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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第三章 空に憧れた少女
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第五十二話 兄の旅立ち

「お兄様、着替えは持ちましたか?」


「おう、持ったぞ」


「体の調子は大丈夫ですか? 長旅になりますから、少しでも体調が悪ければ延期した方が……」


「大丈夫だって、どこも悪くないよ。それに、長旅って言ったって船で一週間もないぞ?」


「お弁当たくさん作りましたから、途中で食べてくださいね? 航海病にならないように、いっぱい考えて作ったんです、好き嫌いしちゃダメですよ?」


「分かってるよ、ちゃんと食うって。ていうか、航海病? になるほど遠くまで行かないってば」


「王都に着いたらルル君によろしくお願いしますね。お兄様はただでさえ、訓練だのなんだのですぐに怪我するんですから、学園に通い出したらいっぱいお世話になるでしょうし」


「そんなことないからな!? いやまあ、ルルーシュには会いに行くけどさ」


「貴族の学園は目上の方が多いんですから、いつもみたいに乱暴な口調はダメですよ? お友達、たくさん作ってくださいね?」


「あのなリリィ? 一応俺も、父様に連れられて何度か社交界とか行ってるからそれくらい分かってるぞ? お前も知ってるだろ?」


「いっぱいお手紙書きますから……ちゃんとお返事書いてくださいね? 夏の長期休暇になったら、ちゃんと帰って来てくださいね? それからそれから……もし彼女さんが出来ても……私のこと、忘れないで……ふえぇ……!」


「ああもう、リリィのこと忘れるわけないだろ!? てか、心配し過ぎ! その長期休暇までたった三か月だろ!? 何もないっての!」


「だってだって、お兄様が三か月もいないなんて今までなかったじゃないですかぁぁぁ!!」


 びえぇぇん!! とユリウスに縋りついて泣くリリィの姿を、桟橋に集まった人々は少し困ったような、微笑ましいものを見るような優しい目で見つめる。

 リリィが兄のユリウスにべったりなことは、もはや知らなければモグリと言われるほどにアースランド領では有名な話だ。

 普段は歳の割に大人びた姿を見せるリリィも、こと家族の前では歳相応な甘えたがりなので、しばらく会えなくなるとなればこうして泣いてしまうのも無理はない。


「ほらリリィ? あまりユリウスを困らせてはダメよ?」


「お母様……」


 縋りつくリリィを、カタリナが後ろから抱き上げてそっと引き剥がす。

 リリィとしても、自分がいかに子供っぽいことをしているかは流石に自覚しているため、変に抵抗したりはしない。


「ユリウスも、一人で王都に行って頑張るのだから、リリィも私達と頑張りましょう? リリィなら出来るわよね?」


「はい……お兄様、取り乱してごめんなさい」


「いいよ、気にするなって。リリィが甘えん坊なのは今に始まったことじゃないしな」


「むぅ、その納得のされ方はなんだか釈然としないです」


 ユリウスの言葉に、ぷくっと頬を膨らませるリリィ。

 そんな妹の姿に苦笑しながら、「あ、そうだ」とユリウスは腰に差していた木剣を抜いた。


「そんなに寂しいなら、これやるよ」


「え? でもこれ……お兄様が小さい頃からずっと使ってた木剣じゃないですか」


「俺はもう、父様からちゃんとした剣も貰ったし、これからは使うこともないだろうからな。俺の代わりにリリィのこと守ってくれるように、いっぱい魔力込めておいたから、大事に持っとけよ?」


 そう言って差し出された木剣を、リリィは両手で抱えるように受け取った。

 魔力を込める、と言っても、それ自体には特に意味はない。魔木で作られた木剣は通常の木材よりも多くの魔力を溜め込めるが、それだけなら所詮ただの魔力だ。魔法を発動する力もない。

 ただ、魔力には人の意志や想いが宿るとされており……つまりは、それだけリリィの安全を祈ってくれたというわけで、意味などなくてもやはり嬉しい。

 ズシリと腕にかかる魔木特有の重さも、そこから感じるユリウスの温かな魔力の波動も、全てがリリィの心に巣食う別れの寂しさを和らげてくれる。


「……ありがとうございます、お兄様。私、お兄様の分まで、ちゃんとアースランドのみんなのこと守ってみせます、この剣で!」


「いや、それは無理だろ」


「えぇぇ!?」


 決意の言葉を一瞬で切り捨てられ、リリィはしょんぼりと項垂れる。

 そんなリリィの頭を撫でながら、ユリウスは告げた。


「元気でな、リリィ」


「お兄様こそ……ちゃんと帰って来てくださいね? みんな、待ってますから」


 その後も、ユリウスはカロッゾ、カタリナ、オウガやバテル、カミラ、ステラや他の使用人達、庭師のトーマスに、友人のコアンやトール、今や師匠同然のクルトアイズや同僚のスコッティ、ルーカス。他にも、メアやレイラを始めとした村人達と次々に言葉を交わし、別れの挨拶や激励の言葉を受け取っていく。


