表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第一章 新しい居場所
3/119

第三話 今出来ること

ちなみに、「学園」タグを設定していますが、学園要素が出て来るのは第四章以降を予定しています。

……えっ、遅い? さーせんm(_ _)m

 アースランド領の領主館は、他の領民が住むそれと比べれば遥かに大きく立派な造りではあるが、貴族の住む屋敷としてみると、大きさはともかく外観は随分とみすぼらしい。

 それは屋内においても変わりなく、林業を主な産業とする土地柄、木材が多く使用された執務室には調度品と呼べるものが木彫りの狼くらいしかなく、良く言えばいかにも騎士らしい質実剛健さを感じさせる場所だが、身も蓋もないことを言えば貴族らしからぬ貧相な部屋だった。


「追加の報告書です。今日中に目を通しておいてください」


 そんな主人の机の上に、恭しい態度で書類を乗せたのは、歳の頃二十代後半に見える一人の青年。

 ピシっと着こなされた執事服に隠れてはいるが、やや細身ながら程良く引き締まった肉体は若々しさと同時に力強さを感じさせ、意志の強そうな吊り上がった目には、そこらの盗賊などひと睨みで降伏してしまいそうな鋭さがあった。

 事実、彼はアースランド家の家令という立場に在るが、父親は先代当主と共に戦場を駆けたこともある、立派な騎士の家系の出だ。今でも、剣を取ればそこらの有象無象など相手にもならない実力がある。


「……バテル、多くないか?」


 そんな部下によって積まれた書類は、机の上で小さな山を築き上げている。

 それを見て頬を引きつらせるのが、この部屋の主にしてアースランド家の現当主、カロッゾ・アースランド。

 輝くような金髪を短く刈り上げた偉丈夫で、盛り上がった筋肉が彼の座る椅子に全く収まっていないため、身動ぎする度にギシギシと悲鳴を上げている。

 戦場にあっては獅子のように勇猛で、その外見と金色の輝きを放つ魔法を指して“黄金騎士”などという大層な二つ名を与えられている彼ではあるが、そこはやはり頭脳労働より肉体労働が得意な武人と言うべきか、こういった書類仕事は大の苦手だった。

 隠す気もサラサラないのか、部下の前で盛大に溜息をつく彼の姿に、バテルと呼ばれた青年はやれやれと肩を竦める。


「これぐらいで何を言っていますか。今期の収穫高、先月発生した野獣被害の補填、それに合わせてカタリナ様が新たに改良した野獣除けの魔道具の実践結果、それに森の見回りの結果と、報告書だけでもまだまだありますよ」


「……本当に多いな。もういっそ、お前が決済してくれた方がいいんじゃないか?」


「バカを言わないでください。いくら要領が悪くて仕事が遅かろうと、貴方がこの家の主です。どんなことでも、最後に決定するのは領主の仕事ですから、私がやるわけにもいきません」


 がっくりと肩を落とすカロッゾを見て、バテルは苦笑を漏らす。

 カロッゾとバテルは、幼少期を共に過ごしてきた、所謂幼馴染の間柄であり、先代当主が健在だった時から、何かとお互いに助け合ってきた仲だ。この遠慮のない物言いも、お互いの気質を知り尽くし、今更取り繕う必要もない信頼関係があってこそだった。


「分かってる、他所でこんなことは言わんさ」


 愚痴を零しながらも、その目はキチンと目の前にある報告書に向けられ、不得意故にペースは遅いが手も動かす。

 そんな、口とは裏腹に真面目な友人の姿に眉尻を下げるバテルだったが、続く彼の言葉によって、その表情を瞬く間に呆れへと変えた。


「ただなぁ、最近、忙しくて家族との時間が取れないのがどうにも……はぁ」


「……一応、朝食は毎日一緒にとっているではないですか」


 カロッゾは、既に王国屈指の実力者として国内外問わず名が知られているが、同時に、国内に限ればもう一つの大きな特徴でもって知らぬ者はいないと言われている。

 曰く、“王国一の愛妻家にして親バカである”と。


「それは分かっているんだが、やはり親子としては、食事の時間以外にもこう、一緒に訓練したりだとか、領内を見回ったりだとか、何なら勉強を教えてやったりだとか、そういうことをしてやるべきなんじゃないかと思うんだよ。分かるか?」


