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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第二章 婚約者来訪
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第四十四話 操魔の眼、光の剣

 ルルーシュが明日の分の薬を作り終え、帰路につくことになった時、ユリウスは迷わず同行することにした。

 やはり、ただでさえ危ない夜道の中、薬作りで疲れ切った様子のルルーシュを一人で帰らせることに引け目を感じたというのが主な理由だったが……。


(それでも、これは予想外だよ!!)


 迫りくる二人の不審者を見て、ユリウスは内心で叫ぶ。

 夜道が危ない、というのはあくまで何かに躓いて転ぶだとか、野生の猪に襲われるだとか、そんな危険を想定しての話であって、まさかこんな辺鄙な村に賊が現れるなど想像もしていなかったのだ。

 完全に出遅れたルルーシュは、男の放った魔法を妨害出来なかった。


(これ、結界魔法!? 捕まった!?)


 今この時もカロッゾが使っているであろう魔法と同じものを感じるが、直接害があるわけでもないので今は無視する。

 代わりに、少年の魔法によって虚空から現れた、魔力で形作られた鎖へと意識を集中させた。


「こ、のおおおお!!」


 看病のため、肌身離さず身に着けていた《強化ブースト》の魔法が編み込まれた布に魔力を流し、身体能力を限界まで引き上げると、腰の木剣を抜き放ちながら迫りくる鎖を弾き飛ばす。

 咄嗟の動きで間に合うかは賭けだったが、ルルーシュに向かった分も含めて全て叩き落とすことが出来、ほっと息を吐く。

 しかし、その隙を突いて男が懐に飛び込んで来た。


「今のを防ぐとは思わなかったが、そこで気を抜くのはまだまだだな」


「ぐっ!?」


 男の手で襟元を掴まれたかと思えば、次の瞬間には天地が逆転する。

 地面にうつ伏せに叩きつけられ、抑えつけられる。


「ユリウス!?」


「お前も大人しくしてろよー」


「っ……!!」


 ルルーシュを守る者もいなくなり、鎖が首元に巻き付けられる。

 今は巻かれただけでなんともないが、少しでもおかしな真似をすれば絞め殺すという脅しだろう。


「くそっ、離せ!! お前ら、何者だ!!」


 抑えつけられたまま、ユリウスが叫ぶ。

 それに対して、男はフッと微笑んだ。


「無駄だ、先に張った結界魔法で音も魔力も外には漏れん」


 あまり噛み合っているとは言い難い会話だが、ユリウスは悔しげに歯を食いしばる。

 素直に答えないことは織り込み済みだったが、まさかもう一つの狙いまであっさり看破されるとは思わなかったのだ。

 それでも、何とか状況を打開するために、辛うじて動く指先でこっそりと魔法陣を描くのだが……。


「その歳でよく頭が回る。いや……諦めが悪いというべきか?」


「あぐっ!?」


 そんな指先を手ごと踏みつけられ、痛みに喘ぐ。

 ユリウスの抵抗が止んだのを見て、男は改めてルルーシュへ目を向けた。


「さて、死にたくなければその手にある物を渡して貰おうか?」


「……これが目的、なのか」


 男達の目的がはっきりして、ルルーシュは自らの手の中にある封筒に視線を落とす。

 ルルーシュ個人としては、こんなもの奪われたってどうでもいい。

 いくら父が大事にしている事業とはいえ、兵器開発などそう簡単に受け入れられるものではないし、これのせいで家族仲が余計に拗れてしまったという恨みもある。

 ただ……。


 ――ルルーシュ君の大切な人なら、私にとっても大切な人です!! だって私、ルルーシュ君のこと好きですから!!


