第六十八話 魔道具披露
「いよいよ、なんですよね……」
晩餐会が始まったのを肌で感じながら、私は控え室の隅で縮こまっていました。
本番が近付き、それを意識すると、どうにも震えが止まりません。
「散々試験はしたし、一晩しっかり休んだ今なら、魔力欠乏は絶対起こらない。後は引き金を引くだけなんだから、そんなにガチガチになる必要なんてないよ」
不安に駆られる私に、ルルーシュさんが声をかけてくれました。
少しぶっきらぼうな物言いで、魔道具の最終チェックを進めながらだったので私の方には一瞥もくれなかったですけど、言葉の節々から私を気遣ってくれているのを感じます。
でも……私の震えは、中々止まりません。
「ルルーシュさんは……リリアナさんの婚約者、なんですよね……?」
「そうだけど?」
「魔道具の試験なんて危ないことをしてるって分かって……どうして止めなかったんですか?」
私はこれまで、何度か魔道具の暴発事故を起こしました。
だからこそ、私が作った魔道具に向けられるのは、いつも疑惑と嫌悪の視線。
ルルーシュさんも、始めは疑いの目で見ていたのに、リリアナさんがそれを使うことに、それほど強く反対していませんでした。
「ああなったら、リリィは止まらないから」
どうして、という私の問いかけに、返ってきたのは簡潔な答え。
益々分からないと疑問符を浮かべる私に、ルルーシュさんは作業の手を止めないまま言いました。
「リリィは頑固だから、一度決めたら周りが何を言っても止まらない。だから、せめてちゃんと協力して、何かあったらすぐフォロー出来るようにしておいた方が安全なんだ」
僕としては、もっと自分を省みて欲しいんだけど、と小さく溜息を溢す姿からは、同い年とは思えない哀愁と諦観に満ちていました。
……え、ええと。
「く、苦労しているんですね……?」
「全くだよ。いくら婚約者だからって、会う度に人目も気にせず抱き着いてくるし、やたらと僕の世話を焼きたがるし……その癖、自分はなんか抜けてて逆に世話が焼けるんだから、困ったもんだよ本当に……」
口では嫌そうに語っていますけど、その表情はどことなく楽しげで、そうしたリリアナさんの存在が満更でもないんだろうというのは、引きこもりの私にも分かりました。
これは、あれでしょうか? 遠回しな惚気話なんでしょうか?
「君はどう思ってるの?」
「ふえ……?」
「リリィのこと。この一週間、一緒にいたんでしょ?」
微妙な表情で固まっていた私に、今度はルルーシュさんが問いかけて来ます。
どうって……私は、リリアナさんのことをどう思っているんでしょう?
ある日突然やって来て、私が抱えていた問題に躊躇なく飛び込んで来たかと思えば、あっという間に解決してしまった人。
せめてものお礼にと魔道具を作りましたけど、その時でさえ「結局あまり役に立てなかった」と苦笑していました。
変なところで抜けていて、何事も気合と根性でどうにかなると思っていそうな、元気で明るい人。
彼女の色んな面を目にしましたけど、正直なところ、まだどれが本当のリリアナさんなのかよく分かりません。
だから……私の中にあるリリアナさんへの想いを、素直に口にするのなら……。
「羨ましい……です」
「羨ましい?」
「はい。誰が相手でも、どんな危険があっても物怖じせずに自分を貫いて、誰からも好かれてしまう……そんなリリアナさんが、羨ましいです」
強化魔法の魔道具の試験を兼ねて、街中に散歩しに連れ出された時、リリアナさんは平民の方にも既に顔を覚えられて、親しく言葉を交わすような間柄になっていました。
まだこの街に来て一週間、外を出歩いたのはほんの数回しかないはずなのに、ずっとこの街に住んでいる私なんかよりも平民の皆さんに認められている。
そんなリリアナさんに比べて、私は……。
「……ずるいですよね。リリアナさんやルルーシュさんがいなければ、私は今も自分の作った理論を形に出来ないまま、この魔道具を完成させられなかったはずなのに、それをまるで自分の功績みたいに語りながら、大勢の貴族の方々の前で披露するんですから」
もちろん、これはリリアナさんが提案して、お父様が了承したことだとは理解しています。
でも、だからこそ思うんです。こんな形で、最初から最後までお膳立てされたことをやり遂げたからって、私は胸を張ってスクエア家の一員だと名乗れるんでしょうか?
