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転生幼女は騎士になりたい  作者: ジャジャ丸
第二章 婚約者来訪
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第二十七話 突然の来訪

「リリィ、今すぐ着替えろ、もうすぐマカロフ会長が息子を連れてここに来る」


「へ?」


 ある日、寒さを逃れるために暖炉の前で勉強していたリリィの元を訪れて、カロッゾは開口一番にそう告げた。

 あまりにも突然の言葉に、リリィと一緒にいたカミラやユリウスでさえ、開いた口が塞がらない。


「もうすぐって……今日ですか?」


「そうだ」


「この寒い中?」


「そうだ」


「……どうして急に?」


「分からん」


 ひとまず質問を重ねるリリィだったが、やはり今日これから来るのだという事実が確認出来ただけだった。

 もっとも、それ以上のことが分かっているのであればカロッゾとて最初に説明しているはずなので、ある意味当然なのだが。


「ともかく、一応は婚約者候補だ。失礼のない格好をせねばならん。カミラ、カタリナも呼んで、一緒に着付けてやってくれ」


「承知しました。お嬢様、参りましょうか」


「うぅ、仕方ないですね……分かりました」


 二人に促され、リリィは不承不承頷く。

 貴族として、相応の客人を迎えるのに相応しい淑女の格好となれば、必然的にドレスとなる。

 ぴっちりと締められる胴回りが苦しいし、ふわふわとした丈の長いスカートは歩きにくいし、長い手袋などもあるにはあるのだが、あまり何重にも布を重ねて太く見えるのはよろしくない、との風潮から防寒が十分ではなく、コートに比べて圧倒的に寒い。そういった理由から、あまり着たいものではないのだ。

 そこまで格式ばった場ではないため、ドレスとは言ってもいわゆる平服にあたる物になるのだが、それ以上にラフな格好が基本のアースランド家では十分堅苦しい。


 ……一応、元男の子としてはもっとドレスを着るという行為そのものに忌避感を覚えるべきところのはずだが、誕生祭で一度着たこともあって、それ自体には早くも疑問を覚えなくなってしまっているリリィである。


 そうして、普段ほとんど着ないお陰(?)で新品同然のドレスに身を包んだリリィは、見た目は間違いなく立派なお嬢様だった。

 手入れの行き届いた長い黒髪は黒真珠の如く艶を放ち、純白のドレスによく映える。

 外出が増えても変わらず白い肌は滑らかで、ともすれば儚く消えてしまいそうな出で立ちの中、黒曜石の瞳だけは力強い輝きを灯し、決して守られるばかりをよしとしない、騎士の娘らしい意思の強さが感じられる。

 歳が歳のため、女性らしい曲線は皆無に等しいが、これならばどこの社交界に出しても恥ずかしくないだろうと、カタリナもご満悦だ。


「さあ、次は奥様の番ですよ」


 婚約するか否か、そんな重要な話し合いのため訪れた相手に、まさか母親であるカタリナが会わないわけにはいかない。

 それゆえの至極真っ当なカミラの言葉に、カタリナの表情は笑顔のまま固まった。


「……主役はリリィなのだし、ほどほどでお願いね?」


「……承知しました」


 カタリナの微妙な返事に、カミラはこっそりと溜息を吐く。

 リリィやユリウスを着飾るのは好きなカタリナだが、実は自分の服装にはかなり無頓着だ。

 カロッゾの政務の手伝いや魔法研究、果ては薬師の代わりに村人達の診療などを行い、家事の一部すら自ら執り行うなど、日々忙しく過ごしている関係で、ドレスなどを着るのが怠くなる気持ちも分からないではないが……カタリナは一応、アースランド家に嫁ぐ前は伯爵家の令嬢だったはずだ。魔導士だからと言って、着古したローブで一日を過ごすような真似は出来れば自重して欲しいところだ。


