第二十八話 話し合い
「ルル!! お前はっ、なんということを……! 申し訳ない、この子はまだ礼儀も未熟で……!」
「…………」
必死に謝るマカロフに対し、ルルーシュは全く反省の色もなくそっぽを向く。
何を思って今の発言をしたのか、その真意が分からないのではリリィとしてもどう反応すべきか迷うところだが、それはそれとしても……。
(ヤバイです、どうしましょうか、これ)
発言の意図がどうであれ、曲がりなりにも婚約を申し込んだ相手に対して、仲良くする気はないと……ましてや笑いかけるなとまで言ったのだ。子供の言ったことだからという理由で許すにも限度がある。
リリィもまた、その発言に思うところはあるのだが、今はそれ以上に、振り返らずとも伝わってくる家族全員の怒りの感情の方が問題だ。今はあまりの発言に言葉を失っている様子だが、我に返ったとき何を言うか分からない。
婚約それ自体は、リリィとしても無くなるのならそれに越したことはないのだが、喧嘩別れのような形になったら最悪だ。
出来れば、家族のみんなには先の発言を水に流して欲しいところだが……。
「ここに来るまでだって何度も婚約なんて嫌だって言ったでしょ。貴族ってだけでも気に入らないのに、ましてやこんな化け物みたいな――」
「マカロフさん!! お子さんをちょっと借りていきますね!!」
そんなことを考えていたそばから、更に余計なことを口走ったルルーシュの声を上書きするように、リリィは大声で捲し立てる。
もはや悩んでいる暇はない。一刻も早くこの少年をこの場から引き離さなければ。
「それは……私は構いませんが……一体何を?」
「これから私の婚約者になるかもしれない子ですから、ちょっと一緒に遊んできます! お父様、いいですよね?」
「いや、流石にリリィ一人でというわけには……」
「だったら俺が一緒に」
「いえ、一対一でないと話し辛いこととかもあると思うので! お庭の外へは出ないようにしますし、いざとなればオウガもすぐ来てくれますから大丈夫です!」
心配そうに声をかけてくるカロッゾとユリウスの言葉をぶった切り、リリィは頑なに一人を主張した。
カロッゾはまだ表面上冷静だが、ユリウスなどはかなり苛立っている様子だ。自分一人なら何を言われても聞き流せるが、他の誰かがいたのでは余計に問題が拗れてしまうかもしれない。
ルルーシュがいなければ、大人達だけで冷静な話し合いも出来るはずなので、とにもかくにも、今は一旦仕切り直して、お互い気持ちを落ち着かせる時間が必要だ。
「待ってよ、僕は行くなんて一言も言ってないんだけ……ど……」
そうしたリリィの必死の努力に気付いていないのか、あるいは知っていて地雷を踏み抜いているのか。
またも余計なことを言おうとしたルルーシュに、リリィは笑顔を向ける。
ただし、意味は先ほどとは正反対だ。
「ルルーシュ君も私と一緒に行きたいですよね?」
「は、はい……」
魔力を僅かに解放し、攻撃的な笑みを浮かべるリリィ。
たとえリリィの“精霊の耳”のような力がなくとも、生物には必ず魔力を知覚する能力が備わっている。
人は野生動物に比べ、その辺りの感覚に乏しいが……魔物でさえ怯えるほどの魔力を至近距離で浴び、それに圧力を覚えない人間はいない。
この半年間の努力の末に身に付けた護身のための技術だが、まさかこんな形で役に立つとは思ってもみなかった。
練習しておいてよかったと、リリィはこっそり安堵の息を吐く。
ただ、今の脅しが効きすぎたのか、ルルーシュは額からだらだらと脂汗を流し、震えてしまっている。
手加減はしたつもりだったのだが、やはりまだまだ未熟だったかと、リリィは心の中で少しだけ反省した。
「では、行きましょうか」
「…………」
ルルーシュの手を引いて、リリィはその場を後にする。
婚約に際して、ひと騒動あるだろうとは思っていたが……こんな形は予想外だと、溜息を吐きながら。
「ふう、ここならとりあえず、何を話してもみんなに聞かれることはありませんね……」
カロッゾ達と別れたリリィは、宣言通り領主館からは出ず、裏庭の方へと回ってきた。
ここならば、他に目撃者もいないことだし、本音を好きなだけぶっちゃけられるだろう。
「……着いたなら、いい加減手を離してくれない?」
「ああ、すみません」
ルルーシュに指摘され、リリィはずっと掴んでいた手を離す。
途端に距離を置き、またも警戒するように睨むルルーシュに苦笑しつつ、リリィは早速本題を切り出した。
「それで、さっきはなんであんなこと言ったんですか? あれ、場合によっては不敬罪で切り捨てられちゃいますよ?」
「……貴族は嫌いなんだ。さっきも言ったけど、婚約なんてしたくない」
「どうしてですか?」
「……ニコニコと笑顔で取り繕って、口では綺麗事並べたてる癖に、裏では結局、自分のことしか考えてない……そんな連中、好きになんてなれない」
「あー……」
ルルーシュの言い分に、リリィは苦笑を浮かべる。
