第六十九話 緊急事態発生
投稿忘れるところだった、危ない危ない(コラ
「上手く行きましたね、マリアベルさん!」
魔法の披露を終えた後、リリィは控室に戻ったマリアベルの下へ駆け付けた。
そこには既にルルーシュの姿もあり、魔道具のチェックを行っている様子だ。
「は、はい……お二人のお陰です、本当にありがとうございました」
「何言ってるんですか、マリアベルさんの努力の賜物ですよ!」
少し泣きそうな顔で頭を下げるマリアベルの手を取って、リリィははしゃぎながらそう告げる。
魔法自体は特に珍しいものでもなかったが、魔力不感症の身でありながら全く新しい魔道具を作り上げた功績は、貴族達にも認められた。
これで、彼女をスクエア家に相応しくないなどと陰口を叩く者も、徐々にいなくなっていくに違いない。
「そう、でしょうか……だったら、嬉しいですね……」
そんなリリィの言葉を聞いて、マリアベルも曖昧に笑う。
まだ実感が湧かないのか、未だに自信なさげな姿にリリィが苦笑を浮かべていると、ルルーシュが会話に加わって来た。
「ほら二人とも、まだ晩餐会は終わってないんでしょ? 早く戻らないと」
「あ、そうですね。というか、ルル君は参加していかないんですか?」
「侯爵閣下にはもう挨拶したし、呼ばれたわけでもないのに飛び入り参加なんて、たかが男爵がやったらどうなるか分かったものじゃないよ」
どこぞの公爵様じゃないんだから、と、少しだけ言葉に棘を含めてルルーシュは言う。
ランドール公爵家とランターン商会。特に接点も聞かないが、何か因縁でもあるのだろうか。
(名前が似てるから、なんて理由じゃないですよね?)
流石にそれはない、と浮かんだ考えを笑って振り払ったリリィは、流石に社交の場に無理矢理引っ張っていくのも迷惑だろうと諦め、ルルーシュに別れを告げる。
「それじゃあルル君、また後で」
「うん、また後で。それからこれ、魔道具は問題なさそうだから返すよ。もう今日は魔法を使うこともないだろうけど、上限は忘れないでね」
「はい、大丈夫です。その、ご心配してくださってありがとうございます」
「いいって、お互い様だから。……マリアベルも、また後で」
魔道具を渡されたマリアベルがペコリと頭を下げると、ルルーシュはそれを諫めつつ、軽く手を振って部屋を出ていく。
それを見送った後、リリィもマリアベルを伴い、会場へ戻るべく部屋を出ようとして……。
「……え」
「リリアナさん? どうし……!?」
ズズンッ!! と、城全体を震わせるような大きな揺れが襲う。
突然の事態に驚き、転びそうになったマリアベルを、リリィが咄嗟に抱き留めた。
「い、今のはなんですか? 地震?」
「違います、今のは魔法でした」
「え……えぇ!? ま、魔法!? どうして……!」
「分かりません、でも、何だかよくない感じがします」
過去、アースランド領を襲った二度の襲撃とは、また別の魔力。
しかし、そこから感じ取れる悪意だけはこれまでと同じ。放置しておけば、自分達にとって非常にマズイ事態になりかねないと、リリィの頭の中ではひたすらに警鐘が鳴り響いていた。
「とにかく、誰か大人の人に事情を聞いて、何が起きているのか把握しましょう。走れますか?」
「は、はい、大丈夫です……」
もし今のが、貴族が一同に会する機会を狙ったテロなどだった場合、こんな子供二人だけでいるのは危険すぎる。
マリアベルの手を引き、リリィは改めて部屋を出ようとして……それよりも先に、一人の男が中へ入って来た。
質の良い執事服に身を包んでいるところを見るに、侯爵家の使用人だろうか?
