第四十七話 蒼を失った世界③
「っつう……あっぶねえ……!」
すぐ真後ろを通過して止まったトラックを見ながら、俺は冷や汗を流す。
あとほんの少しでも飛び出すのが遅かったら……あるいは、トラックがこっち側に寄っていれば。俺もこいつも、巻き込まれて死んでいたところだ。
「おいてめえ、無事か」
「あ……は、はい……大丈夫、です……」
俺に思い切り突き飛ばされた豊穣は手足を擦りむいていたが、幸いそれ以上の怪我はなく、ひとまずは無事と言えそうだった。
そのことにほっと息を吐きながら、俺は豊穣の体を助け起こすと。
「てめえ目ん玉ついてんのか!? 赤信号でフラフラ飛び出しやがって、死にてえのか!!」
思い切り、怒鳴り付けた。
びくりと体を震わせ、そのまま何も言わない豊穣に苛立った俺はもう一度怒鳴りそうになるが、その前にこちらへ近付いてくる足音に気付き、顔を向ける。
「君たち、大丈夫か!?」
「……ああ、ひとまずな」
「そうか、それは良かった……ひとまず、歩けるなら歩道に移動しよう、いつまでも道路の真ん中にいるのは危険だ」
今俺達を轢きそうになったトラックの運転手なのか、心底ほっとした様子のおっさんに促され、安全な場所まで移動する。
ひとまずトラックを邪魔にならないところに移動させると言っておっさんがその場を離れると、その間に俺は改めて豊穣に問いかけた。
「で? お前はこんな時間にこんな場所で何してやがったんだ?」
「特に、何も……ただ、学校にいたくなくて」
ポツポツと語られる事情を聞いてみれば、俺とほとんど同じだった。
学校にいると、どうしてもあいつのことを思い出して辛いから、こうして当てもなくフラフラしていたと。
「でも、どこに行っても、蒼君のことが頭を離れなくって……いっそ忘れたいって思っても、忘れられなくて……! こんなに辛いなら、いっそもう……!」
「死にたくなった、か?」
最後の言葉を先取りしてみれば、豊穣は少しばかり驚いた顔をして、小さく頷く。
……全く、呆れるほど見事に俺と同じ思考だな。
いや……俺以外にも、俺が想うのと同じくらい大事に想われていたあいつがすげえのか。
「そんくらいで簡単に死のうとしてんじゃねえぞ、バカ野郎が」
だが、俺はそんな自分の気持ちを棚に上げて、豊穣を責める。
それに対して、豊穣はキッと睨むような視線を向けてきやがった。
こいつにも、こんな顔が出来たんだな。
「荒田君だって同じじゃない。蒼君がいなくなってから、学校にも来ないで喧嘩ばっかりって」
「それについては反論の余地もねえな」
確かに、俺もコイツと変わらねえ。あいつがいなくなったせいで腑抜けて、また以前のような……いや、以前よりも荒んだ状態でこの一週間を過ごしてきた。
そんな風に駄々こねたって、あいつが助けに来てくれることはもうないって分かってんのに。
だが、と、俺は豊穣を睨み返す。
「もう、目を逸らすのはやめだ」
いつも俺の手を引いてくれていたあいつがいなくなって、どうしたらいいのか分からなくなった。
何が出来るのか、何をすべきなのか、何一つ。
でも……そんな簡単なこと、あいつは俺に、ずっと示し続けてくれていた。
ただ、俺が気付かなかっただけだ。目の前で、こいつが死にそうになってんのを見て、それを助けたいって願っちまって……そこまでして、ようやく気付けた。
「明日、俺は学校に行く。てめえも、今のままじゃダメだって分かってんなら、一緒に来い」
俺の言葉に、豊穣は何か言おうと口を開くが、それが何か意味を持つよりも前に、運転手のおっさんが戻ってきた。
