第六十一話 真夜中の親子対談
(魔力簒奪術式……拷問や処刑のために作られた魔法術式、ですか)
マリアベルに協力して、完全制御術式で作られた魔道具を完成にまで持ち込んだリリィはその日、予定通りスクエア家が所有する城……誰が呼んだか、“魔導城”と称される城の一室に泊まることとなった。
アースランド領にある領主館とは比べ物にならないほど豪華な調度品が揃えられ、前世も含めて初めて目にするキングサイズのベッドに横になったリリィだが、やはり慣れない環境ではなかなか寝付けず、手持ち無沙汰な頭は最後にマリアベルから説明された術式について幾度となく思い返していた。
――ええと……魔力簒奪術式は、触れた人間から無理矢理魔力を吸い上げて、魔水晶から空気中に向けて延々と放出し続けるという術式です。理論上は、これに完全制御術式を繋ぎ合わせることで、私でも魔法が発動できるはずなんです。ただ……無理矢理、というところが問題でして。
(人は魔力が枯渇すれば、虚脱感、頭痛、吐き気、めまいなどを起こして、最後の最後まで吸い付くされれば命を落とす。その過程がもの凄く苦しいから、罪人への刑罰に使われるって話でしたね)
そう、この世界では人に限らず、生物は皆体内に持つ魔力で生命活動を維持している。人が魔法に使うのは、あくまで体内で生成された魔力の余剰分だ。
本来なら、余剰分を過ぎて魔力を消費しようとしても、本人が苦しみのあまり途中でやめてしまうため、精々が気絶する程度で済むのだが……簒奪術式の場合はそんなリミッターは存在しないため、うっかりやり過ぎれば命を落とす。
(マリアベルさんは魔力不感症ですから、魔力欠乏になっても気付ける保証はありません。試用試験は私がやればいいですけど、最終目標はマリアベルさんが使うことですから、その問題をどうにかしないと……)
もしかしたら、魔力を感じられなくとも魔力欠乏の症状には気付けるかもしれない。
しかし、かもしれないで命を賭けるのはいくらなんでも危険過ぎる。
せめて、その部分だけでも安全に確かめる方法はないかと考えるのだが……。
(……全然思い付きません)
はあ、と溜息を溢したリリィは、ベッドの上で寝返りを打つと、異様にふかふかな枕に顔を埋め、ぱたぱたと足をバタつかせる。
こういう時こそカタリナの知恵を借りたいのだが、今から呼んでいては晩餐会に間に合わない。
(どこかに、お母様くらい頼りになる人はいないでしょうか……)
そんな埒もない考えが浮かび、枕の中で呻き声を漏らす。
そんな都合の良い人物がそうそう近くにいるはずがないし、いたとしてもそんな凄い人物に協力を仰げるだけのコネがない。
「リリィ、まだ起きているか?」
思考が堂々巡りを始めたリリィは、ふと部屋に響いた控えめなノックの音で顔を上げる。
扉の向こうから聞こえてきた父の声に、慌ててベッドから飛び降りた。
「起きています! こんな夜分にどうしましたか?」
「いや、リリィが一人で眠れているか、少し心配になってな。もし起こしてしまったのならすまん」
「いえ、色々考え事をしていたところなので、大丈夫です」
部屋の扉が開けられ、カロッゾは中へと招き入れられる。
暗い部屋の中ではお互いに相手の顔色を伺い知ることは出来ないが、ひとまず声を聞く限りでは大丈夫という言葉に嘘はなさそうだと、カロッゾは内心で胸を撫で下ろす。
ただ、こんな夜更けに考え事とはなんだろうかと、少しばかり気になった。
「考え事? 良ければ、俺にも教えてくれないか?」
「んん、そうですね、せっかくなのでお父様にもお話します」
少し迷ったが、別段隠すことでもないと思い直し、リリィは事の顛末をカロッゾに打ち明けることにした。
包み隠さず、全てを正直に。
「そういうわけで、何かいい手はないかと……って、お父様、どうしました?」
カロッゾの膝に座らされ、ベッドの上で全てを話終えたリリィは、なぜかカロッゾが頭を抱えていることに気付き、首を傾げる。
そんなリリィの姿を見て、無自覚でやっているのかと気付いたカロッゾは、頭痛を堪えるように尋ねた。
「……リリィ、俺の聞き間違えでなければ、リリィは明日、処刑に使われるような魔道具を作るということか?」
「そうですね、マリアベルさんと協力して作ります」
「それを、自分に使って試すつもりだと?」
「はい、そうですね」
それがどうかしましたか? と再度首を傾げるリリィ。
子供らしい無邪気な仕草に、カロッゾは釣られて笑顔を浮かべ……笑顔のまま、リリィの頭を鷲掴みにした。
「あ、あだだだだ!? お、お父様痛いです痛いです! 頭割れちゃいますぅ!!」
「お前というやつは、どうしてそう自分の身を省みんのだ、バカモノ!!」
ひーっ! と涙目で暴れるリリィに、カロッゾは容赦なく雷を落とす。
晩餐会で披露する魔法のための魔道具というから、どんな魔法なのかと思えば、まさかの処刑道具だ。親として、怒らないほうがどうかしている。
「い、いやいや、省みてます、省みてますよ!」
「どこがだ!? 処刑道具なんぞ自分で試して、自殺でもするつもりか!?」
「お、落ち着いてくださいお父様! 効果としては、あくまで魔力を強制放出するだけです! 死ぬのはあくまで魔力が限界を超えて無くなった場合だけです!」
「だからなんだ!?」
「使う魔道具はこんなに小さいんですよ!? 私の魔力を全部搾り取るなんて絶対に無理です! どれだけ出力を上げたとしても、途中で魔道具の方が耐えきれずに壊れます!」
「む……それもそうか」
