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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第一章 新しい居場所
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第四話 お勉強

 何をするにも、まずは文字の読み書きを覚える必要があると痛感したリリィは、それを教えて貰うところから始めることにした。

 話すだけなら既に出来るようになっていたし、そう時間はかからないだろう……と高を括っていたリリィだが、そうは問屋が卸さない。

 文字の種類、それぞれに対応する発音やイントネーションの違い、単純な書き順から文法に至るまで。それまで無意識に使っていた言葉を、きちんとした形で理解し直す作業は、一朝一夕で出来る物ではないのだ。しかも、貿易によっていくつもの文化が入り混じって発展してきた歴史のせいか、同じ単語に複数の意味や読み方があったりするのだから性質が悪い。

 それでも、幼児らしからぬ集中力の高さもあって、四歳になる頃には読み書きに関してはほぼ完璧に習得することが出来ていた。


「魔を統べし邪悪なる王現れし時、数多の生命が魔性に堕ち、世界の全ては闇に包まれた。されど、聖なる王この地上に降り立ちて、闇を払い、邪悪を討ち、自らを糧とし世界を再び安息と恵みの光で包み込む。その光の名を精霊。我らを守り、加護を与え、導き、時に罰する、聖なる王の分身である……」


 今もまた、書斎に置かれていた本の一つを音読しながら紙に書き写し、一ページ分が終わったらまた次のページを同じように音読と共に書き写す。そんな気の遠くなるような練習を、一生懸命に取り組んでいる。

 写しているのは、このストランド王国の国教に定められている精霊教の教典。その中に記された、古の魔王と精霊王との決戦を描いた部分だ。


 目に見えないだけで、この世界には数多の精霊達がおり、人々を見守っている。だからこそ常に自らを律し、善行に励むべし、というのが精霊教の主な教えであり、魔法という超常の力の存在も相まって、ストランド王国内に限らず、大陸中に信徒がいる。

 宗教観の薄い現代日本で生活していたリリィとしても、「お天道様が見ているから悪いことをしてはダメ」というのは子供の頃からよく言い聞かされていたため、「精霊が見ているから善行に励もう」という教えは受け入れやすく、そこそこ気に入っていた。


「お嬢様、そろそろ休憩にしましょうか」


「あ……はい、分かりました」


 だからというわけではないが、リリィは一度集中し始めると、自分では中々休もうとしない。

 そのため、カタリナの代わりにリリィの教育係に任命されたカミラの役目は、もっぱらリリィが根を詰め過ぎないよう、監督することになっている。

 休憩を促され、羽ペンを置いたリリィは、椅子の隣に置かれた台座を踏み台にして降りていく。

 勉強熱心な姿はとても四歳児とは思えないリリィだが、体の方はむしろ成長が遅く、かなり小さい。

 そのため、体格に合う机や椅子があるはずもなく、結果として、椅子から上り下りするためにもこうした小道具が必要だった。


「いつもすみません、カミラさん。忙しいのに、私なんかのために時間を頂いて」


「いえ、これも私の仕事ですから、お気遣いなく。むしろ、お嬢様が優秀でいらっしゃる分、楽が出来ております」


 カミラの言葉はお世辞ではなく、本心からのものだ。

 リリィの場合、三歳になる頃までほとんど寝たきりに近い生活を送り、勉強どころか日常生活もままならなかったというのに、そこから僅か一年で読み書きを覚え、こうして難しい教典すら難なく読めるレベルに達している。

 たとえ親バカの両親でなくとも、誰もが天才と称することは間違いないだろう。

 しかし、その理由が前世の記憶にあると理解しているリリィは、照れながらも更なる意欲を滾らせる。


「えへへ、ありがとうございます。でも、これじゃあ全然足りないです。もっと頑張って、早くお父様のお役に立たないと」


 今のままでは、ただ庇護して貰うばかりの穀潰しだ。

 それではいけないと、リリィは自身の心に刻む。


「……お嬢様、そのように焦る必要はないと思いますよ? まだ幼いのですから、ゆっくり成長していけばいいのです」


「それは、そうかもしれませんけど……でも、頑張ることは悪いことじゃありませんから、心配しなくても大丈夫です! あ、カミラさんがお忙しい時は、無理しなくていいですからね? 私のことは後回しでいいです」


