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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第三章 空に憧れた少女
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第六十六話 散歩先での小さな事件

「たーららった、たったった~♪ ふふふ」


 晩餐会まであと二日と迫った今日、リリィは元気に散歩していた。

 本番が近づくにつれて街中に貴族が増え、その対応で街の空気がややピリリと引き締まったような感覚を覚えるが、リリィは一応その貴族当人だ。さほど気にすることもなく、上機嫌に鼻歌など歌っている。


 屋根よりも、更に高く跳びながら。


「いやー、やっぱりこういうことが出来ると、魔法使いって感じがしますね!」


 屋根を蹴り、次の屋根へと飛び移りながら、リリィは嬉しそうに叫ぶ。

 昨日、マリアベル専用の魔道具の構想が概ね固まり、これまでのように日曜大工レベルの木工技術ではどうにもならない仕組みになってしまったので、現在はルルーシュがランターン商会の支店に戻り、マカロフから任されている裁量権の範囲で魔道具の製作を始めて貰っている。順調に行けば、明日には完成する予定だ。


 結果として、魔道具が出来上がるまで手隙となったマリアベルは、試用試験に協力してくれたお礼ということで、リリィに二つの魔道具を作ってくれていた。


 一つは、強化魔法の魔道具。

 一度はお蔵入りになりかけた、魔水晶を嵌め込んでいる間は半永久的に周囲の魔力を吸って魔法を発動し続ける代物で、リリィの魔力量ならば本当に半永久的に魔法が使えそうだ。流石に、常時身に着けているのは邪魔なので、本当にやったりはしないが。


 二つ目は、防護魔法を施した剣。もとい、ユリウスから譲り受けた木剣に、《防護プロテクション》の魔法陣を追加で描いて貰ったものだ。

 魔力量が多すぎて、生半可な魔法陣では耐えきれずに破損してしまうという事情を聞いたマリアベルが、防護魔法の効果を魔法陣にも及ぶように改良した一品で、これならば、理論上は魔力を込めれば込めただけ木剣と魔法陣の強度が際限なく上がっていくため、どれだけ魔力を込めようと破損しない。

 元々は、複数人の魔導士が一斉に魔力を注ぐことで発動する、大規模な儀式魔法に用いる魔法陣に施す技術だそうで、魔力の燃費が非常に悪くなるために個人使用の魔道具に用いられることはほとんどないらしい。

 これもまた、リリィの魔力量ならば全く問題はないのだが。


 ちなみに、ユリウスが使っていた頃の名残として《幻影ファントム》の魔法陣もあるのだが、こちらはリリィの魔力制御ではとても使いこなせないので、現状ではただの飾りである。


「マリアベルさんも、そう思いませんか?」


 そんな魔道具を二つ、腰に引っ提げて宙に跳ぶリリィは、手を繋いで一緒に散歩しているマリアベルへと話し掛ける。

 しかし。


「私はもっと穏やかな魔法がいいですううう!!」


 リリィには楽しくて仕方がない空の旅だが、気弱なマリアベルからすればそうでもないらしい。半ばリリィに振り回されるような形で、涙ながらに追従している。


 一応、マリアベルも同じ魔道具を使っているため、身体能力で言えば二人にそう大した差はないはずなのだが、こうした曲芸染みた動きをする上で重要なのは、何よりもまず恐れ知らずの思い切りの良さだ。

 その点、確かにマリアベルには向いていないのだろう。魔力以前の問題である。


「ふわわ!?」


「おっと」


 当然、へっぴり腰で振り回されていれば、足一つや二つ、簡単に踏み外す。

 バランスを崩したマリアベルを見て、リリィはすぐさまその体を抱きかかえると、安全な場所を見繕って地面に着地した。


「よし、着地成功! マリアベルさん、大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫じゃないですぅ……」


