第五十七話 魔道具試用試験
盛大な説教を食らった後、軽い話し合いの末、リリィとマリアベルの二人は魔道具試用試験を中庭で執り行うことが許可された。
もちろん、十分に安全に配慮した上で、だ。
「自分は、スクエア侯爵家直属、西方魔導騎士団所属のローラント・ベルゼであります。かの“黄金騎士”のご令嬢をお守り出来ること、光栄に思います」
「ローラントさんですね? 初めまして、私はリリアナ・アースランドです、今日はよろしくお願いします」
流石にドレスは動きにくいからと、ラフな服装に着替えた二人は、監督のために騎士団から回して貰った人物と軽い自己紹介を交わす。
今まではそれほど意識したこともなかったが、こうして全く知らない人物の口から父親の二つ名を聞くと、改めてその有名人ぶりを実感し、自分のことでもないのに嬉しくなる。
思わず溢れたリリィの笑顔に、ローラントもまた釣られて表情が緩み、初対面特有の気まずさがすぐに霧散していく。
「それではお二方、失礼します」
ローラントがリリィとマリアベルの方にそっと手を置くと、《防護》の魔法が二人の体を包み込む。
これで、多少魔法が暴発しようと、怪我をせずに済むはずだ。
「ありがとうございます! それではマリアベルさん、早速やりましょう!」
「は、はい」
腕いっぱいに魔道具を抱え、中庭の中心に向かってとてとてと歩く。
周囲に人がいないことを改めて確認すると、リリィは魔道具を一旦地面に置き、中から一つだけ選んで手に取った。
「マリアベルさん、これはどんな魔道具なんですか?」
「ええと……それは一応、《水生成》の魔法を使うための魔道具です。その、完全制御術式を目指して作りました」
「完全制御ですか! いいですね、それ」
マリアベルの説明に、リリィは喜色も露に笑顔を浮かべる。
完全制御術式とは、つまり魔法陣の方で、魔法発動から終了までの制御全てを担わせる、いわば魔法のプログラムだ。
アースランド領で活用されている獣避けの魔道具のように、人の手を借りずとも自動で魔法を発動し続けるという仕組みの魔道具もこの理論を用いて作られており、制御能力に難があるリリィにとっては、まさに垂涎の技術と言える。
(二年前の戦闘でも、撃退は出来ましたけど、その時の魔法のせいで村の一部が大変なことになっちゃいましたからね……ああいう無駄な火力は、守るための力には向いてないですし、周りに被害が出ない戦い方を身に着けるためにも、この魔道具、是非とも完成させて、出来れば少しお裾分けが欲しいところです)
もちろん、頼り過ぎては制御能力が上達しないので、カタリナなどはあまり使わせたくなさそうだったが、全ては使いようだろう。
またいつ帝国が工作員を送り込んでくるか分からないのだから、少しでも早く新しい武器を見出したかった。
「ええと、正常に発動すれば、杖の先に水の塊が出来て、一定の大きさになったら地面に落ちる……はずです」
「分かりました。早速やってみましょう! ……あ、その前に、ちょっと派手に魔力出しますけど、驚かないでくださいね?」
「ふえ? あ、はい……」
ワクワクする心を落ち着けながら、ふと先に言っておかなければならないことを思い出し、マリアベルに忠告する。
ちゃんと頷きが返って来たことを確認すると、リリィは改めて自身の内側に意識を集中させた。
体の奥底に眠る魔力の枷を外し、全身から解き放つ。
「こ、この魔力は……!」
初めて感じる魔力の圧迫感に、ローラントが思わずといった様子で慄く。
むやみやたらと威圧してしまって申し訳ないのだが、魔道具の試用試験となると、かなり小刻みに魔力を注ぎ、細かい動作を確認していかなければならないので、こうして思い切り魔力を解き放っておいた方が楽なのだ。
心の中でそう謝罪するリリィだったが、ふと、その場にもう一人いる少女を見て、首を傾げる。
(あれ……? マリアベルさん、怖がってない?)
