第六十三話 初めての共同作業?
「なるほど、リリィが社交界デビューか……大丈夫? リリィはただでさえ貴族らしさの欠片もないんだから、せめて本番では黙って静かにしてなきゃダメだよ?」
「そこまで言います!?」
七色を浮かべる摩訶不思議なジャガイモの皮を剥きながら、リリィはルルーシュの容赦ない言葉に突っ込みを入れる。
この場にバテルがいれば、我が意を得たりとばかりに大きく頷いただろうが、幸か不幸か今はいない。
「いやだって、華やかなドレスより野暮ったいワンピースを着たがって、平民に罵倒されて怒るどころか仲良くなりたいなんて言う貴族、他にいないよ?」
「だって、あれ動きにくいですもん。ていうか、私を罵倒したのってルル君じゃないですか、自分で言います?」
「言いたくなるくらいには衝撃的だったんだよ」
リリィが皮を剥いたジャガイモをザクザクと薄く切りながら、ルルーシュは溜息を溢す。
さて、二人が会話の合間に何をしているのかと言えば、見ての通り料理である。
元々、バテルはここに来ているランターン商会の会計士、トトノと何やら情報交換をするために立ち寄ったそうだが、その話し合いの最中はリリィが手持ち無沙汰なので、晩餐会に手土産代わりの料理を持ち込む練習を兼ねて、ここで作らせて貰うことになったのだ。
「それで、何の料理作ってるの?」
「ここはシンプルかつ贅沢に、フライドポテトです!」
細かく切ったジャガイモに、小麦粉や片栗粉をまぶし、塩胡椒で味付けして油で揚げる、リリィの転生前の世界でも親しまれていたジャンクフード。
貴族的かと言われると微妙な一品だが、こういった料理では油や胡椒を大量に使うため、平民にそうポンポンと作れるものではない。
貴族は取り敢えず、味云々よりも平民には手が出せない料理を好む傾向があるそうなので、そこまで的外れな料理ではないはずだ。
仮にダメだったとしても、同年代の友達への手土産としては上等だろう。むしろ、リリィとしてはそちらがメインだ。
(マリアベルさん、気に入ってくれますかねー)
まあ、この世界よりもよほど美食に溢れた世界でさえ親しまれる料理なのだし、大丈夫だろう。
そう考えながら、リリィはルルーシュと共に作業を続ける。
「ルル君、火加減お願いします。油が飛ぶと火傷しますから、気を付けてくださいね」
「分かった」
リリィが魔力供給と調理を、ルルーシュが火加減の調整を担いながら、魔力コンロで温められた油へ芋を投入する。
ジュワアア、と、揚げ料理特有の懐かしい音が響き、リリィは思わず頬を緩めた。
「楽しそうだね、リリィ」
そんな婚約者の様子を見て、ルルーシュがなんとなしに声をかけた。
あまり意識していなかったリリィは、少しばかり誤魔化すように笑いながら、パッと思い付いた理由を述べる。
「ルル君と一緒に料理するの、初めてですからね。こういうの、初めての共同作業って言うんでしょうか?」
「ぶっ!?」
「うわぁ!? ルル君、火が、火がー!!」
「うわわ、ご、ごめん!」
思わぬ台詞に動揺したルルーシュが加減を誤って火柱を生み、調理場が一時騒然となる。
幸い、天井が少しばかり焦げた程度で済んだが、やはりコンロの火力を上げるためとはいえ、魔力が多すぎたのかもしれない。
「いや、今のは自分の魔力でも失敗してたと思う……」
「? まあ、ルル君にも失敗することはありますよね、元気出してください」
顔を赤くして荒い呼吸を繰り返すルルーシュに、リリィは料理を続けながらそう励ましの言葉を送る。
リリィが変なこと言うからだ、という言葉は、結局最後まで胸に仕舞われたままだった。
「でも、やっぱり魔力コンロは便利ですけど、火加減の調整が大変ですね。どうせなら、一度決めた温度のまま、自動でずっと一定にしてくれればいいんですけど」
「最近は、完全制御術式を使って、そういうコンロも作られてるらしいね。かなり高いから、広まるのはまだまだ先だろうけど」
「あれ、ルル君、完全制御術式のこと知ってるんですか?」
「そりゃそうだよ、最近は軍艦で有名になったけど、うちの主力商品は魔道具だよ? その術式のお陰で、貴族でなくとも魔道具に頼って魔法を使う人が増えそうだし、こっちとしては大助かりだね」
「へ~、なるほど……」
お陰で、僕の夢にも一歩近付けそうだ。
そう口の中だけで呟いたルルーシュは、すぐに頭を振って余計な思考を追い出した。
今の時点では、流石に皮算用が過ぎる。
そう戒めるルルーシュだったが、リリィの方は料理の途中であることも忘れ、明後日の方へ思考を飛ばしていた。
「そうですね、ルル君なら、魔力の状態も私より詳しく分かるかもしれませんし……」
「リリィ、どうかした?」
「ああ、いえ。ルル君、もしよかったらなんですけど、この後私と一緒に侯爵家に向かいませんか? 紹介したい方がいるんですけど」
「紹介したい方?」
声を掛けられ、現実に戻ってきたリリィは、早速ルルーシュに事情を説明した。
マリアベルの抱えている病のこと。そして、それを乗り越えて魔法を使うための魔道具を、来週までに作ろうとしていることを。
「来週までって……随分早いね」
「お姉さんと仲直りさせてあげるには、早い方がいいですから。そういうわけなので、是非ともルル君にも手伝って貰いたいんです!」
事情を全て聞き終えて、ルルーシュは少々考え込む。