「ああ、良かった、お二人はご無事でしたか。マリアベルお嬢様、それにリリアナ様も、ここは危険にございます、早く移動しましょう」
「一体何が起こっているんですか!?」
「分かりません。ただ、何者かが城内に侵入し、魔法で破壊活動を行っているようです」
「破壊活動……」
やはりテロだったのかと、リリィは嫌な予想が当たってしまった事実に顔を顰める。
だが、今は余計なことを考えている場合ではない。
「現在、この城に詰めていた西方騎士団の者が対処しておりますが、念のため、お二人を別室にお連れするようにと、閣下から勅命が下りました。さあ、お早く」
「はい! 行きましょう、マリアベルさん」
「は、はい……」
ただ……思わぬ事態に、リリィも気が動転していたのだろう。いつもなら気付けたはずのことに、気付けなかった。
たとえば、マリアベルがその使用人を見て、何か引っかかりを覚えたかのように首を傾げていたこと。
たとえば、魔法による襲撃が本当だったとして、それを確認してからセヴァンの指示を受け、ここまでやって来るにはいくらなんでも早すぎること。
そして……その男もまた、何らかの魔法を使っていたということに。
その結果、リリィは何の疑いも持たずに、男の後について行ってしまう。
その後、リリィとマリアベルの二人は、行方不明となった。
唐突に晩餐会の会場となっている魔導城を襲った攻撃魔法だが、その一撃は会場周辺に張り巡らされた結界魔法によって阻まれ、それほど被害は出ていない。
しかし、それで襲撃の事実が消えるわけでもなく、賊がどこかに潜んでいることは間違いない。
貴族達は、それぞれ好き勝手にざわざわと言葉を交わす者、見えない恐怖に怯えて右往左往する者と分かれ、会場は混乱の坩堝に陥っている。
「何? リリィがどこにもいないだと?」
「はい、マリアベル様と共に、いずこかへ消えてしまわれました」
そんな中、実戦経験のある一部の貴族達に混じり、混乱の収拾と状況把握に努めていたカロッゾの元へ、バテルから凶報がもたらされた。
今回、かなり自由に動き回っていたリリィだが、流石に七歳の娘を一人、護衛もつけずに放浪させるほどカロッゾは不用心でもない。
リリィが気兼ねなく社交会の雰囲気を味わい、友人を作れるように、出来る限り隠密に、陰ながらリリィを見守ってやってほしいと、事前にバテルへと指示を出していた。
その甲斐もなく、こうしてリリィとマリアベルの二人が控室から忽然と姿を消してしまったというのだから、カロッゾといえど動揺は隠せなかった。
「例の爆音で気を逸らされてしまった間に、賊は何らかの魔法でお二人を攫ったものと思われます。申し訳ありません、これは私の落ち度です、いかなる処罰も甘んじて受け入れます」
「バテル、今はお前の処遇について話している場合ではない、まずはリリィとマリアベル嬢の捜索が先決だ」
いつも通りの冷静な口調ながら、血が滲むほどに強く拳を握りしめるバテルにそう告げると、カロッゾはまず、攫われたもう一人の親であり、この晩餐会の主催者であるセヴァンの元へ急いだ。
「閣下! マリアベル嬢とうちの娘が……」
「ああ、分かっている、私も今ちょうどその報告を聞いたところだ」
前置きも何もなく、ストレートに用件を告げるカロッゾを手で制すと、セヴァンもまた悲痛な表情でそう答える。
同じ娘を持つ親同士、心配な気持ちは同じだ。
「他の令嬢方に被害は?」
「今のところはなさそうだね。リリアナ嬢とマリアベル、二人が狙いだったのか、あるいはどちらかを狙った犯行に、もう一人が巻き込まれただけなのか……どちらにせよ、これだけの貴族がいる晩餐会の会場を襲撃してまで事に及ぶ連中だ。生半可な相手ではないぞ」
「分かっている。だが、他に被害がないというのなら話は早い、すぐに探しに行こう」
