第六十二話 予期せぬ再会
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「んー、昨夜はよく眠れました!」
スクエア家にやってきた翌日、リリィはここ数日ぶりに爽やかな朝を迎えていた。
体が子供なせいか、はたまた未だに転生時のトラウマが抜けきらないのかは分からないが、やはり寂しい夜は家族が傍にいてくれるだけで、とてもぐっすりと寝られるようになる。
「起きるまでずっと傍にいてくれたお父様には、本当に感謝です。でも、いくら晩餐会まで時間があるとは言っても、せっかく侯爵様に招待されているんですから、色々とお話することもありますよね? お父様、今から寝るって言っていましたけど、大丈夫なんですか?」
「ええ、既にセヴァロニアス閣下には事情を説明しております。カロッゾ様とは旧知の仲ですし、笑いながら構わないと仰られておりましたので、心配はないでしょう」
街に向かう道すがら、尋ねられたバテルは苦笑混じりにそう答えた。
まさか、お前が寝ながら手を離さなかったせいで徹夜になったらしいですよ、等とは言えないし、そうでなくともカロッゾ自身、久しぶりに子供に甘えて貰えて幸せそうだったので、彼のいち友人としてはグッジョブと親指を立ててもいいくらいだ。
もっとも、アースランド家家令としては褒められた行為ではないので、間を取ってこのような返答になったが。
「へー、侯爵様なのに、偉ぶったところがなくて素敵な人ですね。旧知の仲って言いましたけど、二人はいつ知り合ったんですか?」
「初めてお会いしたのは、今回と同じ社交の場だったと記憶しております。まあ、カロッゾ様は初め、閣下に大層苦手意識を持っておられたようですが」
「苦手意識? お父様がですか?」
領民の誰にも分け隔てなく接し、誰からも慕われる父の姿を見てきただけに、バテルの言葉は意外だった。
目を丸くして驚くリリィに、バテルは昔を懐かしむような目で頷きを返す。
「はい、あの頃のカロッゾ様は、猪突猛進を絵に描いたようなお方でしたから。冷静で思慮深いセヴァロニアス閣下とは反りが合わなかったようですね。しかし、こと戦いの場においては違いました」
侯爵領近くに出没した盗賊団の討伐作戦。
カロッゾの護衛兼従者としてバテルも参戦したこの戦いで、二人は思わぬ連携ぶりを見せたのだという。
「当初、お二人の父上はあくまで戦場の空気に触れさせるのが目的で、子供達は援護に徹させるおつもりのようでしたが……その際に、お二人が真っ向から反発しまして。俺達は守られに来たんじゃない、貴族として、連れ去られた民を助けに来たんだと」
二人とも、当時はまだ十三歳。威勢のいいお坊ちゃん達だと、周りにいた騎士達は笑ったそうだが……そんな嘲笑を、二人はその実力と結果で以て黙らせた。
「今でも覚えております。黄金の魔力で誰よりも目立ちながら先頭で剣を振るうカロッゾ様と、それを上空からの狙撃魔法で的確に援護し、捕まっている人々の所在さえあっという間に掴んでみせたセヴァロニアス様の勇姿を」
子供が憧れの英雄について語るように、キラキラとした瞳でバテルは語る。
その一件があったからこそ、彼は剣ではなくペンを取り、執務の面からカロッゾをサポートしようと決心したのだという。
「以来、お二人はこう呼ばれるようになったのです。“黄金騎士”、そして、“白亜の鷹”と」
「へ~、お父様の二つ名って、盗賊退治が切っ掛けで呼ばれるようになったんですね。それにしても、鷹ですか」
昨日出会った時の、優しそうなセヴァンの顔を思い出し、なんだか似合わないなとリリィは笑う。
確かに彼には白が似合うだろうが、鷹よりも鳩を従えて笑顔を振り撒いているほうが、よほどそれらしい。
「ふふ、お嬢様、能ある鷹は爪を隠すものですよ」
「はあ……」
そんな考えを見透かしたようにそう言われ、リリィは思わず間の抜けた声を漏らす。
あんな様子だが、いざ戦場となると豹変するのだろうか?
