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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第二章 婚約者来訪
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第三十七話 ルルーシュの気遣い

 ベラ熱の流行が確認され、身分も老若男女も関係なく大騒ぎとなったアースランド領。

 その騒乱の中心はどこかと言えば、やはり領主館の敷地内に存在する離れ。現在は病棟として一般開放されているその場所だろう。

 多くの患者が収容されているそこには、力仕事がひと段落したことでクルトアイズから許可を貰い、看病に参加するユリウスの姿もあった。


「メア、薬の時間だぞ」


「うー……おくすりにがーい……けほっ、けほっ」


「我慢しろよー、飲まなきゃ治らないぞ」


 嫌がる幼子に、お湯で煎じた薬を飲ませていく。

 薬草の類を混ぜ合わせて作った薬はかなり苦いので、子供には中々辛い飲み物なのだが、病で弱った体では大して抵抗も出来ず、顔を顰めつつも飲まされている。

 いつもは明るい笑顔で外をはしゃぎ回るような子が、今は苦しさから泣き喚く気力すらないという現実が、ユリウスの表情に暗い影を落としていた。


「よく頑張ったな、偉いぞメア」


 それでも、今一番辛いのは苦しんでいる患者達であって、自分ではない。

 そう自らに言い聞かせ、精一杯微笑みかけながら、ユリウスはメアの頭を撫でる。


「……やっぱり兄妹だね、君ら」


 その時、不意に後ろから聞こえた声に、ユリウスは驚いて振り返った。


「ルルーシュ! お前、なんでここにいるんだよ、子供は入るなって言われてるだろ」


「食事が出来たから、呼びに来ただけだよ。それに、僕だって一応薬師……見習いだよ? 出入りの許可は貰ってる」


 リリアナの作った予防グッズもあるしね、と口を覆うマスクを指しながら言うルルーシュに、ユリウスは呆れ顔を浮かべた。

 確かにマスクは予防になるが、それだけで絶対に病気にならなくなるようなものではないと、事前にリリィから説明はされている。ルルーシュもそれは同じはずなのだが、それはあまり気にしていないらしい。

 そのまま横たわるメアの傍までやって来たルルーシュは、小さく詠唱を唱える。


『光の精よ、我が道を照らし給え。《灯火トーチ》』


 ポッ、と指先で灯った小さな光が、明滅を繰り返しながら自由に宙を舞う。

 それを見て、メアはその表情をほんの僅かに緩めた。


「あ……ホタルさんだー……」


 ふわふわと飛び回る光を追いかけて手を伸ばし、しばし病気の辛さを忘れて笑顔を浮かべるメアの姿に、ユリウスもほっと息を吐く。


「ありがとなルルーシュ」


「別に、リリアナが子供をあやすのにこうしてたって聞いたから、やってみただけだよ」


 ユリウスのお礼に素気なく返しながらも、ルルーシュのメアを見る表情は柔らかい。

 手を伸ばすことも億劫なのか、やがて咳と共に力尽きたようにトサリと布団の上に腕を投げ出したメアの頭をそっと撫でながら、ルルーシュは初めて見せる優しい声色で話しかける。


「もうすぐ、リリアナが作ってくれた美味しい料理が食べられるから、頑張って」


「リリさまがつくったおりょうり……? わあ、たのしみー……」


 えへへ……と力なく笑うメアに微笑み返しながら、ルルーシュはそっと手を離す。

 顔を上げると、ちょうどこちらを不思議そうな表情で見つめていたユリウスと目が合った。


「……何?」


「いや、お前もそんな顔するんだなって」


 「普段からそんな風に笑ってりゃ可愛げもあるのに」と呟くユリウスに、ルルーシュは「大きなお世話だ」とぶっきらぼうに返す。

 そんな素っ気ない態度も、照れているのだと思えば少しは可愛げもあるかと思い、ニヤニヤとした笑みを浮かべるユリウスに、ルルーシュはぷいとそっぽを向く。


「少し、父さんの顔も見て来るよ」


 誤魔化すようにそう言ったルルーシュは、他の患者と同様にこの離れに収容されたマカロフの傍へと移動した。

 普段の商人らしい笑顔も、時折見せる父親らしい厳しい表情も見せず、浅い呼吸を繰り返しながら苦しげに横たわる父の姿に、ルルーシュは思わず表情を歪める。


「ルル、か……見舞いなど、必要ないというのに……だが、せっかく来たのならちょうどいい。借家にある、私の部屋の机に、出しっぱなしになっている書類があるはずだ。中身は見ないように、片付けて、鍵をかけておいてくれ……ゲホッ、ゲホッ!」