怪我は、連絡先はと尋ねてくるおっさんに、豊穣が少し怪我してるから病院まで連れてってやってくれと頼むと、俺はそのまま家に戻る。
最後に、何か物言いたげな視線を向けてくる豊穣に、一言残して。
「今度は、俺が道を示してやる」
翌日、宣言通り学校に来た俺は、朝から体育館で全校集会があると聞かされた。
なんでも、この一週間で大分状況も落ち着いたから、改めてあいつの事故について説明するのが目的らしい。
まあ、学校側の思惑はどうあれ、俺がやろうとしてることを考えれば都合がいい。
「……であるからして……彼は……」
校長が長々と喋っちゃいるが、生徒達の雰囲気はとてつもなく暗い。
数の上ではたった一人死んだだけだが、あいつの学校内での有名人っぷりを考えれば、まあ無理もねえ。
男の癖に下手な女子よりも可愛くて、誰に対しても優しくて、少し抜けたところはあるが頑張り屋で……そんなあいつを、関わった連中はみんな好きだったんだ。
「つまり……って、君、何をしているのかね!? 元の位置に戻りなさい!」
「うっせえ、そんなダラダラ喋ってて、今のコイツらに届くかよ。俺がスパッとやってやるから、引っ込んでろ」
先公に止められても構わず、俺は校長からマイクをぶん盗る。
そのまま演台の前に立った俺は、大きく息を吸い。
「てめえら、いつまでもウジウジしてんじゃねえぞ!!」
キーーーン!! とマイクが反響し、館内にいる全員が耳を押さえる。
正直、俺も耳がいてえが、お陰で俯いてた連中も俺に気付いたみてえだし、ちょうどいい。
「あいつは確かに死んじまった……けど、あいつが残してくれた言葉は、まだちゃんと俺の中に残ってる」
そうだ、あいつはいつも俺に言ってくれていた。
俺は決して悪いヤツなんかじゃないと。こんな俺でも、誰かを助けられると。
「俺には、あいつみてえに誰かに寄り添ってやることは出来ねえ。でも、俺なりのやり方でなってやる。あいつが褒めてくれたこの手で、困ってる連中みんな助け出して、あいつがなりたがってた立派な男になってやる!!」
あいつ自身、特に元気づけようとか考えたわけじゃなく、誰にでも言っている言葉の延長でしかなかったんだろう。あいつは人を褒めることはあっても、悪口を言うところなんて一度も見たことないしな。
でも……俺にとっては、あいつの言葉だけが特別だったんだ。
「てめえらはどうなんだ!? いつまでもそんなところで立ち止まってていいのか!? そんだけ落ち込んでるんだったら、てめえらだってあいつから何かを受け取ってるはずだろ!? あいつから貰ったもんを、あいつの生きた証を、そのままてめえらの中で腐らせていいのかよ!!」
俺を止めようとしていた先公達がその手を止め、俺の話に耳を傾ける。
暗い表情で俯いてた連中も、ちったあマシな顔になってきた。よく見れば、俺のクラスの列にはちゃんと豊穣の姿もありやがる。
ちゃんと、来てたんだな。
「俺は一人でもやるぞ。てめえらがそこでウジウジしてる間に、俺は先に行く。誰よりもでっかい男になって、あいつがここにいたって証を、この世界に刻み付けてやるよ!!」
思いの丈を全てぶつけ終えて、俺は大きく息を吸う。
普段はそんなにお喋りな方じゃねえから、久しぶりに喋り過ぎて喉が痛えが、ひとまず言いてえことは言い切った。
「分かったか、クソ野郎ども」
最後にそれだけ言い捨てると、校長にマイクを押し返し、そのまま演台から降りて体育館を後にする。
これで、俺がどう思われたかは分からねえ。少しは何か感じてくれたのか、それともバカがまた騒いでるとでも思われたか。どっちにしろ、俺に出来るのはここまでだ。
そう思っていると……不意に、パチパチと音が聞こえて来た。
