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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第三章 空に憧れた少女
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第五十五話 不幸な事故

「えっ、こ、侯爵様!? す、すみません、私はリリアナ・アースランドです、以後おみしゅりおきくきゃさい!」


 予想外のタイミングで出会った大物を前に、リリィは思い切り噛んでしまう。

 ギリギリ、ドレスの裾を抓んで形だけは貴族らしい礼をしたのだが、なまじ元気の良い声だったがためにその挨拶は周囲にいる人々に余すところなく広まってしまった。

 直前のパフォーマンスのせいで人が集まっていたこともあり、渦中のリリィは痛みのせいか羞恥のせいか、顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。


「ふふ、可愛らしい挨拶だね。それに、元気が良いのはいいことだ。貴族は演説する機会も多いからね」


 慰めているのか煽っているのか判断に困る言葉を口にしながら、セヴァロニアス――セヴァンはニコニコと微笑む。

 人畜無害なその笑みを直視できないまま、リリィが顔を真っ赤にしていると……。


「閣下、ご無沙汰しております。この度は我が娘共々、お招きいただきありがとうございます」


 馬を降りたカロッゾがリリィの傍にやって来て、助け船を出すかのようにセヴァンに向かって騎士の礼を取った。

 それを受けて、セヴァンは大仰に手を広げながら満面の笑みを浮かべる。


「おお、これはアースランド卿、よくぞ来てくれた! スクエア家を代表して歓迎する。さあ、早速我が城へ赴くがいい」


「それは構いませんが……晩餐会は七日後の予定では?」


「何、私と貴殿の仲だ、多少早く遇したところで問題あるまい」


「しかし、我々としましても、まずは黒狼を安全に預けておける宿を手配しなければなりませんので」


「何を言う、その黒狼も纏めて、そなたら全員我が城に泊まれば良いではないか。旧友として、久しぶりに朝まで語り明かそう」


 オウガを理由にやんわりと断ろうとするカロッゾだったが、当のセヴァンはにこやかな顔のままとんでもないことを言い出す。

 色々と誤解を招きそうな発言に、流石にそれは、と口にするカロッゾだったが、声を潜めて続けられた彼の言葉に何も言い返せなくなった。


「かの商会と提携し、かなり派手にやっているそうではないか。よからぬ連中にちょっかいを出される危険性を考えれば、侯爵家と近しいというアピールはそなた達にとっても有益なのではないか?」


「…………」


 アースランド家はランターン商会と提携し、魔導船の共同開発を行ったのだが、その結果、たかが騎士爵の身分でありながら、王国の花形である海軍に一定の影響力を持つに至った。

 もちろん、影響力と言ってもたかが知れているのだが、軍艦の建造にはたとえ一隻でもとんでもない額の金が動くため、その存在を疎ましく思う者は少なくない。ただでさえ、戦場上がりの泥臭い成り上がり貴族だというのもそれに拍車をかけている。

 かつて戦場で肩を並べた友として、そして同じ王国西部の平和を守る同志として、純粋にカロッゾとその娘の身の安全を考えて提案してくれたセヴァンに、カロッゾは恭しく頭を下げた。


「そういうことでしたら、お世話になります」


「ふふ、そう固くなるな、礼ならそこの黒狼について色々と教えてくれればそれでよい。……特に、そこのお嬢さんとは何かと話してみたいこともあるのでね」


 そう言って唐突に水を向けられ、リリィは慌ててぴしっと姿勢を正す。

 流石にこれ以上失態は重ねられないと気張っているようだが、そのせいで却って固くなっている姿に、カロッゾは苦笑を漏らし、セヴァンは微笑ましげに表情を緩める。


「それでは皆の者、騒がせてすまなかった、また会おう」


 最後まで優雅な仕草で集まった人々にそう言って、セヴァンは踵を返す。

 バテルと二、三言やり取りをしたカロッゾもそれに続き、硬直していたリリィが慌ててオウガを連れて後を追う。

 そんなリリィの背を、集まった人々は温かい視線で見送っていた。





 スクエア領の中心には、単に領主の一家が過ごす家というだけでなく、広大な領地を治めるための政治、軍事の中心としての機能を持った大きな城が建てられている。

 領主のイメージに違わぬ白亜の城壁を見上げて思わず溜息を漏らしたリリィが城門を潜ると、まず視界に飛び込んできたのは広大な庭園だった。


「うわぁ……ひろーい……!」


 有事の際はここから軍が出発する都合か、中央は石畳で整備されたとにかく広い空間が広がっている。

 しかし、だからと言って殺風景かと言えばそうでもなく、行軍の邪魔にならないように敷地をぐるりと囲うように緑豊かな草木が植えられ、独特の解放感と雄大さを醸し出していた。

