第三十話 夜の家族団欒
「そういうわけで、明日もルルーシュ君と一緒に遊ぶことになりました。誤解も解けたので、もう心配しなくても大丈夫です!」
マカロフ、ルルーシュの親子がアースランド家を訪問した日の夜。いつものように家族で食卓を囲みながら、リリィはルルーシュとのやり取りについて話していた。
温かなポトフから、ポテトを一つ選んでフォークに刺し、口へ運ぶ。
前世の食事のような凝った味付けはないのだが、限られた材料の中、少しでも美味しいものにしようと努力して作られたそれは、実際の温度以上にじんわりと体を暖めてくれる。
そんな料理にぽわぽわとした表情を浮かべていると、家族全員が自分を心配そうに見つめていることにリリィは気が付いた。
「あれ、みんなどうしました?」
「いや、本当に大丈夫かリリィ? また無理してないよな?」
全員の心境を代弁するかのように、ユリウスが問い掛ける。
以前にも、リリィは家族のためにと婚約話を一人抱え込み、挙げ句体を壊すところまで行き着いた前科がある。
もう大丈夫だと言われても、おいそれと信じるわけにはいかなかった。
リリィ自身もそれに気付き、慌ててパタパタと手を振って否定する。
「いや、本当に本当です! 確かにルルーシュ君は貴族が嫌いだって言ってましたけど、私の魔法の練習にも付き合ってくれましたし、根はとってもいい子なんです! 悪いところはきちんと指摘して、ただ怒るだけじゃなくて色々と考えたアドバイスをくれて……本当、同じ五歳とは思えないくらい凄い子で、憧れちゃいます!」
「必死なところがまた怪しい」
「えぇ!?」
じとーっと、細められた金色の目がリリィの顔を覗き込む。
ユリウスからすれば、初対面で暴言を吐いた時の彼の印象とはかけ離れた持ち上げっぷりに、疑うなという方が無理がある。
食べやすいように各人多少の距離を置いて座っているのに、わざわざそれを詰めてまで圧力をかける兄を前に、リリィはなんだか自分が悪いことをしたような気になって視線が泳ぐ。
「ユリウス、それくらいにしておけ。リリィ本人が大丈夫だと言っているんだ、まずは信じてやろう」
そんな態度が益々怪しいと、更に詰め寄るユリウスに、ようやくカロッゾから待ったの声がかかった。
ほっと息を吐くリリィとは対照的に、ユリウスは不満顔で「でも父様!」と食って掛かる。
「そんなに心配なら、明日はユリウスもリリィと一緒にその子と遊んでみればいい。そうすればハッキリするだろう。リリィも、いいな?」
「はい、ええと、それは構わないんですけど……」
歯切れの悪いリリィの返事に、カロッゾは訝しげに眉を吊り上げる。
やはり何かあるのかと、言葉よりも雄弁に語るそれに促され、リリィはユリウスに向き直った。
「お兄様、ルルーシュ君とは明日も魔法の練習をする約束をしたので、多分ほとんど見ているだけになると思うんですが……それでもいいですか?」
「別にそれはいいけどさ……なあリリィ、遊ぶってどういうことか知ってるか? 練習とか勉強って遊びでも休憩でもないんだからな?」
「それくらい知ってますよ、当たり前じゃないですか」
本当か? と言わんばかりの目をユリウスに向けられ、不服そうに頬を膨らませるリリィだったが、ふと周りを見れば、そこにいる全員から同じような目を向けられていることに気が付き、愕然とする。
特に、カミラからの突き刺すような視線に耐えかねて、リリィはそっと目を逸らすと、誤魔化すように話題を元に戻す。
「あー、そ、それから、まかり間違っても決闘とか挑んじゃダメですからね? 相手は商家の子供で、騎士じゃないんですから」
「リリィ、俺のことなんだと思ってんの? 流石にそんなことしない……」
「この間、私の婚約者が変な奴だったら俺が叩き斬ってやるってコアン君達の前で宣言したそうじゃないですか。私、知ってるんですからね!」
「あいつらそんな話お前にしてたの!?」
「本人からというより、人伝に聞いた話ですけどね。というかお兄様こそ、あんまり私のことべらべら喋らないでください! 恥ずかしいですから!」
ユリウスに釘を刺すリリィだったが、話はいつの間にか個人的な文句に置き換わっていた。
この半年間、オウガと散歩する傍ら、村人達との交流を欠かさなかったリリィの下には、領外はともかく領内の情報は大体のものがすぐに入ってくる。
ユリウスの兄バカ発言を伝え聞くこともままあり、恥ずかしさのあまり地味に精神的ダメージを負っていたのだ。
それでも、やはりユリウスにそれだけ想って貰えているというのは嬉しくもあるので、小さく「でも、いつもありがとうございます」と伝えれば、ユリウスも照れくさそうにリリィの頭を撫で回す。
「でもリリィ、魔法の練習はいいけれど、くれぐれも魔力暴走には気を付けてね? 無理せず、疲れが出る前から小まめに休憩するのよ?」
「心配しなくても大丈夫です。今日だって、ルルーシュ君が私の魔力の状態を随分しっかり見てくれて、私が自覚するより前に魔力が乱れてるぞって教えてくれましたから。暴走する前にちゃんと休みます」
