第六十四話 魔導城、水没
ランターン商会の支店にて、ルルーシュと料理を行ったリリィは、そのまま侯爵家の城へと戻った。
セヴァンとの挨拶はつつがなく進み、すぐにマリアベルとも彼女の部屋で顔を合わせたのだが……。
「え、えぇ!? ランターン商会ってあの有名な!? そ、そそそんなところの御曹司様が私なんかの魔道具を見に!? す、すみません!」
「いや、なんで謝るの……」
手伝ってくれる子が増えたと紹介すると、マリアベルはこれでもかと言うほどに驚き、思い切り頭を下げた。
予想外の反応に、さしものルルーシュも困惑顔だ。
「だだだだって、私みたいな出来損ないが考えた魔道具に、まさかランターン商会の方が興味を持ってくださるなんて思わなくて……」
「それはまあ、完成したら随分と有用そうな魔道具だから。ていうか、そんなに恐縮しなくても……うちは確かに最近有名だけど、まだ男爵家だから」
「そ、そうですよね、貴族のマナーもなってなくてすみません!」
リリィとは別の意味で貴族らしくないなこの子……。
何度もペコペコと頭を下げるマリアベルを見てそんなことを思っていると、見かねたリリィが間に入った。
「さて、それでは挨拶も済んだことですし、早速始めていきましょう!」
持ち込んだフライドポテトを小さなテーブルに置き、早速三人は打ち合わせに入る。
まずは、今回の魔道具に置いて、完全制御術式と並んで重要になる術式……魔力簒奪術式についてだ。
「ええと、リリアナさんには昨日話しましたが、この術式そのものの歴史は古いので、用意するのは簡単に出来ました……後は、これが正常に動くかどうかなんですが……」
「それなら、まずは私の出番ですね!」
「ほ、本当にやるんですか?」
「大丈夫です! 魔力量には……というより、それくらいしか取り柄がありませんから!」
ドンと胸を叩いて請け負うリリィだが、マリアベルは心配そうだ。
そして、その点においてはルルーシュも変わらない。
「よっぽど大丈夫だとは思うけど、慎重にね?」
「分かってます!」
ルルーシュにも元気良くそう答えながら、リリィはマリアベルの用意した魔道具に手を置いた。
触れるだけで魔力を強制的に吸い上げる、恐ろしげな術式が稼働し、リリィの魔力を奪い取る……はずなのだが。
「あれ? これ動いてます?」
リリィには、そんな感覚は感じ取れなかった。
「えぇ!? そ、そんな、まさかまた私、どこかでミスを……!?」
「いや、ちゃんと動いてるよ」
狼狽するマリアベルだったが、慌てて術式を確認するよりも先に、ルルーシュがきっぱりと断言する。
どういうことだとリリィが視線を向ければ、ルルーシュは苦笑混じりに答えた。
「大丈夫だろうとは思ってたけど……多分、吸い取られる量に対してリリィの魔力量が多すぎて、それに気付けないだけじゃないかな?」
「な、なるほど」
言われてみれば確かに、魔水晶に触れている掌がほんのり温かいような気もする。
言って貰えなければ分からないほど僅かな魔力しか吸われないとは、流石に予想外だ。
「一応言っておくけど、リリィだからその程度で済んでるんだからね? 僕がやったら、数分で魔力全部持ってかれるよ」
「えっ、そうなんですか?」
「僕はリリィとは逆で、生まれつき魔力量が少ないからね」
呆れたようにそう言われ、改めてリリィは自分の規格外さを再認識した。
規格外過ぎてあまり役に立てていないので、出来ればもう少し、他の才能に分散して欲しかったところだが。
「だから、やるなら次は君が使って、魔力欠乏になる前にそれに気付けるかどうかだね。一応、リリィが試した範囲では正常に動いてるから、即死はないと思うけど」
そしてルルーシュは、魔道具を使う上でマリアベルが避けては通れない、最も危険な実験について言及した。
マリアベルもそれが分かっているのだろう、その表情に緊張が走る。