「あはは……ごめんなさい」


 魔法で引き上げられた筋力でもって、全力でしがみついてくるマリアベルの様子を見て、少しばかりはしゃぎ過ぎたかと反省しつつ、その体を優しく降ろす。

 恐怖のせいか、しがみついたまま離れない彼女に苦笑しつつ、リリィはその腰から提げられた魔道具から魔水晶を抜き取り、首元のペンダントに差し直す。

 これで、魔法も解除されたはずだ。


「どうですか? 魔力欠乏の感覚はありますか?」


「え、ええと……ちょっと疲れましたけど、まだ大丈夫です」


「じゃあ、ここからはゆっくり歩きましょうか」


 リリィも魔水晶を抜いて強化魔法を解除しつつ、二人手を繋いで街を歩く。

 突然空から降ってきた二人の少女に、最初こそ驚いた様子の住民達だったが、すぐに何事もなかったかのようにそれぞれの日常へと戻っていった。


「ここの人達、魔法を見てもあまり驚かないんですね」


「一応、うちは魔法の大家ですから……それに、騎士の魔法演習なんかは、時々その様子が一般公開されたりしますし、慣れているんではないかと……」


「へ~、訓練の様子が見れるんですか。凄いですね」


「あくまで、一部ですけど……騎士団の練度を広く知らしめて、犯罪の防止に利用するってお父様は言っていました……」


 騎士が弱ければ舐められてしまうが、もし強いのであれば、敢えてそれをひけらかすことで抑止力となる。

 よほど自分達の腕前に自信がなければ出来ない行為に、リリィは益々感嘆の声を漏らす。


「いいですね、私もいずれはそんな人達に負けないくらい、強くなりたいです」


「強く……ですか?」


「はい! 私の夢は、お父様みたいに家族や大事な人達を守れる、立派な男になることですから! マリアベルさんは違うんですか?」


「少なくとも、男になりたいと思ったことはないです……すみません」


 何の気なしに言ったが、よくよく考えてみれば確かに今の問い方では誤解を招くだろう。

 変なこと言ってすみません、と謝るリリィに、マリアベルはぶんぶんと首を横に振った。


「いえその、男……っていうのはよく分かりませんけど、変では、ないと思います……むしろその、ご立派だと……」


「えへへ、そうですか? ありがとうございます」


 上手く言葉に出来ないのか、途切れ途切れになりながらも称賛の言葉を送って貰い、リリィは思わずにやけ顔でお礼を返す。


「マリアベルさんは、魔法が自由に使えるようになったら、どんなことがしたいですか?」


「私ですか? 私は……」


 同時に、マリアベルの夢についても尋ねるのだが、中々答えは返って来ない。

 特に急かすでもなく、のんびりと歩きながら続く言葉を待っていたリリィだが、そんな沈黙に耐えかねてか、マリアベルはやや沈んだ表情で俯いてしまう。


「すみません……私、そこまで考えてなくて……」


「そうですか。まあ、まだ魔法がやっと使えるようになったばっかりですからね。これからゆっくり考えていけばいいと思います」


 常に下を向いているせいで、程よい位置にある頭を撫でながら、リリィは微笑む。

 実際、将来の夢など、あるならあった方がいいとは思うが、見付からないからと焦って探すものでもない。目の前の目標に取り組みながら、ゆっくりと見付けていけばいいと思うのだ。

 マリアベルは、まだ子供なのだから。


「っと、そろそろ着きますね。えーっと、確かこの辺りに……」


 話し込んでいるうちに、散歩の最終目的地が近付いているのに気付き、リリィはきょろきょろと辺りを見渡す。

 すると、すぐ近くに特徴的な芋を並べた店を見付け、そちらへ向かう。


「ジャガイモ屋のおじさん! 約束……よりは大分遅くなってしまいましたけど、美味しかったのでまた買いに来ましたよ!」


「おう、嬢ちゃんじゃねーか、全く来ねえから気に入らなかったのかと思ったぜ」


「えへへ、ちょっと風邪引いちゃいまして、寝込んでました」


「おうおう、そりゃいけねーな、うちのジャガイモたっぷり食って精付けな」


「はい!」


「んで、そっちの嬢ちゃんは友達かい?」


 そこまで会話を重ねたところで、店主はリリィの後ろに隠れるようにして立つ、マリアベルにも声を掛ける。

 一応、彼女はここスクエア侯爵領を治める領主の娘なのだが、特に気付いた様子はない。

 それでいいのかとマリアベルの方を見れば、気付かれる必要はないとばかりに首を横に振る。

 まあ、本人がいいのであれば、いいのだろう。

 そう考え、リリィはひとまず無難な返しで誤魔化すことにする。


「はい、この街で知り合ったお友達です。あのジャガイモで作ったお料理を気に入って貰えたので、また作ってあげようかと思いまして」


「そうかい、じゃあお得意様を増やしてくれた礼も兼ねて、二人にはたんとサービスしてやらないとな。ガハハ!」


 鈍いのか、それともこれが店主の良いところと言うべきか、本当にどこぞの商人の娘と話すかのような気軽さで、豪快に笑う。

 リリィとしても、変に畏まられても困るだけなのでちょうどいいと、さして気にするでもなく買い物を始めようとするのだが、そこでひょっこりと、店主の後ろから小さな男の子が顔を出した。