膨大な魔力を浴びれば、誰であっても多かれ少なかれ反応はある。
気弱そうなマリアベルであれば、最悪腰を抜かしてしまうかもしれないと思っていたのだが、騎士であるローラントすら動揺する中で、眉一つ動かさないというのは予想外だ。
(まあ、今はそれほど気にすることでもないですね)
この魔力制御方法を習得して以来、人のいるところでは無闇に使わないようにとカミラやカタリナから口を酸っぱくして言われ続けていたために少々神経質になっていたが、問題がないのならそれに越したことはない。
深く考えるのをやめたリリィは、壊さないように慎重に魔水晶へと魔力を注ぐ。
「魔力充填完了、異常なしです」
リリィがそう言うと、マリアベルは真剣な眼差しでメモを取る。
それを確認しつつ、リリィは作業を進めていく。
「魔水晶から魔法陣へ、魔力注入始めます」
試用試験なのだから、細かく一工程ごとに報告を入れなければならないが、やはり普段は勢いで押し通す部分を丁寧に進めるのは少々疲れる。
自分の目や耳でも、どこにも不具合がないことを確認しながら、リリィは解放した魔力が自然と霧散していくのに任せながら、魔力の制御に集中する。
「魔法陣起動確認! いきます!」
魔法陣に十分な魔力が流れ込み、光を放ち始めたのを確認すると、リリィは魔道具を持った手を勢いよく振り上げる。
『《水生成》!!』
杖の形をしたそれを振り下ろしながら、リリィは魔法名のみの単一詠唱にて発動する。
杖の先に水が生まれ、徐々に大きな塊となっていくのを見て、発動の成功を確信したリリィだったが……
「ふにゃああああ!?」
突如、足元から間欠泉の如く水が噴き出し、リリィの体が天高く巻き上げられた。
防護魔法のお陰で怪我はないにしろ、流石に何の心構えもなく上空に放り出されると恐怖に心を塗り潰されてしまう。
パニックになりながらジタバタともがいていると、不意に首根っこを何かに引っ張られた。
「ガウッ」
「あ、オウガ! ありがとうございます、助かりました」
噴水から助け出され、地面に降り立ったリリィは、早速とばかりに救世主である愛狼を撫で回す。
ふと見れば、ローラントもちゃんと落ちて来たら受け止めようとしてくれていたのか、徐々に収まっていく噴水の傍でやや所在なさげに佇んでおり、少しだけ申し訳ないことをした気分になる。
そんな彼に視線で軽くお礼を伝えておくと、改めてマリアベルの元へ歩み寄った。
「ふいぃ、失敗でしたね。何が悪かったんでしょうか?」
リリィとしては、特に何の気もない、ただ問題点を洗い出すための問いかけだったのだが、受け取った側はそうは思わなかったのか、青ざめた表情でびくりと体を震わせ、思い切り頭を下げる。
「も、申し訳ありません! 私、やっぱり全然ダメで……あの、怪我は大丈夫ですか!?」
「え? ああ、怪我ならどこもしていませんよ、ローラントさんの魔法もありましたし、オウガが受け止めてくれましたし、だから気にしないでください。こういう実験はトライ&エラー、とにかく失敗を積み重ねるのが大事です、この程度でへこたれちゃいけません!」
何だか異様に恐縮してしまっているマリアベルをそう言って励ますのだが、彼女は中々立ち直れなかった。
とはいえ、このまま落ち込んでいても仕方ないのは確かなので、ひとまず切り替えて次の魔道具を試そう、となったのだが……。
「ひやぁぁぁ!?」
風を生み出す《突風》の魔道具は、風ついでに竜巻が起こって吹き飛ばされ。
「つ、冷たいですぅ……」
冷気を生み出す《凍結》の魔道具は、大気中の水だけでなく服に残っていた水分まで凍らせて危うく氷漬けにされかけ。
「のほげ!?」
土塊を生み出す《土生成》の魔道具は、頭上から降って来た土砂によって生き埋めにされかけて。
「あちちちち!?」
明かりを灯す《灯火》の魔道具は、魔道具本体に火が付いて危うく火事になりかけたり。
そのように、とにかく不具合が頻発して、魔道具はどれも正常に発動出来なかった。
「はあ、はあ……いやー……魔道具作りって、本当に大変なんですね……」
カタリナは涼しい顔で作り上げるので、それほど難しそうには見えなかったのだが、こうして関わればその大変さが嫌でも分かる。
もちろん、完全制御術式という高度な仕組みを取り入れているのもあるのだろうが、まさか攻撃魔法どころか、平民ですら使える簡単な魔法でさえ、これほど失敗を繰り返すことになろうとは。
滲み出る疲労感から行儀悪く中庭に倒れ込んだまま、改めて母親の偉大さを実感してしみじみと呟いていると、そんなリリィの元にマリアベルがやって来た。
「あ、すみません、少し一息入れただけです、すぐに再開しますから、安心してください」
次はどの魔道具を試しますかー? と、軽い調子で体を起こすリリィ。
そんな彼女に向けて、マリアベルは震える声で告げた。
「もう……十分です。やめにしましょう」
「へ? でも、まだ試してない魔道具はたくさんありますよ?」
「いいんです、どうせ残りも、失敗しますから」