(いや、別に大切ってわけじゃないけど。むしろ嫌いだし。ただ……こんな奴らに利用されるのは我慢ならないってだけだ)


 頭に浮かんだ言葉を否定しながら、ルルーシュは決意と共に顔を上げる。

 父の事業がどうなろうと知ったことではないが……こんな連中によって、理不尽にぶち壊しにされることだけは看過できない。

 どうせ潰すなら、もう一度しっかり話し合って、それでも納得できなかった時に、この手でやってみせる。


(そのためにも……気に入らないけど、教わった通りにやってみるか)


 今まで何度も教わってきた、商人としての心得。半ば聞き流していたそれを必死に思い出しながら、ルルーシュは人好きのする穏やかな微笑みを浮かべる。

 今この状況とは全くそぐわない、優しい光を灯した()()()に見据えられ、男の背筋に悪寒が走る。


「ねえ、なんで設計図を欲しがるの?」


 そんな男に向けて、ルルーシュは質問を投げかけた。

 魔法が付きつけられた状況で、臆した様子もなく話す姿に警戒心が募っていくが、男はそんな素振りを見せないように淡々と答える。


「さてな、俺達末端の知ることではない」


「つまり、上司がいるわけだ。ちゃんとした目的も知らされずにこんな辺境まで送り込まれるなんて、大変じゃない?」


「そうなんだよなぁ、森の中は虫だらけで鬱陶しいし、食べられるものなんて堅いパンか干し肉だけだし、寝袋があっても地面は痛いし、最悪だよ。ほんっと、あの爺ども人が下手に出てるからって偉そうに……」


「ふーん、苦労してるんだね。こんなに強いんだから、もう少し優遇したっていいのにね」


「全くだよ。でもまあ、この仕事が終われば、少しは自由に動けるようになるんだよ。だから悪いけど、そいつは貰ってくぞ」


「へえ、そうなんだ? でもそれってつまりさ、欲しいのは設計図そのものじゃなくて、手柄ってことだよね?」


「うん? まあ、そうなるな」


 男の代わりに少年の方が話に乗り、ルルーシュと言葉を交わす。

 敵対心とは無縁の可愛らしい笑顔の裏に、商人らしい腹黒い計算を伺わせながら、話の流れが看過できない方向へと流れていく。


「じゃあ、これよりもっといい手柄になりそうな話を知ってるんだけど……知りたくない?」


「マジで!? それってどんな!?」


「待て、手柄以前に、任務を達成できなければ懲罰ものだぞ。いいからさっさと設計図を奪え」


 そんな気配を感じた男は、急かすように少年へ促す。

 それを受けて、やや不服そうな表情ながらも納得した少年は、ルルーシュに近づいていく。


「……捕った」


 やがて、目の前に来た少年が、封筒へと手を伸ばした瞬間。

 ルルーシュがボソリと呟くと同時に、その首に巻き付けられていた鎖が唐突に解け。

 主であるはずの少年へ向け、反旗を翻した。


「なっ!? ぐっ!!」


 鎖は一瞬で少年を弾き飛ばし、そのまま男の方へと一直線に迫る。

 それを見て、男は舌打ちと共に腕を振り上げた。


『燃えろ!!』


 男の腕から炎が吹き上がり、鎖を飲み込んで爆発する。

 その爆音と衝撃にルルーシュは怯むが、足元にいたユリウスは、そのチャンスを逃すまいと描きかけだった魔法陣を一気に完成させた。


『《閃光フラッシュ》!!』


「ちぃ!!」


 男の目が眩み、拘束が緩んだ一瞬の隙を突いて、ユリウスは蹴りを繰り出す。

 視界が塞がった中でもそれを察知した男が飛び退いて回避し、大きく距離を取ると、それに合わせてユリウスもまた落ちていた木剣を拾い上げ、仕切り直しとばかりに構えを取った。