リリィ自身にはまだそうした経験はないが、確かに、貴族社会は嘘と見栄と虚飾で形作られている部分があることは否めない。カタリナとて、そういった権謀術数渦巻く魔境が嫌で、少しでも遠ざかれるド田舎のアースランド家に嫁いだ部分もあると聞いている。
ただ……。
(それであんなにハッキリ物言っちゃうあたり、随分と正直というか、自分に素直な子なんですね)
いくら心の奥で嫌っていようと、それを隠すことなく表に出すというのは、随分と思い切った行動だ。切り捨てられるかもしれない、という言葉にさえ動じずに言ってのけるあたり、本当にそうなっても構わないとすら思っているのかもしれない。
(不器用というかなんというか……ふふ、前にもいましたね、こんな人が)
かつて過ごした学校で、いつも屋上で授業をサボっていた不良少年を思いだし、くすりと笑みを溢す。
そんなリリィに、ルルーシュは訝しげな表情を浮かべる。
「……何笑ってるの?」
「いえ、ルルーシュ君は可愛いなぁと思いまして」
「かわ……!? 僕男なんだけど!? お前みたいな女じゃないんだから、そんなこと言われても嬉しくない!!」
「大丈夫です、私も心は男ですから!」
「僕は体も男だよ!! ていうか心は男って何!?」
心外とばかりに詰め寄るルルーシュに対し、リリィはなぜかぺたんこの胸を張る。
そんな姿を前に益々ガミガミと突っ込んでくる彼を見て、リリィは思わず笑いだす。
「あははは……!」
お腹を抱え、人目も憚らずに声を上げる。
昔、同じ時間を過ごした“彼”との楽しかった記憶が蘇り、懐かしさから涙まで零れた。
(本当に、似てるなぁ)
見た目も、声も、名前さえも違うはずなのに、不思議と覚えるそんな既視感。
過去に思いを馳せていると、ふとルルーシュが驚いたように目を丸くしていることに気が付いた。
「どうかしましたか?」
ようやく収まってきた笑いを引っ込め、涙を拭いながら問いかけると、ルルーシュは少しだけバツが悪そうに頭を掻く。
「いや……貴族でも、そんな風に笑うんだなって思って」
「貴族だって人間なんですから、当たり前じゃないですか」
「貴族って言ったら、薄ら寒い笑顔の仮面を張り付けてるのが普通じゃないの? さっきのお前もそうだったし」
「そこまで言います!? ていうかさっきの私、そんなに酷い顔してました!?」
こくりと頷くルルーシュに、リリィはがっくりと肩を落とす。
確かに、少し意識して笑顔を作っていたことは認めるが、それにしてもそこまで露骨だったかと、自分の演技力の無さに先ほどとは違った涙が零れそうだ。
「だ、だとしても! 化け物呼ばわりはあんまりだと思います! 私だって傷つくんですからね!」
せめてもの反撃とばかりに涙目でそう言うと、ルルーシュは少しばかり表情を曇らせながらそっぽを向いた。
「いや……それはその、あんなに魔力量の多い人は初めてだったから、つい」
申し訳なさそうに告げるルルーシュに、リリィは益々笑ってしまう。
思ったよりも、根はいい子なのかもしれない。
「ふふ、分かりました。そういうことなら、そのことは許してあげます」
実際、リリィもそれほど言われた内容は気にしていない。
化け物だの悪魔だの、そんな悪口は子供ならポンポン出てきて当たり前だ。
「それより、お互いに誤解? も解けたことですし、改めて一緒に遊びましょうか、ルルーシュ君」
「いや、どうしてそういう話になるんだよ。貴族は嫌いだって言っただろ」
「だからじゃないですか。今のままだと、うちとランターン商会との仲が悪くなっちゃいますから、ちゃんと私達が仲良くなって、何も問題ないってところ見せなきゃダメです!」
「僕は別に仲が悪くなってくれてもいいんだけど……」
「ダーメーでーす、私が困りますから!」
「いやそんな勝手な……」
「大丈夫です、私は貴族ですけど、ルルーシュ君に嘘は吐きませんから。精霊の聖名に誓って約束します」
聖名とは、つまりは精霊の前で宣言した自分の名前、本名のことだ。
精霊教においては、自らの名に誓って取り交わされた約束を破ってしまうと精霊の加護を失い、それに応じた罰が下るとされている。
特に魔法的な拘束があるわけでもない、口約束の延長のようなものだが、それでも見栄が命の貴族が軽々しく口にするようなものではない。
「……お前にとっても、この婚約は親が勝手に決めたものでしょ? どうしてそこまで」
「私も別に、婚約がしたいわけじゃないですよ? ただ、ランターン商会とうちの仲が悪くなってしまうと、領民のみんなが困っちゃいますから。私達が喧嘩したままでいるわけにはいかないんです」
本当に嘘偽りなく、即物的な理由を告げるリリィに、ルルーシュは益々困惑する。
そんな彼に対し、リリィはめげずにもう一度、しっかりとした笑顔を向けた。
「だから、もう一度言います。私と、仲良くなってください!」
そう言って差し伸べられたリリィの手を、ルルーシュは取るべきか悩み……すぐに焦れったくなったリリィによって強引に手を掴まれ、引っ張られるようにして家の中へと“連行”されるのだった。