魔力を感じられずとも、魔法を使えるようになる魔道具。
話を聞く限り、スクエア家は……というより、マリアベル本人でさえそれを大して価値のあるものと考えていない節があるが、実現出来るのであれば、完全制御術式を越えるブレイクスルーだ。そこから得られる利益は計り知れない。
(あくまで実現出来れば、の話だけど、理論は出来上がってるって言うしな……一度見ておいた方が良さそうだね。それに)
商売人の息子らしい腹黒さで一通り算盤を弾いた後、チラリとリリィを見やる。
(リリィの“友達”なら、僕も会っておきたいしね)
リリィは、とにかく一度身内と認めた相手に甘い。それこそ、仲の良い人間のためなら、命すら投げ捨ててしまいそうなほどに。
それ自体は、確かに尊い。民のために身を捧げられるなど、貴族の鑑と言っていい。
しかし世の中というのは、そうした人間ほど損をするように出来ている。
「分かった、僕も行くよ。父さんが王都から離れられなかったから晩餐会の招待は受けなかったけど、挨拶くらいはしておいた方がいいだろうし」
「本当ですか? ありがとうございます! これでマリアベルさんの魔道具作りが捗ります!」
きゃっきゃっと嬉しそうにはしゃぐリリィを見て、笑顔を浮かべ……その裏で、ルルーシュは決意を固める。
(もし、リリィの優しさにつけ込んで利用しようとしているのなら……絶対に潰してやる)
爵位を与えられたばかりで、貴族としての力はまだないに等しい。
それでも、この二年間で商会の力は随分と高まっているし、上手く立ち回れば経済戦争だって出来なくはない。
そういった人の悪意からリリィを守りたくて、この二年間商人としての勉強を重ねてきたのだ。今こそその成果を発揮する時だと、密かに闘志を滾らせる。
「ルル君~?」
「……急に何するのさ」
しかし、そんなことを考えていると、不意にリリィの手が頬に触れた。
そのままぐにぐにと引っ張られ、思わず不機嫌な声が漏れる。
「だって、何だか難しい顔してましたから。せっかく可愛い顔してるんですから、笑わないと損ですよ?」
「いや、僕男だから。可愛いよりもカッコイイって言って欲しいんだけど」
「ふふ、そう言って欲しいなら、もっと男らしくなってください。まだ魔道具も見てないのに、今から悩んでたらもたないですよ?」
(魔道具について悩んでたわけじゃないんだけどね……)
やや的外れな予想だが、まさか新しい友達を疑っていたなどと言うわけにもいかない。
まあ、今からあれこれ考えても仕方ないというのは確かなので、そこは素直に頷くべきかもしれないが。
「よし、こんなところですね!」
ルルーシュが曖昧な表情を浮かべているうちに、どうやら料理が出来上がったようで、リリィは鍋の中から綺麗に揚がったポテトを取り出し、皿に盛りつける。
胡椒の効いた香ばしい匂いに、ルルーシュも思わず鼻をヒクつかせながら顔を寄せた。
「もう、そんなに慌てなくても、ちゃんと味見させてあげますよ。ほら、あーん」
「えっ」
そんなルルーシュの口元に、リリィはフォークを使ってポテトを運ぶ。
思わぬ展開に固まってしまうルルーシュに対し、リリィは首を傾げると、ふと気が付いたという風に今度は自分の口元に運び。
「ふーっ、ふーっ……よし、はい、これで大丈夫ですよー」
息を吹きかけて冷ました後、もう一度突き出してくる。
いや、今の間はそういう意味じゃない。そう言いたかったが、ここで変に断って、リリィを悲しませたくもない。
そう考えたルルーシュは、渋々……あくまで渋々と、それを口に含む。
「はむ……」
「お味はどうですか?」
「……美味しいよ」
本音を言えば、恥ずかしくて味なんてわからなかったルルーシュだが、そう答えるだけでリリィは本当に嬉しそうに笑う。
「そうですか! それなら良かったです」
そして、リリィは再びそのフォークでポテトを刺し、何の躊躇もなく自分の口の中に放り込んだ。
「あっ……」
思わずルルーシュは声を漏らすが、リリィは全く気にした様子もなくもぐもぐと口を動かし、むふー、と満足そうな声を上げている。
まるで自分だけ意識しているようで恥ずかしくなったルルーシュは、赤くなった顔を誤魔化すようにそっぽを向いた。
「? ルル君、どうかしましたか?」
「なんでもない」
素っ気ない返事を返すルルーシュに、リリィは何かしただろうかと首を傾げる。
今食べてみた感じでは、ポテトの味は問題ないように思うのだが。
「あ、もしかして一つじゃ足りませんでしたか? いいですよ、今日のところはマリアベルさんにしかあげませんから、もう一つくらい食べても」
「い、いや、もう大丈夫、大丈夫だから!」
再びあーん、とポテトを口元に寄せてみるのだが、ルルーシュは恥ずかしそうにそれを固辞する。
どうにか甘やかそうとするリリィと、羞恥心から逃げ回ろうとするルルーシュ。
二人で、そんな微笑ましい攻防を繰り返していると……。
「ごほんっ……仲睦まじいのは大変結構ですが、お嬢様、そろそろ行きませんと、マリアベル様とのお約束の時間に遅れてしまいますよ」
タイミング良く戻って来たバテルによって、その攻防は一時中断された。
はーい、と素直に残ったフライドポテトをバスケットに移し始めるリリィを見て、ルルーシュはこっそりと安堵の息を漏らし……同時に、勿体ないことをしたと少しばかり後悔するのだった。
注)こいつら七歳です




