを見渡すユリウスを、他の二人が不安げな表情で宥め始めた。

 森の中には、子供の力ではどうしようもならない、魔物という存在が潜んでいる。

 だからこそ、彼らは普段から森には入るなと言い聞かされて育っており、忍び込もうとしては親から拳骨を落とされてきたのだが、そこは悪知恵ばかり働く悪ガキ共、どこまでならそれほど怒られずに済むのか……すなわち、どこまでなら入り込んでも比較的安全か、大体の境界は把握していた。

 具体的には、村の東側を流れる川沿い辺りであれば森の中心部からは外れているため、現れるとしても魔物と呼ばれるかどうかも怪しい虫や小動物の変異種程度だ。これならば、知識さえあれば普通の村人で対処可能な範囲のため、護衛がなくとも山菜採りや狩りを行う者がしばしば見られ、子供が足を踏み入れても森からつまみ出される程度で済む。

 しかし今彼らがいる場所は、既に村や川からも大分離れており、周囲の木々も魔力の影響か、僅かに黒ずんだ色に変わっている。

 本格的に危険な魔物が出没するのはもっと奥のはずだが、それでも村の傍に比べて空気そのものが重苦しくなったかのような感覚に、コアンもトールもそわそわと落ち着きなく周囲を見渡す。

 もちろんユリウスもまた、彼らと同じような感覚は覚え始めていた。

 大事な魚を盗られた悔しさから、深く考えることなくここまで追いかけて来てしまったが、少々軽率だったかと今は少しばかり反省もしている。


「そうだな……帰るか」


 がっくりと肩を落としながら、ユリウスはそう言って踵を返す。

 妹のためにと頑張った釣果を奪われ、いつにも増して消沈した彼を見て、友人二人は隣に並びつつ肩を叩く。


 そんな彼らの後ろで、不意に繁みがガサリと音を立てる。


「っ!」


「な、何!?」


「お前ら、下がってろ!」


 他の二人を庇うように、ユリウスが愛用の木剣を腰から抜きながら前に出る。

 もしそこにいるのが危険な魔物なら、まだ魔法もロクに扱えないユリウスでは対抗など出来ないのだが、それでも騎士の息子として生まれた矜持か、一歩も引かずに繁みの中を睨みつける。


「来るなら来い……!」


 威勢のいいセリフを吐いてみるも、たった七歳のユリウスでは恐怖心の方が先立つ。

 徐々に近づいてくるその気配を前に、膝がガクガクと笑い始め、剣先は頼りなく小刻みに震えだす。

 それでも、ここで友達を見捨てて逃げるのだけはごめんだと、今にも折れそうな心を叱咤して待ち構えていると……。


「ぷあっ! ……あれ? お兄様?」


 ひょっこりと、繁みの中からよく見知った可愛らしい妹が姿を現し、思い切り脱力する。


「リリィ! お前、こんなところで何してるんだよ……」


「何、と言われるとちょっと困るんですが……お兄様こそ、お友達? と一緒に、何してるんですか?」


「いや、俺達はええと……」


「釣った魚をタヌキに盗られて、それで怒ったユリウスが森の方に追いかけていったからさ」


「それをまた追いかけて、俺達ここまで来たんだよ」


「ちょっ、お前ら、全部バラすなよ!」


 どう答えたものかと悩むユリウスの代わりに、コアンとトールが正直に全てを打ち明ける。

 慌てるユリウスに苦笑しながら、リリィは二人に向き直った。


「そういうことですか。お兄様がご迷惑おかけしたみたいで、すみません。あ、紹介遅れました、私、お兄様の妹で、リリアナ・アースランドと言います。どうかお兄様共々、よろしくお願いしますね」


「あ、いや、そんな迷惑なんてかかってない……ですよ?」


「ええと、俺はコアン、こっちはトール。よ、よろしく、リリアナ様」


 にこりと笑顔を浮かべながら頭を下げるリリィに、二人はドギマギと顔を赤らめながら自己紹介を交わす。

 そんな初々しい反応に微笑むと、リリィはふと思い出して「ところで」とユリウスを含めた三人に問いかける。


「皆さん、何か叫んだりしました? こう、助けて、みたいなことを。この辺りから聞こえて来たんですけど……」


「え? なんだそれ、知らないぞ?」


「俺も知らないなぁ、そんな声一度も聞こえなかった。トールは?」


「いや、俺も全然」


 首を傾げる三人に、リリィは「そうですか」と眉間に皴を寄せる。


「確かに聞こえたんですけど……というより、今も少し……」


「うーん?」


 何か聞こえると呟くリリィに、三人はそれぞれ耳を澄ませるが、やはり何も聞こえない。

 気のせいではないかとリリィに問うが、そんなことはないと首を横に振る。


「絶対、誰か……いえ、“何か”が、私を呼んで……」


 不可思議なことを呟くリリィに、ユリウスが再度声をかけようとした時。再び、ガサリと繁みから音がした。

 また誰か来たのかと、ユリウスがそちらへ目を向けると――そこには、一匹の狼がいた。

 体の大きさは、大型犬よりも一回り大きい程度。漆黒の毛皮に覆われ、金の瞳が魔力の高まりに合わせて淡く輝く。

 口の端から覗く鋭い牙からは血が滴り、あるいは何かの獲物を仕留めたばかりなのかもしれない。

 人では到底及ばない高密度の魔力をその身に宿し、その影響で通常の獣ではあり得ない強靭な肉体と凶暴性を持つに至った変異体。

 アースランドに住む者ならば誰もが知る、その存在の名は……。


「ま、魔物……!!」


 親から何度もその恐ろしさを教え込まれてきた子供達ではあったが、いざ相対してみると、その圧倒的な存在感を前に何も考えられなくなる。

 魔物の体から滲み出る魔力が、まるで物理的な圧迫感を持ったかのように圧し掛かり、その場から一歩も動けない。

 先ほどは勇敢にも未知の脅威に立ち向かおうとしたユリウスでさえ、本物の魔物を前にすると、とてもそんな勇気は保てなかった。


「あ……あぁ……!」


 あまりの恐怖に涙が滲み、無意識のうちに後ろへ下がろうとしていた足がもつれて尻餅をつく。

 倒れたまま、必死に距離を取ろうとするユリウス達に、漆黒の狼は唸り声を上げ、今にも飛び掛からんばかりに身を屈める。

 死ぬ――そんな考えが頭に浮かび、もはや悲鳴の一つすら上げられなくなってしまった彼らの前に、小さな影が立ちふさがった。


「大丈夫ですよ、お兄様。コアン君も、トール君も」


 今まで泣いてばかりで、外に出るのだって初めてだった幼い少女は、恐ろしい獣を前にしながら、それでも穏やかな声でユリウス達へと語りかける。


「あの子は私に任せてください」


 その場でただ一人、恐怖に囚われることなく堂々と立つリリィは、そう言って眩しいほどの笑顔を浮かべた。

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