「こんな時まで仕事の話? 今は体を治すことに集中しなよ」


「そういうわけにも、いかん……あれは、商会の……お前の、将来のために……うっ、ゲホッ、ゴホッ!」


「分かった、分かったから、もう喋らないで」


「……頼んだぞ」


 よほど普段から無理を重ねていたのか、患者達の中でもとりわけ状態が悪そうなマカロフの様子に、ルルーシュは益々表情を曇らせながらも立ち上がる。


「ユリ坊、先に飯行ってきな」


 悲しげなルルーシュに、なんと声をかけたものかと悩むユリウスに、近くで他の患者に薬を飲ませていたクルトアイズがそう言った。


「クルトアイズ、けど……」


「ユリ坊も今日は働き詰めで休んでねえでしょう? どうせこいつらに飯を食わすのは少し間を置かねえといけねえですし、今のうちに休んでくだせえ。後のことはこっちでやりやす」


 ゆっくり諭されたユリウスは、渋々と言った様子で頷く。


「ユリウスさま、おねえちゃんも、いっちゃうの……?」


「また後で来るよ、だからメアもいい子で待ってな」


「僕も、後でご飯届けに来るから。あまり一緒にはいられないけど、ちゃんと食べなよ?」


「うん……」


 病人相手に一々性別を訂正する気はないのか、温和な声で話すルルーシュに、メアは悲しげな表情で頷く。

 ユリウスはそんなメアの頭をもう一度撫でると、ルルーシュと一緒に離れを後にした。

 手洗いうがいを済ませ、炊き出しが行われている主庭へと向かう途中、ユリウスは浮かない表情をしているルルーシュに意を決して話しかける。


「マカロフさん、いつもあんな感じなのか?」


「そうだね、あんな風に取り繕う余裕もないくらい弱ってるところを見るのは初めてだけど、いつもいつも仕事仕事ってそればっかり。母さんや僕が何言っても聞きやしないんだ。挙句、病気にも気付かずにこんなことに……本当に、これだから父さんは」


 苛立ちを滲ませながら吐き捨てるように言うルルーシュに、ユリウスは「ふーん」と何やら納得したように頷く。


「心配なんだな、マカロフさんのこと」


「……は? いや、心配っていうか、母さんにあれだけ心配かけておいて、全然気にしてない父さんが腹立つっていうか……」


「気持ちは分かるよ、リリィも結構似たようなとこあるからな」


 なんでもかんでも背負い込み、一人で苦しんで、どうしようもなくなり破綻する寸前までそんな素振りすら見せようとしない。

 つい半年前にあった出来事を簡単について語るユリウスを見つめながら、ルルーシュは黙って聞いていた。


「ほんと、なんでああも背負い込むかな、ちゃんと俺らを頼ってくれればいいのに」


 最後にそう言ってユリウスが話を締めるが、ルルーシュは何も言わない。

 気になってユリウスが振り向くと、ルルーシュはこれ見よがしに大きく溜息を吐いて見せた。


「ほんっと……似てるよ、君達兄妹」


「そういえば、さっきも言ってたな、それ。そんなに似てるか?」


 ルルーシュの言葉に、ユリウスは首を傾げる。

 二人は兄妹だが、ユリウスが父親似、リリィが母親似とはっきり分かれていることもあって、見た目はそれほど似ていない。

 しかし、そうではないとルルーシュは首を横に振る。


「見た目の話じゃないよ。そうやって、自分では自覚しないうちに無理して、わざわざ人のために笑いかけるところがそっくりだって言ってるんだよ」


 ルルーシュと初めて会った時、リリィは自分の中にある複雑な思いを隠して笑いかけていた。

 あの時はつい噛み付いてしまったが、今ならあの笑顔が、警戒心を剥き出しにして縮こまっていたルルーシュを落ち着かせるために、無理をして浮かべてくれていたものだと分かる。

 そして、リリィ自身には無理をしている自覚すらなかったのだろう。現にユリウスもまた、ルルーシュの言葉に「そんな無理してるつもりないけどなぁ」と呟いて頭を掻いている。


「気付いてないみたいだから言っておくけど、お前、結構魔力が枯渇しかかってるよ。もしあのまま続けてたら、近いうちに魔力欠乏で倒れてたからね?」


「えっ、マジで?」


 やはり自分の状態もよく分かっていなかったらしいユリウスに、ルルーシュはまたも溜息を吐く。

 魔法を覚えてさほど時間の経っていない子供には、自分の魔力限界が分からないというのはよくある話なのだが、本当に倒れる寸前まで自覚がないというのは少々鈍すぎる。

 一体どれだけ看病に集中していたんだと、ルルーシュは呆れ顔だ。


「まだ死人が出てないから、危機感が薄いのかもしれないけどさ……ベラ熱は本当に油断してると危ないんだ。自分の体調にはちゃんと注意しなよ。ほんっと、君ら見てると苛々する……」