「あー! でっかい狼連れてた貴族のおねーちゃんだ! うちの芋買いに来てくれたのか?」


 一瞬、誰だっただろうかと頭を捻るリリィだったが、“でっかい狼”という言葉を聞いて、そういえばオウガを真っ先に触りに来てくれた子だったかと思い出す。


「はい、とっても気に入ったので、買い足しに来ました。今日はオウガを連れてきていないので、お触りはさせてあげられませんけどね」


「ちぇー、つまんないのー」


「ふふ、すみません。その分お芋をたくさん買って帰りますから、それで許してください」


 ぶー、と文句を言う男の子に、リリィは微笑みながらそう返す。

 オウガと一緒では訓練にならないかと置いてきたのだが、こんなことなら連れてくれば良かったかもしれない。


「……えっ、でっかい狼って、確か魔物を連れて訪れたっていう貴族の……えっ、嬢ちゃん……いや、貴女様は、もしや本当にお貴族様で……?」


「あはは、バレちゃいましたか」


 流石に誤魔化せないかと、適当に舌を出して誤魔化そうとするリリィだったが、そんな驚愕の事実を知った店主はそうもいかない。


「そ、そいつは随分と失礼なことを……申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げる店主を見て、リリィは慌ててパタパタと手を振る。


「いえいえ、気にしないでください。ほとんどお忍びで来たようなものですから、これまで通りの話し方でいいですよ」


「そういうわけにも行きませんので。ああ、もしやそちらのご友人も貴族様で?」


「ええと、それはですね……」


 やはり身分差というのは大きいのか、随分と腰が低くなってしまった店主を前に、リリィはどう答えたものかと頭を捻る。

 ここはもう、早く芋を買って帰るしかないかと諦めかけていると、街中がざわりと一際騒がしくなった。

 一体なんだろうと目を向けると、そこにはちょうど、一台の馬車が姿を現したところで、人々は口々にその馬車を指しては騒いでいる。

 漏れ聞こえる単語を拾い集めると、「なぜ公爵様がここに」というのが一番多く聞こえてきた。


「公爵様……?」


 晩餐会も目前で、貴族がやって来るのはさして珍しくもない。

 しかし、今回の集まりは、いわば西部貴族達の懇親会のようなものだ。王都に住む公爵家の人間が呼ばれているとも思えないのだが、近づいて来た馬車に取り付けられた紋章は、確かに公爵家の物だった。


「あれは、ランドール公爵家の……どうして……?」


 隣でボソリと呟かれたマリアベルの声を聞き、やはり呼ばれて来たわけではないのかと確信を抱くリリィだったが、だからと言って特に何をする必要もない。目上の人間には違いないのだから、やはり周囲の人々がそうしているように、通り過ぎるまでは礼を取っておくべきだろう。


 そうして、公爵家の馬車にばかり注目していたリリィは、気付かなかった。

 陳列されている棚から芋が一つ落ち、道路に転がり出ていったことも。

 すぐ傍にいたはずの男の子がそれに気付き、飛び出していったことも。

 よりによって、公爵家の、馬車の前へ。


「あ……」


 突然目の前に飛び出してきた子供に気付き、御者の男が慌てて馬車を止めようとするが、間に合わない。

 リリィの脳裏に転生時の苦い記憶が蘇り、その体を縛り付けようとするが……。


(……今の私なら!!)