「魔力不感症の人間が魔力を吸い上げられた時どうなるのか、そこまでは分からない。僕なら君の魔力を感じ取れるから、限界が近づいたら警告も出来るけど、だからって絶対に危険がないとは言えない」
わざと脅すような口調で、ルルーシュはマリアベルに向けて言葉を重ねる。
その一挙手一投足を見逃すまいとするかのように、ただじっとその様子を観察する。
「それでも、僕に命を預ける覚悟はある?」
冗談を差し挟む余地など微塵もない、最後通牒のようなその問い掛けに、マリアベルの体は震え出す。
それはそうだろう、初対面の人間、それも七歳の子供に命を預けられるかと聞かれて、はい分かりましたと即答出来る人間がいるはずもない。
「わ、わたしはっ」
脅しすぎだと、少しばかり苦言を呈すべく口を開こうとしたリリィだが、それよりも僅かに早く、マリアベルは口を開いた。
「こんなに、臆病で、何の取り柄もなくて……でも、リリアナさんは、こんな、初対面の私のために、危険な試用試験に付き合ってくださいました……」
震える口で、辿々しくも必死に言葉を紡ぐ。
そして、常に俯き気味だった顔を上げ、ついにルルーシュを真っ直ぐに見つめ返した。
「このまま私だけ、何のリスクも負わないままでいるわけにはいきません。スクエア家の名を堂々と名乗るためにも……! ですからどうかっ、ルルーシュさん、力をお貸しください……!」
そう言って、深々と頭を下げるマリアベルを見て、ルルーシュは小さく息を吐く。
「……三年だ」
「ふえ?」
「魔道具が完成して、量産化の目処が経ったら、そこから三年間、ランターン商会が独占販売する。卸値は出来上がってからまた考えるとして、これだけ約束してくれたら協力するよ」
はっきり言って、マリアベルにはそんなことを勝手に取り決めるような権限はないのだが、口約束だけでもここで交わし、本当にそうなった時彼女が味方になってくれれば、ランターン商会にとって多少なりと有利に交渉を進められるだろう。
そう考えるルルーシュだったが、実際のところは、多少なりと疑いの目で見ていた相手に意地の悪い質問をした気まずさから、素直に手伝うと言い出せなかっただけである。
そんな彼の内心を察したリリィがニコニコと意味深な笑みを向ければ、それに気付いたルルーシュはぷいとそっぽを向く。
ツーカーの単語すら使わない、視線だけの会話に置いてきぼりを食らうマリアベルだったが、手伝って貰えると分かって表情が明るくなる。
「ありがとうございます!」
「……まあ、見返りはちゃんと貰うから。だからその分、ちゃんと完成させるよ」
そんな彼女に対し、ルルーシュは相変わらず素っ気ない返事を返し。
その様子を、リリィは弟の成長を見守る姉のような心境で見守るのだった。
「……どう? 何か感じる?」
「いえ、まだあまり……すみません」
話し合いも終わり、改めてマリアベルが魔力簒奪術式の魔道具に触れてみるのだが、やはり何も感じられないらしい。
それを聞いて、ルルーシュは難しい表情を浮かべる。
「謝ることはないよ。でも、そうか……これで何もってなると、中々厳しいな」
マリアベルの手に自らの手を重ねたまま、ルルーシュは減少していく彼女の魔力を慎重に観察する。
普通の人間であれば、魔力の減少をそのまま疲労と同じように感じるのだが、マリアベルがそれを同じように感じ取れる保証はない。
せめて何かしらの違和感を覚えてくれなければ、簒奪術式を一人で使わせるのは危険極まりないのだが……。
「う……?」
そうしていると、不意にマリアベルの上体が泳ぐ。
それを見て、ルルーシュはすぐにマリアベルの手を魔道具から引き剥がした。
「どうだった?」
「ええと……なんだか、急にクラっと……」
「今のが魔力欠乏の初期症状だよ。結構ギリギリだったから、出来ればもう少し早く気付けるようになった方がいいね。まあ、その辺は休憩しつつ要練習かな?」
「は、はい、頑張ります……!」
ひとまず、死ぬまで何も感じないということは流石にないらしい。