「そうだね、賊の目的はまだ分からないけれど、今なら十分間に合うはずだ」
半分は自分に言い聞かせるようにして、セヴァンとカロッゾは頷き合う。
だが、そんな二人に待ったをかける人物が現れた。
「待たれよ。お主ら二人はこの場から離れるべきではない、せめて、西方騎士団の集結を待つべきだ」
この場において、主催者であるセヴァンよりも位が高い唯一の人物。
トールギス・ウィル・ランドール公爵、その人である。
「閣下!? ですが……!!」
「まだ、襲撃がこれで終わりと決まったわけではない以上、責任者であるセヴァロニアス侯も、この場における最高戦力たるカロッゾ・アースランド卿も、下手に動くべきではない。ここにいるのは、この西方の地には無くてはならぬ重鎮ばかりなのだぞ」
この場に集っているのは、王国西部を統べるほぼ全ての貴族家の当主達だ。たった二人の、それも継承権すらない少女の命より、よほど重い。
少なくとも、襲撃を受けたのは二人がいた控室ではなくこの会場なのだから、下手人を捕らえ危険がなくなったことを確認するか、せめて侯爵領の各地に点在する西方騎士団の詰所から人員が集まるのを待ち、万全の防衛体制を整えてから出向くべきだろう。
「大体、その者達はまだ七歳なのだろう? 攫われたというよりも、適当に城を抜けだして遊んでおる可能性の方が高いのではないか?」
それに、貴族達のことは置いておくにしても、やはり攫われた二人にさほど価値がないというのも問題だった。
確かに、貴族家の令嬢ということで大事に育てられてはいるが、攫ったところで精々が身代金を要求するくらいしか使い道がなく、ここを襲撃するリスクに対してあまりにも割に合わない。
公爵の見解は、残念ながらあながち的外れでもないのだ。
ただ……それは、カロッゾにとって到底受け入れられる物ではなかった。
「恐れながら閣下! 先ほどの攻撃は、遠距離からの狙撃魔法でした。貴族が集まる会場に打ち込んだとて大した戦果が得られるはずもなく、陽動のために放たれたと考える方が自然です! それと同時に、私共の娘が誰に告げるでもなく忽然と姿を消すなど、あまりにもタイミングが良すぎるのではないですか!?」
目的は分からない。分からないが、状況を見ればこの会場への攻撃があまりにもあっさりとし過ぎているのに対して、リリィ達がいなくなる際の手際があまりにも良すぎる。どちらが本命の作戦なのか、客観的に見れば一目瞭然だ。
「私一人で構いません、賊の目的を挫くためにも、捜索の許可を!」
「ならん、お主はここで大人しくしておれ。西方騎士団の集結まで、離れることは許さん」
カロッゾが必死に上申するが、トールギスは受け入れなかった。
彼の言い分もまた一理あるのだが、やはりこの場に集う貴族達が狙いである可能性が捨てきれない以上、余計な危険を冒すべきではないのだ。
トールギスの指揮下にあるわけではないが、それでも公爵家の意向に逆らう愚を理解しているからこそ、カロッゾは奥歯が砕けそうなほど歯を食いしばる。
セヴァンもまた、今この場にあっては、一刻も早くこの会場の安全を確保すべきかと諦めかけた、その時。
「お待ちください。お二人の捜索、私に務めさせて頂けませんでしょうか?」
そこへ、一人の令嬢が進み出た。
栗色の髪をセミショートにし、手には魔導杖を握りしめた彼女は、煌びやかなドレスの端を抓んで優雅に一礼すると、突然会話に割り込まれたことで腹立たしげに睨んでくる公爵を相手に一歩も引かず、大胆不敵にも断言してみせる。
「迷子になった妹の捜索程度、私一人で十分ですので。公爵様や、ここにおられる皆様方の身は、残った方達が一切危険に晒さないとお約束しますわ」
その幼くも自信に満ち溢れた笑みを前に、誰一人として反論を口にする者はいなかった。