「はいはい、分かりました。では、そうするためにも手早く仕事を片付けましょう」


 家族思いなのは大変いいことなのだが、カロッゾの場合、一度語り出せば相当に長くなる。それを知っているため、バテルの返答は実に素っ気ない。

 どれだけ家族との時間に飢えていようと、一応はキチンと仕事をこなす以上バテルとしても文句はないのだが、さりとてあまり溜め込まれ、魔物退治の時などに爆発されるとそれはそれで困る。

 それほど緊急を要する案件もないことだし、そろそろ息抜きの一つでもさせるべきだろうか?

 バテルがそう考え始めた時、執務室にノックの音が響いた。


「カタリナよ。あなた、お茶を淹れて来たのだけど、入ってもいいかしら?」


「カタリナか。いいぞ、入ってくれ」


 噂をすればと言うべきか、愛する妻の入室許可を求める声を聞いて、カロッゾはそれまでのダメ領主っぶりが嘘のように、キリっとした態度で椅子に座り直すと、慇懃な口調で許可を出す。

 彼の悪癖は、既に家内の人間全てに知られているのだが、それはそれ。

 好きな女性の前ぐらいカッコつけたいと思うのは、男の性である。


「リリィ、足元には気を付けてね」


「はい、だいじょうぶです!」


 しかし。

 そんなカロッゾの貴族としての仮面は、開いた扉から入ってきた小さな影によって、一瞬にして砕け散った。


「り、リリィ……!?」


 そこにいたのは、小さな体でコップを持ち、よちよちと歩く愛娘の姿だった。

 なぜこんなところにいるのか。なぜコップなど持っているのか。

 疑問は尽きないが、真剣な表情でコップを見つめ、中身を零さないように細心の注意を払いながら進むその姿は、幼いながらも一生懸命な様子が全身から伝わって来て、下手な手出しを躊躇わせる。

 そうして、半ば呆然としながら眺めているうちに、カロッゾが座る椅子のすぐ横までリリィは辿り着き、そして……。


「はい、おとーさま、おちゃ、どーぞです!」


 手に持つコップを、カロッゾへと差し出した。


「あ、ああ、ありがとう、リリィ」


 ようやく再起動を果たしたカロッゾは、娘から差し出されたそれをゆっくりと受け取る。

 未だ戸惑いが消えず、表情が固まったままの彼に対し、リリィは口を開く。


「おしごと、たいへんかもしれませんけど、がんばってください。わたし、おうえんしてます!」


 そう言って、両の拳を胸の前で握り締め、満面の笑顔でエールを送った。


「それじゃあリリィ、戻りましょうか?」


「あ、はいっ、バテルさんも、がんばってくださいね!」


 そうしていると、それまで戸惑う夫の姿をニヤニヤと眺めていたカタリナが、リリィの手を取り踵を返す。

 最後にリリィは、バテルに対しても愛想よく笑顔を振り撒きながら、空いている方の手を振って、執務室を後にする。

 そんな二人の後ろ姿を、残された二人の男は硬直したまま見送った。


「カロッゾ様」


「なんだ、バテル」


「これは、頑張らないわけにはいかないですね?」


「……そうだな」


 愛娘からの、思いもよらない慰労と声援を受け、それはもう、だらしない程に相好を崩しているカロッゾに、バテルもまたニヤニヤとした笑みを向ける。

 リリィが万が一零した時、火傷や怪我をしないためだろうか。コップは木製な上、口を付けたお茶は既に冷めきって温くなっていたが……カロッゾの心は、湯たんぽのようにポカポカと温まっていた。