「お母様のドレス姿ですか! 初めて見ますね、楽しみです!」


 当然、そんなカタリナが貴族の社交に出向くことも、客人と公式に顔を合わせることも少ないため、リリィが着飾ったカタリナの姿を見るのは初めてだ。

 キラキラと瞳を輝かせる娘を前にして、カタリナはうっと言葉を詰まらせる。


「お嬢様もこう言っておられますし、早速始めましょう」


「うぅ、分かったわ」


 先ほどのリリィとよく似た、不承不承といったカタリナの様子に苦笑を浮かべながら、カミラはカタリナの着付けを行う。

 リリィとよく似た綺麗な黒髪をとかし、要望通り目立たないベージュのドレスを着せてみれば、見るものに知的で落ち着いた印象を与える妙齢の美女がそこにあった。

 やや小柄ながらも美しい曲線を描くボディラインは大人の魅力を醸し出す一方で、好奇心に彩られた瞳からは子供のような無邪気さも読み取れる。

 妖艶さと若々しさが同居したその容姿に、リリィはキラキラと目を輝かせた。


「わあ、お母様すっごく綺麗です! 惚れちゃいそうです!」


「ふふふ、ありがとうリリィ。リリィも今日は一段と可愛いわ」


 真っ直ぐなリリィの褒め言葉に微笑みながら、カタリナもまたリリィを抱き締めて褒め返す。

 リリィを愛らしい妖精とするなら、カタリナは悪戯好きの天使だろうか。とにもかくにも、並ぶと絵になる親子である。


「普段からもう少し身だしなみに気を使えば、社交界で注目の的でしょうに……」


「そういうのはあまり興味がないから、遠慮しておくわ」


「くれぐれも、他の貴族の方がおられる場でそのような発言は控えてくださいね?」


「それくらい分かってるから大丈夫よ」


 カミラの嘆きの声を、カタリナはバッサリと切り捨てる。

 こういったところが、カミラに子供達の教育係を任せることになった一因でもあるのだが、あまり改善の余地はなさそうだ。


「さて、それじゃあ外の二人が待ちくたびれてるでしょうから、そろそろ行きましょうか」


「はい!」


 頷き合い、部屋を出てカロッゾとユリウスの待つ部屋へと向かう。

 部屋に入ると、二人もまた着替えたのか、騎士らしいピシッとした服装に変わっており、ユリウスなどは普段着が農民の子と大差ないためにギャップが大きく、リリィでさえ思わず見惚れてしまうほどに輝いて見えた。


「お兄様、その服似合ってますね、カッコいいです!」


「ありがと、リリィもそれ似合ってるぞ。なんかお姫様みたいで」


「そうですか? えへへ、ありがとうございます!」


 この国には正真正銘のお姫様が存在するが、ユリウスもリリィも直接目にしたことはないため、ほとんど空想の産物と変わりない。

 だとしても、やはりそうした至高の存在と並べられるのは、面映ゆくも嬉しかった。

 そして、そうこうしているうちにバテルが部屋に現れ、ランターン商会の親子が到着したと告げられる。

 一家総出で玄関へと向かうと、そこには既にマカロフ会長と、その背中に隠れるようにして立つ、一人の幼い少年がいた。


「お久しぶりです、アースランド卿。間が空いてしまい申し訳ありませんでした」


 マカロフ会長の服装は、以前とあまり変わりない。

 かなり上等な布で作られてこそいるものの、デザイン自体は平民が着る服とさほど変わりなく、商会としての力を見せつつも、貴族を過度に刺激しないカジュアルな物になっている。


「こちらこそ、急な来訪で大したもてなしも出来ませんが、ごゆっくりと寛いでいただきたい」


 カロッゾがマカロフと挨拶を交わすのを横目に、リリィはもう一人の主役である少年へと目を向ける。

 一言で言えば、可愛らしい少年だった。

 ユリウスも可愛らしいと思うことはあるが、それはあくまで年齢の幼さから来るもので、決して少女的な可愛さではない。しかし、目の前の少年が持つのはまさにそれだった。

 中性的な顔立ちに、リリィと同じくらいの背丈。輝くような銀髪が目を覆い隠すほどに伸びており、隙間から覗く碧の瞳は宝石のように綺麗だ。服装さえ違えば、彼の方がリリィよりもよほど深窓の令嬢に見えたに違いない。

 父親であるはずのマカロフはやや赤みがかった茶色の髪をしているので、はっきり言ってあまり似ていない。母親似の子なのだろうかとリリィは思った。


「それで早速ですが、この子がルルーシュ、私の息子になります。ほら、ルルーシュ、挨拶しなさい」


「…………」


 マカロフに促されるが、ルルーシュと呼ばれた少年は動こうとしない。まるで借りてきた猫のように大人しく、じっと警戒するかのようにリリィを見つめている。

 初めて訪れる場所で緊張しているのだろうか? そう思ったリリィは、焦ったように言葉を重ねようとするマカロフを遮り、自ら一歩前に出る。


「ルルーシュ君、初めまして。私はリリアナ・アースランドです。仲良くしてくれると嬉しいです」


 正直なところ、リリィもまだ婚約に対し思うところがないわけではない。それでも、目の前にいる男の子と婚約話とは、無関係ではないが責任があるわけでもないので、それはそれというやつだ。

 あまり刺激しないように、出来るだけ柔らかい口調を心掛けて自己紹介しながら、にっこりと微笑む。

 人当たりの良いその挨拶に、ルルーシュは睨むような視線のまま……。


「僕は貴族と仲良くする気なんてないから。そんな取って付けたみたいな笑顔向けないで」


「へ……?」


 可愛らしい顔から飛び出したとは思えない辛辣な言葉に、その場の空気が一瞬で凍り付き。

 ポカーンと口を開けるリリィの前で、マカロフはサーッと顔を青ざめさせるのだった。

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