「……別に、いいんじゃないの? ずるくても」
「え? わっ、わわっ」
考え込んでしまった私に向かって、ルルーシュさんは整備を終えた魔道具を投げ渡して来ました。
幅広の銃身を持つ、弦のないクロスボウのような見た目のそれは、握りの部分と銃身部分に別々の魔法陣が刻み込まれていて、引き金を引くのに合わせて内部にある魔水晶がバネ仕掛けで移動する構造になっています。
当然、私がこれまで作ってきた、どんな魔道具よりも複雑な構造です。そこまで柔な作りではないと分かっていますが、うっかり落としてもし壊れてしまえば、自力で修理なんて出来ません。
無事に受け止められたことにほっと息を吐きますが、ルルーシュさんはそんな私の様子を気にすることなく、言葉を重ねます。
「たった一人の力で上手く行くことなんてない。人の力を借りたんだとしても、最後に目的を果たした方が正義なんだよ。それに、確かにその魔道具は僕やリリィの協力が無かったら作れなかったのかもしれないけど、それは君がいなくたって同じことだ。その魔道具は、僕ら三人の成果なんだよ。独占すれば怒るけど、ちゃんと分け合ってるんだから、君だって功績くらい誇ればいい。じゃなきゃ不公平だ」
少しだけ怒った様子で、諭すように言うルルーシュさんの目が、ようやく私の方を向きます。
海のような深い紺碧の瞳に見据えられ、何を言うべきか迷っていると、ちょうどそこへ魔法で拡声されたお父様の声が聞こえました。
『それではこれより、少しばかりの余興として、我が娘、マリアベル・スクエアが、新開発した魔道具の実演を披露します。どうぞ、皆様中庭の方をご覧ください』
出番だ。
それを自覚し、忘れかけていた緊張が顔を出しそうになった時、ルルーシュさんは私の体を半ば強引に外へ向けると、そのまま背中を強く押しました。
「ほら、リリィも待ってるだろうから、早く行きな」
言われるがまま、中庭の方へ向かうと、貴族の方々の無数の視線が突き刺さります。
緊張で喉がカラカラになり、手足が震えそうになっていく中、ふと、上の階に二人の人物がいることに気が付きました。
一人は、私に向かって大きく手を振るリリアナさん。そして、もう一人は。
「お姉様……」
思わず、口からその言葉が零れる。
私とお姉様は、小さい頃はとても仲が良い姉妹でした。
けれど、私が魔力不感症だと分かってから……なんだか、私はお姉様と距離を感じるようになっていきました。
私が、魔法を使えないから。スクエア家に相応しくないから。
でも、それでも。
「私も、同じように……」
私も、魔法が使いたい。
お姉様と同じ舞台に立って、前みたいに、一緒に肩を並べて笑い合いたい。
ルルーシュさんに背中を押され、リリアナさんに応援されて、私はそんな自分の想いを再確認出来ました。
だから。
「どうか、見ていてください……!」
お姉様に向けてそう呟くと、私は改めて貴族の方々へ向き直り、スカートの端を抓んで礼を取ります。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。私はセヴァロニアス・スクエアが息女、マリアベル・スクエアと申します」
心臓が、バクバクと何度も痙攣して胸が痛い。
手から変な汗が滲んで、スカートが手から滑り落ちそうです。
「私が製作しましたのは、一切の魔力制御を必要としない魔道具……魔力不感症の私でも、魔法を扱えるようになるという物です」
手にした魔道具を胸の前に掲げながらそう言うと、会場がにわかに騒がしくなります。
そんな物が作れるのか、という人と、それに何の意味が、という人が多いように聞こえますね。
「この魔道具に使用される魔法陣の理論があれば、これまで以上に大衆へと魔法が広がりを見せ、この国の生産能力は格段に向上することでしょう。既に、ランターン商会との提携も決まっております」
この辺りの説明は、ルルーシュさんのご意見です。
魔力制御の訓練を必要とせず、これまでよりもずっと簡単に、誰もが同じように魔法を使えるようになる魔道具。それは貴族よりもむしろ、平民にこそ有用だと。
「こちらはその試作品です。どうかご覧ください」
そう言って、私は魔道具の側面に取り付けられたレバーを引き、魔水晶を手前側に引き寄せます。
カチリと音がすると同時に、握りに刻まれた魔法陣が起動し、仄かな明かりと共に私の体から魔力を奪い、魔水晶に充填していく。
魔水晶が輝きを増し、十分に魔力が溜まったのを目視で確認すると、魔道具の先を空へと向けます。
その状態で、一度だけ大きく息を吸い、ゆっくりと吐いて……心が落ち着くのを待ってから、震える指で引き金を引く。
「っ……!」
ガキンッ! と音を立て、魔水晶がバネの力で銃身の先まで移動し、そこに描かれた完全制御術式の魔法陣が作動します。
銃身の先に光が集い、小さな反動と共に空へと昇っていく。
そこにいた全員の視線が、空へと引き寄せられ――やがて、天高く飛翔した光の玉は、大きく爆ぜて炎の華を空中に咲かせました。
《星花火》……光の速さで疾駆する弾丸が敵を打ち、炎と共に吹き飛ばす攻撃魔法でありながら、炎の制御次第ではこうして華やかな演出用の花火にもなる魔法。
その後も、二発、三発と同じ魔法を繰り返し、全く同じ規模、同じ形で空で炎が花開きます。
この、全く同じというのが重要で、人の身ではここまで完璧に同じ魔法を連続して発動することはまず無理でしょう。たとえ他の魔道具を用いても、人の手で魔力を注入すれば、その規模には多少の違いが生じるものだからです。
まさに、この魔道具だからこそできる、この魔道具ならではの強みを活かした演出に、集まった人々の何人かからは、感嘆の声が漏れ聞こえてきました。
「……ご観賞、ありがとうございました」
最後に一礼し、私はゆっくりとその場を後にします。
満足していただけたのか、甲高い拍手の音が響き渡る中、私は最後にもう一度、バルコニーにいたお姉様の方を見上げました。
「…………」
特に何かを言うでもなく、いつも通りの表情で佇むお姉様。
しかし、その手が小さく、ゆっくりと打ち鳴らされるのを見て……私は、誰にも分からないように、小さく笑みを浮かべるのでした。