 普段は大人しいオウガも、この広々とした空間を見ては野生の本能が疼くのか、今にも走り出しそうなほどにソワソワとした雰囲気を漂わせている。


「こんなに広いと、うちのオウガでも思いっきり走り回れそうですね」


「ふふ、良かったら、少し遊んでいくかい?」


「いいんですか?」


「ああ。どちらにせよ、城の居住区画にまでその黒狼を連れ込んでは妻に怒られてしまうだろうからね。そちらの馬車を停めておく必要もあるし、案内の者を手配しよう。私はカロッゾ殿と話すことがあるから、その間はゆっくり楽しむといい」


「ありがとうございます! お父様、いいですか?」


「ああ、構わんぞ。但し、はしゃぎすぎて迷惑をかけないようにな」


「はい! 分かりました!」


 セヴァンは、近くにいた衛兵にリリィ達の案内と、カロッゾが連れていた馬の世話を頼むと、自らはカロッゾを連れて城内へと赴く。

 残されたリリィ達は、早速衛兵の案内で馬小屋の方へ足を運んだ。

 アースランド家では片手で足りるほどしか飼育していない馬が、見渡す限り数えきれない程並ぶ光景に圧倒されながら、ひとまず連れてきた馬を預けると、オウガを思い切り運動させるならどこがいいかと衛兵に尋ねる。


「はっ、そうですね、乗馬や戦闘の訓練に利用している中庭がありますので、そちらであれば問題ないかと」


 たかが騎士爵の娘であるリリィの質問にも丁寧に答える生真面目な衛兵にお礼を言いつつ、リリィはバテルと共に中庭へとやって来た。

 表の庭ほどの広さはないが、それでもアースランド家の領主館がすっぽりと収まりそうなその場所では、数人の騎士が自主訓練している以外は人がおらず、確かに好きなだけ走り回れそうだった。

 なんでも、今は休憩時間で、あまり人がいないらしい。


「さて、それじゃあオウガ、遊びましょうか」


「ガウガウッ!」


 リリィが木製のフリスビーを取り出して見せると、オウガは興奮したように尻尾をブンブンと振り回す。


「ほーら、とってこーい!」


 オウガの視界に入るように、大振りな動作でフリスビーを放る。

 それほど飛距離が出るわけでもないが、念のため誰もいない方向へと投げられたそれを見て、オウガは即座に駆け出した。


「ガウッ!!」


 その巨体からは信じられないほどの、圧倒的な加速と跳躍。

 あまりにも早いその動きに、離れた場所で見ていた騎士達からどよめきが起こる。


「ワフッ」


 空を飛んでいくフリスビーに一瞬で追いついたオウガは、器用に口でキャッチして音もなく着地した。

 魔木製でもない、ただの木で作られた薄いフリスビーなど、魔物の力で噛まれれば一瞬で砕かれそうなものだが、そこは猟犬として仕留めた獲物を不要に傷つけないように訓練を重ねてきた賜物か、噛み砕くどころか歯形の一つも付いていない。

 主人リリィと違って器用なことだ、とは、口には出さないがアースランド家全員の総意である。


「ふふ、良く出来ました」


「ワフッ!」


 戻って来たオウガを撫でて褒めてやると、嬉しそうに尻尾を振る。

 その後も何度かフリスビーを投げて遊ぶのだが、次第にリリィは難しい表情を浮かべていく。


「お嬢様、どうかなさいましたか?」


「いえ、やっぱり私の力だと、飛距離も速度も足りなくて、オウガも退屈かなーと思いまして」


「そんなことはないと思いますが……」


 尻尾が千切れそうなほど勢いよく振り回しているオウガを見て、バテルは苦笑混じりに言うのだが、リリィは納得しない。

 「そうだ」と、おもむろに呼吸を整え始めると、そのまま体内の魔力を活性化させていく。


『大地の精よ、その大いなる恩寵にて我に無双の力を与え給え。《強化ブースト》!』


 最近になって練習を重ねている、身体強化魔法。

 本来は体内で魔力を循環させて発動する魔法だが、リリィの場合は循環どころか全力で体外へ解き放っている。そうでなければ、未だに制御が追いつかないのだ。

 魔物さながらの威圧感に、周囲にいるバテルや衛兵は冷や汗を流すが、リリィは全身に漲る力の制御で忙しいため、それどころではない。

 というより、あまりにもギリギリの発動のため、戦闘行為どころか一歩でもその場を動くと魔法が解けて霧散してしまうという、“身体強化”を目的にした魔法としてはあまりにも本末転倒な状態になっているのだが、フリスビーを投げる程度なら問題はなかった。