「そんなの、やってみないと分からないじゃないですか。それに、せめて何が問題なのか分かってからでないと、改善のしようも……」
「問題なら分かってます!!」
突如、それまでの様子からは想像もつかないような大声でマリアベルが叫び、リリィは面食らう。
はっとなった彼女は、肩に掛かった髪をくしゃりと握りながらそっぽを向き、一転してボソボソとした声で語り出す。
「ダメなんです……私がどれだけ頑張ったって、やっぱり魔道具の一つもちゃんと作れない……私はやっぱり、スクエア侯爵家に相応しくない人間なんです……!」
「そんなこと……」
ない、と否定したいが、少なくとも今この場において一つたりとも成功していない以上、安易な慰めなど逆効果にしかならないだろう。
何か知っているのかと、ローラントの方に視線を投げかけるリリィだったが、彼は固く口を閉ざしたまま、苦々しい表情を浮かべている。
話せば守秘義務にでも抵触するのか、あるいは単に自分の口から言っていい話題ではないと判断したのか。
「マリア、こんなところで何をしているの?」
どちらにせよ、やはり直接本人から詳しく聞くしかないと、改めて口を開きかけたリリィだったが、それより早く第三者の声が中庭に響いた。
顔を向ければ、そこにいたのは栗色の髪をショートに纏めた一人の少女。
ユリウスと同じか、やや年下だろうか? スカートではなくズボンを着用し、動きやすさを重視した騎士のような服装に身を包んだ彼女だが、その顔立ちは可愛らしいマリアベルのそれとよく似ているため、男と見間違えることはまずないだろう。
もっとも、そのブラウンの瞳が放つ氷のように冷たく鋭い視線のせいで、同じ顔から受ける印象は両者で百八十度反転してしまっているが。
「モニカお姉様……どうしてこちらに? 学園はどうされたのですか?」
マリアベルの言葉からして、どうやら二人は姉妹だったらしい。学園ということは、少なくとも十歳以上ということになる。
どうりで似ているはずだと納得したリリィだったが、その割には両者の間に漂う空気がおかしい。
困惑するリリィを余所に、モニカと呼ばれた少女はスタスタとマリアベルの元へ歩み寄っていく。
「スクエア侯爵家主催で、晩餐会を開くのでしょう? いくら学生の身とはいえ、流石に不参加というわけにもいかないわ。そのために、学園の教育スケジュールはわざわざゆとりをもって作られているのだし、活用しないと損よ。それよりも……」
チラリ、と、モニカはマリアベルやリリィの傍に置かれた魔道具へと視線を投げかけ、あからさまに溜息を吐く。
「……もう、魔道具の研究なんてやめなさいとあれほど言ったでしょう。しかも、今回は他家の子女にまでご迷惑をおかけして……いい加減諦めなさい」
「でも、私……」
「でも、じゃないわ。魔力を一切感じられないあなたに、魔法が使えるようになる日なんて来ないの。いい? 余計なことに時間を割いている暇があったら、少しでもいい家に嫁げるように、自分を磨くことを考えなさい」
「魔力を……感じられない……?」
「ええ、そうよ」
信じられない言葉に、思わず口を挟んでしまったリリィだが、モニカは特にそれを咎めることもなく、律儀に言葉を返す。
「この子は生まれつき、魔力というものを感じることが出来ないの。この大気中に漂う魔力も、自身の内側に宿る魔力も、全て。だから、魔法の発動はおろか、魔力の制御だって不可能よ」
――魔力不感症。
人や動物ならば必ず備わっているはずの、魔力を感じ取る能力が著しく低い、あるいは全くなくなってしまうという病。
生まれつき、あるいは後天的な事故によって発症し、今のところ根本的な治療法は存在しない。
あまりにも残酷な真実を前に、リリィは絶句する。
「分かったら、あなたもあまりこの子に変なことをさせないで。魔道具の研究なんて、時間の無駄だから」
「いくらなんでも、そんな言い方……!!」
あまりにも冷たい言い方に、リリィは反射的に声を上げるが……モニカが一瞬だけ見せた辛そうな表情に、その気勢も一瞬で削がれてしまった。
「……ともかく、私はまだ片付けとかあるから、もう行くわね。それじゃあ」
それだけ言って、モニカはさっさと中庭から去っていってしまう。
黙ってその後ろ姿を見送ったリリィは、ひとまずマリアベルに声をかけようとするのだが、それを遮るように彼女は頭を下げた。
「その、リリアナさん、今日は私の我儘に付き合ってくださって、ありがとうございました。……その、さようなら」
「あっ……」
言うだけ言って、マリアベルもまたその場から駆け出してしまう。
小さくなっていくその背に向けて手を伸ばすが、最後まで声をかけることは出来ず。
残されたリリィはただ一人、小さく呟いた。
「……私、余計な事しちゃったんでしょうか?」
魔道具の試用試験をしようと言い出したのは、私なのに。
結局口に出すことが出来なかったその言葉を飲み込んだリリィの傍で、オウガが慰めるように体を寄せていた。
恐らく前作と比べて一番設定が変わったモニカちゃんでした。