敵が泣こうが喚こうが関係なく、高笑いを上げながら魔法の雨を降らす悪辣外道な姿を想像し、リリィは苦笑を漏らす。
いくらなんでも、それはない。
「と、話し込んでいるうちに到着しましたね。お嬢様、ここがこの領都で最大の市場です」
そうこうしていると、一際大きな賑わいを見せる場所にやってきた。
ここにやってきた時も少し目にしたが、アースランド領では考えられないほど多種多様な食材が並ぶ光景は、前世のスーパーマーケットを知るリリィをして圧倒させるほどの熱気を持っていた。
「うわぁ、凄いです! 本当に好きなの選んでいいんですか!?」
「ええ、構いませんよ。ただ、晩餐会でお出しする料理をお作りになられるのでしたら、出来るだけ西部地域の食材を使うことをお勧め致しますよ」
「分かってます、任せてください!」
胸をドンと叩きながら、リリィは鼻息も荒く請け負ってみせる。
こう見えて、リリィは前世の経験もあってレパートリーだけは豊富なのだ。限られた食材で夕飯の献立を考えるくらいお手の物である。
そんな、もはや男らしさの欠片もない、主婦そのものな思考を巡らせながら、リリィは市場を周り始めた。
「バテルさんバテルさん! これ見てください、かぼちゃですよ! それもこんなに安いです!」
「もう少し内陸に行った地域で栽培されている野菜ですね。海路にしろ陸路にしろ、アースランド領に持ち込むためにはどうしても遠回りになりますから、その分手に入りづらいのです」
「なるほど~、って、こっちはなんだか見たことない野菜がありますよ!? 紫色のニンジンです!!」
「これはトーリスニンジン、ここより北西に進んだところにある子爵領の特産品ですね。特殊な魔法を肥料に施して改良することで、通常よりも味が良くなるのだとか」
「面白いです、買いましょう!!」
ただ、こうして数々の野菜を目にしてはしゃぐ姿は、主婦ではなくどこにでもいる普通の子供だ。
貴族にすら見えないのが玉に瑕だが、そのお陰か店員とすぐに打ち解けてしまい、値切り交渉をするまでもなく割引して貰えるため、アースランド家の財布を預かるバテルとしては非常に有り難かった。
……むしろバテルの方が主夫のような有様だが、本人もリリィも気付いていないので、これが改善される日は永遠に訪れないだろう。
それがいいことなのか悪いことなのかは、誰にも分からないが。
「むむむ、七色のジャガイモ……面白いですけど、凄くゲテモノっぽいです!」
「ゲテモノとは聞き捨てならねーな嬢ちゃん、そいつはレインボーポテト、由緒正しきスペード伯爵領の特産品だぞ! 芋の中が複数の層に別れていてな、場所によって食感や味が変わり、一つでいくつもの味が楽しめる優れものだぜ!?」
「おお、凄いです!」
「まあ、偶に変な味になっちまってることもあるがな、ガハハ!」
「やっぱりゲテモノじゃないですか! それじゃあ、ゲテモノじゃないのをおじさんが選んでください、それを買って帰るので、美味しかったら明日また来ます!」
「ガハハハハ! 交渉上手だな。よし、それじゃあとっておきのこいつを持ってきな、味は保証してやる」
「わあ、ありがとうございます!」
「お嬢様、寄りたい場所がありますので、そろそろ行きましょうか」
奇妙な芋を選んで貰い、上機嫌になっていると、バテルに声をかけられる。
それを見て、店主のオヤジは意外そうな表情を浮かべた。
「お? 嬢ちゃん、もしかして良いとこのお嬢様だったのかい?」
「ふふふ、驚きましたか? そうです、私こう見えて貴族のご令嬢なんです! ド田舎の!」
「ぶわっはっは、なんじゃそりゃ! こりゃあ失礼した、貴族のお嬢様にはほれ、もう一個サービスしてやろう」
「やったー! おじさん大好きですー!」
「…………」
特にお忍びというわけではないが、確かにリリィは今、ドレスのように貴族らしい服装はしていない。
しかし、一緒にいるバテルはそれなりに上物の執事服を着ているし、更には彼女自ら貴族であると名乗りを上げた。
にも拘わらずこの店主、リリィのことを全く貴族だと思っていないらしい。
言動があまりにも貴族らしからぬせいなのだろうが、流石にここまで来ると少しはカミラに頼んで矯正させるべきかと、バテルは内心で頭を抱える。