「それに、あくまで簒奪術式はマリアベルさんのための補助術式です! 別に処刑道具を作って披露しようとしているわけじゃありません!」
必死の説得が功を奏し、カロッゾの手から頭が解放された。
人に限らず、どんなものにでも魔力を蓄えられる量には限界がある。
それを超えれば、どんなものであれ……それこそ、魔力を流し込む前提で作られた丈夫な魔道具であろうと例外なく壊れてしまう。
当然、軽く魔力を込めただけで扉を粉砕してしまうようなリリィを魔力欠乏で処刑しようと思えば、最低でもこの城の中庭全てを使うような大規模な魔法陣が必要になるので、子供が手に持てるようなサイズの簒奪術式では、リリィを殺すどころか苦しめることすらほぼ不可能だ。
言われてようやくそこに思い至り、カロッゾはバツが悪そうに頭を掻く。
「すまない、俺の早とちりだったようだ、許してくれ」
「分かって貰えればいいんです。えへへ」
お詫びだとばかりに頭を撫でられ、リリィは嬉しそうに表情を緩める。
鍛え抜かれ、ゴツゴツとした手はあまりいい感触とは言えないが、数少ない父親とのスキンシップだ。そんなことは気にならないとばかりに、リリィは自ら顔を擦り付ける。
「だが、リリィはそれで良くても、マリアベル嬢はそうもいかないだろう? どうするつもりなんだ?」
「そこが問題なんですよねー、ひとまず試しに作ってみるのはそれでいいとして、マリアベルさんが試す時にどうするか……」
カロッゾの誤解は解けたが、問題は何一つとして先に進んでいない。
解決策が見つからなければ、マリアベルの手で魔法を発動させるという目標に辿り着けないのだ。
「うーん、お母様以外に、魔道具について詳しい人がいればいいんですけど」
「スクエア家は、魔道具よりも魔法そのものの開発に熱心な家だからなぁ」
リリィのボヤキに、カロッゾもまた難しい表情を浮かべる。
魔導士とは主に、魔法を研究する者のことを指すが、魔法そのものを研究するか、魔道具を研究するかで少々派閥が異なり、スクエア侯爵家は前者にあたる。
魔道具を作るには魔法に関する知識が必要だし、魔法を研究するにも魔道具があると便利なので、両者共に仲が悪いということはないのだが、魔道具作りのアドバイスを貰えるような人材はさほど抱えていないだろう。
「いや、そうだな、彼ならあるいは……」
「彼?」
すると、カロッゾがふと何かを思いついたようで、何事かを呟き始める。
何かあるのかと身を乗り出すリリィを宥めながら、カロッゾはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「そうだな。リリィ、明日は魔道具の前に、バテルと一緒に買い出しに行ってくれないか?」
「はい? 買い出しですか?」
全く関係のないお願いに、リリィは首を傾げる。
その顔を見れば何か企んでいることは明白だが、リリィとしては特にスクエア領に知り合いもいなければ、特段欲しいものがあるわけでもない。
一体何なのだろうかと訝しんでいると、カロッゾにまたも頭を撫でられる。
「あまり根を詰め過ぎても良くないだろう? そもそも、俺達がここへ来た本来の目的は、魔道具ではなく社交だ。マリアベル嬢以外の友達を作るためにも、少し街を見て回るといい。本番で他の令嬢達の話についていけないようでは困るからな」
「はあ、分かりました」
よく分からないが、言っていることはごもっともだ。
今回集まるのはスクエア家を頂点とした西部貴族達であり、西部の特徴はなんと言ってもその肥沃な大地。ただでさえ、全体から見れば農耕に適した土地が少ないお国柄、豊作を約束された土地に住む者はこぞってその特産品を自慢したがるという。
つまり、今回の晩餐会に先立って、侯爵領には西部全域からあらゆる食材が集まっているはずだ。
(まあ、今まで作れなかった料理がいくつか作れるはずですし、何よりマリアベルさんの魔道具試験にも、大分強引に参加させて貰いましたからね。お礼を兼ねて、何か作ってあげるのもいいかもしれません)
そう考えると、確かに買い出しというのはとても魅力的かもしれない。
むしろ、侯爵家にお邪魔する前に、本来そうしたものを用意しておいて然るべきで、一日遅れというのは少々問題があるくらいだ。
もっとも、アースランド家としては、ちゃんとカロッゾやバテルが用意した粗品があったはずなので、失礼ということはないのだが。
「そういうわけだ、明日に備えて、今日はもう寝なさい」
リリィがあれこれと考えた末、自分なりに納得したのを察したのか、ちょうどいいタイミングでカロッゾはそう言って、リリィの体をベッドに横たえる。
丁寧に掛け布団をかけられたところで、リリィはそんな父の手を軽く握った。
「寝るのはいいですけど……その、やっぱり一人は寂しいので、しばらく一緒にいてもらってもいいですか?」
少しばかり恥ずかしそうに、リリィはそうおねだりする。
七歳になって、あるいは兄であるユリウス以上にやんちゃをするようになった娘だが、こういうところは小さい頃から変わらないと、カロッゾは穏やかに微笑んだ。
「ああ、構わないぞ。リリィが眠るまで、ちゃんと傍にいてやる」
リリィの小さな手を優しく握り返しながら、カロッゾはベッドの傍に片膝をつく。
そして、リリィが眠るまでの間、そっとその頭を撫で続けるのだった。
……ちなみに、眠った後も中々リリィが手を離してくれず、結局彼は徹夜するハメになったのだが、それは余談である。
第一章時点
ユリウス→悪ガキ
リリィ→病弱な引きこもり
第三章現在
ユリウス→天才魔法剣士
リリィ→やんちゃ娘
……人は変わるものですね、うん。