「いえ、そういうわけには……」


 なおも言葉を続けようとしたカミラだったが、ちょうど部屋にノックの音が響く。

 仕方なく、喉元まで出かかっていた言葉を飲み込むと、カミラはリリィから離れ、扉を開けた。


「リリィ、頑張ってる?」


「あ、お母様!」


 入って来たカタリナの姿を見て、リリィは一目散に駆けだした。

 カタリナもまたその場で膝立ちになり、駆け寄って来たリリィを抱き止める。


「奥様、お疲れ様です。お嬢様のことでしたら、とても熱心に勉強されていましたよ。ちょうど休憩にしましょうと話していたところです」


 カタリナの胸に飛び込むのに夢中で、質問されたことに全く気が付いていない様子のリリィに代わって、カミラが質問に答えながら、今の今までリリィが文字の練習に使っていた紙を差し出す。

 それを受け取ったカタリナは、そこに書かれた文章を見て目を丸くした。


「あらリリィ、凄く字が上手になったわね。もう、カロッゾより上手かも」


「えへへ、ありがとうございます。でも、お父様より上手は褒め過ぎですよ」


 四歳児が書いたとは思えないほどに綺麗なその字に、カタリナは手放しに称賛する。

 果たしてどれほど書き続けたのか、積み上がった紙の束を見て、カタリナは愛おしそうにリリィの頭を撫でた。


「そんなことないわ。カロッゾが見ても、絶対同じことを言うはずよ。そうだ、せっかくだから、一緒に見せに行く?」


「ええと、それなら、そろそろお父様にお茶を淹れてあげようと思っていたので、そのついでに」


 リリィの言葉に、カタリナは益々頬を緩める。

 初めてカロッゾの執務室にお茶を運んで以来、リリィは勉強の合間に、カロッゾにお茶の差し入れをするのが日課となっていた。

 勉強を見て貰うばかりで何もしないのは主義に反すると、何とか自力でお茶を淹れて運んでいるのだが、こちらはまだまだお世辞にも上手いとは言い難い腕前だ。

 もっとも、そんな拙い腕で一生懸命淹れられた不出来なお茶も、それはそれで微笑ましくていい物だと、カロッゾには大変好評だが。


「分かったわ、それじゃあ行きましょうか。多分今頃、ユリウスと鍛錬しているでしょうから」


「お兄様もいるんですか? じゃあ、お兄様の分も用意します!」


 ユリウス・アースランドは、リリィより三歳年上の兄だ。

 やんちゃ盛りで、机に向かって勉強するくらいならば、剣を振り回している方が好きだと言ってはばからないその性格は、実に年頃の男の子らしいと、リリィとしてはとても微笑ましく思っていた。

 カロッゾとカタリナ以外にはまだ自身の淹れたお茶は飲んで貰ったことがなく、基本的に二人はリリィに甘いため、これが初めての客観的な評価となる。気合いを入れて用意した。


 そうしてやって来た、領主館の裏手。正面から門をくぐって訪れた客からは死角となるそこには、洗濯物を干す場所や馬小屋、薬草として利用されるハーブの栽培地の他に、カロッゾが鍛錬に用いるため、そこそこの広さを持つ殺風景な広場が用意されている。


「てやぁ!」


「どうしたユリウス、剣に振り回されているぞ。もっと腰を入れろ!」


 そこで木剣を手に打ち合う、一組の親子。

 片や、小さな体で一生懸命に木剣を振り回し、やや足元がふらついているユリウスと、そんな息子を前に柔らかな表情を向け、口調だけは厳しくアドバイスを飛ばすカロッゾの二人は、体格の違いを抜きにすれば、見た目や纏う雰囲気はよく似ていた。