 そんな彼の背に向けて、ルルーシュが指示を飛ばす。


「ユリウス、十秒でいいから粘って、その間に結界を解除する」


「分かった、任せろ!」


 あまりにもあっさり頷かれたことに、指示をしたルルーシュの方が驚いて目を丸くする。

 出来るかどうかを聞くことすらなく、ただ男達を睨むユリウスの背から、痛い程その心境が伝わって来た。

 『信じてるから』、と。


「っ、本当に、兄妹揃ってバカなんだから」


 似たような態度でその身を賭けて治療に臨んだ少女を思い出し、ルルーシュは歯を食いしばしながら走り出す。

 結界の境まで到達すると、それに直接手を触れて、自身の魔力を流し込んだ。

 バチバチと火花を散らしながら、その紫の瞳でじっと虚空を見つめ、魔法を解除すべく意識を集中させる。


「結界の解除か……《解呪ディスペル》など、とても子供に扱える魔法ではない、と言いたいが……」


 そんな彼らの会話を聞いていた男はそう呟くが、あまり説得力がないことは自分でも分かっていた。

 先ほどの、少年の鎖の魔法を暴走させた技。あれが彼の仕業であるならば、魔法の制御を他人から乗っ取ったことになる。

 そんなことが出来るのならば、魔法の解除くらいは簡単なはずだ。


「おい、まだ動けるか?」


「あーいてて、誰に向かって物言ってるんだよ、余裕だっての」


 男に呼びかけられ、吹き飛ばされていた少年が体を起こす。

 咄嗟に体に巻き付けた鎖が衝撃を吸収したのだが、それでも負ってしまった傷がズキズキと痛む。

 しかし、そんな少年の目に浮かぶのは、傷つけられた怒りではなく、歓喜の色だった。


「それよりおっさん、あいつのあの“力”、俺と同じだと思うか?」


「さてな。だとしたら、結界の解除に十秒“も”かかるということはまだまだ力を持て余している証拠だ。つけ入る隙は十分にある、手早く制圧するぞ」


「了解!!」


 短いやり取りを終えると、少年は再び虚空から無数の鎖を呼び出し、ユリウスの方へと打ち放つ。

 それに対し、ユリウスは逃げることなく迎え撃った。


「でやああああ!!」


 強化魔法によって加速する思考の中、閃光のように閃く木剣が鎖を打ち砕く。

 漏れ出た魔法の残滓が光となって宙を舞い、駆け回るユリウスの残像のように光の軌跡を描き出す。

 そんなユリウスに向け、男が再び間合いを詰めた。


「ふっ!」


「うおっ!?」


 拳が唸りを上げて迫り、ユリウスが紙一重で躱す。

 いつの間に発動したのか、強化魔法で加速された拳と蹴りが次々と襲い掛かり、それが巻き起こす風が頬を撫でる度、冷や汗が流れて止まらない。


「このっ!!」


 せめて反撃をと木剣を振るうが、男は一歩下がっただけであっさりとそれを躱し、逆にその隙を突いて蹴りを叩き込まれた。

 それだけで、ユリウスの体はボールのように大きく弾き飛ばされる。


「隙あり!!」


 そこへ、少年が再び魔法を繰り出した。

 先ほどまでとは桁が違う、百にも上ろうかという鎖の群れが生み出され、そのうち半数が吹き飛ばされたユリウスへ、そしてもう半数が、頭上を越えて背後のルルーシュを襲うべく放たれる。


(くそっ、なんだあの数、防ぎきれないぞ!? どんな魔力量してんだよ!!)


 少年の魔法は、恐らくは魔法の物質化。魔力を岩や土、金属などの形ある物へ変換し、操る魔法だ。

 操作性に優れるために、細かな作業を主とする職人の間では好んで使われる魔法なのだが、魔力消費が激しく戦闘で使う者はほとんどいない。

 そんな魔法をこの規模で行使するなど、いくらなんでも出鱈目だ。あるいは、そうした膨大な魔力を制御するために、敢えてこの魔法を選んでいるのかもしれない。

 リリィもこの魔法なら制御出来たりするのかな……などと、軽い現実逃避に流れそうになる思考を、ユリウスは無理矢理現実に引き戻す。


(……これしか手はないな、やってやる!!)