振り向けば、校長がわざわざ俺の押し付けたマイクを脇に挟んで、両手を打ち鳴らしてやがる。
一体何の真似かと俺が困惑しているうちに、やがてその音は教師陣からもパラパラと上がり始め、更に生徒たちにまで伝播し、気付けば体育館中に響き渡っていた。
「……チッ、やっぱ柄にもねえことするもんじゃねえな」
賛辞の籠った拍手喝采に、照れ臭くなった俺は逃げるように外へ出る。
そんな俺にも容赦なく照りつけてきた太陽に目を細め、手を翳しながら空を仰ぎ見た。
「随分と晴れたな。全く……久々だからって働きすぎだろ」
雲一つない青空の中、サンサンと輝く太陽を見て、俺はふと、あいつが死んだと聞かされた日に、神様相手に恨み言を吐きまくっていたことを思い出し、内心で呟く。
なあ、神様よ。
散々罵倒しといて、今更こんなことを言うのは虫がいいってのは分かってる。
でももし、俺がこの先死ぬまでの間に、あいつに認められるくらい立派な男になれたなら。
どうか、次に生まれ変わる時は、もう一度あいつと――
「……なんて、死んだ後のことなんて考えても仕方ねえよな」
また弱気になっていた自分に気付き、俺は苦笑を浮かべる。
こんなことで一々感傷に浸ってちゃ、立派な男なんて夢のまた夢だ。
まずは自分の力で、出来ることを一つずつ。
そうすりゃきっと、人間いつかはどんなことだって出来るようになる。
そうやって、俺達はこのクソッタレな世界で、歯ぁ食いしばって生きてくんだ。
そうだろ? 蒼――
「ん……」
アースランド領、領主館。
その一室で、ルルーシュは目を覚ました。
「……なんか、変な夢だったな」
たった今見ていた夢を思い出し、ルルーシュはそう呟く。
正直なところ、起きたばかりだというのに夢の内容はほとんど覚えておらず、ただぼんやりと、凄く悲しい出来事があったこと。それをどうにか乗り切って、最後は何やら神頼みをしていたということだけが漠然と記憶に残っている。
「ていうか、神頼みって……ここは精霊信仰の国だぞ。帝国じゃあるまいし、縁起悪い」
ランターン商会に貸し与えられていた借家が、チェバーレ帝国の工作員との交戦によって全壊してから、既に一週間の時が過ぎた。
流石にアースランド家としてもすぐに代わりの借家を用意することは難しく、また彼らが再び設計図を狙って襲って来ないとも限らないため、今度こそリリィの主張が通り、ルルーシュはここ数日ずっと領主館で寝泊まりしている。
もちろん、リリィの部屋とは別だが。
「って、もうこんなに日が高く……早く起きないと!」
窓から差し込む光から、既に日の出より相当に時間が経っていることに気付いたルルーシュは、慌ててベッドから飛び降り支度を済ませる。
襲撃の翌日に、バテルとスコッティが侯爵領から買い付けた薬を持って戻ってきたことで、最初の二日ほど慌ただしく薬作りに励む必要はなくなったのだが、だからと言って薬師としての仕事がないわけではない。
薬のチェックや維持管理、患者達の診察など、ベラ熱が流行っている中ではすることが多いため、いつまでものんびりと寝入っているわけにはいかないのだ。
幸い、この一週間の間に患者数も懸念されていたほどに増えることなく、初期の患者達も順調に回復に向かっているため、ベラ熱は問題なく終息に向かっていると言えるのだが、だからと言って油断は出来ない。
「さて、それじゃあ行こうか」
寝巻を着替え、準備を整えたルルーシュは、自分に出来ることを精一杯こなすべく、扉を開け放って部屋を飛び出していった。
演説文を書いている最中、なぜか某止まるんじゃねえぞ……の人が頭から離れませんでした(ぉぃ