 それを振り切るようにして、リリィは胸元にぶら下がった魔水晶を引き抜き、腰の魔道具にセットする。

 発動した強化魔法が全身に行き渡るのを感じると同時、地面を蹴って男の子の元へ飛び込んだ。


「っ!!」


「うわぁ!?」


 間一髪、男の子を抱えたリリィはその勢いのまま反対側まで駆け抜け、地面を転がってようやく止まる。

 静まり返った空気の中、リリィはゆっくりと体を起こした。


「あたた……大丈夫ですか?」


「う、うん」


「そうですか、良かったです」


 特に怪我もなかったのか、こくこくと何度も頷く男の子に、安心させるように笑顔を向ける。

 しかし、そんな和やかな雰囲気もそこまでだった。


「き……貴様ら!! この馬車をランドール公爵家の物と知っての狼藉か!!」


 護衛の騎士だろうか。全身鎧に身を包んだ男が、血相を変えて二人に向かって怒声を上げる。

 それを見て、リリィは慌てて頭を下げた。


「申し訳ありません! この子はまだ小さくて、悪気はなかったんです、どうかお許しください!」


「子供だからと、簡単に許せることではないわ!!」


 唾を吐きかけるような勢いで捲し立てる男に、リリィは口を噤む。

 馬車の前を横切るというのは、無礼以前にかなり危険だ。それは横切った側だけでなく、馬車に乗っている人間にとっても同じこと。

 かつての世界の自動車と比べれば、安全対策などないも同然の馬車で急停車をすれば、中の人間が怪我をする可能性は十分にあるし、仮に止まらず人のように大きなものを轢いたりすれば、最悪の場合馬車ごと横転する大事故にも繋がりかねない。

 それが、よりにもよって公爵家の馬車で起きたとしたら。

 そう考えれば、たとえ未遂に終わったとしても、彼の怒りはごもっともだ。


 ただ、その怒りの末に腰の剣に手が伸びるのを見ては、唯々諾々と受け入れるわけにもいかない。


「お、お許しを! 此度の件、息子を止められなかった私の責任です! どうか私の首一つでお許しください!!」


 慌てた店主がリリィの前に進み出て、ひたすら平伏し許しを乞う。

 そんな状況を前にして、リリィは迷っていた。


(このまま殺されるなんて真っ平ですけど、下手に逆らうと、家族にも迷惑がかかりますよね……いっそ、逃げ出したら誤魔化せませんかね?)


 強化魔法は今も持続している。

 騎士相手にどこまでやれるかは分からないが、不意を打てばあるいは二人を逃がしつつ離脱出来るかもしれない。

 似顔絵くらいしか本人を特定する手段のないこの世界で、一度振り切られた相手を再度捕捉するのは非常に困難を極めるはずなので、十分に勝算はある。


「待て」


 いざとなれば、と覚悟を決めるリリィだったが、実際に剣が引き抜かれるよりも前に、馬車の中から声が響く。

 それと同時に顔を出したのは、豪奢な衣服に身を包んだ老齢の男性。

 豊かな髭を蓄え、堂々たる態度で現れた彼を前に、近くにいた人々は自然と頭を垂れた。


(もしかして……この方が?)


「公爵様! まだ危険です、中にお戻り下さい!」


 リリィの疑問を肯定するように、護衛の騎士は声を上げる。

 しかし、公爵自らそれを制すると、その目は芋売りの親子ではなく、真っ直ぐにリリィを捉えた。


「何、怪我もないし、見たところただの事故のようだ、問題はあるまい。それよりも……そこの娘、どこの家の者だ?」


 全てを見透かすかのような、鋭い瞳。

 まるで、その正体を既に確信しながら、確認のために問い掛けたかのようなその言葉に、リリィは誤魔化せないとすぐに悟った。


「申し遅れました、私の名はリリアナ・アースランド。西部辺境アースランドが領主、カロッゾ・アースランドの娘です。お見苦しい姿で申し訳ありません、閣下」


 体を起こし、スカートの端を軽く摘む貴族令嬢としての挨拶をするリリィを見て、護衛の騎士は目を見開く。

 やはり、彼もまたリリィが貴族には見えなかったらしい。

 そういう服装をしているので、仕方がないのだが。


「なるほど、あの家の者か。どうりでな」


 一方、公爵は特に驚いた様子もなく、得心がいったとばかりに鼻を鳴らす。

 最初は助けてくれるつもりかと思ったのだが、その嘲笑混じりの言葉を見るに、どうもそういうつもりではないらしい。


「最近は随分と景気がいいと聞くが、そなたの父は衣服すらまともに買い与えんのかね?」


「……少し、民の目線に立って街を見て回りたかっただけです。父は私にとても良くしてくださいます」


「そうか、それは良き心がけだな。貴族としてはともかく、民からはさぞ慕われることであろう」


 よりにもよって父を侮辱するような言葉に、思わずブチ切れそうになったリリィだが、ギリギリのところで踏み留まる。

 まさか、こんな場所で魔法をぶっ放すわけにはいかない。


「おっと、まだ名乗っていなかったな。いくら田舎貴族とはいえ、私の名くらいは存じているだろうが、一応は名乗っておこう」


 うっかりしていた、とばかりに言う彼の表情は実に好々爺然としているが、放たれる言葉は嫌味たっぷりだ。

 この場ではこちらに一方的に非がある状況なので何も言い返せないのだが、それをいいことに言いたい放題。

 この場で打ち首というような、最悪の処罰を下すような雰囲気ではないのが救いだが、それにしても少々毒が強すぎるのではないだろうか?