 決意と共に木剣を地面に突き立て、吹き飛ぶ勢いを殺すと同時に体勢を立て直すと、思い切り空へ跳び上がる。

 鎖の群れが、自身の動きに合わせて正確に追ってきたことを確認しつつ、目指す先はルルーシュを狙っているもう一つの鎖の群れだ。


『遥かなる天空より降り注ぎし太陽の輝きよ、我が剣に集いて無双の力を与え給え』


 自身にかけられた強化魔法を解除しつつ、ユリウスは意識を集中させる。

 この魔法は、他の魔法と並行して発動できるほど簡単な魔法ではない。少なくとも、今のユリウスには不可能だった。

 今日一日、薬作りのために魔力を提供し続けたため、これを放てばほぼ完全に枯渇してしまうだろうが……ルルーシュを守り切るためには、これしかない。


『光は天恵。闇を切り裂き破滅をもたらす聖なる雷。大地を砕き、嵐を生み、全てを穿つ豪雨をもたらせ』


 思い出すのは半年前、この魔法を使って自分と妹の危機を救ってくれた父の背中。

 まだそこに追いつくにはあまりにも遠いが、今この瞬間だけは、その力の一端だけでもこの身に宿れと全身の魔力を奮い立たせる。


 今度こそ、妹の笑顔を守ると誓ったこの剣に賭けて、妹の大切な人を守るために。


『偉大なる破壊者、赤のヴォルテの名において、今ここに創世のつるぎを振り下ろさん!!』


 光がユリウスの体を包み込み、全身を駆け巡りながら木剣へと流れ込む。

 制御の甘さから時折火花が散るが、それでもユリウスは集中を切らさず、握りしめたそれをゆっくりと振りかぶる。


『《光刃断絶シャインスラッシュ》ーー!!』


 黒き木剣を全力で振り抜き、それに合わせて生じた光の奔流が鎖の群れを飲み込んでいく。

 カロッゾの放ったそれと比べれば、光の大きさも威力さえも、足元にも及ばないが、目の前の五十を超える鎖を消し飛ばすには十分だ。

 魔力の残滓だけ残して砕け散ったそれらの破片を見届けたユリウスは、ほっと息を吐き……直後、無数の鎖がその体に叩きつけられた。


「かっ、はっ……!!」


 ユリウスの口から、血が零れる。

 強化魔法さえかかっていれば、子供が大の大人に殴られても擦り傷程度でやり過ごせるほどに体が頑丈になるのだが、今は《光刃断絶シャインスラッシュ》のためにそれを解いてしまっていたため、完全な生身だ。魔力で作られた偽物とはいえ、金属で殴打されて無傷では済まない。


「ユリウス!?」


 ルルーシュの悲痛な叫び声が聞こえ、遠のく意識の中で目を向ければ、ちょうど結界の解除が終わったのか、周囲を覆っていた魔力の障壁が音を立てて割れていくのが見えた。

 これで、領主館にいるカロッゾ達にもこの異常事態が伝わるし、ルルーシュが逃げ出すことも出来るだろう。


(せめて……最後に、もう、一発……)


 地面に向けて落下する中、気力だけで搾りカスしか残っていない魔力を何とか練り上げ、掌に集中させる。

 結界が消えても、隙を作らなければルルーシュが逃げることは出来ないし、それを作り出すには自分の力が必要だ。


『光の、精よ……その、眩き、輝きで……ぐっ、げほっ!!』


 しかし、ユリウスの体はそんな想いには答えられなかった。

 吐血によって詠唱が途切れ、せっかく高めた魔力が霧散する。

 その時にはもう、地面に激突するまで時間が残されていなかった。


「ちく……しょお……」


 また、守れなかった……。

 そう呟いて、迫りくる地面を前に目を閉じたユリウスだったが――


「……あれ……?」


 待ち構えていた衝撃の代わりに、服が何かに引っかかったかのような反動を受けながら、途中で体が制止した。

 ゆっくりと地面に降ろされる感触に、痛みを堪えながら目を開けると、そこにいたのは漆黒の魔物。


「オウガ……? ってことは……」


 領主館にいるはずのペットの姿に困惑していると、その背から一人の人物が飛び降りて来た。

 小さな体に、艶やかな黒い髪をなびかせるその姿は、紛れもないユリウスの最愛の妹。


「リリィ……どうして、ここに……」


 ぞっとするほど表情が消えたリリィを見て、その疑問を口にしたのを最後に。

 ユリウスの体は限界を迎え、意識が闇の底へと沈んでいった。

この作品の主人公誰だっけ……(ぉぃ

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