「よし、うまくできました!」


 カタリナから頼まれた仕事をやり遂げたリリィは、執務室を出てからずっと上機嫌だった。

 まさかコップを一つ運ぶだけで、ああも難易度が高いとは思わなかったが、それでも頼まれた仕事を一つやり遂げた達成感は、リリィの心を満たしてくれる。


「ええ、偉かったわよリリィ。よく出来ました」


「えへへ……」


 カタリナに頭を撫でられ、リリィは嬉しそうに顔を綻ばせる。

 見た目はともかく、中身を考えると撫でられて喜ぶなど子供っぽ過ぎるかと思わないでもないが、今はその手の温かさがとても心地よかった。


「って、あれ?」


「リリィ? どうかしたの?」


 しかし、そこでリリィはふとあることに気が付き、声を上げる。

 どうしたのかと問いかけられ、しかしリリィはそれに答えることはなく……そのまま、がっくりと膝を突いた。


「リリィ!? どうしたの? どこか体の具合が悪いの!?」


「いえ、大丈夫です……体はなんともないですから、体は……」


 一応そう答えるものの、声色にはまるで元気がなく、とても大丈夫そうには思えない。

 事実、リリィの胸中は決して穏やかではなかった。何せ……。


(よく考えたら、お茶を運ぶだけ、それも保護者同伴って、全くお手伝いになってないじゃないですか!!)


 そのことに遅まきながら気が付いてしまったリリィは、思わず内心で叫ぶ。

 今回リリィがしたことは、お茶を淹れて運ぶカタリナに同行し、部屋の前からカロッゾのいる場所までの短い距離を代わりに運ぶだけ。これでは、とても手伝ったとは言えないだろう。せめて、部屋まで運ぶくらいは一人でやれなければ。

 三歳児が行うお手伝いとしては妥当な内容だし、そもそもカタリナがこれを頼んだのも、最近書類仕事ばかりで鬱憤が溜まっていそうなカロッゾに愛娘自らお茶を差し入れて貰うことで、いいガス抜きとなるだろうと狙ってのこと。それにリリィの応援アドリブまで加わったのだから、期待以上の働きをしたと言っても過言ではない。

 しかし、体はともかく心は既に前世を含め十代後半のリリィである。これだけで満足するわけにはいかなかった。


(こうなれば、やっぱり何か、私にしか出来ないお仕事を見つけるしかないです!)


 体を使った仕事は、三歳という身体的な制約からほとんど出来ないことは分かった。

 ならば転生という事象により、三歳らしからぬ知恵を持ったこの頭脳を活かした仕事しかない。

 それに思い至ったリリィはすくっと立ち上がると、踵を返し元来た道を戻り始めた。


「リリィ? どこに行くの?」


「おとーさまのところです。さっきはいったとき、おしごとがいっぱいやまづみになってましたから、わたしもおてつだいします!」


 この世界の文明がどれほどのレベルなのか、リリィは知らない。

 しかし、食器や家の作りなどから、前世と比べてそれほど発展しているわけではないだろうことは察せられる。

 ならば、前世においても高い水準にあった、義務教育の成果を今ここで発揮するというのは、一見理に適っているように思えるのだが……これには一つ、致命的な問題があった。


「いや、リリィ、あのね? お父さんのお仕事ってとっても難しいから、リリィにはまだ早いんじゃないかなーって」


「だいじょうぶです! さんすうもこくごもとくいでしたから、しょるいしごともきっとできます!」


「へ? 算数に国語……って、ちょっと待ってリリィ、そもそもあなたは……!」


 ずんずんと歩いて行こうとするリリィの手を、カタリナはなんとか掴み、その場に留める。そして……。


「まだ字が読めないでしょう!?」


 そう言われ、リリィはピタリと動きを止める。

 転生して三年、日常会話は普通にこなせるようになったし、特に生活する上で不都合がないためにこれまで意識することはなかったが、当然この世界で使う文字も数字も前世の世界とは全く異なっている以上、いかなる知識や能力を身に着けていようと、まずはそれを覚え直さなければ話にならない。

 ようやくそれに気が付いたリリィは、自身の役立たずぶりに打ちひしがれ、再びがっくりと膝を突くのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