 共に黄金のように輝く金色の髪と瞳を持ち、その顔立ちは女性であれば誰もが見惚れてしまうほど整っている。

 もっとも、カロッゾには既にカタリナという伴侶がいるし、ユリウスの方は歳が歳なのでまだまだ凛々しさより可愛らしさが勝っているのだが。


「あなた、ユリウス、お茶が入りましたよ。少し休憩にしたら?」


 そんな二人に対し、カタリナが声をかける。

 それに気付いて、カロッゾが構えを解いて向き直るも、ユリウスの方は止まることなく、ニヤリと悪戯小僧特有の笑みを浮かべる。


「あっ」


「隙あり!」


 気付いたリリィが声を上げるも、それよりも早くユリウスが木剣を突き出し、カロッゾを襲う。

 しかし、そんな不意の一撃はあっさりとカロッゾに弾かれ、逆にその脳天に木剣を叩き込まれる。


「いっでぇ!?」


「狙いは悪くないが、不意打ちをするなら気付かれないように静かにやるんだな。声を出してるようじゃ、これから打ち込むぞとわざわざ教えるようなものだ」


「くそぉ……今日こそは一本取れると思ったのに」


「お兄様! 大丈夫ですか?」


 刃を持たない木剣とは言え、それで頭を殴られれば死ぬことだってある。

 地面に突っ伏した兄を見て、慌てて駆け寄るリリィだったが、ちゃんと手加減されていたようで、ユリウスはそれほど堪えた様子もなくすぐに体を起こした。


「平気平気! それより、お茶あるんだろ? 俺にもくれよ」


「あ、はい! お兄様、どうぞです」


 カミラからコップを受け取り、それをそのままユリウスへと差し出すリリィ。

 受け取ったユリウスは、小さくお礼を言ってから口を付け……その表情を僅かに顰めさせた。


「なんか、いつもより不味い気がする」


「あう」


 子供らしい容赦ない指摘に、リリィはがっくりと肩を落とす。

 少しは上達したと思っていたが、やはりこんな子供でも分かる程度にはまだまだだったらしい。


「こらユリウス、あまりそういうことを言うんじゃない」


「いえ、大丈夫ですお父様、未熟なのは最初から分かっていますから。でも私だって、すぐに皆さんを唸らせるような、美味しいお茶を淹れられるようになってみせます!」


 窘めようとするカロッゾの言葉を遮って、すぐにやる気を漲らせるリリィに、ユリウスは驚いたように目を丸くする。


「えっ、これリリィが淹れたのか?」


「はい! えっと、普段はともかく、疲れてる時はお母様に淹れて貰うべきでしたね、すみません」


 少しでも出来ることをしようと、可能な限り自分で淹れるようにしていたが、もう少し時と場合を考えるべきだったかもしれない。

 そう思い謝るリリィの頭を、ユリウスはわしわしと、少々乱暴に撫で回す。


「まっ、リリィはまだちっこいからな、これから頑張ればいいさ」


「はい、ありがとうございます!」


 にかっと快活な笑みを浮かべるユリウスに釣られ、リリィもまた乱れた髪も気にせず朗らかに笑う。

 そんな仲睦まじい兄妹の様子を、両親は微笑ましそうに見守っているが、カミラはリリィだけでなくユリウスの教育係も兼任しているため、その発言にジトリとした視線を送る。


「お坊ちゃま、頑張れというのなら、お坊ちゃまもしっかりと勉学に励んで貰わねば困ります。お嬢様はもう文字の読み書きを習得されましたし、このままだと追いつかれてしまいますよ?」


「別にそれくらい、俺だってすぐに覚えたし、へーきへーき」


 父親との鍛錬を別にすれば、普段から勉強を嫌って逃げ回っているのがユリウスだ。ここぞとばかりに苦言を呈すカミラだったが、そう簡単に頷くようなら苦労はしていない。カミラがこの一年で大分アースランド家に染まって来たように、ユリウスもまたカミラのお小言には慣れているのだ。