「それじゃあ、みんな……またな!! 俺、次に戻って来る頃には、もっともっと強くなってるから!!」


 全てが終わり、ユリウスが乗り込んだ船が、ゆっくりと川を下っていく。

 少しずつ遠ざかり、小さくなっていくユリウスに向け、リリィやアースランドの人々はいつまでも手を振り続けていた。





 ユリウスがいなくなってから、リリィはこれまで以上に鍛錬に没頭した。

 ユリウスから貰った木剣を握りしめて毎日素振りし、カミラから魔法の指導を受け、少しずつ力を付けていく。

 もちろん物理的な力以外にも、薬学や政治、経済、芸術、音楽、礼儀作法と、貴族として必要な教養も身に着けなければならないし、最近益々大きくなってきたオウガの訓練も欠かすわけにはいかない。

 七歳の体にはかなりのハードワークだが、そんなリリィを心配したルルーシュから疲労回復薬のレシピが贈られて来たこともあり、どうにか日々を乗り切っている。

 ただ、そんな日々にも限界はあるわけで……。


「お嬢様……そろそろ休みましょう」


「もう少しやらせてください」


「いえ、本当に休みましょう、もうお嬢様は限界です」


「そんなことないですよ、私は元気です」


「そういうセリフは、ご自身の書かれている文字をキチンと御覧になってからおっしゃってください」


 カミラに強い口調で言われ、リリィは改めて自分の目の前にある勉強のための用紙に視線を落とす。

 すると。


 お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄さまお兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様。


「…………」


 書いた本人でさえ軽くドン引きすることが書かれていることに気付き、そっと用紙を丸めてゴミ箱へ放り捨てる。

 しかし、捨てた紙の下から全く同じ内容の紙が出て来たことで、リリィはついに机の上に崩れ落ちた。


「寂しいお気持ちは分かりますが、ご自分を追い詰めて忘れようとする癖はそろそろ直した方がよろしいかと」


「だって……だってぇ! もう一か月なんですよ!? お兄様がいなくなってもう一か月なんですよ!! もう限界です私も王都に行きます泳いでいきます!」


「お嬢様、以前お坊ちゃま達と川で泳ごうとして溺れかけたそうではないですか、やめてください」


 机に突っ伏したまま叫ぶリリィに、カミラは困り顔で諭す。

 リリィとて、ユリウスが長期休暇になれば帰って来ることは分かっているし、それまで僅か三か月ばかり。今までも一週間やそこらならカロッゾと共に領外に出ることはあったのだから、それくらい平気だと思っていたのだが……結果は御覧の通り。

 一週間経つ頃までは問題なく(?)過ごせていたのだが、二週間経つ頃にはユリウスから貰った木刀を手放せなくなり、三週間経つ頃からは段々木刀がユリウスに見えて来たのか、時々据わった目で話しかける姿が見られるようになってきた。割と洒落にならないレベルで重症だ。


(まあ、オウガが来てからというもの、日中はほとんどお坊ちゃまと過ごしておられましたし、その分意識する時間も多いのでしょうね……)


 寝たきりだった頃はカタリナがいつも傍にいたが、最近はランターン商会との共同研究のこともあり、一緒にいられる時間は随分と限られてしまっている。

 カミラにも指導係以外の仕事があるため、やはり一日のうち一番長くリリィと一緒にいるのはユリウスだった。

 いくらもう平気だと強がっていても、やはり家族の存在はリリィの心の支え、一つ欠けるだけでも大きく精神のバランスを崩してしまう。今回の件で、それがハッキリした。


(今のお嬢様に必要なのは、そうした心の内をいつでも気兼ねなく話せる“友人”なのかもしれませんね)


 しかし、リリィ自身が自覚していたように、女である以上はいずれどこかに嫁いで家を出なければならないし、そうでなくとも三年もすれば学園に通うことになる。

 リリィに今必要なのは、そうした家族のいない環境でも、寂しさを乗り越えて生きていくためのもう一つの居場所だ。

 その意味では、この“お誘い”はリリィにとって、新しい人脈を築くためのまたとない機会だろう。そう考え、カミラはどんよりとした空気を背負っているリリィに改めて声をかける。


「ところでお嬢様、旦那様から伝言を預かっております。遠出の準備をしておくようにと」


「遠出……? 王都に行くんですか?」


「王都ではありませんが、領外という意味では正解ですね」


 カミラの言葉に、リリィはぱちくりと目を瞬かせる。

 そんなリリィに、カミラは恭しく用件を告げた。


「お隣のスクエア侯爵家から、晩餐会のお誘いが来ております。旦那様はもちろんですが、お嬢様も是非ご参加をと」


「スクエア侯爵家から……?」


 今まで一度も領外に出たことのないリリィに届いた、社交の誘い。

 春の陽気と共にやって来たその知らせに、リリィはこてりと首を傾げるのだった。

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