「お嬢様、あまり無茶をなされては……」


「心配しなくても、少しなら大丈夫ですよ。よし、それじゃあオウガ、いきますよー、それ!」


 やんわりと窘めるバテルの声を聞き流しながら、リリィは魔法による強化を受け、普段の非力さが嘘のような大人顔負けの力を発揮してフリスビーをぶん投げる。

 しかし、強すぎる力を操るのが難しいというのは、何も魔法に限った話ではない。


「あっ」


 全力で投げたフリスビーは大きく狙いを逸れ、明後日の方向に飛んでいく。

 ぐんぐんと高度を上げ、空気を切り裂くようにして飛翔するそれは、城の壁目指し一直線に突き進む。

 ちょうどそこに開いていた窓に、一人の少女が顔を出していた。


「ガウッ!」


 危ない、とリリィが咄嗟に声を掛けるよりも早く、オウガが先ほどまでよりも数段力強く地面を蹴り、漆黒の風となって宙を駆ける。

 フリスビーが壁に届くよりも早くそれを口で捉えたオウガは、一つ宙返りをしながら垂直な壁に着地する。


「きゃっ……!?」


 窓のすぐ真横に突如現れたオウガに驚いたのか、少女は小さな悲鳴を上げて腰を抜かし、視界から消えてしまった。

 それを見て、リリィは顔を青くしながら大いに慌てる。


「あわわわ、今の子、大丈夫でしょうか、もしかしたら転んで怪我をしているかも……!」


「ない、とは言い切れませんが……」


 慌てふためくリリィに、バテルがつい口を滑らせる。

 実際、遠目にチラりと見えた程度なので、中でどのような状態になっているか判断のしようがない。


「私、様子を見てきます! 衛兵さん、案内お願いします!」


「ああ、いえ、それは構わないのですが、開けて貰えるかどうか……」


「開けられない状態って大変じゃないですか、急ぎましょう! オウガ、少しここで待っていてください!」


「お嬢様、落ち着いてください……お嬢様!!」


 完全に周りが見えなくなっているリリィは、バテルの制止を振り切って城の中へと向かっていった。





「こちらの部屋になります」


「分かりました!」


 衛兵に案内され、リリィは城内の一室にやって来た。

 扉の前に立ち、早速用件を告げる。


「すみません、さっき脅かしてしまったリリアナ・アースランドです。謝りたいので、開けて貰えませんか?」


 軽くノックをしながら声をかけるのだが、中から反応がない。

 首を傾げつつ、もう一度、強めにノックする。


「すみません、開けてください!」


 ドンドンッ、と扉を叩くも、やはり反応はない。

 念のため、という程度の考えでここに来たが、最悪の事態が起きているのかもしれないと、リリィの中で焦りが生まれる。


「申し訳ありません、当家のお嬢様は少々怖がりなので……」


 そんなに声を荒げると、萎縮してしまいます。

 そう続けようとした衛兵だったが、焦るリリィは最後まで聞く前に顔をサッと青ざめる。


「えぇ!? それならやっぱり、オウガに驚いて転んだ拍子に気絶しちゃったんじゃ……! 早く助けないと!!」


「えっ?」


 困惑する衛兵の声も耳に入らず、リリィは扉を開けようと手をかける。

 もしオウガに驚いて気絶してしまったのだとしたら、倒れた拍子に頭を打っているかもしれない。当たり所によっては、すぐに手当てしないと危険だ。

 一刻も早く、中で倒れている(と思い込んでいる)女の子を助けなければ。


「んー! 開かない……なら!!」


 鍵が掛かっていることを確認するなり、リリィの全身から魔力の奔流が溢れ出す。

 基本的に、この世界の物質は全て魔力を保有しているが、保有できる量には限界がある。

 限界を超えると、生物であれば魔力暴走を起こし、ただの物品であれば……。


「やっ!!」


 掛け声と同時に膨大な魔力が扉に注ぎ込まれ、ビシッ!! と大きな罅が入る。

 罅は一瞬のうちに扉全体に広がり、


 バキィィィィ!!


 大きな音を立てて、扉が砕け散った。


「……あっ、いました!!」


 呆然とするバテルと衛兵を置き去りに、リリィは部屋の中へ突入する。

 そこには確かに、一人の少女が倒れ、泡を噴いていた。


 木片をその身に被りながら。


「大丈夫ですか!? すみません私のせいで! バテルさん、手当てお願いできますか!?」


 必死に助け起こし、ぺちぺちと頬を叩くリリィを見ながら、バテルは胸中で呟いた。


(確かに、お嬢様のせいだとは思いますが……原因は先のオウガではなく、今の破壊行動のせいだと思います)


 そう思うバテルだったが、それを果たして指摘すべきかどうか……それ以前に、今この暴挙をカロッゾにどう報告するべきか。

 その大問題を前にして、呆然と頭を抱えるのだった。

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