 反論するユリウスに、しかし予想外のところから援護射撃が飛んできた。


「あらユリウス、それじゃあ、あなたもこんな風に、教典を綺麗に書き写した上で音読も出来るのかしら?」


 浮かべていた微笑を、相手の反応を面白がるような悪戯っぽいものへと変え、カタリナは手に持っていた紙をユリウスに差し出す。

 そこにびっしりと書かれたリリィの字を見て、ユリウスは視線を彷徨わせた。


「こ、これくらい何てことないし……」


「ならば実際に書いて、読めるかどうか試してみましょう。出来ない場合は、しばらく外出禁止ということでいかがでしょうか?」


「えぇ!? そんなの横暴だ! それに俺、ほら、まだ剣の鍛錬だって終わってないし!」


 カミラの無情なる宣告に、ユリウスは助けを求め、父親に縋るような視線を送る。

 しかし、当のカロッゾはと言えば、いつにも増して落ち着かない様子で、息子からそっと目を逸らした。


「まあ、なんだ。俺も仕事が溜まっていたことを思い出したから、今日のところはこれまでだな。ユリウス、勉強頑張れよ!」


「えーっ!?」


 まさかの裏切りに、ユリウスはようやく、自分に逃げ場がないことを悟る。

 いかにも不服ですと言わんばかりに頬を膨らませるユリウスの手を、今度はリリィが優しく手に取った。


「私も一緒にお勉強しますから、頑張りましょう?」


「けどさぁ……」


「もしお勉強頑張ったら、今晩のおかず、私のソーセージとお兄様のニンジンを交換してあげてもいいですよ?」


「えっ、いいのか!?」


「はい、私はお肉より野菜の方が好きですから」


「やった! 約束だぞリリィ!」


 好物で釣るというありきたりな作戦によって、あっさりとやる気を漲らせるユリウスの様子に、カミラとカタリナはやれやれと溜息を零す。

 食べ物の交換などといった行為は、テーブルマナーの観点から言って本来は良くないのだが、ユリウスと違って食の細いリリィが、どちらかというと野菜を好んでいるというのは事実であるし、何よりマナーを理由にそれを咎め、せっかくやる気を出したところに水を差すのもよろしくない。

 誰か客人が来るわけでもない、完全にプライベートな夕食なのだし、一日くらい目を瞑っても構わないだろう。


 そう内心で判断を下した二人に対し、リリィはユリウスに気付かれないように、こっそりと視線で謝罪する。

 基本的に部屋に閉じこもっていたリリィと違い、活発なユリウスは外で遊んでいることが多い。

 そのせいで、二人は生まれてこの方一緒に何かをしたことなど全くなかったため、出来ることならこの機会にもっと仲良くなりたかったのだ。


 申し訳なさそうなリリィの視線に、カタリナもまたそんな気持ちを察したのか。柔らかく微笑んで頷きを返し、隣に立つカミラへと視線を投げた。


「それではお二人とも、行きましょうか」


「「はい!」」


 カタリナの視線を受けたカミラは、元気よく返事を唱和させるリリィとユリウスを連れ、子供部屋へと戻る。

 そんな彼女達を見送ると、残されたカタリナは、未だに複雑な表情を浮かべるカロッゾの下へと歩み寄った。


「ふふ、あなた、どうしたの?」


 何を気にしているか、既に分かり切っているだろうに、それでも尚そうして尋ねてくるカタリナの悪戯っ子のような表情に、カロッゾは小さく溜息を吐く。


「……リリィの字、綺麗だったな」


「ええ。父親として、あなたも負けていられないわね?」


「全くだよ」


 ユリウスに似て……いや、この場合はユリウスこそがカロッゾに似たと言うべきか。彼もまた、子供の頃は剣ばかりに傾倒し、勉強からは逃げ回っていた過去を持つ。

 筆跡というのは、子供の頃についた癖が中々抜けないものだ。カロッゾもその例に漏れず、汚い字をそのままにしておいた結果、今になってバテルにあれこれと怒られることが多く、地味に苦労していたりする。

 しかし……父親として、四歳の娘に字の綺麗さで負けているというのは、流石に面目が立たない。

 俺も少しは、字の練習をするべきだろうか……。

 そんなことを考えながら、カロッゾもまたカタリナに連れられ、自らの執務室へと向かって歩き出すのだった。

ちなみに作者は字がヘッタクソです。学生時代に使っていたノートは、同級生にアカシックレコードだのヒエログリフだの言われていました(;^ω^)

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[一言] をー、思わぬところに同類が。 私の場合は楔形文字といわれてました。
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