ユリウスがいると言ってもまだ不安なのか、念入りに釘を刺そうとするカタリナに、リリィはそう言って安心させようとする。
それを聞いて、カタリナは目を丸くした。
「リリィが自覚する前から魔力の乱れに気付いたの? いつもみたいに、夢中になってて症状に気付かなかったとかじゃなく?」
「はい、そうですけど……何かおかしいですか?」
「おかしくはないのだけれど……本人に自覚症状が出始めるよりも前から魔力が乱れていることを感じ取れるのなら、相当感受性が強いのね。あるいは……」
「お母様?」
難しい表情で黙り込むカタリナにリリィは首を傾げるが、すぐに「なんでもないわ」とはぐらかされる。
どうにも気になるリリィだったが、それについてもう一度尋ねる前にカロッゾからも声がかかった。
「それよりも、だ。リリィ、魔法の練習はいいが、嫁入り前から男を自分の部屋に入れるのはやめなさい。余計な誤解を生みかねん」
「うぅ、分かりました」
血統が第一の貴族社会、貞操観念はリリィが想像するよりもよほど強固で、男友達と気軽に遊ぼうとは中々ならない。
女の体に生まれ変わってしまった身だが、夢は変わらず立派な男になることだ。出来れば、同じ(?)男のルルーシュと、そうしたことについてじっくりと部屋で話してみたかったのだが、仕方ない。
そう諦めとともに溜息を吐くリリィだったが、その姿を周りから見ると、気になる男の子と部屋で二人きりになりたい初恋の少女に見えないこともない。
もしや、リリィは既にルルーシュに気があるのでは?
そんなあらぬ勘繰りをしたユリウスは、スプーンに乗せたソーセージがポトリと落ちたのにも気付かず愕然とする。
「でもそれなら、部屋に入れさえしなければ、一緒に遊んでもいいんですよね?」
「ああ。一応言っておくが、リリィが向こうの借家に上がり込むのもダメだぞ」
「なら、問題ないです。私は私で、ルルーシュ君と仲良くなりますから、お父様達もマカロフさんとの交渉、頑張ってください」
「仲良くなるのは構わないんだが……まだマカロフ会長の思惑はハッキリしていない。借家に限らず、誘われたからといってあまり人気のないところに行くんじゃないぞ。ユリウス、リリィのこと、ちゃんと見ていてやってくれ。俺はしばらく手が離せないだろうからな」
「任せとけ、リリィは俺が守る!!」
カロッゾの言葉に、ユリウスは椅子を蹴飛ばすような勢いで立ち上がり、ぐっと拳を握りしめる。
あまりにも力強いその宣言に、リリィは安心感よりもまず不安を覚えた。
「あの、お兄様、少なくとも力で解決するような問題は出ないはずなので、そこだけはお願いしますね?」
「分かってるって!」
本当に分かっているのかと言いたくなるほどに気合を滾らせる姿に、リリィの不安は増していく。
しかし、一応は本人が大丈夫と言っているのだから、これ以上言っても仕方ないかと、リリィは諦め混じりにお茶を一口飲む。
そこでふと、その味が普段と違うことに気が付いた。
「あれ? このお茶、いつもとなんだか違いますね、葉を変えたんですか?」
「す、すみません、お口に合いませんでしたでしょうか?」
特に誰に対して言ったわけでもなかったのだが、どうやら空いた食器を片付けようと偶々通りかかった使用人が淹れたものだったようで、大慌てで頭を下げ始めた。
それをやんわりと押し留めつつ、リリィは彼女を安心させるように笑いかける。
「いえ、これも美味しいですから、大丈夫ですよ。いつもありがとうございます、ステラさん」
「その……光栄です……」
話を聞くと、どうやら最近仕入れられたばかりの、王国東部で採れる茶葉らしい。初めて淹れる種類だったため、何か失敗したかと勘繰ってしまったようだ。
緊張や魔法の連続行使などで乱れた心を落ち着ける効果があるため、カタリナが以前からどうしても欲しかった物なのだと丁寧に説明して貰い、リリィはなるほどと頷きながら、ふと疑問に思ったことを注文した当人へ尋ねる。
「うちの裏庭でも、似たような効果のハーブを育ててませんでしたっけ?」
「それよりも効果が高いって噂なのよ。だから一度試してみたくて」
その説明に、リリィは「へぇ~」と納得するのだが、その話を横から聞いていたカロッゾは渋い顔だ。
「試すのは構わないが、無駄遣いは程々にな? というか、そんな物を買っていたなどという話、俺は聞いていないんだが……」
「ちゃんとバテルと相談してから買ってるから大丈夫よ」
「いや待て、それこそなぜ俺に相談しない」
「お金の話はバテルに聞いた方が早いからに決まってるじゃないの」
「それはそうかもしれないがなぁ……」
微妙にアースランド家の力関係が分かる会話を繰り広げる両親を見て、リリィとユリウスが呆れ半分、微笑ましさ半分の顔で笑い合う。
少々のトラブルには見舞われたが、ルルーシュがアースランド家を訪れた初日の夜は、こうして平和に過ぎ去っていった。