今はまだ、未知の感覚を前に戸惑っているようだが、慣れれば自然と限度を覚えられるだろう。
ルルーシュの見たところ、マリアベルは魔力を感じられないだけで、潜在魔力量自体は中々多いようなので、この分なら来週までには一人でも魔道具を使えるようになるかもしれない。
「後は肝心の魔道具だけど……リリィ、出来そう? 何なら手伝うよ?」
「大丈夫ですー」
ルルーシュの申し出に、リリィは軽く手を振ることで答えを返す。
彼がマリアベルとの訓練に勤しむ間、リリィはリリィで、ひとまず正常に作動した簒奪術式と、先の完全制御術式を組み合わせた、新たな魔法陣を描いていた。
魔法陣の構成そのものはマリアベルが組み上げてくれたので、後はそれを書き写すだけなのだが、これが中々難しい。
何せ、昨日から使っている水生成魔法でさえ、簒奪術式と組み合わせるにはリリィが手に持つには辛い程の大きさが必要になるのだ。
そんなサイズの魔法陣を正確に描こうと思えば、もはやちょっとした彫刻アートと呼べるレベルになってくるため、量産という単語にこれほど遠い代物もそうそうない。
本格的な運用のためには、円筒形状に描くなどして小型化していく必要があるだろうが、今はとにかく理論を形にするのが先決だ。
板に描くのは嵩張って仕方がないが、魔法陣全体を見て不具合がどこにあるかを探るには一番分かりやすいのである。
「よし……出来ました!!」
そうして、二人が休憩している内になんとか巨大な魔木の板に魔法陣を描き終え、リリィはその出来栄えに満足そうに何度も頷く。
「マリアベルさん、大丈夫そうですか?」
「ええと……はい、大丈夫です、どこも問題ありません」
「そうですか、ならオッケーですね」
マリアベルが確認し、太鼓判を押されたことで、リリィは最後の工程を……魔水晶のはめ込みを行う。
すると、それを見たルルーシュが、ふと疑問を口にした。
「ん……? ねえ、その魔法陣、魔力簒奪術式と完全制御術式の複合なんだよね?」
「は、はい、そうですけど……?」
「魔力簒奪術式は、そもそも魔法を使うための術式じゃないから置いといて、完全制御術式って、魔力の注入が魔法発動のトリガーになってるんだよね?」
「はい……そうですね」
「……その二つを合わせた今、魔法の発動条件って何になってるの?」
「それは……あっ」
マリアベルが声を上げるのと同時に、カチリと音を立て、魔水晶が魔法陣へと埋め込まれた。
その瞬間、成立した簒奪術式がリリィの溢れんばかりの魔力を即座に奪い取り。
流れ込んだ魔力が、完全制御術式を起動させ。
何の制御も受け付けないままに、全自動で魔法が発動した。
「うひゃあ!?」
魔法によって生成された水が、部屋の中へ溢れだす。
最初から発揮される出力は魔法陣によって決定されていたため、リリィの魔力を使ったからと暴発するようなことはなかったが……代わりに、いつまで経っても止まらない。
「ちょっ、えぇ!? ま、マリアベルさん、これどうやったら止まるんですか!?」
「え、ええと、ええとぉ! ま、魔力が無ければ発動しないはずなので、と、とにかく手を離してくださいぃ!」
「いえ、もう離してます、でも止まらないんです!」
「いや、これ……リリィの魔力が多すぎて、近づくだけで発動しちゃってる! ちょっとリリィ、今すぐこの部屋から出て!!」
「分かりました! 今すぐに!」
「いや待ってリリィ、なんで窓に向かって走るの!?」
「え? 魔道具をうっかり扉の前に置いてしまったので、離れつつ部屋から出るにはここしかないかなと……」
「ここ何階だと思ってるの!? 飛び降りたら死ぬから!!」
「ああああのお二人とも! お話している間にどんどんと水があああ!!」
三人仲良くパニックになりながらあたふたしている間に、どんどんと水が溢れ。
こうして、雲一つない快晴の下、内地の城が浸水するという謎の珍事件、『魔導城水没事件』は、たった三人の幼い子供達によって引き起こされたのだった。