しかしまあ、この場においては今更かと、バテルは考えることを放棄した。
そうしなければ、胃が持たない。
特に、本当に貴族だったと知った時のこの店主の胃が。
「ガハハ、嬉しいこと言ってくれるねぇ嬢ちゃん」
「えへへへ」
ぐしぐしと、まるで自分の子供にそうするかのように、少々乱暴な手付きでリリィを撫でる店主を見ながら、バテルはそう思った。
「それで、寄りたいところってどこですか?」
先を歩くバテルに、リリィはそう問いかける。
色々と買い込んだ食材を手に、果たしてどこへ向かうつもりなのか。
考えても分からないので後回しにしていたが、カロッゾが昨夜言っていた“彼”というのも気になる。
そうした諸々の疑問を込めて尋ねると、バテルは意味深に微笑んだ。
「お嬢様のよく知る人のところですよ」
「私がよく知る……?」
相変わらず曖昧な言葉だが、リリィの知っている人物となると恐ろしく限られる。
自分の交友関係の狭さを嘆くべきところかもしれないが、アースランド領の外にいる知り合いとなると……。
「着きましたよ」
もしかして、と考え始めたところで、タイミングよく目的地に辿り着いた。
商業区画の一角に、こじんまりと存在するその場所は、どうやら小さな商店らしい。
とはいえ、それはその建物が小さいというだけで、中に入っているのは特大の商会だった。
「いらっしゃいませ……って、なんだバテルさんか、それに……」
そこで店番していたのは、女の子と見紛うような可愛らしい男の子。
以前は目にかかるほど伸びていた白銀の前髪が少しすっきりし、その中性的な顔立ちや碧の瞳がよく見えるようになっている。
今や王国きっての大商会の御曹司にして、リリィの婚約者。
「リリィじゃないか。こんなところで何して……わぶ!?」
「ルル君!お久しぶりです、会いたかった!!」
ルルーシュ・ランターン。
軍艦の建造に正式に関わることが決定し、父親が男爵の位を王家から賜ると同時に、商会の名前がそのまま家名となった彼を見るなり、リリィは一目散に駆け寄った。
この二年間でルルーシュも少し大きくなり、同じくらいだった視線の高さにやや差がついてしまったが、そんなことはお構いなしに抱きしめる。
「り、リリィ! こんなところで抱き着かないでよ!!」
「いいじゃないですか、私達婚約者同士なんですから!」
恥ずかしがるルルーシュに構わず、子供をあやすように頭を撫でる。
以前までは、元男として婚約者という存在に色々と思うところがあったリリィだが、最近ではその考え方も少し変わっていた。
要するに、結婚を家族との別れと考えるからいけないのだ。むしろ、新しい家族を増やすことだと思えば実に素晴らしい。夫はあれだが、弟が増えるのなら大歓迎だ。
そういった理由から、リリィはこの二年、ルルーシュと会う度に弟のように可愛がり、甘やかしてきた。なまじ、転生によって精神的には他人の相手を家族として受け入れた経験があったため、最近では本当に弟と思っている節があるくらいだ。
ちゃんとした性教育を受ける前に他界し、この世界へとやって来てしまったリリィ。具体的な“夫婦の営み”について全く知らないが故の態度である。
「い、いいから、離れてって!」
「うぅ、ルル君のいけず」
半ば強引に引き剥がされ、リリィは不満げに頬を膨らませる。
一方のルルーシュとしては、いきなり異性に飛びつかれた挙句に顔を胸へと抱きしめられ、色々といっぱいいっぱいだ。いくら現状では小さすぎて男と変わらないとはいえ、婚約者として意識している相手では尚更である。
「全く……リリィも貴族なんだから、もう少し慎みを持ってだね……」
「はーい」
内心の動揺を悟られないよう、グチグチと小言を口にするルルーシュと、それを軽く聞き流しながら嬉しそうに笑顔を浮かべるリリィ。
この二年ですっかりおなじみとなった光景を前に、一人取り残されたバテルは苦笑を浮かべる。
「お二人とも、仲がよろしいのは大変良いのですが、ここでは人目もありますので、ひとまず中に入らせていただきませんか?」
「そ、そうだね。リリィもバテルさんも、早く上がって」
バテルの出した助け船に、これ幸いと全力で乗っかることにしたルルーシュは、急かすようにしてリリィを商店の中へ押し込むのだった。