(お父様、どれだけ嫌われてるんですか……)


 成り上がり貴族は嫌われやすいとは聞いていたが、ここまで露骨とは思わず内心で溜息を零す。

 とはいえ、それを表に出せば余計に突かれるのは目に見えているので、必死に笑顔で取り繕う。


「私は、トールギス・ウィル・ランドール。ランドール公爵家当主にして、陛下より外務卿の地位を賜っておる者だ。此度は帝国の動向について、西部貴族の者達と話したいことがあって参った。社交の場で顔を合わせることもあるであろうが、その時はそなたの晴れ衣裳、楽しみにしておるぞ、リリアナ嬢」


「はい、閣下のご尊顔を拝謁でき、光栄にございます。その時は、また改めてご挨拶に伺いますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 どこまでも小馬鹿にしたように遠回しな嫌味を繰り返す公爵を前に、リリィの感情と魔力は噴火寸前の火山のように煮えたぎっていたが、“楽しみにしている”ということは、これまた遠回しに、“今回の件は不問にする”と言っているのと同義だ。

 まさかここで機嫌を損ね、親子共々首を撥ねられては堪ったものではないため、必死にそれを抑えながら、努めて機械のように淡々と、淑女らしい言葉でやり取りを交わす。


「ねえお爺様、わたくし、長旅でもう疲れましたの。そのような者達など放っておいて、早く行きましょう?」


 いい加減、辟易とした感情が顔に出始めた頃、馬車の中からもう一つの声が響く。

 声変わりもしていないような幼い声色にも拘わらず、どこか妖艶さを含んだその声を聞いて、トールギスは分かりやすく表情を緩めた。


「おおシルヴィ、そうだな、その通りだ。それではリリアナ嬢、私はこれで失礼するよ。お前達、早く出せ」


「はっ!」


「了解しました! おい貴様ら、今回は見逃してやるが、次はないと思え!!」


 公爵が戻ると、御者は素早く馬に鞭打ち、馬車を発進させる。

 去り際、護衛の騎士が忠告とも脅しとも取れる言葉を残したものの、最後まで剣が抜かれるようなことはなかった。


 そうして、最後まで馬車を見送ると、力尽きたようにリリィはその場に膝を突く。


「リリアナさん、大丈夫ですか!? すみません、私、何も出来なくて……」


「いえ……これは持病みたいなものなので、大丈夫です。気にしないでください」


 慌てて駆け寄ってきたマリアベルに、大丈夫だと手を挙げる。

 魔力をただ解放するだけなら問題はないが、やはり感情が昂った時に無理矢理押さえ付けるのはまだまだ難しいらしい。もう少し長く居座られたら、公爵の目の前で再び醜態を晒すところだった。


(あの子には、感謝ですね)


 窓の縁に、チラリと見えた紫髪の少女。

 意図的か偶然かは分からないが、もし晩餐会で会うことがあれば、お礼を言った方がいいのかもしれない。


「そんな体で、あのように矢面に立つようなことをしてくださったのか……本当に、貴女には感謝してもしきれない。何かお礼をさせてください」


 すると、それよりも前に、一緒に頭を下げていた店主が、更に頭を下げながらそう言ってきた。

 ほとんど衝動的に動いただけのリリィとしては、こうも畏まられると逆に困る。


「いえ、あれは勝手に体が動いただけと言いますか……ああ、そうだ、それなら一つだけ」


 リリィがそう言って指を立てると、何でも言ってくれと言わんばかりに店主は真剣な表情で身構える。

 そんな姿にくすりと笑いながら、こう言った。


「私のことは、“お嬢ちゃん”って呼んでください」


 そう言うと、店主は驚いたように目を見開き……困ったように笑いながら、大きく頷くのだった。

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