 不機嫌そうに吐き捨て、一人先へ行こうとするルルーシュだったが、そんな自分をユリウスがどこか微笑ましそうに見つめていることに気付き、怪訝そうに眉を顰める。

 何か言いたいことでもあるのかと視線で問いかける彼に対し、ユリウスは頬を緩めながら口を開く。


「ルルーシュってさ、思ってたよりいい奴だよな」


「……今のやり取りのどこにそんな要素があったのさ」


「いや、だってさ、苛々するなんて言いながら何だかんだ気にかけてくれてるし、さっきもメアのこと励ましてくれたし」


「別に、気紛れだよ」


 あくまでぶっきらぼうな態度を崩さず、ルルーシュはスタスタと歩いていく。

 その後ろをニヤニヤと笑いながら追いかけていると、前からパタパタと駆け寄る小さな足音が聞こえてきた。


「お兄様、ルルーシュ君! 何してるんですか?」


「別に何も? ルルーシュは思ったよりいい奴だなって話してただけ」


「そんな話してないだろ、適当言うな!」


「ああ、お兄様もやっと気付いてくれましたか! そうなんですよ、ルルーシュ君はちょっと不器用で素直になれないだけで、根はとってもいい子なんです!」


「無視するな! ていうか、リリアナまでそんな風に思ってたの!?」


 わいわいぎゃあぎゃあと、子供らしく一通り騒ぎ終えれば、リリィは二人を連れて改めて炊き出し会場へとやって来る。

 いざという時は村人全員を招き入れ、避難所として機能させることを目的として作られた広い主庭には現在いくつものテーブルが並べられ、中央には湯気を立てる大きな鍋が設置されていた。

 そこで給仕をしていたステラに話しかけ、ユリウスとルルーシュ、そしてついでにリリィの分もよそって貰うと、三人は適当なテーブルに着く。

 そして、改めて現状についての情報共有が始まった。


「それでお兄様、離れの……みんなの様子はどうですか?」


「ああ、みんな辛そうだったけど……薬も飲めないほど弱ったやつはまだいないから、そこは安心していいぞ。母様やルルーシュの薬のお陰だな」


「そうですか……なら一安心ですね」


 突然流行り出した疫病ということもあり、初動で少しドタバタしてしまったのが気がかりだったが、今のところは重症化する者も出ていないらしいと聞き、リリィはほっと胸を撫で降ろす。

 しかし、褒められたルルーシュはと言えば素直に喜べないのか、照れたようにそっぽを向きながら否定の言葉を紡ぐ。


「僕はただ少し手伝ってるだけだから、大したことない。それに、ベラ熱はまだこれからだよ。今は薬で症状を抑えてるだけなんだから、油断してるとすぐに悪化していくし」


「……そうですね。まだ一日目ですし、油断せず、気合入れていきましょう!」


 釘を刺されたことで、浮ついた気持ちも一瞬で消え、胸の前でぐっと拳を握りしめる。

 そんな妹の可愛らしい仕草にほっこりとしていたユリウスは、ふと思い出したことをリリィに伝えようと再度口を開いた。


「そういえばさ、メアがかなり寂しがってたんだよ。レイラさんが離れの中に入れないから仕方ないんだけど、俺達が外に出る時も泣きそうな顔しててさ、何とかしてやれないかな」


「メアちゃんですか……まだ三歳ですもんね」


 ユリウスの話に、リリィは少し顔を俯かせる。

 メアの母親はベラ熱に罹っているわけではないが、だからこそ、感染拡大を防止するためにも娘の看病を他の者に託さなければならなかった。

 必要な措置とはいえ、ただでさえ病気で苦しんでいるメアには辛い状況だろう。


「出来るだけみんな、メアのこと気に掛けるようにしてるみたいだけどさ、やっぱり少しでもレイラさんと会うようにした方がいいんじゃないかって」


「うーん、難しいところですね。せめて声だけでも聞かせてあげられればいいんですけど」


 こうした疫病の場合、看病する人間は最小限に抑える必要がある。

 しかし、小さな子供にとって、親は文字通り心の拠り所であり、支えだ。それが傍にいないという心細さや恐怖は、他ならぬリリィが一番良く知っている。

 何とかしてあげたいのだが……。


「それなら、カタリナさんに相談してみたら? “賢者”なんて呼ばれてるくらいだし、何か良い魔法とか知ってるかも」


「それです! 早速お母様に聞いてみましょう!」


「まあ待て、リリィ」


「なんですか? お兄様」


 椅子から飛び降り、駆け出そうとしたリリィの腕を、ユリウスが掴む。

 そして、そのまま小さな体を抱き上げて椅子に座り直させると。


「まずは、最後までちゃんと飯食おうな? リリィはただでさえ全然食わないんだから」


「……はーい」


 そう言って、用意されたスープをスプーンで掬い、メアに薬を飲ませていた時のようにゆっくりと食べさせていくのだった。

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